深夜。
誰もが寝静まった時間。
音を立てないよう細心の注意を払いようやく辿り着いた風呂場で、俺はのんびりと湯に浸かっていた。
いつもならば飯食って寝る前に入るんだが今日は別。
ていうかここ最近はこうやってひっそり入浴している。
理由はシンプル────肩にキスマークあったから。
アリシアさんさぁ……
あの人、口ではなんだかんだ言うけどかなりノリノリだよね。
ダメダメ言いながら手足でガッチリホールドされてたし何がダメなんだよと内心思っていた。上も下も口は正直ですってか笑
『下品な男は嫌われますよ』
ごめんなさい、反省します。
でも俺も一回くらいこういう下品な会話を酒場のモテねーおっさんとやってみたいんだよ、わかるだろ。ギルドの受付嬢見ながら酒飲んでさぁ、近くに来た給仕のねーちゃんのケツペロッと触って『キャッ何するんですか』『へへっいいじゃねーかちょっとくらい』みたいな会話してみたいの。
冒険者になったら憧れるやり取りナンバーワンだと過言ではないんだぞ。
『……? 娼館に行けばいいのでは?』
それは……そうなんですが……
なんていうかさ、ほら、そういうお金でえっちしてくれる女の人とは違う普通の女の人とそういうやりとりすることに意味があるんだよ。そういうもんなの。
『つまり、私のような女性にそういうことがしたいと?』
えっ……ま、まァ、時と場合にはよるけど。
以前見た黒髪のマリアンヌでしょ?
う~ん、えっちしたいでござる。
本物マリアンヌのお尻触ったら本気でショック受けそうだけど闇のマリアンヌならキレながら殴ってくれそうだし……
『へぇ』
え痛っ!?
なに!?
頭殴った!?
『知りません。ばか』
かぽーん。
ゴッ。
桶が飛んで頭に激突。
おほっ♡
エッなにしてるの!?
なんか現実に干渉してない!?
流石におかしくない?
明らかに俺とは関係ない場所だったよね!?
『そんなこともあります』
いやねえよ。
いくら俺でも騙されねーよ。
闇のマリアンヌ、白状しなさい。
『そんなこともあります』
……な、ないでしょ。
俺に学がないから騙そうとしてるな?
確かに俺はただの村人だから、信仰心とか、物理とか、そういうのには滅法弱い。政治的な話をしてる時はいつもフンワリ精神が離脱している。何なら闇のマリアンヌとの会話をして暇つぶししてる。
それでも、そんな俺でも理解できるものがある。
闇のマリアンヌ、君が何かを誤魔化そうとしているってことを。
『そんなこともあります』
そっ……かなァ……。
そうなのかなァ……。
あるのかなァ……風呂桶が突然吹き飛んで頭に激突することって……。
『風が吹けば桶屋が儲かるという諺が東方諸国にあります。これは、風が吹く事で桶が吹き飛ぶということです』
おお……
たしかにね。
そう言われると桶が吹き飛ぶのも不思議ではない、か……。
『ええ、そうです。…………それとも、フィンさんは私のことを信じられませんか?』
ウッ……
闇のマリアンヌ……
君を信じない、なんてことは決してない。でもどう考えても桶飛んできたのはおかしいから……だが……それくらいの謎があった方がいいと師匠も昔言っていた。いい女には謎があるものだって。つまりは、そういうことなのか。
『そうですね、そういうことです』
なるほどね、理解した。
追及するのはやめよう。
でもね闇のマリアンヌ、これだけは覚えておいて欲しい。
俺は君の味方だ。
孤独だった俺の、唯一の味方でいてくれた君の敵には決してならない。だから闇のマリアンヌも、変わらず俺の味方で居て欲しい。
そもそも頭の中に他人の人格が発生してる時点で自分がおかしいことは自覚している。
その上で普通に振る舞っているのだ。
だから闇のマリアンヌもその規範から外れないようにしてくれよ。
『普通に……振る舞う……?』
ははっ、難しいとは言わせないぜ。
俺でも出来るんだ、闇のマリアンヌにも頑張ってもらう。
『いや……そうではなく……普通……いえ、そうですね。それでいいです。ばかたれ』
おっ♡
なんで罵倒したの?
ちょ熱いっ!
無言で何かを頭に垂らさないで!
『何もしてませんよ。脳に直接干渉してるだけです』
俺の頭になにしてんの?
俺がこれ以上おかしくなったらどうしてくれるんだよっ!
ただでさえアリシアさん以外に誰も受け入れてくれなさそうなのに、アリシアさんにすら嫌われたら俺もう、もう……!
『そうなったら貰ってあげますから気にしないでください』
あ、マジ?
ならいいよ好きにして。
でもあと十年くらいは仲間達と今の生活楽しみたいからそこは考慮してくれ。
……いい加減熱くなってきたな。
闇のマリアンヌとのやり取りも慣れたものだ。
風呂に入ってる時はどうしても無言になるから、いつも付き合ってもらっている。裸の付き合いという奴だ。突き合いはアリシアさん巨豚人と楽しんでるけどね。
しかし、いよいよ闇のマリアンヌも滅茶苦茶やるようになったな。
俺の脳内闇人格は現実にすら干渉出来るようになってしまった。
師匠に聞いてもそんな前例は聞いたことがないと驚くだろう。
ふっふっふ……これはいよいよ、俺も特別に近付いて来たんじゃないか?
アリアの聖剣と俺の闇マリ、どちらが強いか勝負といこう!
『道具が勝てるわけないでしょう?』
闇マリは道具じゃないんだが……
『あっそっち……フィンさんは、私でも見通せないことが多くて驚きます』
よせやい、照れるだろ。
『褒めてねーよばかたれ』
んふっなんでそんな酷いこと言うの……♡
あ~~……そろそろ上がるか。
いい加減寝ないと明日の朝起きれなくなりそう。
セラさんに腸の血抜いてもらって楽になったし、暫くは大丈夫だろ。またヤバくなったら抜いてもらおう。何度でも治しますって言ってくれたしな。
一回身体洗ってる時ブリッと血垂れ流したことあるからな……
あの時はヤバかった。
お湯で流して石鹸で香りを上書きすることで事なきを得た。
二度とあんな出来事を繰り返してはならない。
湯舟から身体を引き上げて、さて脱衣所に行くかと思った時だった。
「む。……フィン、そなたか」
ガラリと扉を開いて入って来たのは、身体を何一つ隠していないカルラ。
俺は急いで湯船に入り直した。
理由は単純、キスマークは、前後どちらにもあるから。
「カルラ。珍しいな、こんな時間に」
「そなたこそ、ここ数日遅いではないか」
「長風呂したくてな。誰もいない時間に入ることにしたんだ」
カルラは紅蓮の髪をアップで纏め、豊満な身体を堂々と見せつけながら身体を洗い始めた。
これはもうそういうお店のサービスだろ……
馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!!!!
仲間をそんな目で見るなんて許される訳がねぇッ!!
俺は絶対屈しないぞ、性欲に負けたりなんかしねえッ!!
赤髪が泡に包まれて、肌も泡に包まれていく。
チラッと見える桜色。
まずい!! 闇マリ助けて!! アリシアさんと実戦経験した所為で前より見ちゃう!! 具体的な興奮が脳裏をよぎる!!
こっこここういう時は巨豚人を思い浮かべろ……!
俺はアイツの行為に興奮はしているがアイツそのものに興奮はしていない。耐えろ! 耐えるんだ!
「んっ……」
!!!!!!?!?!?!?
鎮まれフィンフィン!
貴様の出番は今日ではない!
控えろ! 相手は武家の姫であるぞ!
いやしかし、フィンフィンピンピンでござるな……
『今日は一段とやかましいですね』
それくらいヤバい状況なの!!
キスマーク作ってる男とかうちで一番嫌われる男だろ!
みんなに嫌われたくないからバレないようにこの時間に入浴してたのに、クソッ……! まさかカルラがこの時間に入って来るなんて……!
『案外嫌われないんじゃないですか?』
なわけ。
相手はアリシアさんだぞ。
結婚を前提にしてるとかならまだしも、ただの肉体関係だ。それも秘密を隠すうえで協力させてるようなもので、こんなの知られたら全員に軽蔑される。
それはそれでいいんだが、今はそれを求めていないのだ。
悩んでいる間にカルラは身体を洗い終えて、湯舟に近付いてくる。
う、うお……すげえ……
こんなにきれいだったのか……
じゃなくて。
「……ふふ、なんだ。そんなに見たいのか?」
「やめてくれ。みんなに嫌われたくない」
「なあに、そういう目で見られても私は構わん。そも、見られたくないのならば共に入るわけがないだろう?」
エッ。
それは……もうゴールですな。
アリシアさんとの行為で進化した俺の乙女心解析力によりますと、これは私を抱いてです。
闇のマリアンヌ、ここは攻め時かと。
「……お、おい。なんだ、本気か?」
「……カルラ。俺も男だぞ」
「う、むぅ……」
「まあ、眼福とさせてもらってる以上、今更俺が言っても意味はないが……お前は美しいことを自覚しろ」
「…………そ、そうか。あいわかった」
そう言いながら、カルラは胸と大事な場所を手で隠しつつ湯船につかった。
「……いや余計エロいが」
「エッ……で、デリカシーがないのか!」
顔を赤くしながらカルラが言った。
おいおい……
カルラ、可愛いな。
まずいな、アリシアさんにイケイケどんどんで新たな性癖を開拓されてしまってからこういうノリになりがちだ。これは非常にマズイ。
まるでモテ男みたいだ。
俺は常識があって紳士的な盾役だぞ。
そんな、女をとっかえひっかえしてる男になるのはごめんだ。
俺の相手はアリシアさんだけだ。
誰にでも手を出すような男になんて決してなる気はない。
「悪い悪い、カルラが可愛くてな」
「ぐぬっ……そなた、随分と歯が浮くようなことを言うようになったものだな」
「伝えたいことはちゃんと口にすることにしたのさ」
「…………」
口元まで沈んだカルラはぶくぶくぶく、と湯に口から空気を吐いた。
…………。
カルラ、こんなに可愛かったのか……。
どうして今までの俺は、一緒に風呂に入っておいて淡泊な付き合いをしていたんだろう……。ドMだからってあまりにも消極的過ぎたんじゃないか? もっと攻めて良かったんじゃないか? 師匠、俺、ドMでもありドSでもあったのかもしれません。
なんていうか、こういう女性の姿を見ると……ゾクゾクする。
『それもまた、あなたの性癖です』
そうか……
そうだよな、闇マリ。
これも、俺の一つの姿か……。
ドMもドSも、平等に俺だ。
それじゃあ、この欲望は?
こんなかわいい姿を見せてくれて、そういう目で見てもいいと言って裸で入浴してるカルラも手に入れたいと思うこの醜い感情も、俺か。
『そうですね。私はそれを否定しません。ヒトの感情は、ありのままで良いのです』
う~ん……。
俺はそうは思わない。
俺のドM願望もそうだけど、人の欲望には際限がないんだ。だからどこかで抑えて満足できないと、何もかもを求め続ける怪物になっちまう気がする。
だから俺はその感情は抑えた方がいいんじゃねーかな。
ドMで、特別でない、ただのフィン。
それが一番いい気がする。
『…………それは、あの闇森人に育てられたからですか?』
師匠に?
ああ……それはあるかもな。
師匠に育てられたんだから、相応の在り方でいたい。恥の多い人格でも恥の少ない人生を送っていこうと思う。
『チッ……厄介ですね』
おお、闇みたいなこと言ってる。
「……フィン、そなた、少し変わったか?」
「そうか? 師匠と会えて、少し昔を思い出したのかもな」
「それだけではないだろう。……うむ、前よりも男らしいというか。まあ、その、なんだ。……男ぶりが上がったな」
「惚れたか?」
「ああ」
そっか、惚れたか。
…………。
…………!?
「……なんだ」
「い、いや……聞き間違いかと思った」
「聞き間違いなどではない。私はそなたに惚れてるぞ。ずっと、ずっと前からな」
エッ、エッエッ……
ザバァ、と音を立ててカルラが立ち上がる。
ウワッ全身見えてる!
マズいっフィンフィンが!
「そなたを、愛し────」
そこでふと、言葉が止まった。
カルラの目は俺を見ている。
正確に言えば、俺の肩に向けられている。
「…………おう、フィン。何を言いたいかわかるな?」
「…………さて、そろそろ上がるとするか。のぼせるなよ」
「たわけ、逃がさぬわ。なあに、裸の付き合いだ。好きに見るがよい。その分、そなたには吐いてもらわねばならぬが……」
カルラが肩を掴んだ。
ぐ、ぐおおおおっ!
流石は剣士ッ握力がすごいっ!
た、立ち上がれんっ!!
色んな意味で立てないっ!
勃ってはいますけど笑
『死ね』
「な、フィン。これはなんだ?」
トントン、と肩に刻まれた痕を指で叩きながらカルラは言った。