「おお……こ、ここが、拠点……!」
アリアが目を輝かせ、聳える家を見つめた。
「……いやはや、凄まじいものだ。流石は【天聖】ですね」
「年の功って奴さ。グリセルダもあと五百年もすれば、王都や首都の一等地で家を買えるようになるよ」
「五百年も生きたらおばあちゃんだよ……」
「それなら私はクソババアだな?」
グリセルダは肩を竦めて苦笑した。
これまで長い期間を宿で過ごしてきた【星天】だが、調査の結果大規模な研究が必要になり工房や研究所を構築せねばならなくなった為に活動拠点の購入を決断。
ヴァシリの空間魔法に貯め込まれた数多の手形を使い第二王女を通して王太子派閥から物件を請求。金に糸目は付けない爆速工事により最新鋭の魔道家具が導入された共有拠点がわずか一週間で完成し、お披露目に至った。
「うわー……やば。こんなところで生活したら、里に戻れなさそー……」
「アリーシャ、引き返すなら今のうちよ。もう私は戻れないから……色んな意味で……」
「あはっ♡ アリシア姉さんったら匂わせ?」
「……フッ。そうだったら、よかったのにね……」
「あっ……今度里から茶葉取り寄せよっか?」
「……ええ、そうしてちょうだい。胃に効くやつね」
ハイエルフ姉妹の会話を尻目に、ヴァシリは目を細める。
(──これで、最低限の設備は構築できる。〈不浄領域〉が広がるリスクを考えれば実験は外でやらざるを得ないが、アリアがいれば汚染問題は解決可能だ。聖女達の力を併せれば、研究は一気に進む……)
「ねーねー師匠! 探検していい!?」
「構わないが、あまり面白くないよ?」
「ちっちっち。いつだって行ったことない場所は探検するものじゃんね」
「気持ちはわかるけれども」
ヴァシリからすれば、引っ越しなどこの三千年で何度したか数えきれない。
今となっては破棄してる拠点も数多く存在する。
これからさらに時が経ってヴァシリが大地に散ったあと、いずれは彼女の暮らしていた場所も遺跡と呼ばれる可能性があるのだ。自分の軌跡が遺跡扱いされるんだろうなと思っているヴァシリからすれば、なんともいえない気持ちだ。
「まあ、好きにするといい。ただ魔道具にはあまり触れるな。研究部屋もあるから壊されると困るんだ」
「はーい!」
十九歳にして子供のようなことを言いながら屋敷に突撃していったアリア。
「さて、アリーシャ様。私たちも行きましょうか」
「うん。ヴァシリおばさま、私たちも暮らしていいの〜?」
「もちろん構わないよ。金等級昇格祝いもしてなかったし、新居祝いも合わせてやってしまおうか」
「あはっ嬉し〜♡ 部屋割りは〜?」
「好きにしていい。侯爵クラスが使ってた屋敷で部屋数は使いきれないくらいだ」
「やった♡ 日のあたる部屋がいいな〜♡」
「では、後で家の片付けもしませんとね。インテリアの買い物もしに行きましょう」
アリーシャとグリセルダもまた足早に屋敷に入っていく。
門があり、石畳が敷かれていて、噴水まである。
庭は芝生に木、丁寧に維持管理されてきたのがよくわかる作り。
正に貴族の構える屋敷だった。
「アリシア、君はどう思う?」
「え? えぇ、そうね……いいんじゃない?」
問われたアリシアは、見渡し答えた。
「木も過ごしやすそうだし、芝生も綺麗。木の成長に関しては物足りないけど、この場所でこれ以上成長させたら景観崩れるからやめたんでしょうね」
「これまで通りの庭師を継続して雇うつもりだが、問題なさそうかい?」
「いいと思うわ」
そう言って、アリシアは空を眺める。
「……私は屋敷に行くけど、君は?」
「私は……もう少しここにいようかしら。結構居心地いいし」
「そうかい。まあ、夕食の後にでもゆっくり部屋を決めればいいさ。ほどほどにね」
「うん。ありがとね」
ひらひら手を振って歩きながら、ヴァシリは考える。
(……ふーむ。どうにも、ここ最近心ここに在らずだな……)
アリシアがどこか上の空なのには気が付いていた。
その理由に関しては全くわからなかったが、重大な悩みを抱えているわけでもない。考え事に没頭しているあまり周囲を疎かにしているかと言えばそうではなく、問えばすぐにレスポンスが返ってくる。
抱え込んだり、悩んだりしているわけでもなく、ただぼうっとする時が増えた──何か重い病気の前兆かとも思い神殿に向かわせたが、いたって健康そのもの。
(これが調査に響いたりしない分には、構わないんだけどねぇ)
濃密な五年を過ごしてきた仲間だ。
〈知識〉によるものもあるが、それ以上に共に戦ってきた戦友である。
アリアとは違い己が教え導く者ではないため教え子との違いはあれど、大事に考えている事実に変わりはない。
(深刻になる前に調査してみるべきかな)
何事もなければそれでよし。
何かあったのならば、協力して解決しよう。
仲間のためにできることがあるならば、と、ただ他者を想う心でそう思った。
────
──
────
雲が流れていくのをじっと見つめるアリシア。
思い出すのは数日前のこと。
フィンと一線を越えてしまった彼女は関係を秘匿することを約束し、別れ際額に口づけされた。それ以来、どうにも気持ちが落ち着かなかった。
(はー……私、チョロいわねー……)
額を摩る。
まだ熱を持っている様な感覚。
それ以上のことを散々したと言うのに、たった一度、何気なくされた行為がずっと頭に残っている。
(いやね? もう若くもないし、何も出来ないってほどお熱なわけじゃないけどね? でもまあ私にとっては初めての男の子だし……あ、あんなに情熱的に求められちゃうと、その気になっちゃうわけで……はああぁぁ……)
しゃがんで草を弄る。
(正に都合のいい女って感じ。まあ悪いのはどう考えても私なんだけど)
フィンにどうこうするつもりは全くなかった。
寧ろ死ぬまでその秘密を抱えるつもりだったのを、感情が読めるからと暴いてしまったのはアリシアだ。
フィンが壊れていると勘違いし──壊れているが──呼び出して話し合った結果本人が抱えていた性癖を暴露された挙句その解消に手を貸すとまで言ったのは他ならぬ彼女であり、そんなことを言ってるのにノコノコ二人きりで防音の密室に入ってノリノリで始めたのも彼女である。
前半責めで後半受けの一転攻勢を食らった訳だが、それも案外悪くなくて、寧ろ性癖に合致しており──つまるところアリシアは、フィンと身体を重ねたことでフィンに特別な感情を抱いてしまったのだ。
責められて喘ぐフィン。
ゾクゾクと心が沸き立った。
裸になった身体を見て正気に戻り、立派な姿のフィンフィンを見てマズイと焦った。
今更止めるはなしだろと押し切られ、両腕押さえられ、男性の力強さを嫌と言うほど味わって……
「~~~~っ……!!」
(い、いや……まだそういうのじゃないから! ただそう、彼のためにも手伝ってあげただけだから! 若さに流されちゃったけど今度からはダメって言えばいいだけよね。別に、男女の関係でもないし、子供作ったわけでも、な……まあしちゃったけど……出来てないからセーフよね! うん、まだ私は大丈夫。堕ちてないわ!)
頭をぶんぶん振り回してアリシアは否定する。
ふーっ、ふーっ、と鼻息が荒くなっていることには気が付いていない。
(もし誘われても断る。本当に、ほんっとうにフィンくんが耐えられないなら、ちょっと手伝うくらいで……ええ、決して流されないわ。こちとら二百五十年以上生きてんのよ? そう簡単に流されてたまるもんですか!)
ふんす、と息を吐いて立ち上がった。
手には引きちぎられた草が握られている。
(今度こそ、流されて最後までなんて……)
『わかったわかった。それじゃ、アリシアさん』
「……………………」
ぴと。
額を触る。
(あああああああっ!! もおおおおっ! こんなんじゃす、す、好きになってるみたいじゃないの! 本気にもなってない男の子を! 一回えっちしたくらいでええええええっ!!)
ガリガリと頭を掻きむしりアシリアは内心で咆哮した。
────
──
────
「あはっ♡ 絶対なんかあったねあれ~♡」
「アリシア様もあんな風になるんですねぇ……」
そんなアリシアの様子を二人のエルフが窓から見ていた。
「ねーねー♡ なんだと思う?」
「……男でも出来た、とか?」
「んふっ♡ 私も知らな~い♡」
アリーシャはにこにこ笑みを浮かべながら、一人で暴れる姉を観察する。
(うーん……やっぱりこれ、なんかあったよね? お兄さん関係でしょ。なんか、単純な問題じゃない気がするな~)
金等級冒険者になる過程でアリーシャの視野も広がった。
アリシアとフィンが二人でコソコソ何かしらの関係を持ったことは知っているが、それをただの肉体の結びつきだと思うのは早計と思う程度には。
(一人じゃ抱えきれない問題聞いたとか? ……お兄さんに何かあったのかな)
アリーシャもまた、フィンの話は聞き及んでいる。
流石は英雄という気持ちと、なんで死んでないんだろうという当たり前の疑問があった。
(……それともやっぱり、えっちしたのかな?)
眼下には、一人でしゃがみこんで芝生を弄る姉。
里でも見たことない奇行。
旅をしてる間におかしな習性を学んだのかとも思ったが、ヴァシリはそんなことしそうにもない。アリアならしそう。ただアリアの真似を姉がするかと言えば、それは違う。
(……今度聞いちゃおっかな、お兄さんに。アリシア姉さんには世話になってるし、気遣ってあげないとかわいそうかな?)
アリーシャも日々成長している。
王都にやってきてからの僅かな期間で他人を気遣う大切さを学んだ彼女は、気遣う本人にも悟られないようにすることを学んだ。
「んふっ♡ 喜んでくれるかな♡」