ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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95 【二人目】カルラ・ツカモト

 散々吐いて胃の中が空っぽになったカルラは、口の中を濯いで呼吸を整えた。

 

 そうして、少しばかり冷静になった頭で思案する。

 

(──悪い夢でないとするならば、これが現実か……)

 

 アリシアとフィンの秘密。

 フィンの隠してきた性癖とそれを知ってしまったアリシアの関係。

 キスマークをつけていた辺り嫌々ではないのだろうが、そこに至るまでの流れに嘘はないだろうと思った。

 

(嘘をつくにしてもマシなものがあるだろうしな……)

 

 カルラが何をどう考えても、『実は俺……ドマゾなんだ』、という建前を使って隠したいことが思いつかなかった。

 

 ぱしゃぱしゃと顔を冷水で洗えば、気持ちの悪さが軽減した。

 

(マゾヒスト……性行為の際に身体を叩かれたり罵られたりすることで快感を得る嗜好、だったか。フィンが……)

 

 カルラの知るマゾヒストとは性行為の際に限る話だったが、そうではない者がいないと断言はできない。ゆえに、フィンがそうだと言うのなら、否定する理由もなかった。

 

(先程のやりとりから察するに、フィンが快楽を感じる範囲はとても広い。ただの否定から始まり、ちょっとした軽口、そして言えば……む、鞭で叩かれること。行為中か否かは関係なく、それら全てが対象だ)

 

 そう仮定した場合、恐ろしい事実に行き当たる。

 

 カルラは頭の中に浮かんだその答えをじっくりと噛み締めて、冷たくなったはずの顔を流れる汗の感覚を嫌に鮮明に感じ取った。

 

(フィンは……常に快感を得ていた、と言うことになる。戦闘の最中や、私が攻撃をしていたような時まで……)

 

 カルラよりも小さくて少年だったころ。

 盾を構えて不安定な構えでモンスターの突撃を喰らい、大きく吹っ飛んだフィン。

 成長して盾役として仕事が出来るようになりつつも、実力でカルラやアストレアに追い付けず誤射とは名ばかりの巻き添えをくらうフィン。

 それに対して憤るマリアンヌと、気にするなと告げたフィン。

 三年前、現れた魔王軍に弄ばれ、絶叫を繰り返すフィン。

 そして今、〈深淵の森〉で苦しみながら戦っているフィン。

 力不足の仲間を守り、その身体一つで盾になり続けている、愛する男。

 

 色濃く残る記憶のフィンから、そんな様子は全くうかがえない。

 

 だが嘘でもない。

 ならばフィンは、ずっと装っていたのだ。

 己の本性をひた隠し、己の性癖を曝け出すものではないと理解して紳士的に振舞い続けた。

 

(……正気とは、思えん。己を偽り、幾年も……どれだけ苦痛が苦痛ではないとしてもだ。じゃあ、なんだ。フィンは、これまでの人生で一度も本当の自分を、誰にも見てもらえなかったのか?)

 

 それすらも心地いい──そうであればいい。

 

 だが、そうではなかったとしたら。

 

 自分が異常だと理解した上で、ずっと隠して来たとすれば。

 

 それが本当は、心の中では寂しいと思っていたとすれば?

 

『マリアンヌも言ったであろうが……そなたは、我らのことをどう見ているのだ?』

 

 フィンが血を吐いた日にカルラはそう聞いた。

 

 するとフィンは、こう答えた。

 

『どうって……大切な仲間だ。かけがえのない、失いたくない。傷ついて欲しくない、家族みたいなもんだ』

 

「……家族……」

 

 この言葉に、嘘はない。

 カルラとて五年もの間フィンと共に過ごして来たのだ。今更フィンがどんな男かくらいわかっている。

 

 確かに、フィンはマゾヒストで、被虐で快楽を得ているのかもしれない。

 確かめようもないことだが、己の肌を晒してまで鞭で叩いてくれと脅しで言うとは思えなかった。協力してマゾなんですと嘘をつく理由もないのだから、そこは認めざるをえない。

 

 果たしてそれは、これまでのフィンの言動全てを嘘だと覆る理由足るか。

 

「否。フィンはフィンだ。そなたは何も変わらぬ……」

 

 フィンがマゾヒスト、だとして。

 では、フィンはマゾヒストだから盾役を選んだのだろうか。

 

 違う。

 あの時、パーティーで余っている役目は盾役しかなかった。

 

 剣豪として認知されていたカルラ、実力者のエルフ、駆け出し修道女、田舎から出て来た農家の息子。攻撃役は揃っていて回復役も未熟だが居る。フィンの役割は必然的に盾役しかなかった。

 幾ら痛みが気持ち良く感じられるとして、命の危険に常に晒されていた。

 痛み以外に熱を出したり腹を下したり、なんてことはよくあった。

 それすらも心地いいと感じていたとはカルラは思えなかった。

 

 それに加えて、フィン自身の言動がある。

 

 マゾヒストだろうがなんだろうが、フィンは根が善性なのだ。

 

 そうでなければこれまでの戦いで仲間を庇い続けることなどできやしないだろう。

 

 特に、己に対して一方的に悪意のある対応をしていたアストレアやカルラなどに対し、フィンは全く敵意を向けなかった。嫌がらせのようなことはした記憶はないが、言葉が刃となってどれだけフィンを傷付けたかは、語るまでもない。

 

 だというのに──三年前のあの日、フィンは、「守る」と呟き、その身を引き裂かれようともモンスターに抗い続けた。

 

 それは己が気持ち良くなれるから、だけではないだろう。

 

 もしそう思っているなら口に出ている。

 あんな死に掛けの状態で、意識すら朦朧としているだろうに、守ると言い続けた精神の高潔さを疑う者は【払暁】には居ない。

 

 極めつけには、少しの軽口や冗談でも愉しめるような性癖なのに、それをずっと隠し通して男としての性欲を見せなかったこと。これは、マゾヒストだろうがなんだろうが関係のない、フィンの紳士たるゆえんだ。

 

 なにせ、カルラが裸で入浴しても手を出してこなかったのだ。

 

 その理性は誰でも信じられるだろう。

 

「つまり、フィンは……被虐で興奮を得る性癖はあるが、それはそれとして、紳士的な性格と価値観をしている。そういうことか?」

「……流石ツカモトさん。気が付いたのね」

 

 いつの間にか後ろから入って来ていたアリシアが同意する。

 

「気が付いた、とは?」

「感情がわかると言ったでしょ? フィンくんは基本、頭おかし……じゃなくて、ものすごい情緒してるのよ。喜んだと思ったら沈んだり、沈んだと思ったら喜んだり。ぶっちゃけドマゾの変態だからで説明できない部分も多いわ」

「……も、もう少し手心というものを……」

「ドマゾの変態なのは間違いない。でも、彼自身の性格と価値観はそんな簡単な物差しじゃ測れない。……私はドマゾになったのだって、彼の心が壊れないための防衛本能じゃないかって疑ってる」

 

 カルラは言葉を失った。

 

「いえ、きっともう壊れてる。フィンくんの心はもう壊れきった後で、それでも自分は一人の男として生きていたいと思ってる。誰にも認められてないから盾役をやる。誰にも評価されてないのは当たり前でそれに不満も抱かない。なぜなら、仲間の方が凄いから」

「…………ぁ……」

「ヴァシリもアリアも、フィンくんを置いて先に名を上げた。置いて行かれたフィンくんは一人王都にやってきて、冒険者になって……あとは、わかるわね」

 

 口元を抑えてよろめくカルラ。

 吐き気があるわけではなく、現実を認識して、震えあがった。

 

「ぇ、で、では、それではっ、フィンをこわっ、壊したのは……」

「…………本当のところは違うかもしれない。でも、可能性は否定できない。でも大事なのはそこじゃないの。今のフィンくんを受け入れるかどうか、そうでしょ?」

「い、今の、フィンを、受け入れるか…………そんなもの悩むまでもない。受け入れる。どんな姿であろうと、どんな形であろうと。受け入れると誓ったのだ」

「そう言ってくれると思った。だからこそ私はツカモトさんを巻き込むことにしたのよ」

「え?」

 

 ぱぁっと明るい笑顔になってアリシアは続ける。

 

「だってね、まず第一にフィンくんがえっちなことしてるって知ったらアストレアは相手を殺しに行くでしょ?」

「…………う、うむ。まあ、否定できん」

「それで次にマリアンヌちゃんは泣くし絶望しちゃうと思うの。それでいて決してあきらめないと思うから普通にフィンくんに肉体関係を迫ると思うのよね。その上束縛する感じになって、多分最終的によくない破滅を迎えるんじゃないかしら」

「…………」

「それで、ツカモトさんはフィンくんがえっちしてると分かって最初に要求したのが『私も混ざる為に相手と会わせてくれ』だったでしょ?」

「その節はまことに申し訳ござらん。気が動転していたのだ」

「ああいや、責めてないわ。ヤバいなとは思ったけど、でも、そこでフィンくんを奪うなと脅してくるとか、剣を手に取るとかじゃなく『私もする』って答えだったのが大きかった。『あ、ツカモトさんは意外となんでもアリなんだ』って」

「反論したいが、何も言い返せぬなぁ……」

 

 カルラは諦めた様に苦笑する。

 あの時はなんてことを口走ってしまったのだと絶望したものだが、それが逆に高評価につながるとは全く考えられない。

 

「だから、最初に巻き込むなら貴女が一番いいと思った。それと逃げられないと思ったのが理由ね」

「まあ、フィンが断らぬのをいいことにここまで迫ってしまったからな。しかし、そうか……フィンの心はもう…………」

 

 常々心配していたことだった。

 その心配とて遅かったが、フィンがいつの日にかこの生活に耐えられなくなって押しつぶされてしまうのではないかと思っていたのだ

 だからよくフィンの部屋を訪問したし風呂にも入っていた。

 もしもそれでフィンがカルラに欲情するようなら、受け入れようと。

 娼館に行っている様子もなく、門弟が出していたような臭いを出す事もない。我慢させているのではないかと思っていた。

 

「……ええ。フィンくんは、己のことを全く大事だと思ってない。自分なんてどこにでもいる存在で、今も【払暁】に居られるのは仲間が優しいからだって。替えのきく、都合のいい人材だからもっと頑張らなくちゃいけない──そう思ってるの」

「そっ……そんなわけが、ないだろうに……」

 

 項垂れる。

 そんなわけがない。

 だがそれを強く否定するには、カルラはこれまでの道で過ちを犯し過ぎた。

 

 フィンが己を信じられないのも。

 フィンが己を封じ込めたのも。

 フィンが己を省みないのも。

 全て、【払暁】での日々が影響している。

 その中でも特にフィンに対して厳しく当たっていたカルラには、何も言えなかった。

 

「わた、私はっ、なにをすればっ!」

 

 顔を両手で覆い慟哭する。

 フィンの曝け出した肉体に刻まれたカルラの罪。

 素朴な少年が、壊れた青年になる一端を担った重さ。

 これまでの言動、それを加えてもなお紳士的にカルラ達を大事だと言うフィンの精神性。

 

 そういったもの全てが、カルラの肩にのしかかる。

 

「私はっ!! どうすればフィンに、報いることが、出来るんだ……?」

 

 顔を絶望に染めて呟く。

 最早過去は変えられない。

 今のフィンを受け入れるしかない。

 それ自体に問題はない──だが、カルラは気が付いてしまった。フィンの心に。それほどまでに心を抑圧する原因になってしまった自分が、何をすれば贖罪になるのかを。

 

 もしもこれを、仲間達と共に知っていたら、彼女は耐えきれなかっただろう。

 

 三人まとめてどこかへふらりと姿を消していたかもしれない。

 

 その、自分達の罪の重さに耐えかねて。

 

 だが。

 ここにはアリシアがいた。

 カルラ達のように近しい関係ではなく、ヴァシリやアリアとも違い、それでいてフィンのことを誰よりも理解している女が。

 

「ツカモトさん。答えは一つ────エッチなことをするのよ」

 

 その答えに、カルラはもう一度深い絶望をした。

 

「それもただのエッチじゃない。ド級のマゾが満足するようなドSMプレイよ」

「ド、ドSMプレイ……!? 意味が分からない! 鞭で叩くのか!?」

「そんなのただのSMプレイでしょ。いい? まず、フィンくんの×××を……」

「なッ……!? そ、そんな深くまで!? こ、壊れるであろうっ!?」

「ふっ……人の身体は結構丈夫なのよ」

 

 戦慄する。

 鞭や蝋燭では飽き足らず、猟奇的とも言えるような領域。それを嬉々として行うことこそがフィンを救うのだと言わてしまった。

 それも、さも経験者ですよと言わんばかりに。

 

「(私はやれなくて逆にやられちゃったけど)大丈夫。二人でやればうまくいくわ」

「そ、そうだろうか……だが、フィンはまことにそれでよいのか……?」

「もちろん。大喜び間違いなしね。ツカモトさんのこと大好きだって言ってくれるわよ」

「だ、大好っ!?」

 

(よし、いけるわこれ)

 

 アリシアは内心喜んだ。

 

 これでカルラを巻き込めることが確信できたからだ。

 

(私が説明するまでもなくフィンくんの心の矛盾に気が付いてくれた。詳しく解説して同意も得られた。表裏どちらの方面でも一緒に戦ってくれること間違いなしね。それにツカモトさんってなんとなくサディスティックな雰囲気がするし、フィンくんのリクエストにも応えられるでしょ)

 

 当然、それはアリシアのただのイメージに過ぎず、当たり前だがカルラはサドではないし寧ろフィンを相手にしたときは受け身になるだろう。

 

 過去の自責が邪魔をしてカルラから積極性を失わせるのだ。

 

 そんなことは全く知らないアリシアは、今から一時間後に持ち込んだ鞭を手に泣きを見るのだが……

 

(ツカモトさんが加われば一気に楽になる……! どっちの意味でも楽になる! いける、いけるわ! このままフィンくんの真実を知る娘を増やして、この爆弾を解体してみせる! ハイエルフの誇りにかけて!)

 

 ────確かなのは、この日を境にアリシアがカルラのことを名前で呼ぶようになったこと。そして、カルラのアリシアを呼ぶ声に畏敬の念が込められたことだ。

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