種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
4.3
「おい、串刺し公って」
「原初の血族です、前に古いほど強いって言いましたよね」
「…嘘だろ」
アラカワへ端的に伝えると、彼女は手の肉球に汗を滲ませた。人間とは汗をかく場所が違うんだったかと思いつつ、そんなことを考えている場合ではないと注意を向ける先を正す。
急所は外しているのか、貫かれた吸血鬼達は自らの形を保ったまま動けずに居る。心臓の活動を槍によって抑制しているのだろうか、もしそうであれば想像もできない操作技術だ。この戦い方が出来る吸血鬼は、今や第三区には存在しない。
「その呼び名もあまり好きではない、以後改めよ」
「は、失礼いたしました。この状況について、ご説明させて頂きます」
「よろしい、続けろ」
出来るのは国外で長く行方不明とされていた吸血鬼の本家本元、ドラクリヤの血族。血を武器とするのも高度な形態変化能力を用いた一芸の一つでしかない、身体を霧に変えるのも、姿を自由に変えるのも、彼らからすれば出来て当然のことだろう。
本当にそうかは確証が無かったが、プライドの高い吸血鬼にとって自らの出自を偽ることは最も恥ずべき行為の一つ。能力と合わせて考えると、信憑性は高い。
「我々は夜霧の血族と呼ばれる一派が吸血鬼を攫い、その因子を自らのために使うため地下に幽閉しているという情報を得て行動していました」
「…聞いたこともない血族だが、それで?」
「その血族が保有する工場に罪を犯した吸血鬼が逃げ込んだため、こうして立ち入った次第です。あの壁に貼り付けにされている者が工場に施されていた細工を操作したところ、床が開いて今に至ります」
「ふーむ、では貴様らは我を助けるべく来た者ではないというわけか」
彼女がこちらに向ける目が変わる、どうするか悩んでいたのが、獲物を見る目へと。長い休眠状態でも正気を保てたのはエネルギー効率の良さ故だと考えられるが、十数体の吸血鬼に槍を放っても顔色一つ変えない。
ここで血を吸われると、被害がどうなるか分からない。本調子だとは思えない吸血鬼が放つプレッシャーがこれほどとは、これだから力のある血族というのは困る。
「…面白い。少しは怖気づくと思ったが、大した度胸だ」
「光栄です」
「空腹を満たすためだけに食うには惜しい。貴様らは吸血鬼を狩ったことがあるだろう、起き掛けの運動には丁度良い相手よ」
構えろと言わんばかりの動きの後、彼女の姿が消える。吸血鬼の必勝パターンだ、こちらの動体視力では対応できない動きで数を減らす。だが彼女の場合、合間の牽制すら必殺の一撃と化す。槍よりも小さな棒は複数ばら撒かれたが、そのどれもがコンクリート張りの床に突き刺さってヒビが周囲に広がる。
「槍、いや矢ってところですかね」
「クソッ、どうやって飛ばしてやがる!」
「いいから撃ってください、勇者は女も勝負も度胸が肝心でしょう」
「なら剣士は前衛だ、精々俺を守りな!」
スライム二人に守られながらライフルを構える金髪イケメンを尻目に、飛来してきた槍を避ける。それはよく見ると床に刺さったと同時に枝のように棘を伸ばしている、串刺しになった吸血鬼が動けなくなるのはこのためだろう。
「あの槍も矢もスライム以外じゃ一発当たれば致命傷です、絶対に避けてください」
「だったらどうするんだ、このままじゃ撃たれ続けて終わりだぞ!?」
「このための、新兵器ですよ!」
治安維持局で行われた試験では評価が悪かった、新型の鎮圧装備。それはかなり扱いが難しいものだった、これを試験的とはいえ導入しようとした局の人間には敬意を表する。複数の銃身を束ねたそれを構え、引き金を引いた。
「ほぉ」
吸血鬼の眼前に広がったのは、複数の鋼線だ。非常に鋭利なワイヤーカッターであり、射出時に僅かではあるが血液凝固剤が付着するようになっている。相手の移動に合わせられるかは賭けだったが、運良く成功した。
いや、どちらかというと彼女が新しい武器に興味を持ったから当たった、という方が運より先行する理由だろうか。細い腕を輪切りにするが、それらは切断された直後に繋がった。
「切れる糸か、こんなものを武器にするとは」
全く効いていない。凝固剤も排出速度が異常だ、血が固まる前に薬剤を分離させ体外に押し出している。ワイヤーは彼女が振るった血の刃で簡単に切断されてしまい、どんな硬度をしているんだと呆れるしかない。
「ちょっと剣士マン、アレ全然使えないんだけど?」
「…評価が悪い理由が分かりますね」
Redは腰から拳銃を抜いて射撃を行っていたようだが、不甲斐ない結果に終わった新兵器を見て辛口のレビューを残す。なんと出鱈目な生物だ、昔はこのレベルの化け物が闊歩していたとでも言うのか。
「やはりお前は面白いな。このまま良い動きを見せるのであれば、人を捨てさせることも考えておこう」
「有難い申し出ですね、持ち帰って検討させて頂きます」
「何を言う、帰らせんぞ?」
吸血鬼への内定が決まりかけている。内々定だ、これは不味い。銃火器による攻撃は全く当たっていないか、運良く当たっても霧への形態変化により有効打になっていない。飛来する矢の大部分はスライム二人が防いでくれているが、槍は避けるしかない。
このままではジリ貧だが、彼女もまたこのような遠距離攻撃一辺倒な戦いを続けられるだろうか。幾ら効率が良かろうと、このまま血を失い続けて無事とは思えない。
「そうだ、名を聞いていなかったか」
「申し訳ありませんが、名乗れるようなものを持ち合わせておりませんので!」
「なら付けてやるとも、名付け親というのに一度なってみたくてな」
思いの外機嫌が良さそうな受け答えとは裏腹に、彼女は戦い方を変えた。目にも止まらぬ高速移動を続けつつ、こちらへ直接攻撃を仕掛け始めたのだ。
「勝手なことを言うんじゃない!」
「おや、人狼は飼ったことがないが…叔父はよく連れ歩いていたな。飼い犬にしてみるのも悪くない」
応戦したアラカワがハンマーを振り下ろすが、既にそこに彼女は居ない。吸血鬼が懐に潜り込んで毛皮に覆われた腹を貫かんとしたところを、横薙ぎに振るった刃で咎める。
吸血鬼は見た目よりも重い傾向にあるが、剣の一撃を受けて全く動じないほどではない。軸が大きくブレた拳をアラカワが避け、数本の毛が舞う。
「やっとだぜ!」
そして勇者が放った弾丸は胴体へと潜りこみ、片腕を内側から破壊した。使ったのは血液凝固剤を体内にばら撒く弾丸だ、彼女の傷が塞がる時間を稼ぐ狙いだろう。
「おお、わざと砕けさせたのか。器用なものだな、中にも何か入れているのか」
「ちょっ!?」
アラカワから吸血鬼を遠ざけるため、Redが槍を縦に振り下ろす。しかしそれは彼女の手の平から突如出現した槍によって受け止められ、やっと与えたダメージもたった数秒で完治した。
「その羽は…悪魔か。肌に何を塗っている、
「は、反則反則!」
「それにあの粘体種だ。それなりに生きて来たが、その中でも見たことがない頑丈さ…天晴れだな、褒めてやらんでもない」
「吸血鬼がそれ言う?」
「陽の光は嫌いではない、月明かりの方が好きだが」
串刺しにせんと放たれた槍をRedが受け流し、アラカワがハンマーを振るう。それを吸血鬼はあっさりと避けたが、何かが打ち出されるのは想定外だった。
「喰らえッ!」
「おや」
引き金を引いたことで打ち出された杭は殺すことを避けるため、銀ではなくなっていた。しかし砕ける構造はそのままに、対吸血鬼弾同様、内部に抑制剤を封入していた。
「おお、これは…麻痺毒か、いや違う。中々面白い物を作る薬師が居るようだ、銀を使えば楽な物を」
「我々の仕事は、殺すことではありませんので」
「捕えられた吸血鬼がどのような責苦を受けるか、知らぬほど愚かではあるまい。我を捕える気か、先程解放されたばかりだというのに」
「時代は変わりました、今やそれは違法です」
「変わると申すか。そう言うのは人間ばかりよ、中身など何も変わらんというのに。貴様らの臓腑は減れば死ぬ、血も流れれば死ぬ、時が経てば否応がなく死ぬ。何か一つでも我らに勝ることがあるか?」
「未来があります」
「…ほう、つまらん答えを」
お喋りな彼女が、初めて声色を変えた。抑制剤は思いの外効いたのかもしれない、アラカワはこちらの装備を知らない相手の弱点を上手く突いた。今までマイペースに話し続けていたというのに、こちらの言葉に反応するほど余裕がなくなりつつある。
「私は貴女を殺すために来たわけではないですし、こんな意味のない戦いをしたい理由もありません」
翼を使って飛び上がったRedが動きの鈍い吸血鬼へ槍を投げ、直撃こそしないものの命中させる。そして反撃を勇者の彼女二人が受け止め、粘体の盾の隙間からライフルが放たれる。
「矛を収めてはくれませんか、互いに無益極まりない」
「毒を盛られることには慣れている方でな。無益とは笑わせる、狩られる側が損得の計算をするのか?」
「対等ですよ、貴女と私達は」
抑制剤は繰り返し使えば耐性が出来るという例は報告されていた、だがこんなにも早く克服し始めるとは考え難い。抑制剤が心臓へ回るのを体液の操作で抑えているのだろうか、相変わらず器用だ。
「…対等だと?」
彼女が纏う雰囲気が、また一段と変化した。不愉快を通り越し、それは怒り一色に見える。抑制剤が効いている筈だというのに、彼女は今までと変わらず武器を生み出してこちらに構えた。
垣間見える心理的な余裕の無さからか、こちらの言葉に大きく不快感を露にしながら反応している。本来なら勝てる相手では無かったが、彼女が置かれた状況の悪さ故に勝ちの目が見えてきた。
「人と吸血鬼が対等か」
「はい」
「それは、冗談と言えば許してやらんでもないが」
「対等です」
「貴様ッ!」
言葉を馬鹿正直に受け取る生真面目さは利用させてもらう。明らかに動きが鈍る彼女に対し、伸ばした腕を切り飛ばす。それは最初見せた回復速度よりも遥かに遅い速度で直そうと体液を動かすが、それよりも早くもう片方の腕が肩から吹き飛ぶ。
「アラカワ!」
「任せろ!」
彼女の胴体をハンマーが捉え、壁に向かって吹っ飛んでいく。回復が遅いとはいえまだ死なないだろう、ここで無力化しても殺せない以上後が怖い。ここは一芝居打っておくべきか、吸血鬼相手にしか出来ないアレが使える。
「ちょっとトークで気を引きますので、合図をしたらあのお嬢様の頭ライフルで撃って下さい。絶対に一撃で脳を吹き飛ばして下さいよ」
「…ライフル持ってるの俺だけなんだが、やれって?」
「カミシロさんはちょっと調べて欲しいものがありまして…」
「やりますー!やりゃ良いんだろ!?」
芝居に必要な指示を出し終え、壁に寄りかかりながらも立ち上がった吸血鬼へと近づく。彼女は血の矢を放つが、それは速度を伴っていない。殆ど飛ばずに地面に転がり、枝が延びることもなかった。
「吸血鬼が幾ら強かろうとも、人の血を啜らなければ生きていけない。人は吸血鬼が居なくとも、何も困らない、寧ろ吸血鬼の方が人を必要としている」
「黙れ、不敬な…」
「何が偉いというのですか、ドラクリヤに連なる原初の血族であるからですか」
「やめろ」
「今や貴女を崇める者も、敬う者も居ないというのに。この国に逃げ込んだ挙句、家族同然だと言った使用人を皆殺しにしたあの時から」
「やめろッ!」
放たれたライフルの一撃と、カミシロの短機関銃が彼女の身体を削り取っていく。更に増えた抑制剤の投薬量は危険な領域にまで進み、これ以上はよほど高位の吸血鬼であっても心停止が近い。彼女は縋るように何かを探したが、病院服以外に身につけているものなどない。
「旧吸血鬼街消滅はそれから始まったではありませんか、お嬢様」
「…何が楽しい、吸血鬼狩り」
「先に殴り掛かって来て被害者面とは、何度も言いますが私としてはこの戦いなどどうでもいい」
彼女はもう自分以外眼中にない。撃たれて身体が原型をなくしていっても、抑制剤が効きすぎているのか痛覚も鈍くなっている。旧吸血鬼街崩壊事件の引き金となったのは狂った有力吸血鬼とはこの国に居たドラクリヤの末裔、その当主だった。
彼の血族は事件の中で全員が死亡、或いは行方不明という惨劇に見舞われている。彼らの因子を欲する者が居ないわけがないと思ったが、このような形で眠らされていたとは。
「自暴自棄になるなら、せめて殴る相手は選んでください。私は貴女と殺し合いなんて御免なんですよ」
「自暴自棄、私が…?」
一人称のメッキが剝がれた、この辺りで決着をつけてしまおう。吸血鬼とはいえ彼女は当日まだ若い、外見と精神年齢はそう大きく変わらない筈だ。わざとらしく武器を納め、そこらに転がる彼女の放った矢を握る。
「貴女をここへ閉じ込めた輩が誰かは最初に説明しましたよ。そしてその血族はドラクリヤ亡き後、この土地に屋敷を建てた」
「…木っ端吸血鬼が、か?」
「ええ、奴らは我々が殴りに行っている最中です。もし協力してくださるなら、奴らの最後くらいは見せますとも」
「何を言う、してどうなる、最早どうしようもないだろう」
泣き崩れる彼女を見て情緒不安定な吸血鬼ほど怖いものはないなと思いつつ、矢の先で手のひらを切った。そして膝をついて彼女に手を差し出し、流れる血を彼女の崩れた身体に垂らす。
「貴女を敬う人間が一人居ますとも、ヴァシリッサお嬢様」
「お前、お前は…!」
かつての使用人の生き残り、そしてその子孫か。そうとでも言葉を紡ごうとした彼女の頭部がはじけ飛ぶ。自分の合図を受けた勇者がライフルを放ったのだ、これで一時的な記憶の喪失が発生する。長期記憶は吸血鬼の脳に似た器官を吹っ飛ばしても残るが、短期記憶はこれで消せる。
「メンタルケア完了です、これで彼女は幸せな夢を見たってことで」
「この芝居も朧げにしか覚えてないってんだろ、ひでぇことしやがる…」
「早く串刺しにされた吸血鬼をどうにかしますよ、こんな爆弾が床の下に仕掛けられていたなんてね」
「なあ、騙してやっても良かったんじゃないのか」
「あんな情緒不安定な吸血鬼の面倒見たいですか?」
「うん無理だわ、お前が正しい」
彼女の名前など知らなかった。耳に取り付けてあるインカムから、彼女と特徴が合致するドラクリヤの吸血鬼を探して名前を調べたカミシロに答えを聞いたのだ。これで違えば額に手を当てながら頭を吹っ飛ばすことになっていたが、結果オーライということで。
「あいつ酷いな、こんなことするのか」
「剣士マンは女の敵だわ」
「作戦ですから、作戦…」
女性三人とは、少し心の距離が開いた気がする。いや、少しどころではない気もする。