ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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87 【紅蓮の剣聖】カルラ・ツカモト⑤

 時は少し遡る。

 

 フィンの入浴中に乱入し浴場で欲情したカルラは、あまりの出来事に一睡も出来ないまま朝を迎えていた。

 

 寝なければと思い目を閉じる。

 するとどうしたことか、これまで何度も見てきたフィンの裸体が浮かび上がる。

 

『カルラ……俺は、本気だ……』

 

 そう言いながら迫るフィン。

 否定しようにも身体に力が入らない。腕を抑えられ、たくましい男の力を否応にも感じさせられる。剣士として鍛え上げた肉体が全く通用しない。そんな事実に怯え、恐れ、悔しさすら感じながらも、どこか心地よさがあった。

 

 これまでどれだけ誘っても全く反応しなかったフィン。

 

 最早女として見られていないとすら思っていた。

 

 身体を触れさせても、見せつけても、フィンはカルラに食指を動かさなかった。

 だから、きっと自分が選ばれることはないと思っていた。

 マリアンヌが選ばれるのだろう、と。

 

 パーティーを組んだ初期の頃から二人はなんとなく通じ合っていた。

 同い年で、組んだ時にはそれなりの剣士だったカルラや銀等級だったアストレアとは違い、一からの叩き上げである。互いに通じ合うのは道理だ。

 

 口では牽制するようなことを言いつつも、なんとなく諦めていた。

 

 フィンに嫌われるようなことはしていても、好かれるようなことはしてこなかったのだから。

 

 だから──叶わぬ愛を向けていた男が性欲全開で迫ってきて、カルラは明け方を迎えるまでずっとパニックだった。

 

 瞼で視界を遮れば、焼きついた裸身。

 目を開いて忘れようとすれば、出来事を思い出してしまう。

 寝よう、寝れない、寝よう、寝れない。

 それは期待か、それとも動揺か。

 別に精神的に不安定でもなんでもなく、ただひたすら興奮により眠れない夜を過ごしたカルラは、何度目かの眠気のピークを迎えた時に気がつく。

 

(────そういえば、私は、なんと言ったか……)

 

 金銭関係などではない、男女の仲を築いた相手がいるフィン。

 だというのに堂々と「裸で入ってきて襲われないわけないだろ」と言い放ち関係を迫ってきた彼に対し、カルラは究極の二択を迫られた。

 浮気をするか、諦めるか。

 武家の娘として人の男に手を出すなど言語道断。許されざる行為である。

 だが誘ってきたのは向こうだ。こちらも乗らねば無作法というもの。それが愛している男ならば尚更で、更に諦めていた恋が報われるとなれば望外の喜び。

 

 心の闇が囁いた、我慢するのやめちまえよ。

 心の光が遮った、剣聖として恥ずべきことはするなと。

 

 ごちゃ混ぜになった心が吐き出した言葉は、なんだったか、と。

 

(……………………)

 

 それを思い出す前にカルラは眠りについた。

 

 そのことを後悔するのは、フィンが帰宅し眠りから覚めてからのことだ。

 

 

 ────

 ──

 ────

 

 

「──というわけでカルラ。悪いんだが無かったことにしてくれ」

「お、おう。…………ま、待て。ちょっと待ってくれ、フィン」

 

 起きて顔を洗ってぼんやりしていたタイミングで、フィンが部屋を訪れた。

 

 寝巻から着替えたばかりのカルラは夜のことを思い出しあたふたしていたが、それどころではない言葉がフィンによって放たれたことで一気に意識を覚醒させた。

 

「すまないが、もう一度頼む。聞き間違えてしまったようだ」

「そうか? まだ眠いなら全然寝てても……」

「いや! そこまでではない。なに、大丈夫。目が覚めた。次は聞き間違えたりせんぞ、うん」

 

 主に衝撃的な内容によって──大きく息を吸って、吐く。

 

(……い、今、なんと言った? 相手に私のことを伝えた? いや、いやいや……そんなことはないだろう。ないはずだ。愛し合っている男女の間に割り込もうとしている女を、意中の女に伝えて性行為に及んでいいか確認したなど、まさか……)

 

 まさかそんなことを聞いたわけがないだろう。

 慎重に呼吸を整えて、カルラはフィンの言葉に耳を傾けた。

 

「ならいいんだが……とりあえず、二人で話し合ってカルラとエッチするのはなしになった。すまん」

「……あ、あ、あ……ああああ……!」

 

 聞き間違いではなかった。

 カルラは白目を剥いた。

 

 そう、あれは場の雰囲気に流されて言ってしまったことだ。

 断らなければいけなくて、そもそも悪いのは男性に裸を晒し誘惑していた自分である。

 寝て起きて、冷静になったからこそカルラはそう思った。

 

 しばらくは気まずくてまともに顔も見れないかもしれないが、フィンとてまさか相手に言うわけがないから自然となかったことになるだろう。もし話す機会があれば、忘れてくれと言えばいい──そんな甘い考えは、僅か半日足らずで崩壊した。

 

「な、なぜ……なぜ言ったのだ……?」

「なぜって……そりゃあ普通にしたかったからだが……」

 

(そ……それ自体は嬉しいがっ。喜んではいけないが、嬉しいがっ!)

 

「ど、どのように聞いたのだ!?」

「どのように……? 普通に、カルラにエッチするかどうか会って相談したいって言われたと」

 

 終わった────……。

 

 カルラは一筋の涙をこぼした。

 

 好きな男に裸を晒す彼女ではあるが、当然その身は純潔のままだ。

 

 調子に乗って身体を触ろうとしてくる荒くれ者を許したことはなく、たとえ自分より強い男であっても決して屈する気はない。貞操観念に関してはフィンに対するものを除いてまともだと思っていい。

 

 武家の娘として叩き込まれた常識と、旅の間で見知ったさまざまな経験が今の彼女を形作っている。

 

 そんなカルラからしても、己の言動が普通ではないことは理解している。

 

 それでもやめなかったのはフィンに相手がいなかったからだ。

 もしもフィンが身の回りの女性──それこそマリアンヌやアストレアと想いを通じ合っていたのならば、共に入浴することはなかっただろう。

 願わくば、私のことを魅力的だと思って欲しい。

 あと素直にフィンの身体が魅力的で見たい。

 あわよくば、手を出して欲しい。

 選ばれないとしても、今こうしてアプローチすること自体は誰に憚ることでもないはずだ。

 

 彼女はそう考えていたのだ。

 

 それが、前提丸ごとひっくり返った。

 

 好きだと愛を交わし身体も重ねている男女にすり寄る女になってしまった。

 

 それなのにも関わらず、フィンの独白や急に積極的になってグイグイ攻めてきたことに動揺し慌てふためいて『エッチするなら相手の許可をくれ』などと口走り、根が真面目なフィンがそれに同意し馬鹿正直に聞きに行ってしまった。

 

 その結果何が起きたか?

 

(父上……申し訳ありません。私は、塚本家の恥晒しです……)

 

「うっ……ううっ、うああっ……!」

「エッ……か、カルラ?」

「ふ、ふふっ、ふははっ! フィン、そなた、そなたはあっ……!!」

 

 カルラの瞳から涙が溢れる。

 失恋に加え己の卑しい行為が衆目に晒される可能性があることを理解したのだ。常識的に考えて、己の愛する男に『エッチなことしたいから彼女に会わせて欲しい』と言ってくる女など頭がおかしいとしか思えない。

 

 もしカルラがフィンと結ばれたあとそのような女が出てきたら、剣聖の名に恥じない一振りに成り果てるだろう。

 

 しかしなんの因果か、カルラがそんな女になってしまった。

 

「う、うぅう〜……! ぐうっ、ふぐっ……!」

「か、カルラ……」

 

 困った表情をしたフィンが、涙を流すカルラの隣に腰を下ろした。

 

(私が悪いことはわかっている……! 男に裸を晒し入浴していたことが、卑しく淫らな行為だとわかっていた。それでも、それくらいしか私にはないのだ。この身体くらいしか、女らしいものなど……)

 

 カルラの胸中は今、不安で満たされている。

 

 好きな男に身体を使って擦り寄ってくる女。

 それが金等級冒険者で尚且つ【剣聖】だと分かればそれは大きなスキャンダルだ。冒険者ギルドは火消しに動くし、貴族とて火消しに加担するかもしれない。

 

 もしもフィンの相手が権力や暴力から無縁の一般女性だったとすれば、とても抗うことなど出来ないだろう。それを起点にフィンと女性の関係に亀裂が走り、やがては【払暁】にもその影響は現れて……と言うところまで考えたカルラは、己の不始末が原因で大事になると絶望してしまった。

 

 それは、それだけは避けなければいけない。

 

 フィンのことは愛している。

 それと同じくらい、【払暁】を気に入っているのだから。

 

「フィン……後生だ。私が悪かった。どうか、どうかお相手に、正気じゃなかったんだと謝罪させてくれ……」

「エッ……しゃ、謝罪か……」

「……ああ。私のようにフィンを狙っている女が近くにいれば、お相手も不安だろう。だから、改めてしっかりと言わせてもらいたいのだ。あなたの良い人を奪う気はないと。確かに、私はそなたを愛しているが、それはまた別の話なのだ」

「……そうか……」

 

 そして状況によっては、フィンに相手が出来たことも周知せねばならない。

 

 カルラのように直接的なアプローチをしている者は多くないが、好きなようにデートに誘ったり一緒に料理作ったりやりたい放題しているのも事実。そんなことを続けていれば、危惧が現実になりかねない。

 

「頼む、フィン……」

 

 カルラは、額を床に擦り付けるほどに頭を深く下げた。

 

 それは、東方で使われる謝罪の一つ、土下座だった。

 

「やめてくれカルラ。そんなことしてほしくない」

「し、しかし……」

 

 ぐいっとフィンがカルラの頭を上げさせる。

 

「カルラの気持ちは、わかった。正直なことを言うと、そんなに気にしなくていいことだと思ってる」

「……それは、そなたが男だからだろう。もし相手の女性が男に言い寄られていたとしたら、どう思う?」

「そりゃもちろん、きも……気持ち良くはないさ。でも至らなかった、違うか?」

「それが日常的に行われているとしたら?」

「オッ」

「……? おっ?」

「お〜……いや、思ったより、クる」

 

 そうであろう。

 カルラは頷いた。

 

「だから私は誠意を見せたいのだ。そなたには幸せになってほしい。もしもフィンが、私のやったことで仲違いするようなことがあったら……私は腹を切る」

「は、腹を……!?」

「うむ。脇差でこう、ブスリと」

「ぶ、ブスリとっ!?」

 

 ジェスチャーで切腹して見せたカルラに、フィンは驚く。

 

「腹を切って……どうするんだ?」

「東方ではそれが作法なのだ……」

「なんて作法だ……」

 

 ゴクリと喉を鳴らすフィン。

 覚悟は示せたかとカルラは思った。

 

「私は本気だ。そなたらの関係を邪魔したりはしない。むしろ、手助けだってしてみせよう。それにな、いずれその関係は公にしなければならないだろう?」

「それは、そうだな」

「その時、いきなり発表するより、事前に根回した方が混乱は起きない。違うか?」

「……その通りだ」

「ゆえに、僭越ながら私がその役割を担おう。私は何があってもそなたの味方でいる」

「カルラ……お前、いい女だな……」

「う、……そ、そう、だろうか? ふふ、ならば逃した魚は大きかったと言わせられるようになってみせねばならんなぁ」

 

 そうであろう、とは言えなかった。

 

「と、とにかく。これは秘密にする。だから謝罪させてくれ」

「……わかった。それも含めて相談してみる」

「うむ、うむ! 頼むぞ、フィン」

 

 カルラは何度か頷き、フィンの肩を叩いた。

 

 早速聞いてみる──そう言ってフィンは立ち去った。

 

 ベッドにはぬくもりが残されている。

 カルラのものではない、男の香りと共に。

 

 それを指でなぞりながら、カルラは小さく、切ない表情で呟いた。

 

「……私は、そなたが幸せならばそれでいい。それ以上は望まぬ。だから…………」

 

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