ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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98 【特務騎士】フェンナ・リンデ③

【星天】、【払暁】の〈不浄領域〉調査に協力することになったとはいえ、セラフィーヌは通常業務の方にかかりきりである。

 

 丸一日治癒を使用し続けてもなお余力を残しているのは彼女のみ。

 ヴァシリがコッソリと知識層に広めた医学も修めており、また、切り傷や骨折以外に内臓の治癒まで的確にこなせる人材は貴重だ。

 

 勿論セラフィーヌの他にも高度な治癒が可能な神官はいるが、その者たちとて無数にいるわけではない。

 

 なにより、本人が休日を極力なくすようにしている。

 疲労程度は治癒で強引に治せてしまうので、彼女の気質を合わせればこうなるのは必然だった。

 

「──はい、治りました。これで大丈夫です」

「おおっ……首が、痛くない?」

「長い時間座っていたり帳簿を見ていると筋肉が凝り固まり、最終的には頭痛や末端神経の痺れなどを引き起こします。これからは数十分に一度姿勢を変えて柔軟などの運動をしてくださいね」

「ははぁっ! ありがとうございます、聖女様!」

 

 商人の男が診察室から出ていく。

 最後までペコペコと頭を下げていた姿を見送って、フェンナは言った。

 

「セラフィーヌ様、一度休息を挟みましょう。ちょうど昼食時ですしお持ちしますので」

「それには及びません。栄養食がありますから、こちらで済ませてしまいます」

「しかし、ここ一週間ずっとそうではありませんか。身体が持ちません」

「問題ありませんよ。疲労も治癒できますから」

 

 そう言ってセラフィーヌは机の引き出しから乾燥栄養食を取り出すと、水を片手に食べ始めた。

 

(はぁ……今日も、ですか……)

 

 彼女がこんな風になったのは、先日フィンの治癒を行ってからだ。

 

 あの日、フィンの壮絶な覚悟を受け取った。

 血反吐を吐き、臓腑を痛め、いつ死ぬかもわからない日常を過ごしながらそれでも俺にはこれしかないのだ、ここしかないのだと言って盾としてあり続ける。

 

 聖女として止めなければならない。

 だが、止めることが正しいことなのか。

 止めてどうするのか。

 自分が全ての責任を負うのか。

 それは無責任ではないか。

 一人の男として生きたいと言っている人に、そのような、憐みのような手を差し伸べるのは、侮辱ではないか。

 

 そうして思い悩み、自分に出来ることは無いのだと悟ってしまったセラフィーヌは、それ以来ずっとこの調子だった。

 

(フィン殿が心配なのはわかりますが……このままではセラフィーヌ様の心身が壊れてしうかもしれない……)

 

 フェンナもフィンのことを知ってからは心を入れ替え(?)心配しているが、セラフィーヌと違い苦汁にその身を浸したことがある。

 

 常人では這い上がれないような目に遭っているからこそ、現実と己の力量を比べて無理をすることは決してない。フェンナの両手で守れる範囲は広くないのだから。

 だからこそ、守れる範囲で守りたいと思う。

 事情を知る者が何もしなければ、フィンは燃え尽きるその瞬間まで戦おうとするだろうから。

 

 セラフィーヌにはフィンを癒す力がある。

 傍に居続ければフィンが傷付くことはないだろう。

 しかしそれは彼女の願いと相反する行いであり、自他共に認められることは決してありえない。もしもそうなれば、聖女二人を抱え込んだ【払暁】は政治的にも動きにくくなってしまうだろう。

 最悪、知らない聖女が派遣されてきて争いに発展する可能性すらある。

 

 それがわかっているからこそセラフィーヌは動かない。

 

 動くことができない。

 自分がここで働き詰めになることで救われる命が最も多いとわかっているから。

 

 ここからでは届かない命がある。

 これまでも散々苦しく思いながら飲み込んで来た事実。

 ただ、一つ違うのは、セラフィーヌ個人の感情を向けられた男がその中にいたこと。彼女が救いたいと思っている人が、彼女では救えない場所にいることだ。

 

 これにはフェンナも迂闊に動くことができない。

 

 以前はセラフィーヌを護るためという名目でフィン達の調査を行えたが、それも今では禁止されている。単刀直入に言えば、「やりすぎ」ということだ。直前で踏みとどまれたものの、ありえない勘違いをしたのは事実。

 

 護衛から外すようなことはしないが、本領から外れた行いは控えるようにと釘を刺されている。

 

 まあ、聖女が妊娠している上に認知されていないと報告をして罰せられなかった時点で寛大ではあるのだが……

 

(枢機卿に報告……いや、やめた方がいい。あの人は寛大だが決して甘くはない。私が異動させられなかったのも、新たに別の駒が入ることを嫌ったからだ。セラフィーヌ様自身に問題が起きていると知れば、今度こそ【払暁】や【星天】との関係を断つようにするかもしれない)

 

 そうなれば事態はますます悪化する。

 診察に来た時は手遅れになっているフィンに何も出来ないセラフィーヌが気を病み、やがてそれが枢機卿や他の神官にも伝わり────最悪だ。

 

(…………やはり、どうにかするしかないか)

 

 放っておいてもダメで、介入しすぎてもダメ。

 ならば自分以外の誰かが動くしかない。

 

「セラフィーヌ様。私は一度昼食を食べて参ります。代わりの護衛は二人、いつもの者を寄越しますので」

「はい、わかりました。急がなくて結構ですよ」

「はっ、ありがとうございます」

 

 

 ────

 ──

 ────

 

 

「……というわけで、セラフィーヌ様の調子があまりよくないのです。診察にきていただけませんか?」

「それは全然構わないんだが……」

 

【払暁】ホームを訪れたフェンナは、フィンと対面で話していた。

 

 マリアンヌはヴァシリやアリアと共に〈不浄領域〉関係の調査、カルラは稽古、アストレアはアリーシャやグリセルダと共に外出中。珍しくフィンが誰とも何もしていないタイミングだったため、リビングでもてなされている。

 

 フェンナの言葉にいまいち納得していないのか、何とも言えない表情でフィンが口を開く。

 

「それは、心配してくれてるってことだよな?」

「はい。セラフィーヌ様はフィン殿の戦い方や生き方に理解を示しつつも、何も出来ないことに歯痒い思いをされています。かといって、フィン殿の戦いすべてに同行することは出来ません。さらに言えば、貴方が臓腑を痛め人知れず血を吐いていることにも胸を痛めています」

「俺には勿体ないくらいのことだ」

 

 私もそう思っている、とは言わなかった。

 

「数年前から貴方のことを診てきたお方ですよ? 何度も何度も治癒をしても、手遅れになってから神殿にやってくる。セラフィーヌ様の足元にも及ばない私でも心配になります」

「それは……申し訳ない」

「いえ、責めているわけではありませんから」

 

 微笑みながら、ハーブティーを一口。

 神殿の昼休憩と称して抜け出してきたが、神官服で来るわけにもいかず、今のフェンナは私服である。身体のラインが出にくい神官服と比べ、女性らしいシルエットが目立つものだ。そういった服装で男の元を訪れるのには抵抗があったが、相手はフィン。

 

 そのようなことはしてこないだろうと信じてのことだった。

 

「しかし、診察に行くか。それは別にいいんだが、シンプルに俺が協力者としていくのはダメなのか?」

「……難しいかと。セラフィーヌ様にあらぬ疑惑が……あっ、も、申し訳ない。決してフィン殿が不埒だとか、その、そういうことを言いたい訳では」

「ああ……そうだった。すまない、失念していた」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるフィンに、フェンナはなんとも言えない気持ちになる。

 

 確かに見た目は厳つい冒険者だが、フィンはそこらの男と比べても分をわきまえているし、政治的な視点にも理解を示す能力がある。それでいて心優しく、己の生きる場所を失わないために自己犠牲を貫いているのだ。

 これほどまでの男性が、どうして。

 フェンナはそう思わずにはいられない。

 

「……本当に申し訳ない。フィン殿にも都合があることはわかっていますが、私ではどうすることもできず」

「いや、気にしないでくれ。暇してたのは事実だ。それに……」

「それに……?」

「わざわざ聖女様の護衛を務める貴女が足を運んでくれたんだ。散々セラさんには助けられてるし、これくらいはしないとな」

「……ありがとうございます」

 

(──やはり、フィン殿は他人を優先してしまう。せめて少しでも、私が力になってあげられるといいが……)

 

 たかが護衛の立場であるフェンナに出来ることは多くない。

 

 だからと言って何もしないのは、彼女の矜持に反する。

 

「……代わりと言っては、なんですが」

「うん?」

「なにか、お困りのことはありませんか? 些細なことで構いません。一方的に助けてもらうのでは心苦しく」

「気にしないでくれ、……とは言えないか」

「察して下さり、感謝します」

 

 顎に手を当てて何やら考え事をするフィン。

 無茶な注文はされないだろうと思いつつ、少しでも借りを返し対等な関係になれればいいなとフェンナは思っていた。

 

 いきなり戦場で私が守ります、なんて言っても信用されるわけがない。

 

 だから日常で一つずつ積み重ね、信頼と信用を稼いでいこう。

 

 ただの医者と患者。

 業務提携した冒険者と聖女一派。

 そこから踏み込んで、個人同士での付き合いを作れないかとフェンナが思い至った苦肉の策だった。

 

「そうだなぁ……あ」

「なにか、ございますか?」

「ポーションが切れてる。ちょっと、個人的な用事で使ってしまって備蓄が心もとないんだ。付き合ってくれないか?」

「それは、喜んで。護衛騎士ではありますが、神官としての教育も受けています。聖女マリアンヌ様と比べられれば未熟者ですが……」

「マリアンヌと個人的なポーションの買い物にはいけないよ。色々バレちまうから」

 

 そう言ってフィンは苦笑する。

 

 徹底的にバレないようにしているんだなと思うと、痛々しいとすら感じた。

 

「でも助かった。いつも何となくで買ってたから」

「……え? なんとなく?」

「いや、適当じゃない。効果は把握したうえで多分効くだろと思ったものをだな」

「……な、なんとなくで、あの症状を抑えられると思ってたんですか? 血便出てるのに? えっ? セ、セラフィーヌ様はなんと?」

「セラさんの処方してくれたのとは別にホラ、お店で買う時とかは……な? 適当じゃないんだ。ちゃんと、効果がありそうな奴を……」

 

 フェンナは目を細めた。

 フィンは目を逸らした。

 

「……わかりました。これでも神官の端くれ、フィン殿に合ったポーションを見繕ってみせましょう」

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