種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
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旧吸血鬼街跡地に建てられた食品工場では、それを取り囲むようにして治安維持局の部隊が集結していた。集められた装甲車の一つには、複数の特殊捜査員が集められていた。自分とアラカワに加え、同じアパートに住む金髪とその彼女二人、そしてRedだ。指名した彼ら以外にもまだ集められているそうだが、部隊を分けて運用されるとのことだ。
指名する権利を貰ったため、自らの部隊は信頼出来る捜査員で固めた。ある程度互いのことも知っているため、連携も可能だろう。
「割りの良い仕事を紹介してくれてありがとうよ剣士クン、こんな激ヤバ案件じゃなきゃ泣いて喜んでるぜ」
「私と同じ部隊で戦うか、他の部隊に放り込まれるかをコイントスで決めたいんですか貴方は。連れている二人が何をやらかしても知りませんよ」
「まあ、まあ……最近は大人しいぜ?」
「さてはあの後やらかして、ご機嫌取りでもしましたか」
「車の掃除くらいしとけよな…!」
「「…ねー」」
「ちょっ、痛ッ。ごめん、ごめんって」
ナイスガイの両腕は、両脇に座る女性二人に掴まれている。彼女達は不定形の粘体種であり、スライムと呼ばれるのが一般的だろうか。ゲルや粘菌に似たもので構成された身体を持つが、それはあらゆる器官を再現してしまうという便利な能力を持つ。
聞いた話では彼の好みの姿を学習しているらしく、片方は白く長い髪にバストが目立つ長身の女性、もう片方は黒く短めの髪にヒップが目立つ長身の女性だ。そして双方の目元には泣きぼくろと、タイプの女性がどんな姿かを周囲に教え続けられると言う新手の拷問を受けているらしい。
「で、お互い知ってる私達呼んだってことは、本気って認識でOK?」
「はい、参加してくれてありがたい限りです」
二人から捕食されんばかりの圧を受ける勇者はさておき、空気を変えるために悪魔種のRedがこちらに話を振ってくれる。彼女はポーチやボディアーマーを始めとした如何にもミリタリーな装備に身を包んでおり、その下は灰色の都市迷彩が施された戦闘服を着込んでいる。
更に目立つ赤い肌を隠すため、肌には濃淡の差がある複数の灰色油性ファンデーションを分厚く塗っている。背中の翼がなければ、彼女だとは分からないだろう。
「吸血鬼潜む伏魔殿への突入は精鋭部隊がしてくれますが、アイザワの捕縛はこちらでやらなければならないそうです。局から調査員も各部隊に配置されますが、何かあった時の責任を有耶無耶にするためか特殊捜査員が戦力の大多数を占めています」
「鎮圧装備は出すみたいだけど、バックアップをあんまりする気ないってのが気に入らないよねー。剣士マン、そこら辺どうなの?」
「吸血鬼に銃火器による狙撃って、まあ効果が薄いので…」
狙撃するにも有効打のためには大口径の専用弾で撃ち抜く必要があるが、戦闘中の吸血鬼が狙撃ができる程度の隙を晒すことは殆どない。動きがあまりに速いため、倍率の高い光学機器で狙おうとしても追いきれないのだ。
そのため、本気で狩ろうとすると迫撃砲部隊による辺り一体を耕すような砲撃しかない。この方法は確実だが、生け取りには向かないことが容易に想像できた。
「だから接近戦をやれってのも無茶な話だよねー、ホントもう頼られすぎじゃない?」
「精鋭部隊は血族当主を見張らなきゃ不味いのは分からなくもないんですが、一個小隊くらい回してくれても良いとは思うんですよ」
「それだけどさ、水面下で吸血鬼とヘラクレスの戦闘があったんじゃないかって噂になってる。屋敷の近くにある旧吸血鬼街を警備中だった第二中隊が撤退しているってのが話の根拠」
以前アラカワと話した治安維持局の精鋭部隊、ヘラクレスが動いたらしい。第二中隊と言えば近接戦を重視した装備を有し、屋内の迅速な制圧や人質の救出を主眼とする部隊だ。今回の捜査に備えて待機していたというのに帰るということは、何かあったに違いないということだ。
「装備のトラブル等ではなく?」
「医療班と局の予備戦力が動いて、特殊捜査員まで穴埋めに使われてるって。撤退を予定してたんなら、こんなに慌ててやるはずないじゃーん?」
敵にも味方にも吸血鬼部隊が状況だ、第二中隊がどちらと交戦したのかは分からない。だが何故今動いたのか、それについては首を傾げざるを得ない。アイザワを助けるために屋敷から抜け出したにしては、ヘラクレスが撤退するレベルの激戦を繰り広げる必要などないからだ。
「その旧吸血鬼街は、確か吸血鬼同士の対立で廃墟と化した場所ですよね。戦力を集めていたにしても、わざわざ相手の戦いやすそうな場所に戦力を置くなんて」
「何か調べたいものでもあったのかもね、シラカミ隊長さんは全部教えてくれるわけじゃないしー」
「拉致された吸血鬼の救助も今回の作戦目標でしたか、調査を行いたかったのであれば戦力を置くのも妥当ではありますが」
少々引っかかるが、だからと言って何かに繋がるほどの情報ではない。作戦開始まで装甲車の中で大人しくしていろと言われれば、何かしたくなってしまうのは皆同じだ。持ち寄った情報についてあーでもないこーでもないと話していると、車内の通信機が声を発した。
『こちら特務班。監視中の目標に動きあり、包囲を察知した模様』
「出番ですね」
『全突入部隊は降車の後、鎮圧装備を受領。作戦要綱に従い行動を開始してください』
装甲車は工場内道路の封鎖と支援射撃、そして負傷者の回収が主任務だ。鎮圧装備を持った自分達と共に工場内へ突入した後は、武装した局員と共に働いてくれるだろう。吸血鬼相手には多少の装甲など意味をなさないかもしれないが、居る居ないの差は大きい。
「事前に申請を出してもらった通りの装備を用意して貰ってあります。ちなみにシラカミ隊長からは、礼は要らないという伝言を預かってますよ」
「ハッ、相変わらずだなあのクール系美女は」
「え、どうだろ。意外と愉快な人じゃないかな、なんて思うケド?」
「何が愉快だ、勧誘魔だろうが」
シラカミ隊長には三者三葉の意見があるらしい、自分としてはRedの愉快な人という意見に一票を投じたいところだ。装甲車の分厚い後部ドアを開け、赤いラインの入った装甲車へと近付く。鎮圧装備の輸送車両だ、各部隊に同行予定の調査員も既に装備を受領していた。
調査員も鎮圧装備の使用は許可されているのだが、必要な訓練時間の長さから持てるものが少なく、特殊捜査員ばかりが使うという本末転倒な運用がされている。これも治安維持局の前進がやらかしたことによるものだが、現場からすればふざけるなの一言だろう。
「前回ぶりですね、今回も同行させて頂きます」
「カミシロさんでしたか、貴女なら安心して戦えますよ」
「鎮圧装備の扱いはまだまだですが、使用許可が下りる程度には使えますので、足を引っ張ることはないかと。よろしくお願いしますね」
彼女は前回と違い、突入部隊らしい出で立ちで現れた。通常の制服にプロテクターの着いた防具を着込み、盾形の鎮圧装備を持っている。守りながら反撃を行えるタイプだろう、調査員が自衛を行いつつ同行するには最適な装備といえる。
「我々が一班です。他の位置から突入する二班と三班は一班の援護に回りますので、全力で確保に向かうことだけを考えて頂いて構いません」
「大盤振る舞いじゃん、やるねぇ~」
Redが申請した鎮圧装備は槍としての形状を持ち、剣型よりも強力な薬剤噴射能力を持つ。その分扱いも難しいのだが、彼女はミリタリーな見た目に反して近接戦を重視している。寧ろ咄嗟の判断が命取りとなる近接戦だからこそ、輪郭を崩せる迷彩を取り入れていると言えるかもしれない。
「新モデルに代わってからは、ちょっと重量バランスが変わってるんだよね。まあ使い心地は悪くないからいいんだけど、カスタムできたらなぁ」
「おいおい。鎮圧装備を弄るなんて、ヘラクレスくらいなもんだぜ?」
勇者が手に取った鎮圧装備は、特殊弾頭を使用するライフルだ。命中と同時に弾頭内部の薬剤をばら撒く構造のため、発射装置である銃も特注品である。銀を用いた炸裂弾による殺傷力は非常に高いが、今回は使用できない。
「で、俺はこれか」
「援護は任せます、彼女達はどうします?」
「いつも通り武器無しだ、下手な装備より元の身体を活かした方が強いしな」
「では二人は彼の援護を、接近戦はこちらでやります」
粘体種の中でも非常に強力な捕食能力と運動能力を持つ彼女達は、援護射撃を行う勇者を確実に守ってくれる。動きが早いとは言えないための配置だが、うっかり殺される可能性があるので、これで良い。
アイザワを殺さずに捕獲するのであれば、近接戦は同士討ちを避けるために最小限かつ連携の取れる自分、アラカワ、Redの三人。そして支援で勇者に監督役でカミシロと、これが現状では最善の編成だ。
「他の班も準備を終えました、突入を開始します」
一班が乗る装甲車以外にも、武装した局員を乗せた車両が複数集まってくる。彼らもこの事件を早く終わらせたいのだろう、表情には決意のようなものが浮かんでいる。
「アイザワを確保して、この訳の分からない事件を終わらせましょう。吸血鬼の暗躍も今日までです、ケリを付けますよ」
事前に鍵を開けていた工場のゲートを装甲車が突き破り、三方向から部隊が突入する。吸血鬼一人を確保するためにこの大騒ぎだ、税金が幾らあっても足りないなと思いながら、思い通りにこの作戦が進まないだろうという嫌な予感がしていた。
この事件の黒幕が誰であれ、クスノという過去に失われたはずの能力を持った吸血鬼が生まれたという事実は変わらない。果たして誰かを捕まえて、倒して、刑務所に入れて終わる事件なのだろうか。
「目標が潜伏しているのは食品工場内の事務所二階、従業員は数日前から出勤を停止させていますので民間人はおらず、偵察でも確認できていないそうです」
「こうやって突入した以上、すぐにでも気付かれます。このまま一気に距離を詰めて、接近戦に持ち込みたいところですが」
「…目標が窓から飛び降りて逃走、梱包・搬出ラインの方向です」
「屋内なら都合がいい、ドアくらいは壊して入れますし」
装甲車の上部ハッチを開き、身を乗り出して事務所の奥にある巨大な建屋を見る。車両は速度を僅かに緩め、建屋の出入り口を目指して走る。後は降りるだけだ、アイザワが戦い慣れていないにせよ、不意打ちには気を付けなければ。
「降りますよ!」
「ええい、心臓に悪い急ブレーキだ!」
飛び出したアラカワがハンマーの一振りでドアを破壊し、半人半獣の膂力で歪んだそれを蹴り飛ばせば出入り口の完成だ。全員で一斉に中へ入るのと同時に、工場内の照明が一斉に点く。治安維持局はこの工場の管理システムを掌握しているのだ、この程度の芸当は幾らでもできる。
「吸血鬼アイザワ、投降してください。貴方は包囲されており、抵抗は貴方の罪状を増やすことに繋がります」
同行しているカミシロの言葉に反応したのか、工場の隅で何かが動く。パレットの上に製品が積み上げられたこの場所で暴れるのは本意ではないが、抵抗するのであれば仕方がない。そう思いながら、武器を構えて動きを待った。
「投降してどうなるってんだよ、なあ」
「何を…」
「俺も、テメエらも、ここで終わりだ。こんなことに首を突っ込むからだ、そりゃ俺にも言えることだけどよ!こんなことに、こんなことで!!」
アイザワと思わしき吸血鬼は半裸で現れた。第三区メトロで襲った者から服を奪ったのか、古着と言い張るにはあまりにほつれ過ぎた服を雑に羽織っている。そして手に持っていた何かを握りこむと、床のメンテナンスハッチが次々と開いていく。
「管理システムから止められませんか」
「システム上にこのような管理項目は無いということは、独立したシステムのようです。自家発電機が動き出したそうです、今から切断しても間に合いません」
「ええい、やっぱりそう簡単には行きませんよね…」
メンテナンスハッチの下に存在していたのは、棺桶のような何かだった。こんな入れ物ということは、その中身が何かなのかは想像がつく。赤い液体が管を伝ってその中へと入っていくと、棺桶の蓋は次々と開いていく。
「何処までやれるか、ここには何百年も前の腕利きだって混ざってるぜ?」
「休眠状態の吸血鬼を、工場の中に…?」
なんとも大胆な、どうやって今まで隠し通して来たのやら。それともこの棺桶は最近設置されたのか、血の保管期限は短いのにどう用意して来たのか、疑問は尽きないがやるしかない。寝起きとはいえ多数の吸血鬼、血に飢えてこちらを襲ってくるだろう。
「何人隠してたんだ、不味いぞこれは!」
アラカワが調査員を庇うように前に立ち、それに合わせて全員が陣形を組む。吸血鬼の大群を相手にどこまでやれるか、それも被害者となれば殺すわけにもいかない。
「やるしかありませんよ、屋内の方がまだマシです!」
棺桶の蓋を押しのけてゆらりと立ち上がった吸血鬼の目を見れば、正気でないことはすぐにでも分かった。ごく最低限の血液でもって生命維持を行っていたのだろう、休眠状態といえどエネルギーは消費されていく。
「なんとかして数を…」
「この眩しさはなんだ、誰ぞ窓を閉めんか」
女性の声が聞こえたかと思えば、周囲に居た吸血鬼の胸に杭が打ち込まれる。赤黒いそれは吸血鬼の体液を変質させたものだ、吸血鬼について調べていた時に過去の文献で見たことがある。自らの血液を自在に操り、硬化させ武器へと変える夜霧の血族とは別種の形態変化能力。
「馬鹿な、この長さの休眠で正気を保ってられる筈が!」
「口の利き方というものがなっておらん、どうにも嫌な匂いもするようだが」
逃げようとしたアイザワも周囲の吸血鬼と同様に槍で貫かれ、そのまま壁に叩きつけられる。声も出せなくなったのか、数秒足搔いた後に動かなくなった。死んでいないと良いのだが、このような事態は完全に想定外だ。
「串刺し公…!」
「おお、我らの名を知っている者がおるか。我を不本意な眠りから覚ましたことは褒めてやらんでもない、この事態への申し開き次第だがな」
細身の女性は血が通っているのかを疑う程に肌が白く、冷たく見えた。病院服にも似た服には拘束のために巻きつけられていたダクトテープが残っているが、動きの邪魔になる箇所は全て引きちぎられている。
残ったテープがある程度のボディラインを浮き出させているが、そのことに対して思うことはない。絶対的な捕食者がどんな格好をしていようと、真っ先に感じる感情は底しれぬ恐怖だからだ。