種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
1.1 第三区と特殊捜査員:吸血鬼鎮圧依頼
1.1
「人狼ゲームやりません?」
「よく私の前で言えたなお前」
ちょっとした昼下がり、冗談に彼女は呆れ顔で返してくれる。訳あって同じ部屋に住んでいるのは、人狼のアラカワさんだ。人狼とは名がつく種族だが、どちらかというと狼が人の姿に化けている…というのが実態としては正しいらしい。
住んでいるアパートの一室は無駄に広く、色褪せたカーテンと壁紙が過ぎた時間を語っている。だがボロボロというわけではなく、古いなりに手入れはされている。
「いやまあ、逆にやったことなさそうだなと」
「そりゃ無いけど、二人じゃやりようが無いだろ」
「確かに」
「馬鹿か?」
こんなやり取りに乗ってくれる程度には仲がいい。彼女も自分の前では気合を入れて化ける必要もないため、人の姿と狼の姿の中間のようなスタイルで、スマホを見てソファでだらけている。
「テキトーな会話しやがって。ちゃんとしろよな、脳の無駄遣いだっての」
「適当って、本来は逆に近い意味なんですけどね」
「…だからなんだよ」
「なんでも?」
完全に狼の姿に戻るとスマホが使えなくなるのが嫌なんだとか、現代の娯楽に毒された人狼というのもなんだか面白い。灰色の毛並みは手入れが行き届いているのでツヤがあるが、ソファが抜け毛で大変なことになっているのには触れないでおく。
「まあそんな小ボケはさておき、お仕事が来てるんですよ」
「荷物探しだったらやらない、前は警察犬の真似させやがって…」
「生死問わずの賞金首です、やります?」
「やる、相手は?」
「吸血鬼です、アラカワさんと同じく銀が弱点のお仲間ですね」
ロッカーを開け放ち、隠していた獲物を用意する。彼女が使うのは金属バットに似た棒だが、バットと違い中空構造ではない。内部にまで金属が詰まっており、その重量により並の人間では振ることもままならない代物だ。
「余計なことは言わなくてもいいっての、詳細を言えって詳細を」
「何処かの吸血鬼がお仲間を増やしちゃったみたいなんですが、それがこの街の廃ビルに住み着いたようです。背後関係は洗いたいところですが、まあ血液サンプルさえ取れれば後はいいとのことで」
「増やすんなら面倒見ろよな、何処の馬鹿だ」
「サンプルから吸血鬼因子の情報さえ取れれば、データベースから血族は割り出せますよ。まあ、そこに該当者が居なければお手上げですけど」
彼女は変身を戦闘中に使うスタイルのため、専用の衣服以外に何か着込むことはない。だが変身など出来ないこちらは防弾プレートを仕込んだ現代の鎧を着込み、防刃繊維製のコートを上から羽織る。
「政府からの血液支給を受けているのであれば、データベースへの登録は必須。被害が出てるなら確かめたいってのは、当たり前の話ですね」
「血ィ飲まなきゃ死ぬってのは不便だな」
「そっちも満月みたいな物見たらダメなクセに」
「五月蝿ぇぞ」
一応丸ければなんでもいい、というわけではないらしい。満月の日、あるいはそれに近い日に、淡く光る月と非常に良く似たものを見ない限り興奮はしない。
まあ今は夜でも光るものが多過ぎて、誤認してどうこう…というトラブルは増加傾向にあるのだが。残念ながら人狼は個体数の少ないマイノリティだ、抜本的な解決を図るには影響力が無さすぎる。
「取り敢えず偵察しましょう。上も私達に任せたってことは、多少の荒事は承知の上ってことでしょうしね」
「何処殴ってもいい依頼なのが楽でいい、前なんか顔は潰すなってのが面倒で面倒で」
「ぶっ殺した後に首噛んで振るのやめてくださいね、危ないんで」
身体能力に数倍の差がある彼女からすれば、こんな装備は滑稽に見えるのだろうか。そう思いつつコートの襟を整え、自分の得物を棚の奥から取り出した。
それは彼女が使う特製バットよりは軽いが、それでも人間にとっては少々重い西洋剣だ。重い肩にかけられるよう長いベルトが鞘に付けられている上、元は美麗であっただろう装飾をやすりで削って潰されていた。
そして狩猟用の単発式拳銃が一つ、あまりに頼りない装弾数だが、信頼性だけは他の銃に勝る。軍用に近い銃は使用許可が降りないのだ。まあアラカワが発砲音を嫌うので、銃自体あまり使うことは無いのだが。
「車出しますね、そっちはどうします?」
「あの廃ビルはちょっと遠いよなぁ…ウォーミングアップにもちょっとキツい、乗る」
「はいはいー、なら依頼の詳しい話は車内でして良さそうですね」
今までの仕事によって酷使されているのは、四角い普通車だ。少々レトロなセダンであり、現在の流線的な形状になる前の型式となっている。依頼金を払えないという間抜けな依頼主から現物支給ということで、家の中から売れそうなものを全て掻っ払った際に入手した。
「じゃ、早く来いよ」
「エレベーター壊れてるんですよね…頑張りますけども」
「四階くらいサッサと降りろ」
彼女は窓を開け、下の駐車場目掛けて飛び降りた。この程度ではかすり傷一つ付かないのが人狼だ、真正面から戦って勝てる気は全くしない。窓を閉めてから空き部屋の目立つアパートの階段を駆け下り、耳を掻きながら自分を待っている彼女の元へ急ぐ。
「吸血鬼が相手か、まだ成り立ては楽なんですけどねぇ」
このアパートの住民は、凶器を担ぐ自分を見ても何も言わない。ただ相手もまた『仕事か』と思うだけだ、同業者ばかりなので理解がある。
「遅いぞ、体力落ちてるんじゃないのか」
「貴女と違って傷の治りは遅いんです。散弾銃で撃たれても次の日には治ってる、なんてのはあり得ないんですからね」
「不便だな」
「不便ですよ、だから人間は壊れてもいいように数が多いんです」
セダンの鍵を開け、助手席に乗るよう促す。彼女は種族的特性により、手先が不器用だ。そのため運転は大抵の場合自分の役目となる、人狼は乗るより走った方が早かったりするのも、彼女の運転離れに拍車をかけていた。
「さて、依頼の説明しますよ」
「分かった、それ取って」
「…モバイルバッテリーを車の中に放置するなって、前言いましたよね。火だるまになりますよ私達」
「だってこの車電源ないだろ、悪かったって」
横着をするなと言わんばかりの顔を思わずしてしまうが、彼女はごめんごめんと軽く謝りながら四角いバッテリーを受け取る。次は降りる時にちゃんと確認しよう、そう思いながらキーを回してエンジンをかけた。
「目標は幼年期と思われる吸血鬼ですが、既に顔は割れてます。というのも、その時期に失踪した女学生が一人居ましてね」
「身元が分かってるのかよ、それなのに生死問わずってのはアレだな」
「治安維持局によれば既に死者4名、重軽傷が6人の事件に関与。恐らく確認出来ていないだけでまだ増えるでしょうし、もう無理矢理にでも止めるしかないんでしょうね」
「初めての吸血に酔って狂ってるタイプ?」
吸血行為が伴う多幸感は違法薬物に例えられる。吸血鬼の生命活動の維持に欠かせない吸血行為を、定期的かつ継続して行わせるために習性となったのだろうと研究者は言う。
なったばかりの若い吸血鬼はこの種族的特性によって暴走しがちだ、専用の薬剤で衝動を和らげなければ、遅かれ早かれ殺人犯になる。
「この哀れな吸血鬼を作った奴は、最後まで面倒を見なかったようです」
「抑制剤をぶちこんで止めるのは?」
「それをやれるプロ連中は別口で動員されてます。そうじゃなきゃあの廃ビルは包囲されてサーチライトでビカビカ、ヘリだって飛んでるはずですよ」
悪魔だか鬼だかの反社会的組織が暴れているらしい。自分達も上から少しは頼られているのか、それとも取り敢えずぶつけてみる試金石扱いをされているのかは分からない。
「捕縛はまあ…やれたらでいいです、ボコボコに殴っても血が切れなきゃ死にませんしね」
「うわ酷」
「話戻しますよ。目標は当市立高校の2年生、前歴なし。目立って不審な点も無く、成績は中の上。所謂優等生ですね」
「そんないい子ちゃんが悲劇のヒロインにって?」
「まあこれが表向き分かる範囲の情報ですね。治安維持局が洗いざらい調べた結果、まあ出るわ出るわ…夜遊びがお好きだったみたいですね」
彼女に手渡したファイルに収まっていたのは、違法な営業で摘発されたクラブの監視カメラ映像だ。吸血鬼が人間の運営者を操り、獲物を探す狩場としていたらしい。地下に作られた店舗で、少し暗い店内には音楽が鳴り響いていたらしい。見るに堪えないものも幾つか散らばっているが、それについては触れないでおく。
怪しい雰囲気は若さ故に普通ではないことを求めた者達を引き寄せたのか、目標の高校生以外にも若い人間はカメラに何度も映り込んでいる。
「うっわー、趣味悪。よりによってこんなところって、最近の子は温室育ちで常識ってもんまで身につかないのかね」
「まあ危機感が足りてないのは事実ですね。局は裏に居たであろう吸血鬼に繋がる証拠が店から出て来なかったとかで、残ってた戦力も逃げた客の追撃に割いてるんですよね」
「…で、問題のJKと戦えるメンバーが足りなくて私達に?」
「そうです」
「この報酬額じゃなきゃやってないわこんなの、バカじゃないの」
「それに関しては、全く持って同意見です」
陽が落ちる前に終わらせてしまいたいが、この依頼はそう簡単なものではない気がする。嫌な予感を抱えながら、相棒である剣とは別に用意した短剣を片手で軽く握った。