ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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86 【被害者】アリシア・ラ・アエラス

「──というわけでアリシアさん、カルラが会いたいそうだ」

「…………?????????」

 

 アリシアの脳は理解を拒んだ。

 

 突然新拠点にやってきたかと思えば用があると書き置きを残し姿を消したフィンを探して依然ギルドで借りた民家に行けば、我が家の如く過ごしているフィンを発見。

 

 一体なんの用事なのか?

 なぜわざわざ人目を避けて誰にも悟られないように書き置きだけ残していったのか?

 まさか、もう、するつもりなのか?

 流されてはダメ、やっちゃいなさいよ、二つの感情がせめぎ合い胸が高まる中フィンが告げたのは、理解を拒まざるを得ない意味不明な言葉だった。

 

「えっと……なに? フィンくんは日常的にツカモトさんとお風呂に入ってて、私のつけちゃった痕で「キスマークな」……痕でえっちしたのがバレて尋問された結果、なぜかツカモトさんが私に挨拶してからエッチするって言いだしたの?」

「その理解で間違いない」

「……えっと……フィンくん、気は確か?」

「もちろん正気だぞ」

 

 アリシアは頭を抱えて机に突っ伏した。

 

(も……もう、全部めちゃくちゃ……! 何もかもがめちゃくちゃ! まずなんで当たり前のように一緒にお風呂入ってんのよ! 意味わかんないでしょ! バレるでしょ! 気を付けてよ! 付けちゃったのは悪いけど! ええごめんなさいね興奮してました! それは私のせいだけどっ! そんで何をこの子は悦んでるの!? なにも嬉しくないわよこっちは!!)

 

「どうした、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないわ……一応聞きたいんだけど、私だって言った?」

「言ってない。バレたらまずいしな」

 

(ほっ……! 首の皮一枚繋がった……)

 

 これで相手が誰だと明言されていたら詰んでいたが、まだ何とかなると気持ちを持ち直す。

 

 しかし依然状況は厳しい。

 フィンがこれまでドマゾの内心を抑え込めていたのは童貞だったからだ。童貞で、そういう行為を働くと【払暁】での生活に支障が出ると思っていたから必死になって抑えていた。

 いや、ドマゾなのは隠している。

 童貞でなくなったからこそ、自分の本性を知ってなお良しと言ってくれる女性に出会ってしまったからこその現状だった。

 

(内容はどうであれ、フィンくんが愛に飢えてるのは間違いないのよね……)

 

 これまで己を受け入れてもらえると思っていなかったが故の開き直り。

 ……に加えて、ドマゾで罵られ自分自身を蔑むことで興奮できていた男が、アリシアとの行為を経てサディスティックな一面が発現。これに関してはぶっちゃけアリシアの所為なので、彼女もそこに強く出ることができなかった。

 

(きっと言い逃れできないから正直に答えてるうちに我慢できなくなったんでしょうねー……想像できるわ。それで急にフィンくんがストレートに言ってきたからツカモトさんが慌てて動転してる間に畳み掛けたら正気に戻って、状況を理解してとんでもないことになると察知して、その場しのぎの言い訳で逃れた、と。多分そんな感じ……)

 

 まるで現場を見てきたかのような理解度。

 間違いなくこの世界で最もフィンを理解しているのは彼女であった。

 

「すまなかったとは思ってる。だが、敢えて全員寝ている時間を選んでたのに入ってくるとは思わなかったんだ」

「それは……本当にそうなのよね。なぜかは聞いた?」

「目が覚めたから、だそうだ」

 

(誰が避けれんのよ……)

 

 アリシアはこめかみを抑えた。

 

(…………そうなると、悪いのはそうせざるを得なくした私よね……)

 

 冷静に考えて、そんな痕を付けていなければそもそも追求されるようなこともなく、フィンはこれまで通り正常に(?)カルラと共に入浴できていたのだから、初めからそんなことをしていなければよかっただけなのだ。

 

 流されてダメよと言いながら昂った自分が悪いのでは?

 アリシアはそう考えた。

 

「…………本当にごめんなさい。これは私の所為よね……」

 

 はぁ、とため息を吐きながら言う。

 

 なんだかんだ、気分が乗っていたのは事実だ。

 真剣に捉えていなかったわけではないが、自分が好ましいと思っていた男性と密接な関係になれたことに浮かれていたことは否定できない。美人三人と同居していてなぜか(・・・)たまに風呂に入ってることも聞いてはいたのだから、もっと注意しておくべきだったのだ。

 

 互いに未経験同士、加減がわからなかったのもある。

 

 しかし、己の不始末が原因で大事になるのはアリシアにとっても不本意だった。

 

 謝罪したアリシアに対し、フィンは首を横に振った。

 

「そんなことはない。俺も調子に乗っていた。そもそも、俺があそこで無理なお願いをしなければよかっただけの話だ。それを脅すような形で肉体関係を迫ったのだから、非難されるべきは俺だ」

「それだって応えなければよかっただけよ。フィンくんの性癖はわかってたんだし、私が冷静になればよかったの」

「しかし……師匠やアリアですら知らない俺の本性を知ってなお離れていかず、解消に手を貸すと言ってくれたアリシアさんに付け込むようなことをしたのは紛れもない俺の責任。そこは譲れない」

「でも、暴くようなことをしたのは私なんだから……」

「それも心配してくれたからだろう。人の優しさを逆手にとって肉体関係を迫った、醜い俺が非難されるべきだ」

 

(うっ……マゾだろうがなんだろうが、こういう所は変わらないのよね……)

 

 フィンの本質はマゾだとかサドだとか童貞だとか、そんな部分にはない。

 

 根本的に善良なのだ。

 だからこそアリシアも惹かれた。

 傍若無人に振る舞う英雄ではない。清く、しかし力強く太い根を張る大木のように芯があり、それでいて社会への理解を示せる傑物。

 

 己の立場を客観的に判断し評価できるのは、紛れもなくフィンの才能だ。

 たとえそれが、卑下から生まれたものであったとしても。

 

「……今日話を持ってきたのは、念のため話を聞こうかと思っていたからだ。正直に言えば、三人でエッチなことをしたいという気持ちがあったのは否定しない」

「それは言わなくていいことなのよ……」

「伝えてドン引きされるならそれはそれで気持ちいいし、黙ってるのも悪い気がしてな……」

「黙りなさい」

「ンフッ」

 

(ハァッ、フゥッ、おち、落ち着きなさいアリシア……怒ってはいけないわ……これがフィンくんだもの……私は全部受け入れるって言ったでしょ……)

 

「だが当たり前だが嫌がることは分かっていた。バレるリスクが高すぎるからな」

「……でも、これだとフィンくんがその、汚れた男だとか言われかねないわよ。どうするの?」

「……その時はその時だ」

 

 ふっ、と笑みを浮かべた。

 

「悦んでんじゃないわよっ!」

「おほっ! ……流石はアリシアさんだ。俺の脳内闇人格に匹敵する精度……やはり結婚しないか?」

「しねーわよっ!! ……ん? 今なんて……」

「結婚するか、と……」

「その前に決まってんでしょ!!」

 

 明らかに「楽しい」という感情に包まれているフィンに青筋を浮かべつつ、とんでもない発言をされた気がして問いただした。

 

「いや、単にアリシアさんが俺の最も信頼する脳内闇人格と同じくらい俺を理解していると思ってな……」

「……ん、ぇ、うん? 脳内……え?」

「脳内闇人格だ。誰にも言ったことはないが、俺は頭の中に俺じゃない人格が幾つかあってな。よく会話してるんだ」

「……ん、う、う〜〜ん……うん、うん、ううん。そうなんだ」

 

 さらっと吐き出された情報に対し、アリシアは再度理解を拒んだ。

 

(ん、の、脳内やみ? 人格? え? 頭の中に人格があるってこと? どういう……えっ? 本当に正気? 本当に壊れてないの? …………よし、忘れましょ。私はなにも聞いてないわ)

 

「……それはさておき、どうするかよね。まず当たり前だけど会わないしエッチもしない。フィンくん、そうやって身近な女性に手を出していくの良くないわよ」

「む、……そうだな」

「私が独占欲で言ってるわけじゃなくて、ズルズル増えていっていずれは公になりかねないから言ってるの。わかるでしょ?」

「ああ」

 

 急に異性にモテ始めた男の動きは大抵相場が決まっている。

 アリシアは異性との交際経験はないが、エルフらしく耳年増でそういった話に関しては冒険の途中でかなり耳にしている。酒場で酔っ払った冒険者、調子に乗って絡んでくる冒険者、地方の小さな社会で王として振る舞っているような勘違い権力者……金と権力を握った後はもれなく異性だ。

 

 フィンがそうなるのは、アリシアは決して望まない。

 

「将来……そう、将来的にフィンくんが本当に結ばれたい女性と出会った時、いや、今周りにいる女性でもいいけど、この人のことが好きだ、愛してると思えるようになった時に今の関係は絶対に足を引っ張る。我慢に我慢を重ねてきたフィンくんがこれまでの分を発散したいと考えるのは、不思議じゃないこと。それでも今好き放題にしていいことにはならないの」

「……アリシアさんが相手なら全て解決するが」

「ん゛ん゛っ……! 冗談じゃないのがタチ悪いのよ……!」

 

 にへら、とフィンは笑った。

 あまり見せない笑顔に思わずぐっと唸りつつ、アリシアは続ける。

 

「とっとにかく! ハーレムだめ! 今はだめ! わかった!?」

「わかった。俺としてもアリシアがいれば文句はない」

「あっアリっ……!?」

 

 急な呼び捨てにドギマギしながら、それでもグッと堪えた。

 

「……フィンくん、揶揄ってる?」

「……? 信頼を見せるためにも気安くした方がいいと思っただけだが……」

 

(嘘じゃ……ないのよねぇ……。こ、この、女たらし……!)

 

「……なら、カルラには黙っていてもらうしかないな。そもそも俺がアリシアさんと肉体関係にあるとして、それを理由に【払暁】に不利益を齎す気は一切ない。それで説得できるか?」

「それは……大丈夫。そういうことは疑わないでしょうね」

 

 問題となるのは相手が誰であるか。

 アリシアとしては全く根回しが進んでない現状、発覚するのはなにがなんでも避けたい。カルラが相手でまだマシだったと思わざるを得ないだろう。

 

(アストレアやマリアンヌちゃんだったら終わってたわね……不幸中の幸いよ)

 

 フィンの性欲云々に関しても誤魔化しが効く。

 そもそも当たり前のように入浴しているのがおかしいのだ。

 思春期の青年と一緒に入浴しておいて性欲を見せたら嫌悪感を滲ませるなど、アリシアからすれば何言ってんのとしか言いようがない。

 

 もしそんなことをするようだったら、これまでの慎重論全てひっくり返してフィンを【払暁】から引き離すことすら辞さない心構えだ。なんなら全て暴露してでもフィンを守るつもりでいる。本人はこれで入れ込んでいないつもりだった。

 

(あーだこーだ言っちゃったけど、フィンくんだってこうなりたくてなってるわけじゃないもの。それをまだ誰もわかってないの。ツカモトさんは、フィンくんが抑圧されて歪んだと知ってどうするのかしら……?)

 

「……悪くはない傾向なのよねぇ…………」

 

 どうせいつまでも隠してはおけない。

 フィンの精神状況から考えても、死ぬまでそのままとはいかないだろう。緩やかに少しずつ味方を増やし、周囲の人物を理解さ(わから)せていくしかない。

 

「そうか? 俺はいっそこのままアリシアさんと二人でやっていくものだと思っていたが」

「…………っスゥー……ふぅ……私だけじゃ抱え切れないわよ、フィンくんは」

 

 息を吸って吐いて、たっぷり考えてからアリシアは答えた。

 

「いずれみんなにわかってもらわないといけないもの。そうじゃないと、君が幸せになれないじゃない」

「……そうだな。それもそうだ」

「あ、この場合の幸せは全員に囲まれて嫌悪されて罵られて興奮することではないわよ」

「!!!!?!??! なにっ」

 

(絶対そんなことだろうと思ったわ……)

 

 フィンが驚愕し立ち上がり、アリシアはため息を吐く。

 

「前途多難ね……」

 

 道のりはまだ長い。

 

 茨の道に踏み込んで数日で更なる地獄に送り込まれている気がした。

 

「……それで、どうする?」

「……どうする、ってのはどう言う意味かしら」

「せっかく二人きりでこの場所を借りたんだ。……するだろ?」

 

 フィンの目に、ゾクっと背筋が震える。

 

 それは決して恐怖や嫌悪ではない。

 間違いなく興奮、昂りだった。

 

(……だ、だめ。流されちゃ、だめよ。……でも、ダメダメ言って抑え付けちゃ、暴走しちゃうかもしれないし……今回みたいに……)

 

「…………ちょっとだけよ? ちょっと、ね?」

 

 仕方ない。

 抑え付けては意味がないのだから、仕方ない。

 アリシアはそう己に言い聞かせた。

 

(今度こそは流されたりしないわ! えっちなんてもっての外! そう、解消してあげるだけでいいのよ! 解消よ解消、処理だから! したいからするわけじゃない! だから、うん。それくらいは、してあげないとね……)

 

「──そうか! 実はこんなものを持ってきたんだ、ぜひ使ってくれ」

「……え?」

 

 そう言いながら、フィンは荷物から道具を取り出した。

 

 ゴトッ……

 机の上に置かれたのは、黒革の鞭だった。

 

「……………………」

「前回俺が調子に乗ったのは、おそらくマゾ刺激が足りなかったからだろう。だから今回、身体を使った虐めにあまり乗り気ではなかったアリシアさんのために道具を持ってきた。大丈夫、足はつかない。裏路地にある一見お断りの店で手に入れてきた」

「……………………」

「これがあれば俺も調子に乗ることはないだろう。逆転エッチというのも素晴らしいが、やはりマゾの気質こそが俺を俺たらしめていると思う。だから今日は初心に帰って徹底的に虐められようと思ったんだ。さあ、アリシアさん。大丈夫、鞭で出来た傷に関しては神殿で治す。尻穴に杖をぶち込まれるのに比べればそれくらい安いもんだ」

「……………………」

「すでに神殿で内臓も治した後だからどれだけ痛めつけられても問題ない。さぁ、アリシア! 好きなように俺をいたぶってくれ! 今回は決して調子に乗ったりはしない! 情けなく無様にあえぐ俺を見て嫌悪し罵ってくれ! …………アリシア? う、うおっ、白目剥いて気絶してる……」

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