「何だと? エクトル枢機卿がシャルロットを……?」
「は。先程突然参られまして、そのままシャルロット殿下の元へ」
突然の報告にレオン王太子は顔を顰める。
エクトル・ハイレンディール枢機卿。
世界に根を張るエスペランサ教における法皇を除いた中での実質的なトップツーであり、世界全体で見ても十人しかいない絶対的な権力者。
エスペランサ教の恐るべきところは宗教でありながら国家を保有しているところだ。
聖法国エスペランサ。
一人で一国家の軍隊に匹敵すると言われる【聖女】を保有しており、その数なんと八人。
その内二人が王国にいるのだが、それは決して王国に帰属しているわけではなく教団に属している。たった一人で軍隊を潰せると謳われる戦力が常に喉元にある状態で王国は長年生き延びているのだから、その力がどれだけのものか王族は決してみくびらない。
無論このままではいけないと冒険者ギルド本部を招致し教団へ対抗できるように少しずつ配備してはいるが、聖女の暴力には今の所全く勝ち筋が見えなかった。冒険者ギルドが本腰を入れれば或いはと言ったところだが、冒険者ギルドが教団と敵対する理由もないため頼ることは出来ない。
冒険者ギルドには利用され、教団には歯牙にもかけられず。
王国は非常にシビアな立場にいる。
──とにかく、エスペランサ教枢機卿とは
王位継承政争の途中であるが、ほぼ次期国王であるレオン王太子であってもそれは変わらない。
訪ねることは出来ても呼び出せない。
いや、正確には呼び出すことはできるが拒否される。
拒否されれば心象を悪くしいずれ彼の治世に深い傷を残すことは間違いない。
それだけ教団の権力とは強大である。
そんな相手が、妹を訪ねてきた。
「…………なぜだ?」
「……わかりません。影からの報告にもそうなる予兆はございませんでした」
「だろうな。俺もそれは知っている」
王家の影。
直属の諜報部隊であるそれらは、孤児を拾い上げ一人一人徹底して教育し育て上げた彼らにとっての耳であり手足である。代々受け継がれてきた影はすでに大部分を王から王太子へと譲られており、それこそが彼が王太子たる所以でもあった。
「……大局に影響はない。シャルロットが教団と懇意になったとて、出来ることなどないだろう」
「どちらかといえば教団が口を挟んでくることの方が厄介ですね」
「間違いない。だが、今更エクトル枢機卿が継承権に干渉してくる理由がわからん」
元々、介入しようと思えばいくらでも介入できたはずだ。
しかし幼い頃からどの王子に干渉することもせず、王女に近付くこともせず。
国王や王妃ともなれば流石に関係を持っていたが、それ以外では騎士団長や宰相くらいしかパイプを持っていない。それがなぜ今更になって。
シャルロット第二王女は何の力もないただの王女だ。
流れの踊り子を戯れに抱いた結果子を宿し側妾としたが、出産の際に落命。
何の後ろ盾もないただの王女が誕生し、国王が『目をかけることはない』と宣言したことで誰も過度な干渉をしなかった。ただ王女としての教育を受け、継承権を持ってはいても最下位で特別なパイプも持っていない孤独な王女──それが、シャルロットだ。
「……探れるか?」
「最善を尽くします」
「こんなことで影を失うのはもったいない。深追いはさせるな」
「はっ! 承知しました」
部屋を出ていった部下を見送りレオンは考える。
シャルロット。
無能ではないが有能でもない。
個人の資質は十分に優秀だが、勢力があまりにも貧弱すぎる。
踊り子の母と国王の父を持つため見た目は整っているため枢機卿が
故に──わからない。
それが結論だった。
別にレオンはシャルロットのことを嫌いでもないし冷遇してもいない。
自派閥に取り込んだのは妹だからであって、勝つために必要だから求めたわけではない。弟は必死に戦っているつもりだが、レオンからすればあんなもの戦いにすらなっていない。
逆に、時勢を読めない無能を切り捨てるいいチャンスだと思っている。
弟ごと切り新たに優秀な者を取り込む。
要は血の入れ替えだ。
これもまた王位継承において大事だとされる行為だった。
妹が新たなつながりを得ること自体は喜ばしい。
国王となった時、教団と別口でのパイプがあるというのも面白いだろう。
──しかし、何かが引っ掛かる。
「…………エクトル枢機卿。関係があるのは【聖撃の聖女】と【廻天の聖女】か」
エクトル枢機卿は、十人いる枢機卿の中でも三番手に位置する権力を持つ。
それは二人の聖女を手中に収めているからだ。
聖女序列三位、【聖撃の聖女】マリアンヌ・ハイレンディール。
聖女序列六位、【廻天の聖女】セラフィーヌ・ユドラグセル。
『聖女随一の殲滅力』を誇るマリアンヌと、『聖女随一の回復力』を持つセラフィーヌ。この二人が組み合わされば王国側では太刀打ちできないだろう。
というか、どんな大国が相手でも戦える。
勝ちはしなくても一方面を担う強さはあるため、戦争になれば聖法国が勝つと言われる所以だった。
「…………まあ、矛先がこちらに向かん限りは平気だ……」
王族として誓うが、レオンは決して教団に目を付けられるようなことはしていないしする気がない。
聖女二人が暴れれば王都の被害は甚大だ。
というか、軒並み皆殺しにされる。
それに加えて困ったことに【聖撃の聖女】は金等級冒険者パーティーに属している。つまり、彼女以外に三人の金等級冒険者が敵に回るのだ。
金等級パーティー【払暁】。
金等級の中で最も白金等級に近いと噂されるこのパーティーのことを、レオンは知っている。
【紅蓮の剣聖】カルラ・ツカモト。
東方の剣聖を父に持つ天才。
王国南部にて発生した『死霊動乱』にて、リッチの蘇らせた剣聖二人を相手に一方的に勝利した。その実力は紛れもない【剣聖】であり、騎士団長が「勝ち目がない」と言ったほど。
【暴風】アストレア・ラ・アエラス。
エルフの中でも尊き血を持ち、風に愛されているとエルフが口を揃えて言う。
だがその実態は愛されているなどというものではない。
大陸の遥か彼方よりやってきた嵐を単独で、それも指の一振りで霧散させてしまう。風という分野において彼女はまさに世界で最も強力な力を持ち、なぜ白金級になっていないのか不明なくらいだ。
【聖撃の聖女】マリアンヌ・ハイレンディール。
魔を討ち滅ぼす聖撃使い。
だが最も優れている点はそこではない。その潤沢で余りある大河の如き魔力こそが、彼女を聖女たらしめているのだ。聖女の中で最も魔力が多い。その事実は誇張でも何でもない。
たった一人で〈軍隊と戦える〉というのは。
たった一人で〈国と戦える〉に等しいのだから。
そして────フィン・デビュラ。
彼は特筆すべき点はなく、冒険者ギルドも大々的に宣伝することはない。いつもどこでも注目されるのは三人の美女だけで添え物のように扱われている。
影の偵察を送る余裕もなく実態は知らないが、彼も金等級冒険者。
油断していい相手ではない。
一人一人が怪物。
全員が異常。
世界に百といない金等級冒険者パーティー、その中でもトップクラスに位置する人の形をした化け物達。
それが王国屈指の金等級冒険者パーティー【払暁】の評価だ。
──金等級冒険者より上には関わるべきではない。
それはこの国の
力のある大派閥ほどそれを徹底している。
一度、当時金等級冒険者だった女魔術師へ接触し手中に収めようとした貴族がいた。その者は侯爵で一地方を収める閥を持ち、王家ですら対応に苦心していた。
金等級冒険者を招き、パーティーで薬を仕込み洗脳しようとして──滅んだ。
一夜にして滅んだ。
館が、ではない。
街が、貴族が本拠地としていた街が滅んだ。
そして勢力も丸ごと滅んだ。
たった一夜で、一つの貴族閥が消え去った。
今ではその冒険者は白金級冒険者となり世界に名を轟かせている。
一夜にして大貴族を滅ぼした絶対的な化け物として。
──あまりにも強大すぎる個は、社会すらをも砕くのだ。
「シャルロットとて王族の端くれ。まさか【払暁】と関係を持とうとはするまい」
それどころか【聖女】と会うことも難しいだろう。
どんな条件を出せば枢機卿を呼び出し聖女と会う機会を取り付けられるのか、シャルロットの手札を考慮した場合レオンにその方法を思いつく事はできなかった。
シャルロット第二王女閥は事実上存在しない。
何のために囲い込むのかはさておき、これで教団が王位継承に口を挟むことが可能となった。その事実だけ認識しておけば今は問題ないと判断する。
(傀儡とする気か? それとも……)
第二王子側に着かれるのが最も厄介だ。
今では安泰の王太子の席が揺らいでしまう。
今現時点でこちらについている貴族にも手を回さねばならない。やることが増えたと嘆息しながら、彼は手紙を一枚書き始めた。
レオン王太子の苦労の日々は続く。
───
──
───
今日も今日とて良い戦いだった。
深淵の森から出て来たはぐれ狼が周辺のモンスターを軒並み食い殺し貴族領内まで迫って来ていたのを襲撃。
俺が突進されて吹き飛ぶ。
カルラが斬る。
俺が噛まれて腕の骨が露出する。
アストレアが風で獣の脚を落とす。
俺が爪で引っ掛かれてバターみたいに腕が落ちる。
マリアンヌが絶叫と共に獣を消し飛ばして終わり。
いやぁ……最高だった。
特にあの噛みつきからの爪はすごかった。
痛すぎてほぎゃあとか喚いたあと腕を落とされてイクところだった。いやほんとに。深淵の森のモンスターマジでやばい。
まあ既に全快してるんですけどね。
流石は聖女、格が違う。
ただ、なんかさ。
馬車の空気めっちゃ暗いんだけど。
マリアンヌは俯いてるしカルラは目を瞑って正座、アストレアはハイライトのない瞳で俺を見ている。
これは……まさかっ!
『こいついつまでたっても成長しねえな』の空気……!?
確かに今回いつもよりボコられて気持ち良くなってしまったが、まさかそれが原因か!?
ま、まずい!
このままでは追放される!
最近流行の追放をされてしまうっ!
空気を……空気を替えねば……っ!
「な、なあ、マリアンヌ」
「っ! は、はい。どうしました?」
「第二王女の件は今どうなってる?」
相談して既に一週間近く経過するが、丸投げしてしまっている。
私に任せてくださいと言われたから任せたが、流石に持ち込んだのは俺なんだからちゃんと気にかけておくべきだと思うんだ。
そう思い訊ねたのだが……
「ああ……万事問題ありません」
「……万事?」
「はい。万事、何一つ、一切の問題ありません」
にっこりと微笑みながらの力強い断言。
ま、まあ、マリアンヌほどの人がそういうなら……
でもでもだぜ、相手は第二王女。
王族の強さは田舎出身の俺でもわかる。
てか侯爵様はおろか男爵ですら俺からすればスゲー人って認識。所詮田舎の次男坊だからそこら辺の意識は抜けない。
俺には後ろ盾がないからなぁ……
仲間に頼ることになって本当に情けない。
「ごめんな。任せてばっかりで」
「いえ! 謝らないで、フィンさん。私は頼ってもらえてうれしいんです」
そう言って頬を緩ませた。
かわいい~。
はっ……!
いかんいかん、マリアンヌは仲間であり家族。
俺と同い年で付き合いも長いがそういう目で見る相手ではない。先日のカルラのエッチすぎる会話でもそうだが、俺は最近弛んでいる。いやでもカルラの生足からの腕を指でなぞる行為は正直エッチすぎるから仕方なくね?
そうじゃないだろ!
俺は紳士だ。
紳士でいた方が格好いいから紳士だ。
内面がどうであれ外面は紳士なんだから、ボロが出そうなら抑えねばなるまいて。
もっと自戒せねば……
性癖は自由でいいが、それを所構わず出すのは良くないと師匠も言っていただろうが!
「実は第二王女と後日、顔を合わせることになっています」
「お、おお。そうなのか」
「予定が決まり次第お伝えしますね」
その時は全員で乗り込むので俺一人で貴族の企みに巻き込まれる心配もない。
はぁ……ほんと、後ろ盾がないのが嫌になる。
師匠どこで何してんのかなぁ。
幼馴染の場所はわかるがあいつには頼れないし。
流石にあんな活躍してる奴に今更『俺幼馴染だけど知ってる?』と声をかけるわけにもいかない。
シャルロット殿下か……
悪だくみするタイプじゃないといいんだけどな。