ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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85 【紅蓮の剣聖】カルラ・ツカモト④

 カルラが夜に目を覚ましたのは偶然だった。

 精神に不安があったわけでもなく、昼に寝過ぎたわけでもない。単純にたまたま、夜中に目が覚めてしまった。

 

 寝なおそうと毛布にくるまっても、中々眠れない。

 その内眠れるだろうと目を瞑っていたが一向に意識が重くならず、寧ろ目が冴えていく始末。

 

 そうしている間に喉が渇いてきたので、身を起こし、寝巻のまま台所へと足を運んだ。

 

(──……余計眠れぬな)

 

 王都での生活は長いが、この家で暮らし始めてからは一年と半年といったところ。

 窓の外は街灯が照らし暗闇を滅ぼしている。

 道行く馬車や人さえいる。

 治安維持のために見回りをする衛兵がいるからだ。

 

(思えば、随分違う道を歩んでいるものだ)

 

 魔道具など見たこともない東方諸国を飛び出して、数年の旅を経て王都に辿り着いた。

 

 賞金稼ぎ、用心棒、そして冒険者。

 いずれも根無し草の如き立場であり、剣の道を歩ために仕方なく選んだ道であった。冒険者としてパーティーを組むことを許したのは、いつまでもフラフラ歩いているよりかは鍛錬に時間を使える方が得だと考えたから。

 

 足を引っ張るようならやめればいい。

 腕の一つで生きていくには十分すぎるのだから。

 

 それから、五年。

 短く、しかし、濃すぎる日々だった。

 

 同性の頼れる仲間ができた。

 アストレアとは馬が合わないが、そんなことがどうでもいいくらいには信頼している。かつてはいがみ合い、時には剣を向けたことすらある。その度に仲介をしてくれたフィンやマリアンヌには何度謝罪しても足りないくらいに。

 

 剣の道も、高みへ登った。

 未だ山の途中ではあるが、かつて己が焦がれた【剣聖】として過不足ない力を身につけた。近隣で一番の剣士といえば、カルラ・ツカモトの名が上がる。

 それでもなお勝ちの目が見えない、というのが実の父親なのだ。

 まだまだ満足する段階ではなかった。

 

 そして何より──フィンに会えたこと。

 

 愚かしく、無知蒙昧だった小娘を一人前の剣士にしてくれた男。

 

 剣ばかり見ていればいいと思っていた浅はかな人生観を打ち壊してくれた愛しい人。

 

 たった五年、わずか五年。

 ほんの僅かな期間で手に入った、カルラの宝物。

 失いたくない、ずっとこのまま不変でいたい──そう思えてしまうような、煌びやかな日々。

 

 不変だった日常は、今や形を変えた。

 

【勇者】、【天聖】、【魔弓の射手】。

 ハイエルフの末娘に、エルフの冒険者。

 それに加えて王女や貴族令嬢──かわらないでほしかった日常は、あっという間に姿を変えてしまった。嘆くことはしない。ただ、こんな夜には思わずにはいられなかった。

 

 ──我ら四人で、かわらぬまま、心地よい生活を送る。

 

 それだけの願いも叶わぬものか、と。

 

「……やはり、夜はよくない」

 

 夜に一人でいると無用な考え事をしてしまった。

 何よりも無意味な行為だと頭を振り払う。

 

「いっそ、湯浴みでもするか」

 

 そうして入った風呂にはフィンがいて、いつもと違う雰囲気で胸が高鳴るような感覚を味わいながら、愛を囁こうとした瞬間──肩に刻まれた、雌の痕跡を見つけた。

 

 

 ────

 ──

 ────

 

 

 気まずい沈黙があった。

 

 キスマークを指摘されたフィンは無言のまま視線を下ろす。

 カルラはそんなフィンの姿を見て、ズキリと胸が痛んだ。

 

「これは……虫刺され、なんて誤魔化しは求められてないだろうな」

「ああ……騙されてはやらぬ」

 

 ズキズキと胸が痛む。

 胸の内が苦しくて、息を乱して、肩が上がる。

 

(……ふふ。こんなにも、厳しいものか)

 

 カルラとて大人の女だ。

 性欲やら、男の感情やらには理解がある。

 フィンは十九歳で戦士だ。滾り昂るのは無理のない話で、その相手は一体誰になるのかと戦々恐々としていた。

 

(自分が選ばれなかった。それでも愛そう。……く、くく、何も知らぬ小娘の言葉だ)

 

 正直に言って、今すぐこの場を飛び出して、情けなく喚きながら〈不浄領域〉にでも突撃したい気分だった。

 

 カルラはフィンの選ぶ道を尊びたい。

 アピールはしても、それ以上はしないことを心に誓っている。

 まあ、ぽっと出の女が突然増えた時は流石に口を挟んだが……それくらいは愛嬌だと言ってもいいだろう。ぐいぐい踏み込むことすらできない、今の環境が心地いいのだと逃げていた女三人で姦しく牽制していたのだ。

 

 どうかこのまま、願わくば、我ら四人欠けることなく。

 それは三人が抱く無意識の願いだった。

 

「…………抱いた。まあ、金じゃない。普通の、男女の関係だ」

「…………そうか……」

「娼館は、行ってない。みんな嫌そうだったしな。行ってみたかったけど、一度も行ってない」

「そ、……ん、待て、フィン。娼館に行かなかった理由は、まさか……」

「……みんなに嫌われたくなかったから行かなかっただけだ。俺も男だ」

 

 カルラは目を見開いた。

 

 確かに、娼館通いを自慢するような男どもを見て嫌悪したことがある。

 

 カルラも、マリアンヌも、アストレアも。

 そういう欲があることは知っているが、それはそれとして自慢するような感性は好きではなかった。確かあれは、パーティーを組んで間もない頃の話だ。

 

「……では、フィン。そなた、それまでどうやって……」

「……いや、ちょっと待てカルラ。それはおかしくないか」

 

 ここで、フィンの待てが入る。

 

 おかしいと言われたじろいだカルラの隙を逃さないまま二の句を告げる。

 

「あ、ああ、すまな──」

「──もうそれは……エッチな話だろ。裸でエッチな下の話をする。流石にそれは、俺も男として黙ってはいられない」

「い……い? う?」

 

 ザバァ!

 

 フィンが勢いよく立ち上がった。

 

「う? うひゃあっ!」

 

 フィンのフィン、略してフィンフィンもたちあがった。

 

「あのなカルラ、前々から言いたかったんだが……」

「う、お、おう?」

「常識的に考えて、男が入ってる風呂に乱入してくるのは誘ってるようにしか思えないんだ」

 

 ザブザブ音を立ててフィンが足を進めた。

 ザブザブ音を立ててカルラが足を下げた。

 

「正直に言おう。一緒に暮らすようになってから、俺はソロで適当な依頼に行く時に……致している」

「いっ、致している!?」

「仕方ないだろ。娼館にも行けず、家でするわけにもいかない。部屋にエロい格好して入ってくるカルラの残り香で俺がどれだけ悶々としていたかわかってるのか? 好きとか嫌いとか、それ以前に、見た目のいい女が周りで無防備な姿晒してたら俺みたいな男はいくらでも興奮するんだよ。マリアンヌはかわいいし、アストレアは木の上にいるからよく下着見えるし、カルラは下着どころか生肌晒してるし……いい加減にしろ、襲うぞ」

「えっ、う、おお……」

 

 フィンの目には力がこもっていた。

 カルラはその瞳を見ていられず、視線を逸らした。

 逸らした先には言葉を証明する証拠があった。

 

(ん、ん、ん!? なんだ!? なにが起きてる!? モツはおきてる。ではなく! 興味がなかったわけではないのか!? けだもの!?)

 

 慌てふためくカルラを尻目に、フィンが視線を落として、静かに呟く。

 

「俺は……【払暁】が好きだ。なんでもない俺がやっと手に入れた場所で、好きな三人と一緒にいられるから。だから、それを崩すようなことはしたくなかった」

「あ……」

 

 混乱しつつも、フィンの言葉を理解する。

 

「男で、農家の出身で、特別な力だってない。師匠に育てられてなければ、とっくにどこかで野垂れ死んでた。今でもそうだ。ここを離れれば、俺はどこに行けばいいのかすらわかってないんだ。社会のあり方だとか、強い組織だとか……なにもわかっちゃいない。わからないんだ」

「フィン……」

「……だから俺は、いい盾役でありたいんだ。どれだけ価値がなくたって、価値のある皆を守れる唯一の男。そうでなくちゃ、俺に価値なんてないから」

 

 カルラはその瞬間、フィンの吐き出す感情を理解した。

 

「そなたは……自分を、信じられないのか」

「……そうかもしれない。どうしようもない男だって理解してるから。カルラも、本当の俺をしれば幻滅するだろ?」

「そんなことは──」

 

 ない。

 否定することは簡単だ。

 だが、フィンはそうだと信じ込んでいる。

 どうしてそんな風に思っているのか。

 簡単な話だ。

 これまでのフィンの境遇を考えれば、すぐに理解できた。

 

 金等級冒険者でありながら、二つ名がない。

 同業の冒険者達には侮られ、駆け出しから中堅までもがフィンの陰口を叩いている。

 女性三人と比べて地盤が弱く、自分の力で得た後ろ盾が存在しない。

 特別な師匠である【天聖】はフィンのことを溺愛しているが、フィンは力を借りることを極力避けようとしている。

 

 特別な自分たちと比べて、フィン・デビュラは、特別でないから。

 

 これまで、そうやって、どれだけフィンのことを否定してきた?

 

 娼館に行く男共を嫌ったとき。

 体を清めることもせず、傷まみれで薄汚れていたフィンを見て眉を顰めたとき。

 防ぐことに失敗し敵の攻撃をくらい足を引っ張ったとき。

 その度に、精進しろだとか、まだまだとか、そんなことを言ったとき。

 

 その度にフィンは受け入れた。

 泣き言も言わず、ただひたすら頷いた。

 

 時が経つにつれて、そういったことは言わなくなっていた。

 

 それはカルラの態度が軟化したのも大きいが、それ以上に、フィンが変わっていったからだ。

 

 ではなぜ変わったのか?

 それは、【払暁】の三人が言ったからだ。

 理想の男になれと押し付けた言葉が、フィンを変えていったのだ。

 

「──う、ぷっ」

 

 カルラは口元を押さえた。

 

「カルラ? 大丈夫か?」

 

 吐き気が込み上げてきた。

 喉元までせり上がってきた何かを強引に飲み込んで堪えながら、カルラは気丈に振る舞う。

 

「……大丈夫だ。見苦しい姿を見せてしまったな」

「ん? いや、見苦しいというか……たわわ……」

 

 フィンの視線がカルラの胸部に向く。

 だがカルラはそれに気が付かなかった。

 

(私は────私達は、一体どれだけの罪を……)

 

 カルラは俯く。

 プルプルと震えながら、自責の念を浴び続ける。

 

(フィンがこうなったのは、全て我々の責だった。それを考えもせず、もっと頼ってほしいだの、信じてほしいだの……バカか、私は……!!)

 

「……フィン。謝って許されるようなことではないが……すまなかった」

「エッッッ」

「……ん?」

「いや、謝られるようなことじゃないさ。俺の本性は、そんなもんだからな」

「オッ」

「ん?」

「……い、いや、なんでもない」

 

 カルラは頭を下げている。

 その関係で、まあ、目の前にブツがある。

 ピク、と動いたために驚きの声が出た。

 それだけだった。

 

(…………なぜ我らは裸でこんな話を……?)

 

 カルラはふと正気に戻った。

 

「……で、だ。互いに、言いたいことは言ったわけだが」

「む、お、おう。そうだな?」

「その上で──どうするって話だ」

「どう、するか……今後の話か……?」

「ああ。エッチするかしないかだ」

「ああ……あ?」

 

 キョトン、と顔を見つめる。

 

 フィンは大真面目な顔だった。

 

「いや、男女二人、裸で混浴。することはもうエッチだけだろ。他になにがある?」

「……い、いや、いやいやいや。そうじゃないだろう。それはダメだろう。お前にも相手がいるだろう?」

「フッ……普段からハーレム野郎だの肉バイブだの陰口叩かれまくってる俺がそんなこと気にすると思うか?」

「きっ……気にしろたわけ!」

 

(な、……なぜこんな積極的に!? うひっ!? ぴとって! ぴとってした!)

 

「それともなんだ。嫌か?」

 

(い、嫌ではないがっ! 嫌じゃないが! そうじゃないっ!)

 

 いつになく積極的なフィン。

 相手がいるだろうという正論もそんなの関係ねえと薙ぎ払われてしまった。それに加えて誘うような行為をしているのはいつだってカルラである。フィンからしたことなど殆どない。男の入ってる風呂に入って襲われたと言うのは愚か者のすることだ。

 

 受け入れるべきだ。

 受け入れるべきではない。

 どちらも言い分がある。

 

『受け入れてしまえよ……抜け駆けしてしまえよ……』

 

 闇のカルラが囁く。

 

『仲間との誓いを守れ。剣聖なのだから』

 

 光のカルラが囁く。

 

 風呂の熱気。

 フィンの眼差し。

 異性愛と友情。

 ぐるぐると頭の中で巡った問答の末に、カルラは答えを出した。

 

「────お、お、お相手に了承を頂きたく……」

 

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