ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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91 【天聖】ヴァシリ・ヴァルバロッサ⑩

「師匠、アリシアさんを借りてくぞ」

「え? ……あ、ああ。構わないけど……」

 

 執務室で今後の予定を立てていたヴァシリは、戻ってきたフィンの脈絡ない発言に驚きつつも承諾。頷いて立ち去ったフィンの後に、アリシアが顔を覗かせた。

 

「えっと、ちょっと【払暁】ホームまで行ってくるわね」

「【払暁】ホームに? なるほど、分かった」

「……あ、詳しく説明しなくて大丈夫?」

「フィンがそうした方がいいと思ったのなら、私から口を挟むことはないよ」

「そ、そう……」

 

 それじゃ、と言いアリシアも立ち去る。

 

(…………ふむ。なんとかなった、か?)

 

 五年間、死に進む旅路を共に歩んだ仲間であるアリシアが元通りになれそうなのは素直に喜ばしいことだ。同性の友人では相談できないようなこともあるだろうと気を利かせたつもりだが、思いの外間違った判断ではなかったと内心安堵する。

 

(【払暁】に会いに行くということは、妹関連かな? それともエルフ関連か、どちらにせよ私を頼ってこないのならば私では解決できないということだろうね)

 

 フィンの周りにいる女性陣は思考が暴走しやすいが、ヴァシリは例外だ。

 

 三千年を生きてきたのは伊達ではない。

 人間換算で三百歳だと言えばどれだけ老練かは語るまでもない。

 三千年をただ生きてきたのではなく、文明の発展や己の運命を回避するための努力にひたすら費やしてきた。それに加えて目的を達成してもなお人間社会に関わり最悪に至らないように手を回し続けているのだから、筋金入りの暗躍者だ。

 

 そんなダークエルフが今更変な勘違いをするわけもない。

 

 王都に戻って早半年。

 長年別れていた弟子とも再会し、人となりが変わってないどころかますます磨きがかかっていることも認識したため彼女はすっかりフィンのことを信じている。

 

 そうでなければ、大切なパーティーメンバーのメンタルケアを任せようなどと思うはずがなかった。

 

(アリシアの悩み……気になるが、これで本当に恋煩いだったら申し訳ない。そういう部分に気軽に手を突っ込むと痛い目を見る)

 

 思い出すのは五年前。

 アリアとフィン、三人で暮らしていた時、一足先に女として異性を意識し始めたアリアの何気ないボディタッチ(隠語)をなんとも言えない顔で見ていた経験が生きていた。

 

(それに相手の問題もある。ここまで私に意中の相手を悟らせないとなれば、一体どんな相手なのか。私の目を盗んでまで逢引きしているのか、まだ片思いか。アリシアの目が曇っているとは思えないが…………)

 

 感情は水物である。

 むしろ、五年もの間離れていたのにいまだに幼馴染のことが大好きなアリアの方がおかしいのだ。普通はそれだけ離れていれば人生の道も変わるし、出会う異性はたくさんいた。アリアを見て求婚を強請るような男も珍しくなかった。

 

 それら全て、【聖剣】と一途な幼馴染パワーの前に打ち砕かれていったのだが。

 

(いっそのこと、相手がフィンなら楽なんだけどなぁ)

 

 相手としては申し分なし。

 人として、男として魅力的。

 さらに言えば冒険者の中でも選りすぐりの実力者で、白金等級冒険者に通用するような攻撃を防ぐ能力がある。〈深淵の森〉においては彼がいなければまともに探索も成り立たない状況だ。

 

(アリアは泣くかもしれないけど、それ以上にライバルは多い。いっそのこと、全部まとめてフィンに相手をしてもらうしかないんじゃないかな。無理だろうけど……)

 

 そう──ヴァシリの頭を悩ませているのは何も教団や国との折衝だけではない。

 

 むしろ、パーティー同士の軋轢に神経を尖らせている。

 

(【払暁】は言うまでもなく全員がフィン狙い。アリアもそうだし、アリーシャやグリセルダもだ。それに加えて王女殿下一派もいる。あの娘は中々いい。ポテンシャルがある。王太子もそうだが、あの王女も傑物だ。今の時代、弱き王は尊ばれない。よくぞ救ってくれたものだ。時として歴史はああいった人物が埋もれるのだから末恐ろしいよ)

 

 王国は一枚岩で固まった。

 魔王軍が滅亡したことで人類同士のグレードゲームになることを一早く察した王太子はシャルロットの伝手を利用し冒険者ギルドとの関係性を強化。また、【払暁】と【星天】が繋がったことで教団との距離も近づき、周辺諸国と比べ外交面で何段も先にいる。

 

 〈知識〉では幾度となく危機に陥った王都だが、ヴァシリの介入した結果、強大な戦力を保有することは叶わずとも強大な戦力と良好な関係性を築くことに成功。地盤も固まり、不穏分子もごく僅か。

 

(王国は纏まった。教団、いや、聖法国と冒険者ギルドも悪くはない。強いて言えば私を疎む勢力がいたくらいだが、魔王軍相手に繋がってたことで早々に処分済み。本当に、どちらかといえば問題は私達の方にある)

 

 フィンを狙う女性はたくさんいる。

 

【払暁】の皆さんに【勇者】アリアンロッド、第二王女シャルロットに彼女の派閥に属する貴族令嬢達。ハイエルフの姉妹、グリセルダ……あと、在野に隠れてるフィンに助けられたことのある女達。

 ギルドの受付嬢、フィンが通う店の看板娘、ヴァシリの知らないところで言えばエルフの里に戻った数多の元差別的エルフ達に、聖女セラフィーヌと護衛騎士フェンナ。

 

 地雷どころではなかった。

 

(フィン……フィンもねぇ……もう少し欲出してもいいのに、全然見せないから……いや、そりゃあ子供の頃から知ってる私にそういうの見せるのは気まずいってわかるけどさ。見せないからこんなことになってるんだよ。【払暁】の娘達は何してたんだろうね。ごちゃごちゃ言ってないで抱け! くらい言えばよかったのに……)

 

 昔お風呂に入ってた時は子供だったから仕方ない。

 

 ただ、大人になったいま、一緒に入浴して何も起きてないのはどういうことなのか。

 

 問い詰めようとも思ったがそれで萎縮されても困るし、逆に「好きにやれってことか」と解釈されたくもなかったので何も言えず。

 

(娼館にも行ってないし、誰にも知られないように女性と逢引きしてるわけでもない。むしろいろんな女性を取っ替え引っ替えしてる割に体の関係まで行ってないあたり、そういうつもりじゃないんだろう。一体誰がこんな子に育てたんだ)

 

 アリアが聞けばジト目で見てきそうなことを考えつつ、立ち上がり窓から外を見る。

 

 広い庭を歩いてく二人の男女。

 肩を並べて歩いているが、身長差はちょうどいいくらいだ。

 フィンの方が高く、アリシアの方が小さい。

 幼い頃からヴァシリの手料理を食べ運動を続けてきたフィンの身長は二メートルに近い。アリシアは女性にしては長身だが、エルフとしては平均の百七十センチほど。

 

 表情をコロコロ変えて喋るアリシアに、そんなアリシアを見て楽しそうにしているフィン。

 

(うん、やっぱり任せて正解だったかな)

 

 友人は素を出しているしフィンもそれに対して楽しげ。

 元々相性は悪くないと思っていたが、接点がないからそこまで深い関係になることはないだろうと思っていた。だが今回の出来事がいい方向に作用し、アリシアもパーティーで孤独を覚えずに済むかもしれない──というところまで考えた時、ふと思った。

 

(…………距離が……近くないか?)

 

 すでに門の入り口近くまで歩いた二人だが、ヴァシリの目ならば捉えるのは容易。

 

 横並びだと思ったが、肩と肩が時折触れ合っている。

 なんなら手もたまにコツンとぶつかっている。

 互いを見た時に伺える横顔は、互いに楽しそうなものだった。

 

(ン〜〜…………?)

 

 門から出て、街に消えていく。

 

 まあ、仲の良い友人同士ならばあの距離もあるだろう。

 

 しかしなんというか、あれだけ近いと……雰囲気もなんだが、出来たてほやほやのカップルみたいな感じが……。

 これまで接点そんなになかったんじゃ?

 調査した結果そうだったのだが──……

 

(……まあ、フィンだからねぇ。カルラと風呂に入ってるくらいだし、その程度気にもしないか)

 

 ヴァシリは違和感をなかったことにした。

 

 というより、どちらでもいいというのが正しい。

 

 彼女からしてみれば、フィンを己のものにしようなんて気持ちもないため、とにかく悪い道には進まないよう気を配っているに過ぎない。求められれば嬉しいし応えるつもりはあっても、己の年齢と師匠と弟子という関係を考慮してそうなることはないと悟っている。

 

(ただ、私個人として、アリアとフィンが一緒になることが望ましい。悪いけど贔屓はさせてもらうよ。幼馴染のためにここまでやってきた少年と、そんな少年を忘れなかった少女。それを初めから見てきたんだ。贔屓くらいはさせてもらう)

 

 とはいえ、そうじゃなきゃイヤだと言うつもりもない。

 

 本気になってるエルフがこれだけたくさんいるのだから一人の女性だけを愛する道は選べないだろう。フィンにとっては苦しい道かもしれないが、それもまた英雄の責務だ。

 

「……まあ、寂しいのに違いはないけどね」

 

 誰に聞かせるでもなく、苦笑と共にヴァシリは呟いた。

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