ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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89 アリシアの憂鬱②

【星天】新拠点の私室にてアリシアは一人頭を悩ませていた。

 

 理由は単純、フィンの今後をどうしていくか。

 誰にもバレなかったマゾヒズムを暴かれ(※暴いてはいない)てからというもの、彼は目まぐるしい速度で変化している。

 

 これまでのフィンは自己評価が低く、自己肯定感も低く、己のことを全く鑑みていない自己犠牲の塊だった。

 

 …………というのが一般的な評価。

 アリシアがフィンの本性を知ってからは、自己評価が低いし芯のあるいい男で常識もあり魅力的だが人としての心は壊れており、心を壊してからもヴァシリやアリアを大切に思い壊れた心や人格を強引に塗り潰して生きながらえている悲しきマゾヒストであると理解した。

 

(困ったことに、本当にいい男なのよねー……)

 

 ペンをくるくる指先で回しながらアリシアは頬杖をつく。

 

(度し難い変態さんだけど、あんな環境で過ごしてたら納得できる。多分、あまりの衝撃で快楽だと認識しちゃったんでしょうね)

 

 アリシアはハイエルフの姫だが、ヴァシリと過ごした数年間でこの世界では先端的な考え方も持ち合わせている。それゆえに各々の人格形成には生育環境が強く作用すると知っており、幼馴染のアリアに轢かれ、ヴァシリに鍛え抜かれ、王都に来てからも傷つき肯定されることなく育ったフィンが歪むのは当然だと思った。

 

(それに一度も娼館とか行ってない理由は『仲間に嫌われたくないから』って……いやいや、フィンくん。ちょっと紳士すぎじゃない? マゾが過ぎるから私も勘違いしちゃいそうになるけど、本っ当に我慢に我慢を重ねてるのよねぇ……)

 

 何が問題かと言えば、フィンが度し難い変態であることと、並ぶ者のいない偉業を成し遂げた男であることが両立することだ。

 

 ヴァシリ曰く、この世界は終わっている。

 初めから終わることを運命付けられた残酷な世界。

 ヴァシリの末路も、アリアの終わりも、アリシアの終わり方も、何もかもが定められていたこの世界を救ったは他ならぬフィンである。

 

 だが、その偉大な功績が表立って評価されることは決してない。

 

 例えば、ヴァシリが【天聖】と呼ばれない世界。

 例えば、アリアが【勇者】になるのがもっとあとの世界。

 例えば、アストレアやカルラ達が魔王軍の尖兵に惨たらしく殺される世界。

 

 ヴァシリの識るそれらの出来事は改変された。

 それが改変されたものだと知るのは、この世界では両手で数えるほどだ。だからこそ、フィンの偉大さは理解されないし周知もされない。本来ならば三年前に世界を救っていた青年は、誰にも褒め称えられることもなく今に至っている。

 

(身体能力に優れてる男性は活力がすごい満ち溢れてる。他の金等級なんか見てもわかるけど、フィンくんみたいな子はほとんどいない。隙あらば女を抱こうとか、金が欲しいとか、そういう俗物的な部分がすごく強い。フィンくんも、まあ、うん。すごかったけど……あれも全部抑えてるから余計滾ったんでしょうね。私が特別だったわけでもないでしょうし)

 

 そこまで自惚れるつもりはないとアリシアは自戒する。

 

 というか、自分に言い聞かせていないとおかしくなりそうだった。

 

 本人は認めていないだけでベタ惚れの領域に足を踏み入れているのだが、認めたら文字通り世界が終わるのでそこだけは何があっても認めてはいけないとアリシアは己の心を必死になって誤魔化している。

 涙ぐましい努力だが、その努力を讃える者はどこにもいない。

 

(でもフィンくんはそれを『調子に乗っていた』と自戒できる……いや、できてしまう。いいことなんだけど……)

 

 それは、ある意味で呪いとも言えるのではないかと彼女は思った。

 

 ヴァシリに育てられ、異性三人とパーティーを組んだ結果、フィンは冒険者らしからぬ価値観を形成した。だがその価値観が彼の性格を形作ったとは言い難い。

 

 己の欲望と言えるもの全てを価値観で強引にねじ伏せ、紳士的に振る舞う。

 

 それは果たして、性格と言っていいのか?

 寧ろ、性格の全てを押し込んでいるのではないか。

 

(でも、フィンくん自身は紳士的である自分でありたいと思ってる。複雑よね……)

 

 カリカリと紙に書き足していく。

 フィンの分析もそうだが、その分析を活かしどうやって事態を丸く収めるかの計画がそこには記されている。

 

(私は、まあ、周りの状況が片づけばフィンくんらしく過ごしてくれていいと思うんだけど。普段は紳士的なのに、いざそういう場面になったらすごくオスらしくなる感じが特に好……じゃなくて、うん、ギャップがあっていいわよね)

 

 妹が知れば『うわ〜……』と引く性癖を大真面目に内心で語る。

 

(フィンくんが誰彼構わず手を出すのは避けたい。身内は引き込んで仲間にして壁にして、バランスとれないかしら? 正直私だけじゃとてもじゃないけど満足させられないし)

 

 一般的な範疇における行為もそうだが、フィンの性癖を満たすほどの加虐はアリシアには出来なかった。流石に躊躇してしまったのだ。

 

(あ、あんなふうに男の人が情けない四つん這いになって……それに犬みたいなポーズでお腹見せてきて、私は何してるんだろって正気になりそうだったわ。あんなことされて『さあもっと!』とか言われても無理っ! 天然のサディストを探さないと無理よ!)

 

 先程鞭を持ち込まれた時はいい加減にしろよと思ったが、確かに道具を使うくらいでしか満足させてあげられないと思ったのも確か。

 

 なお、その鞭は現在机の中に封印されている。

 気絶している間に書き置きで『次は持ってきてくれ』と残されていたので仕方なく持ち帰った。

 

(えっと、条件は……天然のサディストで、フィンくんが興奮できるような美人で、なおかつ秘密を隠し通せるような人で……ヴァ、ヴァシリやアリア、【払暁】の三人が認める相手で…………い、いるわけがない……っ!)

 

 アリシアは頭を抱えた。

 

(ハッ……い、いや待って。勘違いしてるんじゃない? フィンくんのあの度し難い感じから察すると、多分なんでも喜ぶんじゃ……スラムとかに住んでる男性とかに鞭持たせて叩かせても興奮できるんじゃ……?)

 

 光の灯らない、昏い瞳でアリシアは考える。

 

(そう、そうよね……だって私の吹き出したケーキかかって喜んでたし……自分が汚されることも嫌ってないんだから間違いなくそれでもいいわよね……。お金で口封じすればきっと何も言わないでしょ。そうよね、フフ、それがいい…………いいわけないでしょっ……!!)

 

 フィンが何にでも興奮する変態であるということは前提として、彼女は頭を振り回して思考を薙ぎ払った。

 

(ダメでしょ! フィンくんがそんな目に遭うとか!)

 

 アリシアは、英雄に憧れがある。

 なんなら冒険の最中何度か危険な目に遭ったこともあり、ヴァシリの〈知識〉に関しては本当のことだと理解がある。ゆえに、わかるのだ。フィンがいなければ今頃自分達がどうなっていたのか。

 

(どれだけ変態でも、そんな部分を全部押さえ込んで彼は紳士な英雄になったのよ。それを私が、私たちが否定しちゃいけない……!)

 

 フィンの功績を知る数少ない人間が、フィンのことを否定するわけにはいかない。

 

 その働きに、誰も、何もしてこなかった。

 

 唯一全てを知るアリシアが投げ出したら、一体誰がフィンのことを見つけだせる?

 

(…………やっぱり、私がなんとかするしか……)

 

 こればかりは感情を悟れるアリシアでなければ難しい。

 周囲の女性と比べ、愛ではアリシアは負けるだろう。

 だが、愛でもわからない感情がアリシアにはわかる。

 だからこそフィンがドマゾだと分かった。

 ドマゾだと暴露されても信じられた。

 

 とっくの昔に壊れてマゾヒストになってしまったとしても、今のフィンを否定するわけにはいかない。それが、救われた一人であるアリシアの役目だ。

 

 ──そんな風に考えたアリシアは、手元にあった紙をくしゃくしゃに丸めた。

 

(……覚悟決めるしか、ないわね)

 

 他の誰も頼れないのならば自分がやるしかない。

 

 フィンとのエッチは好きだが、自分が加虐行為をするのは難しかった。口で罵り足で踏むくらいならまだいいが、蹴るとか、握るとか、流石にやりすぎでしょと自制心が働いてしまうのだ。

 

 ゆえに──アリシアは決意する。

 

(娼館で働いて、学ぶしかないわ……!!)

 

 自分では勝手がわからない。

 ならばプロに学ぶしかない。

 

(たとえそういう専門店でも、ま、まあ、エッチなことはするでしょうね。フィンくん以外の男に抱かれるのは嫌だけど……多分、フィンくんは喜んでくれる気がするわ)

 

 唇を噛み締める。

 

 本音を言えば、嫌だ。

 だが、そんなことでフィンが喜ぶのなら……。

 そして世界を守れるなら……。

 アリシアは断腸の思いで、決心した。

 

(待っててね、フィンくん。私が君を、絶対に満足させてみせる……!)

 

「…………ほらね? 最近こんな感じなんだよ」

「確かに、これは面白いな。何書いてるんだ?」

「見てない。ラブレターでも書いてたら、ほら、悪いだろう? アリアにも出来るだけそっとしておくように言ってあるんだ」

「なるほど……友人の恋文なんて見ても気まずいだけか」

「うん。そういうこと」

 

「──…………」

 

 アリシアは正気に戻った。

 

 後ろを見れば、そこには苦笑したヴァシリ心配そうなアリア、そして──眉間に皺を寄せてこちらを見る、フィンがいた。

 

「…………あ、あ、あ…………」

「あー……まあ、なんだ。俺は別に気にしないぞ、そういうの。うん」

「──あああああああああああっ!! うあああああああああっ!!」

「!!!!!!!!!???!?!」

「ひええっ!!? こっ壊れた!?」

「お、俺に任せろっ! 二人は外に!」

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