「…………ふぅ……」
【払暁】ホームにて、カルラは一人のんびりと茶を飲んでいた。
マリアンヌは朝から孤児院訪問。
アストレアは最寄りの森に足を運んでいるため、フィンが出ていってから心を落ち着かせるのに時間を費やしていた。
剣を百振り、風呂に入り百数え、アストレアが植えた中庭の木陰で瞑想。
雑念が消えてから湯を沸かし茶を点てた。
(────やはり、故郷の味は落ち着く……)
剣に風呂に瞑想に茶。
全て東方諸国で親しまれている文化である。
父塚本新右衛門が身体一つで成り上がって手に入れた文化の極みをカルラも享受して生きてきた。東方から遠く離れた王都でこれらの品を集めるのは至難だが、そこは金等級冒険者。
東方に伝手を持つ、また、伝手を持ちたいと考えている商人に実家を紹介することで販路を開拓した彼女は独自のルートを構築。帰る気はないが連絡を取り合える状況になっている。
茶の湯での作法を踏襲しつつ、カルラは思う。
(最近、心を乱されることが多すぎた。フィンの吐血に始まり、【リリーガーデン】と王女殿下との遭遇による政治介入、【星天】の合流に、〈不浄領域〉そのものの研究。……そして、フィンが想い人と結ばれたこと。ああ、何よりも最後の一つが苦しいな)
思わず苦笑する。
(だが、もう心の整理は出来た。我々の誰でもないのは切ないが、好かれることをしてきたのはマリアンヌのみ。私やアストレアが選ばれるわけもなかろう。やはり相手は幼馴染の【勇者】か? それとも全く関係のない一般人か。ううむ……気になってきた)
風呂で入浴中に突然キスマークを見つけてからは正気を失っていたが、ルーティンを挟み客観的に己を見つめ直したことでフィンが見知らぬ女性と結ばれることも当然のことだと受け入れたカルラ。
ふと、どんな相手なのか。
決して問い詰めるだとかそんな理由ではなく、単純に気になった。
それはなぜか。
フィンが好きな相手だから?
確かにそれもある。
だが、そうじゃない。
それ以上に、フィンの身体を誰よりも見てきたからこそカルラには疑問が生じた。
(…………あ、
そう、フィンはデカいのだ。
身長もそうだし体格もそうだ。
幼い頃よりヴァシリによってビシバシ鍛えられ、それでいて睡眠や食事は過不足なく取り続けたことで骨は常人とは比べられない硬さになり筋肉もギチギチ。街を歩けばそのあまりの威圧感にフィンの前を歩く者はいないほど。
カルラの身長は女性としては高い百七十五センチほど。
そんなカルラであっても、初めて見たフィンの身体には驚愕し怯えたことは忘れられない記憶として刻まれている。
(愛と身体は別物だからな。うむ、そう考えると我々の知らない
どれだけ頑張っても無理なものは無理。
いくら身体を鍛えようが内側が鍛えられないのは誰しもが知っていることだ。内臓を鍛えられる人間はいない。つまりはそういうことだ。
そうカルラは納得しようとしたが、思い出されるフィンのフィンフィン。
平常時でのサイズはもとより、昨日押し付けられた臨戦状態のモツはどう考えてもヒトに挿入るサイズではない。腹どころか谷間に届くくらいの長さ、ミチミチの太さ、カルラであってもこれは快楽を与える道具ではなく苦痛を与える凶器ではないのかと思った。
(…………本当に女子か?)
感情的な面では落ち着いたのだが、今度は逆に物理的な面で気になり始めた。
(いや、だって、アレだろう? アレが入るんだろう? 本当に入るのか? アレが? ここだぞここ。腹が破れるわ)
己の腹部、いや、谷間をツンツン指で突く。
(つまり身長はフィンより少し小さいくらいの女子。…………王都にいれば間違いなく有名だろうから私が知らないわけがないと思うが……)
それだけ高身長の女性となれば話題になっているだろうが、そんな話はない。
単に己が知らないだけだろうと納得しつつ、これで身長差がある組み合わせだった時は色々大変だろうなと思った。
そんな風に色々考えているカルラの元に、フィンがやってくる。
リビングに入ってすぐにカルラしかいないことを確認したフィンは、ちょうどいいと言わんばかりの表情で彼女の名を呼んだ。
「カルラ、今いいか?」
「む。おかえりフィン。時間はあるが……」
名前を呼ばれたことでわずかに鼓動が跳ねた。
それを噛み殺し堪える。
「少しだけ待ってもらえないか? 茶を点てたばかりでな」
「わかった。二人は外出中だったか」
「ああ。マリアンヌは孤児院に、アストレアは森に出かけている」
そうでなければ、カルラが目覚めてから行った会話も聞かれていたかもしれない。
(今にして思うと、危ないところだった……)
茶を口に含む。
じんわりと深みのある苦味が広がる。
王国で主流のティーとは違う味だが、やはりカルラの口にはこれが合う。
「ならちょうどいい。相手に話をつけてきた。これから少し出掛けようと思うんだが、いいか?」
「……構わん。ただ、挨拶に行くというのに何も持っていないというのは些か宜しくない。故郷の菓子類ならばすぐに用意できるのだが」
「ああ、そこは大丈夫だ。カルラも知ってる相手だし」
「そうか、要らないか…………」
カルラは無言で茶碗を口につけた。
ごくっ、ごくっ、ごくっ……
とても茶道とは思えない作法で一気飲みしたカルラは、口の端から溢れるお茶を拭った。
「ふぅ〜……すまぬ、フィン。今なんと?」
「ん? ああ、カルラも知ってる人だぞ」
「ふ〜〜〜〜…………そうか……マリアンヌやアストレアではあるまいな?」
「まさか、それはない」
「…………」
肩を竦めるフィン。
フィンからすれば「俺がみんなとエッチなことできるわけねーじゃん」という意図で言っているのだが、カルラからすれば「払暁は範囲外」という宣告にも聞こえた。
「……そうか。うむ、待たせたな。行こうか」
「いいのか? 急かしてしまって悪いな」
「茶はいつでも飲めるが、堂々と会いに行ける機会は何度も巡り会えないだろう。優先するべきはそなたと、そなたの相手だ」
茶碗や茶筅を片付けて、服装も外出用の服に着替えながら考える。
(私の知り合い。……あまり思い浮かばないが、限られた者の中で限定するならここは【天聖】や【勇者】、あとは殿下や貴族令嬢達か。……【天聖】か)
カルラの分析で、フィンの好みは髪が長く背も高く胸も大きい女だとなんとなく考えている。
該当するのはヴァシリとアリシア。
アリシアは関わりが薄すぎるゆえ、あり得るとすれば幼い頃から世話をしていたフィンと特別な仲の良さがあるヴァシリだろうとカルラは推測した。
(仮にヴァシリ殿ならば納得だ。元より仲も良いし、育てたと言っても血の繋がりはない。歳の差はあれど、容姿の変化がない上に母性でもって育てたわけではないはずだ。育ったフィンが久しぶりに出会ったヴァシリ殿の魅力に気が付き、そこから……ありえぬ話ではない)
うんうんと頷く。
裸体を惜しげもなく晒してから、下着を身につけ、普段はあまり着ない洋服へと装いを変える。
(しかしそうなると不気味なのは勇者アリアンロッド殿だ。どう考えてもフィンに惚れている。それなのに幼馴染を師に奪われるとなれば、【星天】はかなり気まずくなる。……隠したのも当然か)
なぜ隠すような行動をしていたのか?
その理由も、おそらくパーティーに見つからないようにするためだ。結果としては共に入浴しているカルラによって偶発的に発見されてしまったわけだが、このハプニングさえなければ今しばらく時は稼げていたはずだ。
(ヴァシリ殿であれば、あの大きさに耐えられるのであろうか……? もしその方法を知っているのなら是非とも教えて欲しいくらいだが)
内臓のコントロールすら出来るのだろうとカルラは一人納得する。
性器は内臓でもある。
それを操れると言うのであれば、女として、また、剣士として学びたい技術だ。
(──とにかく、謝らねばならん。好きあっている男女の間に入り込もうとしたのだ。最悪は腹を切ってでも謝罪する。剣聖として、塚本家の女として、そこは譲れぬ)
そして、服の間に短刀を忍ばせる。
死装束としては不服だが、派手で噂になりやすい格好をした方が迷惑がかかるだろうと考えての洋服チョイス。
(……さて、行くか。覚悟を決めるのだ、塚本迦楼羅)
たとえ己がここで死のうとも、それでもフィンを愛している。
報われなくてもいい。
己に振り返ってくれなくても構わない。
それが、カルラの愛なのだから。