「──というわけでカルラ。こちら、
「…………」
「…………」
王都の裏路地にある民家にて、気まずい空気が漂っていた。
アリシアは目を瞑りギュッと口を引き締めており、カルラは目を見開き驚きを露わにしている。
大穴も大穴、想定していなかった人物だったことに瞳を揺らがせながら口を開く。
「……ぉ、驚いた。まさか、アリシア殿だったとは……」
「俺もまさか、アリシアさんとこういう関係になるとは思わなかったさ。でもまあ、案外相性が良かったみたいでな。正直、夢中になってるよ」
「フィンくん? ちょっと一回黙ろっか」
ピクピクと頬を痙攣させたアリシアの言葉にフィンは押し黙る。
そんな姿を見てカルラは動揺を隠せなかった。
(なっ……そ、そこまで気の知れた仲、なのだな……)
フィンの惚気と、それを嫌がるアリシア。
強く黙れと言われたフィンは妙に楽しそうで、そんなフィンにアリシアは呆れたような表情をしていた。
そんな、正に恋仲の男女といった様子にカルラは震えあがる。
(い、妹の惚れた相手だぞ? 正気か……?)
ゴクリと喉を鳴らす。
その目には畏怖が浮かんでいた。
(妹の想い人、仲間の幼馴染、仲間の弟子……複数の女が惚れる男を手に入れ、キスマークを付けたこと。まさかとは思うが……ここまで、計算だったのか!?)
もしそうであるとすればとんでもない悪女だ。
カルラ達【払暁】から寝取り(※寝てない)、幼馴染のアリアやヴァシリからも寝取る(※寝ていない)。その上キスマークを付けることで日常的に共に入浴しているカルラに見せつける──そこまで計算していたのではないかと思うと、アリシアが嘲笑っているようにも見えた。
(…………やめだ。大人しく身を引くつもりだったが、真意を探らねばならん。もしも、アリシア殿が意図して行っていたとすれば……)
一瞬、意識を腰に隠した短刀に向ける。
(この距離だ。得意な得物ではないが、エルフの風を防ぐ程度は容易……)
【剣聖】の称号は軽くない。
近接戦における最強の称号、それこそが彼女の肩書。
射程範囲内でよーいドンをした時、抵抗できるのはアリアくらいのものだ。ヴァシリとて総合的な戦闘力では勝っているが、【剣聖】の距離で勝てると自惚れてはいない。
問題があるとすればフィンだ。
カルラとフィン、なんでもありの殺し合いならばカルラに軍配が上がるが、殺しNGの戦いならばフィンが勝つ。技術だとかなんだとか、そういうの無視して殺しNGの殴り合いならば人類の中でフィンに勝る人間はいないと言っていい。
剣を使っても殺してはいけないとすればフィンとの戦いは遥かに難易度が跳ね上がる。
(もしもフィンに色々吹き込んでいると厳しいな。……やれるか?)
アリシアの悪意にフィンが気が付かないとは思わない。
だが相手は白金等級冒険者にして【星天】のメンバー。
アリアやヴァシリに並ぶ実力者として考えれば、その程度の腹芸程度こなせて当然だ。
(いや! やってみせねばなるまい。そなたが騙されているなど、考えたくもないが……)
(……あのー……すっごい殺意なんだけど。フィンくん、これ全然納得してなくない? なんなら私を暗殺しに来てない? ねぇフィンくん、ニコニコしてる場合じゃないのよ。普通に私の命の危機なのよ? 笑ってる場合じゃないのよ!)
「え、え〜……隠しててごめんなさい。色々影響が出ると思って黙ってたの」
「……うむ。影響は出るな、間違いなく」
「で、でもどっちかっていうと事故みたいなものなのよ。私が率先してフィンくんに近寄ったわけじゃなくて、そう、不可抗力だったわ……」
「ほ〜……不可抗力で身体の関係になれる理由を是非ともお聞きしたい」
(フィンくんがドマゾで罵ってる間に昂って押し倒されてしまいました──言えるわけないでしょっ!!)
アリシアは頬をピクピク痙攣させた。
「まあまあカルラ、そう意地悪しないでくれ。アリシアさんには俺も悪いことをしたと思ってるんだ」
「む、……ふぅ、すまぬ。少し冷静ではなかった」
やんわりと引っ込められた殺意に安堵の息を吐いて、アリシアはティーを口にする。
「ん……何から説明したものかしら。そもそも、今の私とフィンくんの関係について?」
「そうだな。説明していただけるか?」
「わかったわ。まず簡単に言うと、私とフィンくんはある秘密を共有しているの。世界を揺らがしかねない秘密をフィンくんが抱えてて、それを私が知ってしまった。それを少しでも和らげたり、秘匿する過程で身体を重ねるタイミングがあった……順序としてはこうなるわ」
「……む? んん? ……すまぬ、一つよいだろうか」
「ええ、構わないけれど」
「そなたらは恋仲ではないのか?」
「違うわよ」
「違うな」
(ま、フィンくんはなんだかんだ結婚するか? なんて言ってくれるけど……別に冗談でもなんでもないけど、迂闊に言えることじゃないわね。確かにフィンくんの全てを知っても受け入れられる人は少ないかもしれないけど、私がここで受け入れても何もいいことないし。まあ、色々問題が片付いた後で言ってくれるなら? やぶさかじゃないけど)
「…………なる、ほどォ……」
内心得意げになっているアリシアとは違い、カルラは難しい顔で考え込んでいる。
カルラからすれば、フィンの言動的にてっきり恋仲なのだろうと思っていた。金の関係ではなく、互いに意思を交わし身体を重ねるに至った。どう聞いてもそれは恋仲だろうとしか思えなかったが、確かに嘘は言ってない。
「……ううむ。そうなると、困った。実に困った。私の懸念していたことが大方片付いてしまうな」
「え? 嘘でしょ?」
「いや、本当だ。まず考えて欲しいのだが、フィンと見知らぬ
「疑われると言うより、してるわよね? お風呂一緒に入ってて浮気じゃないはちょっと……」
「…………その通りだ。それがいずれ相手に伝わったらどうなる?」
「間違いなく別れ話か、パーティーホームでの生活は止めになる。あと噂も広がりかねないわね……」
「後者で済めばいいが、前者は最悪だ。フィンが私の行動で別れ、それが原因となり【払暁】内の空気も気まずくなり、やがては……これが私の最も恐れていたことだ。入浴の際はフィンに迫られたことで動揺してしまったがゆえに相手に会わせてくれと言ってしまったが、我々はそのようなことは決してしない、お付き合いを応援していると言わせてもらえれば少しは軽減できるだろうと考えたのだ」
そこで一口、こちらもティーを口に含んだ。
「だが、相手がアリシア殿で、なおかつ恋仲ではないとなると話は変わる。なぜ秘密を守る過程で身体を重ねたのかは理解出来ぬが、聞かないほうが良いことなのだろうな」
「えっ、ええ、ま〜、そうね……」
「ふふ、安心せい。聞く気はない。是非とも協力させて欲しいところだが、秘密は知る者が増えれば増えるほど世に流出していくものだ。決して口外しないと約束はするが、そもそも知らなければ良い話。そうだろう?」
「え〜〜……カルラさん、ちょっと時間ちょうだい」
「構わぬよ」
そう言ってアリシアはフィンを連れて部屋を出ていく。
『ちょっとフィンくん。あなたツカモトさんになんて言ったの?』
『なにって……普通に、お金じゃない身体関係持ってる相手がいます、これまでそういうことしてこなかったのは皆に配慮したからです、そういう行為は忌避されるだろうから言いふらさないでくれ、それと毎度裸で入ってきて俺はいい加減限界だぞ。これくらいか?』
『あ〜〜……ああ……フィンくん、致命的に言葉足りないものね。まあそう解釈されちゃうか』
『ヌッ』
(普通に全部聞こえてる……。しかし、フィンが致命的に言葉が足りないとは? 確かに勘違いはしたが、それは受け取った私の問題であろうに)
『……正直私としては巻き込む気満々なんだけど、ここまできたら言わないほうが幸せになれる気がするのよね。いやまあ、計画的にはここでツカモトさんを巻き込めるのはいいことなんでしょうけど』
『俺はなんでもいいぞ。アリでもナシでも。だがカルラが受け入れるかどうかは別だ。話を聞いて、俺を嫌う可能性もある』
『…………まだまだ改善の余地ありね』
そのまましばらく小声で話し合った二人。
カルラが手元のティーを飲み切った辺りで部屋に入室し、着席したアリシアが口を開いた。
「結論から言うわ。ツカモトさん、あなたも巻き込みたいです」
「お、おぉ。随分直球だな」
「あのね、もう正直言ってね、私一人じゃ抱えきれないの。ぶっちゃけ言うと最終的に【払暁】も【星天】も巻き込みたいのよ」
「……アリシア殿はそれでよいのか? それはつまり、フィンが我らと……その……だろう?」
カルラからみれば、アリシアは現在フィンのことを独占している状況にある。
妹達はもちろんのこと、幼馴染やマリアンヌも通り越してゴールしているのだ。
その優位性を自ら手放して本当にいいのか?
無論、カルラはフィンのことを好きだから出てくる疑問だ。
出会った頃はカルラより小さかったフィンも、いつ間にか身長を抜かされ、頼り甲斐のある男になった。人気がある、と言うことは彼女とて理解している。
ゆえに聞いた。
一人の女としてそれでいいのか、と。
「……フィンくんちょっと向こう行ってて。ツカモトさん、耳貸して」
「わかった。ついでにおかわり淹れてくる」
「すまぬ」
フィンが席から離れてから、アリシアはそっとカルラの耳へ口を寄せた。
「(正直すっごいのよ、色んな意味で)」
「(す、すっごい……やはりそうなのか?)」
「(お風呂で見たことある? アレはもう、女を殺すつもりじゃないのかしら)」
「(お、女殺し……)」
ゴクリ、と喉を鳴らす。
先程アリシアに抱いた危機感が、今度は未曾有の感覚へと変わって訪れた。
「まあ、後は感情面だからオープンで話すけど……ぶっちゃけ、私はエルフだからそこら辺寛容よ。フィンくんはハーレムでもなんでも作っちゃえばいいと思ってるわ」
「ああ、そこの倫理観はやはり終わっているのだな……」
「ひ、酷い言われようね……まぁ事実だからしょうがないけど」
「……私も、それに関しては仕方ないと思っている。元々武家の娘だ。家と家を繋ぐ役割として嫁に出される文化には理解があるし、後継者争いなどしなくていい分気楽だな」
「ああ、そういう危険もあるか。それは考えてなかったかも」
「うむ。最終的にどこへ着地するかはわからんが、爵位などは貰わぬ方向でいた方が良いだろう。下手に派閥に入ると面倒だ」
「……貴族か。なりたいかなりたくないかで言われると、なりたくないな」
そこへ、新たにティーを淹れたフィンが戻ってくる。
「【リリーガーデン】の話から察するに、貴族であることは楽しいことではなさそうだ。それなら冒険者ギルドに世話になってた方がいいんじゃないか?」
「うむ、私もそう考えた。アリシア殿はどうだ?」
「そうね……ただ、私達って長寿じゃない? ヴァシリや私達エルフがいる限り、多分今後千年くらいは厄介ごとから避けられるわよ?」
「む、そうだったな。……そこまでさせるのは忍びないが、千年後にも残る家というものには惹かれるな……」
「……それで、結局どうするんだ。カルラ、お前はいいのか?」
脱線していた話を戻すように、フィンが話を振った。
「……うむ。その、秘密の共有はいずれ我らにもしてもらえるのだろう?」
「ええ、そのつもりよ」
「ならば、今ここで受けぬ理由はない。世界を揺らがしかねん秘密と言われると末恐ろしいが、そなたらにいつまでも負担をかけさせておくつもりもないのでな」
どん、と胸を叩いた。
「不肖、塚本家が総領娘塚本迦楼羅。一人の剣聖として、そなたらの力になることを誓おう」
「……そう言ってくれると、本当に助かるわ。フィンくん、君もそれでいいのよね?」
「ああ。聞いた後どうするかはカルラに任せる」
(……ふむ。フィンに関することなのか?)
これまでの話で、なんとなく秘密とやらがフィンに関係するのではないかとカルラは察する。
その上で世界を揺らがすとまで言う内容とは一体どれほどのものか。
ぶるりと身体が震えた。
(一体、どんな内容か。鬼が出るか蛇が出るか。地獄の門が開かれるか。いずれにせよ、覚悟せねばならん)
ふぅ、と息を吐く。
フィンの恋仲への挨拶かと思い覚悟を決めてきたら、全く違った。
勘違いしてしまったのはカルラの方だ。
更に言えば、常識外れの行動をしていたのもカルラだ。
ここまで来れば、最初に秘密を打ち明けてもいい相手だと思ってもらえたことを光栄に思うべきか。
そうして、気がつく。
来た時とは違い、どこか嬉しさのようなものが込み上げてくることに。
(……ふふ、いかんな。フィンに相手がいなかったと言うだけで、ここまで嬉しくなるとは)
これから自分も女として見てもらえる。
その事実が嬉しくて、口角が上がる。
(しかしな、フィン。私は相応に重たい女だ。抱くと言うのならば、そちらも覚悟してもらう……)
カルラにあった諦観が燃え尽きる。
代わりに、とうに燃え尽きた筈の情熱に火が灯る。
(そなたを愛している。ああ、これほどまでに良い事はあるまい)
愛した男に、愛していると堂々と言える。
ただそれだけで彼女の心は日輪と化す。
(アリシア殿。そなたが私を迎え入れたことを後悔するくらいに、愛して見せよう……!)
「あー……えっとね。落ち着いて聞いてね?」
「うむ。いつでもよいぞ」
「(ダメそう……)……秘密っていうのはフィンくんについてなんだけど。フィンくんは信じがたいくらいどうしようもないドマゾだったの」
「ほほう。フィンがどまぞ……………………」
カルラは言葉を反芻し、目を閉じた。
それから何度か深呼吸をして、フィンとアリシアの間で瞳を交互する。
「…………どまぞとは、ド級のマゾヒストで合っているか?」
「ああ。東方風に言えば、ド級のマゾヒスト……ドマゾだ」
「多分聞くより見た方が早いわよ。ねぇフィンくん、長年連れ添った仲間にマゾバレしたわけだけど、今の気持ちは?」
「そんなん気持ちいいに決まってる! 今も動悸と眩暈がしておかしくなりそうだっ! ここまで隠し通した俺の秘密がカルラにバレちまったんだぞ。ここから芋づる式にマリアンヌやアストレアにもバレて、『気持ち悪いから近寄らないで』とか『こんな雑魚変態捨てちゃいましょ』とか言われるんだっ! そして俺を見捨てたみんなはイケメンの貴公子みたいな男に喰われちまってパートナーと一緒に『お前みたいな無能な盾はもういらない』って追放されて、俺だけ底辺に落ちて輝かしい人生を歩む三人を酒場から眺めるだけになるんだ……っ! ぐううっ! うほほったまらん! アリシアッ俺のこと罵ってくれ!」
「……………………」
「……ああ、うん。フィンくん、そこらへんまでにしてあげて? もうツカモトさん、絶句してるから」
「エッ……なんかこの話する時毎回ドン引きされるんだが」
「当たり前でしょ!!」
「俺も、似たような話をされれば気絶出来るだろうか……?」
「……知らない男に抱かれてきてあげましょうか?」
「ぐあああああああぁぁっ!! うひょおおおおっ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
絶句するカルラ。
無言でティーを飲むフィン。
ドン引きしてフィンを見つめるアリシア。
なんとも言えない空間がそこにはあった。