「落ち着いたか?」
「……え、えぇ。恥ずかしいところ見せちゃったわね」
「なに、俺からすればあんなのは恥ずかしいに入らないさ」
(ただの励まし……じゃなく本心ね、これ……)
ヴァシリとアリアを追い出して二人きりになってからおよそ五分。
錯乱するアリシアを抱き締め強引に黙らせたフィンは、そのままゆっくり深呼吸させて冷静になるように言い聞かせた。実際のところ、数秒で混乱は収まっていたのだが、以前の行為が災いし力づくで抑え込まれたことでアリシアは硬直。
落ち着きはしたが、逆に何も言わなくなってしまった為にそこから更に話が出来るようになるまで時間を要した。
流石にそれだけ時間があるとフィンも飲み物を持って来る余裕が生まれたので一度退室し、アリアからマグカップを受け取り再度戻って来て、今に至る。
「随分と思い詰めてるみたいだが、どうした?」
「……ええと、そうね。なんて言えばいいか……」
フィンの問いに対し誤魔化すように呟きながらアリシアは立ち上がる。
そしてそのままフィンの横まで歩いてきて、机の上に投げ出されていたペンを手に持った。
「うーん……そんな大したことじゃないのよ?」
『音、漏れてる?』
そのままアリシアはフィンにペンを渡した。
「あの慌て具合は普通じゃなかったけどな」
『わからない。風で誤魔化せないか?』
「そりゃ、自分だけの空間でまったり考えごとしてる姿を観察されたら誰でも慌てるわよ」
(怪しまれそうだけどしないよりマシかしら……)
部屋の中、それもこのフィンとアリシアの小さな円を固めるくらいならば何の問題もない。酸素は喋ってない間に入れ替えればいいだけだし、その割合くらいは容易に操れる。
指先を動かして操り、自分達の半径数メートルを風で遮断してからアリシアは息を吐いた。
「はああぁぁ~~~…………フィンくん、なんで来たの?」
「ン、まあ、アリシアさんに用事があって来たら様子がおかしいと相談されてな……」
「…………そ、そう……」
「一体なんのことだと思って部屋に来たら、一人で悶えて暴れてるアリシアさんが居た。まあ、うん。俺に比べれば恥ずかしいことじゃない。大丈夫だ、俺はそんなことで見方を変えたりしない俺のもっと恥ずかしい所を見られてるんだ。皺の一本まで見つめられたこともある。俺はアリシアさんとはこのままでいたいと思うんだ」
「……ご、ごめんなさいねフィンくん。本当に、ほんっとうに申し訳ないのだけれど黙っててくれるかしら」
「!?」
微笑んで告げるフィンに対し青筋を浮かべてアリシアが告げる。
「誰のせいであんな頭のおかしい計画立てることになったと思ってるのよおおおおっ!」
「エッ、そ、そんなこと言われても……計画?」
頭を抱えて叫んだアリシアを尻目に、フィンは足元に転がる紙を拾って広げる。
「わアッ! だ、ダメ! 見ちゃダメ!」
「うおっ!? ほほっ!」
ぎゅう~! と抱き着いてなんとかしてフィンから紙を取り上げたアリシアは、宝物でも守るように胸元に抱きかかえた。
「こっこここれは……えっと、そう、フィンくんのためと言うか……」
「俺の……? 俺のために書いたモノなのに、俺が見ちゃいけないのか?」
「え、ええ! ヴァシリだってフィンくんに全部伝えてなかったでしょ? うん、そう、これはその……サプライズ。祝い事だもの!」
「お、おう。そこまで言うなら……」
なぜか嬉しそうな顔をしているフィンに対し突っ込みを入れることすら出来ない状態で再度くしゃくしゃに紙を丸めて破り裂いたアリシア。
「……つまり、アリシアさんは俺に何らかのサプライズを仕込もうとしていて、目の前に俺が来たから慌てふためいたと。そういうことでいいのか?」
「そう、その通り! いやぁ、困っちゃうわねホント! 私の計画がパァよ! おほほ!」
(見られてないッ! 見られてないからセーフ! あんなの見られたら恥ずかしくて生きていけなくなるッ!!)
『フィンくんを満足させる方法まとめ』──そんな恥ずかしいタイトルを堂々と書いてノリノリで計画練るわよッと意気込んでいた事実は、アリシアが墓に入るその時まで隠し通されるだろう。
「ふむ……参考までに何をしようとしたか聞いても?」
「えっ……そ、それはちょっと……」
「……ん? ああ、もしかしてまだ何かしてくれるつもりだったのか。パァになったと言うからてっきりやらないことにしたのかと」
「う」
己が冷静でなかった自覚はある。
フィンのハーレムを増やすのはマズくて、だからと言ってアリシアが今のままで満足させられる気はしない。ならば自分が経験豊富になるしかない。娼館で働いて経験積むしかない──なんて短絡的な思考をしていたんだと呆れ果てる。
(い、言えない……言えるわけがない……)
「なんでも……ないわよ?」
「…………誤魔化されてやった方がいいか?」
「そうしてくれると、嬉しいわね……」
「……俺のことで悩ませてしまっているんだろ。言わなくてそれくらいはわかる」
フィンはそう言ってため息を吐く。
「俺との関係をどう隠すか、どうしていくか。それで悩んでるんだな」
「あ~~……当たらずとも遠からず……?」
(ま、まぁ……間違いではないかな……?)
フィンを満足させるために私が娼館でエッチな目に遭ってきます──どう考えても意味不明な理屈だが、フィンの本性を知っている彼女だけはこれが間違っていないとわかる。
これもフィンのため。
惚れていることを認めないように必死になっている彼女が導き出した答えだった。普通のカップルだったらそんな答えは導き出さないが、フィンが寝取られ妄想で一人傷付いて興奮してる異常者だとわかっているからこそ結論に至れたのだ。
しかし、そんなアリシアの気遣い虚しく、フィンは哀しそうに続ける。
「……いやならやめてもいいんだぞ?」
「……えっ、脅し? 逆じゃない?」
「……確かに。脅してみてくれ」
「なんで!?」
いやならやめてもいいんだぞ?
そう言いながら責めて来る姿を一瞬考えて、彼女は即座にそれを振り払った。
「あのね、フィンくん。私はこれ好きでやってることだから……あの、変な喜び方しないで?」
「む、すまない。脅されながら責められる姿を想像すると止まらんくて……」
「やめてね? ……ま、まあ、私もその……ちょっと考えたけど」
「なっ……!?」
「なっ、なんでフィンくんにそんな顔されなきゃいけないの!?」
心底驚愕したと言いたげな顔で呻いたフィン。
いつもそれ以上の痴態を晒しているフィンにそんな顔をされたことで顔を真っ赤にするも、すぐに取り繕って言う。
「い、いや……ついにアリシアさんも乗り気になったのかと思って。用意した鞭だけじゃ足りないかと思うと、ゾクゾクしてな」
「──…………ぶっ飛ばしてやろうかしら」
「ほおぉ!?」
(…………わざわざ娼館で学ぶ必要なんてないんじゃない? 適当にビシバシしてたら喜ぶ気がしてきたわ)
いっそのこと本当に寝取られてやろうかとも思うが、そもそもフィン以外の男に抱かれたいわけでもない。ならこのままゆっくり独学でいいではないかと考え直した。
「フィンくん」
「なんだ?」
「あなたって、本当に気持ち悪いマゾ男よね」
「むおおっ!?」
(──あっ、これでいいんだ……)
「フッ、フゥッ、ククッ……素晴らしい……アリシアさん、最高だ……」
「ああうん。そうね……フィンくんが悦んでくれて、私も嬉しいわ」
吹っ切れたとまでは言わないが、アリシアは諦めた。
フィンを性的に満足させるには、今のままではとてもではないが不可能。
体力的な問題でもあるし性技の問題でもある。
それを無理矢理、今すぐなんとかしようとしたのがいけなかった。
カルラの問題にフィンの自制心の強さやらが重なって、どうにかしないとフィンが潰れると焦ってしまったが故の過ち。
(……あ、あれ。……うわ。待って。私、フィンくんのこと……独占するつもりだった?)
そして気が付く。
どうして自分がこんな無茶のある計画なんてものを立てようとしてしまったか。カルラが現れたことで芋づる式で参加者が増える可能性が増したことで、自分の優位性が崩れる予感があった。
もしこのまま責めが未熟なまま何人も増えた時、アリシアは相手をしてもらえなくなるのではないか?
吹っ切れて思いっきり痛めつける女が出て来た時、自分の居場所はあるのか?
勿論、現実的な問題を考慮した上での判断だ。
全てがアリシア個人の感情かと言われれば、そうではない。
ただ、なかったとは言えない。
なにせフィンは、アリシアにとっても特別な相手なのだから。
(う…………わ。恥ず……)
「アリシアさん? どうした?」
「ンッ! な、なんでもないわよ~」
「……なるほど、それがアリシアさんの誤魔化す癖か」
「う……」
苦笑するフィン。
その顔がなんとなく見れなくて、口元を隠して顔を逸らした。
「前にも言ったが、俺はアリシアさんと結婚したっていいと本気で思ってる。それくらい貴女のことを好きだ。だから遠慮なく言ってくれ。不満があれば口にしてほしい。なんとかする。あと出来ればそのついでに罵ってくれると嬉しい」
「う、うん……うん? うん……」
「一人でなんでも背負い込まなくていい。俺も巻き込んでくれ」
「……ええ、そうね。…………あの、私は巻き込まれた側なのだけれど」
ぷいっ。
フィンが顔を逸らす。
「……アリシアさんのこと好きだから。うん。アリシアさんは俺のこと嫌いか?」
「ちょっと。目を見て言って?」
「んんっ!! 落ち着いたところで、俺の用事を済ませたいんだが」
「…………」
睨まれ口角を吊り上げつつ、フィンが続けた。
「カルラのことだ」
「ツカモトさん? あの対応じゃ不満だった……?」
「いや、不満というか……会って謝りたい。場合によっては腹を切ると言い出して」
「……あ、あぁ~! ハラキリ! 見たことあるわよ! ……え!? 嘘でしょどうするの!?」
アリシアは【星天】の旅で東方諸国を訪れている。
その際、切腹という武士の作法を学びドン引きしたのは記憶に新しい。
武士の情けらしいが、どう考えても自分で腹を切らせるのは鬼畜の所業なのではないかと思わざるを得ず、流石のヴァシリも『昔からこんな感じだから……』と言葉を濁していた。
盛大に開かれた腹から流れる血と腸。
アリアは目を剥いて気絶し、アリシアはげんなりとして、ヴァシリは眉をひそめていた。
「なんでもブスリと腹に刺してしまうそうだ。止めなければマズイだろ?」
「まずいどころじゃないわよ! 普通に死ぬのよアレ!」
「なにっ!? それは、なんとしてでも……!」
「……まさかとは思うんだけどフィンくん、自分が代わりにやりたいとか思ってないでしょうね」
「エッ……お、思ってないぞ、うん。ただ、カルラの代わりに傷付くのは盾の役割だ。だから必然、俺が腹を切るべき。違うか?」
「…………」
アリシアは思った。
やっぱり一人で満足させることは不可能だ、と。
そして、決意した。
(…………ツカモトさん。恨むなら、常日頃から一緒にお風呂入ってた自分を恨んでちょうだい)