フィンと共に街に出たフェンナだが、特に浮き足立つことはなかった。
すでにフィンの調査を行い、いろんな女性と二人で出掛けている姿を見てきた為「別に一人くらい増えてもなんとも思われないだろう」というのが彼女の結論である。
実際それは正解で、二人でいる姿を見られたところでなんとでも言い訳ができた。
護衛という立場で互いに意気投合した、身体を張る役目同士いいポーションを共有しようとした、とか。男女関係に至ったわけでもないのだから不審がられても堂々としていればいい。
そういう理由もあって、フェンナは割と気軽に街へ繰り出した。
「フェンナの素性はあまり知られない方がいいか?」
「そこまで厳密に隠しているわけではありませんから、大丈夫ですよ。セラフィーヌ様の護衛を務めているとは言っても、所詮は替えの利く騎士です」
「なんだか親近感が湧く立場だが、それでいいのか?」
「仮に私を襲い人質に取ったからといって、セラフィーヌ様や教団に被害は及びません。それに、自分の身は自分で守ります」
「そうか。ならいいんだが……」
そんなやりとりをしてから、二人は世間話から始めた。
勢いで買い物に出てきたとは言ってもこれまで何か密接な関係を持っている訳でもないただの協力者に過ぎず、フェンナは一方的にフィンのことを知っているが、フィンはフェンナのことを知らない。
だからお互い、隠すべきことには触れないように注意を払った会話に取り掛かった。
「それで、今日はどこまで行くんだ? いつも行ってるのは道具屋なんだが」
「道具屋……? ……えっと、恐らくですが、道具屋に専門的なポーションは置いてないと思われます」
「えっ……」
気まずい沈黙があった。
そう、フィンは自分で時折言っている通り学がない。
ヴァシリに育てられた五年間で叩き込まれたのは戦闘時の思考回路や心構えだったりで、貴族などが受けられる教育は受けていない所為だ。
それに加えて金等級冒険者となってからも特別後ろ盾を得たわけでもなく、しいて言うならマリアンヌがフィンの教育係を務めている。と言っても、マリアンヌもエリート街道を歩いて来たわけではない現場たたき上げの聖女。
フィンに何を教えるべきかの取捨選択を完璧に出来るかと言われれば否。
彼女が『多分これくらいは知ってるでしょう』と思って言ってないことは大体知らないのである。そうでなければミルクを買いに行かせてヨーグルトを買ってくるわけがない。
(道具屋のポーション……扱われているのは恐らく中級ポーションでしょうか? それ以上になると神殿か教団直営でなければ卸していない筈。つまり、中級ポーションでなんとかしていたと……?)
フェンナは眉を顰める。
ザックリ言えば、重い打撲や切り傷を治すために使われるのが中級ポーションだ。
一般的な冒険者にもそれなりに愛用されている中級ポーションは、冒険者ギルドの要望により市井にも幅広く流通している。その正体は神官が魔法で加工した水であり原価率は圧倒的で売れば売る程儲けられる代物。
しかし、あくまでそれは一般的な冒険者にも親しまれているというだけで、金等級冒険者が愛用するには些か心もとない。
(中級ポーションに臓腑を治癒する効果はない。せめて上級か、内臓専用ポーションでないと……)
寧ろ中級ポーションで強引に何とか出来ていたフィンの肉体に驚くべきか。
「各種ポーションについてはご存じで?」
「最低限は。低級、中級、上級、最上級……くらいです、はい」
「間違ってはいませんよ」
苦笑してフェンナは答える。
「上級ポーション以上の品質を求めるには教団との伝手が必要になりますが、金等級冒険者のフィン殿ならばこれからご案内する教団直営店でも問題なく取引が出来るかと」
「おお、本当か。……でも俺は金持ちじゃないぞ」
「そういった側面があることは否定しません。忘れていませんか? 私も教団関係者ですよ」
「む。もしや、関係者だと割引されるのか?」
「……ええ。あまり大きな声では言えませんが」
以前、フェンナは任務で市井に紛れたことがある。
その際に法国外の教団勢力圏に初めて足を踏み入れた時、法国とのあまりに差に絶句した。
ポーション一つとっても値段が違いすぎる。
伝手やコネの無い者は利用することも許されず、法国内の倍以上の金額で取引されるポーション。神殿での診察も高額で、とてもではないが、貧しい人々はおろか普通に生きている者達でさえ利用することが出来ないほどだった。
それでも教団は儲けている。
理由は単純、その地の有力者から高額で治癒を受けポーションを卸していたから。
「フィン殿はお仲間やマリアンヌ様への配慮からこれまで利用してこなかったのでしょう。これからは、私の名をお貸しします」
「え? いや、そこまでしてもらうわけには……」
「お気になさらず。これでもそれなりの神官なんですよ?」
(──これで、フィン殿が堂々と適切なポーションを入手できる。そうなればこれまでのように常に手遅れの状態になることも減る筈……)
どうすることもできないセラフィーヌの現状。
積極的に動けないフェンナの状況。
そして、誰にも知られなくないと言うフィンの願望。
それらを考慮して、彼女なりに辿り着いた答えがこれだ。
ポーションの買い物に付き合ってくれと言われた時、好都合だと思った。
高額治療費を支払っているフィンの懐事情が厳しいのは知っていたし、自分の名前を使わせれば誰にも悟られることなく支援が出来る。
枢機卿にはバレるだろうがそれくらいなら許される。
セラフィーヌの心を安定させるためにも必要な措置だったと言えば見逃される程度だ。
(根本的な解決は出来ませんが……少しでも負担を減らせれば、セラフィーヌ様にもいい報告が出来る)
「……悪いな、そこまで気遣ってもらって。正直助かる」
「同じ盾の好みです。フィン殿の背中を……とは言えませんが、私も盾の端くれですから」
そう言ってフェンナは微笑んだ。
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──
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直営のポーション屋は看板も出していなければ店舗だとわかりやすい見た目もしていない。
知らなければただの民家としか思えない家屋に二人は辿り着いた。
「ここがポーション屋です。正式名称は違いますが」
「覚えやすいからそれがいい。にしても、どう見ても民家だな」
「わかりやすくしても意味はありませんから。この店の顧客は誰かに紹介されて来る者ばかりです」
「なるほど。最近そんなパターンが多いな……」
そう呟くフィンを尻目に、フェンナは扉を開く。
(ここまで誰かに付けられてもいない。私とフィン殿が二人で行動しているのも目立ってはいないし、順調ですね)
フィン関連で難しいのは、周りにいる女性が少々傑物過ぎることだ。
フェンナも世間一般から見れば十分高貴だし卓越した人物なのだが、流石に【聖女】や【剣聖】に【勇者】、ハイエルフの姫などと比べると格落ちは否めない。実力的にも名誉的にも他の女を押しのけて選ばれることはないと自覚している。
そんな者達に勘違いで睨まれてはたまったものではない。
(まあ、私も人のことは言えないのですが……)
しかし、フェンナには言い訳が幾つもある。
そうでなければ共に行動するのは難しかった。
万が一出会ったとしても、切り抜けられる自信があったのだ。
(しかし、ここまで来てしまえば────)
「──あ、ねえねえマリアンヌちゃん。これなんかどう? 薔薇の香りだって!」
「いいですね。ただ、フィンさんは軽く甘めの匂いが好きなのでもう少し控えめの方がいいかと」
「え~? 大人っぽくないとダメじゃない? やっぱりフィンも男の子だし、ほら、ボディで悩殺! エロさで誘い受け!」
「……カルラが一緒に風呂に入って無反応なので、悩殺は無理かと」
「ミ°ッ」
フェンナは絶句して立ち尽くす。
そしてそのままフィンが入店。
図体のデカさと威圧感でフィンの存在感はかなりのものだ。わかる者にはわかる、重厚さそのものと言うべきものが彼には宿っている。
当然、そういった気配を探るのはアリアにとって容易いことであり。
「……ん? フィンの匂い?」
「え? 正気ですか?」
「正気だよ! あ、ほら! フィンいた!」
にこやかにこちらへ歩いてきていたアリアは、視線を横にずらし、フェンナのことを認識する。
目が細まる。
表情から笑みが消える。
そのまま、瞳から光も失せた。
「…………フィン、だれ? この