種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
5.1
治安維持局が使う装甲車に揺られ、その車内で外には漏らせないような話を聞いていた。特殊捜査員がここまで聞いて良いものか、そう思いながら乗車時に押し付けられた対吸血鬼用鎮圧装備を見る。
「ドラクリヤのお嬢様だがな、各種検査結果から本人だと断定された」
「それはまた、良いような悪いような」
「優しいが非情だな貴様は、わざわざ夢を見せてから記憶を消すなんて器用な真似をする」
「色々と聞く前に自殺されても困るでしょう?」
「クソ野郎だな、可愛い親戚を遠ざけた方が良さそうだ」
串刺しにされたアイザワと他複数の吸血鬼を回収した治安維持局は、遂にデータベースへのアクセス権を得ていた。夜霧の血族は内部での協議が続けられているが、今回の事態の早期終結を望む声が大きいらしい。
このままいけば、洗い浚い調べて終わりだ。何が出て来るのかは知らないが、この血族の吸血鬼全員が罪を犯しているわけではない。穏健派が発言力を示せたのは大きい、このまま進んでくれれば良いのだが。
「でだ、彼女の確保によって更なる事実が明らかになった」
「なんです?」
「クスノの因子が誰のものか、気になるよな」
「まさか…あのお嬢様吸血鬼?」
「ドラクリヤの血族、その最後の娘ヴァシリッサ。先祖返りを果たした吸血鬼因子の提供元は彼女というわけだ。失われた能力を呼び覚ますほど状態が良い因子を持つ吸血鬼と、その因子によって実際に生殖能力を保持した吸血鬼の双方を確保できたな」
「絶対に狙われますよね」
「間違いないだろうな。むしろこの二人の身柄を局が確保しているということ自体、公になれば火に油を注ぎかねない大問題だ」
この事件は人類が吸血鬼の再興を恐れて起こしたものだ、なんてことを声高らかに叫ばれるとどうなるか。今は対夜霧の血族で一応の団結を見せている吸血鬼達も、因子を維持するだけの状態から解放されるとなれば、手のひらを反すかもしれない。
「貴様に新たな仕事だ、二人の居る病院の警備に付け」
「私にですか、適任は他にも居そうなものですが」
「ここで攫われてみろ、事態は別の吸血鬼によって振り出しに戻される。ヴァシリッサの因子と相性の良い人間が乱獲されるぞ」
「そして今とは比較にならない強さの吸血鬼が跋扈すると…」
「これ以上自分と局の仕事を増やしたくなければ、死ぬ気で守ることだな」
病院の警備は増員されていたはずだが、守らなければならない対象がもう一人増えたのが痛い。病室はどうにか隣り合わせで確保したようだが、一度に二人とも攫われる危険性を考えると、分散させた方が良かった筈だ。だがそれをする余裕もないということなのだろう。
「ヘラクレスの第二中隊も、レベル3の鎮圧装備と共に病院で待機させている。頼りにはなるが、頼り過ぎるなよ」
「…言うってことは、そういうことですか」
「隠さなくてもいいほどの状況ということだ、最悪を想定しておけ」
血族の一斉捜査は無実の吸血鬼も巻き込まれている、この状況でレベル3を出すと明言すれば要らぬ反発を買う。しかし今回は別だ、病院を襲う敵への抑止力としてなら、投入してもマトモな吸血鬼は怒らない。
「その中隊は非公式の戦闘があったと噂されていますが、それについては」
「…隠す必要もないか。工場同様、休眠状態の吸血鬼が旧吸血鬼街の地下から相次いで発見された。アイザワと同じく無理矢理起こした馬鹿が居てな、血に飢えた吸血鬼とドンパチだよ」
「被害は」
「一人の死者も出していない、ヘラクレスが正気を失った吸血鬼相手に死ぬか。だが他の部隊を庇って装備を損傷した、それだけだ」
頼もしい仲間ができたのは有り難い、今回のように強力な吸血鬼と戦うようなことになれば、命が幾らあっても足りないのが実情だ。運よく寝起きでメンタルも不調で血も足りていない状態だったので良かったが、そうでなければ全滅していただろう。
「それとだ、先程適任がどうだと言っていなかったか?」
「ええまあ、言いましたが」
「あのお嬢様の再生能力には目を見張るものがある。記憶は貴様が思っているよりも残っているだろう、この仕事中くらいは面倒を見ることだな」
「…凝固剤入りの炸裂弾で、大脳丸ごと吹っ飛ばした筈なんですが」
「諦めろ、原初の血族を甘く見た代償だな。それにクスノの因子が誰のものか明らかになってしまった以上、こちらとて本来予定していた各種要求を行う名目までパアだ」
治安維持局がアイザワの身柄を抑えたことで、本来予定していたデータベースへのアクセス権は請求出来る…筈だった。問題は今回の調査で因子の持ち主が明らかになったこと、それによって予定していた通りには事態が進まなくなったことだ。
元々クスノを吸血鬼化させた真犯人がアイザワではないという仮定に基づいて立てられた作戦だ、前提が崩れる可能性はあった。今は吸血鬼の拉致と組織的な監禁への対処を要求理由に書き換え、各種書類を用意し直しているとか。
「書類の作り直しには少々時間がかかるが、この要求理由であれば確実に通るだろう。全てが終わるまで確実に守り抜いてくれなければ困る」
「寝ずの番でもしろって言うんですか」
「貴様はお嬢様担当、他で女学生担当だ。精々機嫌を取れ、そうでなくては病室を勝手に飛び出しかねんからな」
「はい」
「また頭を吹っ飛ばして記憶を消すのも無しだ、何度も通用するとは思えんしな」
「…はい」
「なんだその間は、やるなよ女の敵」
「さてはカミシロさんから話聞きましたね」
「やーい女の敵」
彼女にそう言われながら装甲車のドアを開けると、そこは広大な病院の駐輪場だった。説明されながら現地まで運ぶとは、お嬢様の我儘度合いも推し量れるというものだ。
「…このまま病室まで行けと?」
「察しが良いな、この状態では当たり前の言葉かもしれんが。これが病院内用の身分証だ、落とすなよ」
「ああもう、報酬の方は期待してますからね!」
またもやレベル2の対吸血鬼用鎮圧装備を背負うことになるとは。普段は使えない強力な装備の筈だが、スパンが短すぎると特別感がなくなるなと思いながら入り口を目指す。アラカワは先に現地へ入ってるらしい、自分は有り難いお話の分遅くなってしまった。
「どの病棟だ、このエレベーターで行けるんだろうな…」
ドアを開けるにはICカード型身分証が必要で、エレベーターを呼ぶのも、何をするのにもカードが必要だ。区画間の移動はカードに加えて生体認証が必要など、人外種族を収容する病院として出来る限りの対策が取られているように思える。
「窓がない」
指定された区画まではセキュリティのためかエレベーターが直接繋がっていなかったので、二回ほど乗り換えた末に到着した。監視カメラをはじめとした各種センサーが死角なく廊下を監視し、脱走を防ぐためか窓もない。
使われている病室の前には治安維持局の警備が立っている、無論完全武装でだ。彼らに軽く挨拶をしつつ、早く指定された部屋へ入ってしまおう。自分のICカードはこの部屋へ入る権限を与えられているようで、ドアの読み取り機に近付けると鍵が開いた。
「失礼します。護衛として派遣されました、特殊捜査員の…」
「話は聞いてます、入って入って!」
ドアを開けた先もドアだ、脱走防止のために二重になっている。覗き窓の先に居たのは特務班に所属している吸血鬼のカリヤと、ベッドで布団を被っているお嬢様だ。特務班の彼はコンクリートの破壊方法について実証実験を行っていた人だろう、あのビデオのことは覚えている。
「では、担当の方変わりますので」
「え」
「私は私で別の業務がありまして、では!」
彼はあっという間に部屋を出ていってしまう、吸血鬼の身体能力をそんなことに使わなくてもいだろうに。布団を頭にまで被っているお嬢様だが、担当者が入れ替わったことが気になったらしく、そっと目元まで布団を下した。
「こんにちは」
「ああ、久し……いや、忘れろ」
まるで旧知の人物と勘違いをしたかのような返事をしかけた彼女は顔を赤らめ、もう一度布団の中へ潜ってしまう。なるほど、中途半端に記憶が残り過ぎて、あの芝居が過去の記憶とでも勘違いされてしまったのだろうか。
「何をしに来た、話すことなどもうないぞ」
「貴女のことを頼まれまして。参上…いえ、推参した次第です」
「そうへりくだるな、寝ていて何も出来ん者を相手にみっともない」
彼女は会話をしてくれる程度には、こちらへ興味があるらしい。とはいっても自分は下手にボロを出せない身だ、どうやって過去の記憶と結び付けられることを避けながら相手をしたものか。鎮圧装備の外見を隠すため、布製のカバーを用意してもらっておいて良かった。
「このような場では果実と相場が決まっているのですが、この手の物はお好きですか?」
「…血は寄越さぬというわけか」
「長く休眠状態だった貴女が急に大量の血液を取り込めばどうなるか、今は安静にする時です。最近は血も足りていませんし」
「人の数が減ったか?」
「まさか、増えてますよ」
「ならば何故足りない」
「吸血鬼の方々に雇われて血を売ることを生業とする行為が違法になり、血は専門の組織が管理するようになりました」
「…ほう」
「この地域は刃傷沙汰が多いので、人のためにも血を多く使います。血の提供は金銭的な取引から完全に切り離されたため、得られる血の量も減少傾向です」
「馬鹿な真似を、同じ場所から我らと人に血を分けるとは」
確かにその通りだ、対立を招く要素であることに違いはない。非営利組織が管理するといっても、そこで働く人々の大部分は人間だ。今までは自分達で用意していたのにも関わらず、それを止めろと言われ、更に少ない量の血しか貰えないとなれば不満は募る。
「ですがまあ、それで病気になっても困るでしょう」
「ああ、吸血病か」
「失敬、ご存知でしたか」
「血が病を運ぶ、例など幾らでもあったのだがな」
体液や粘膜の接触により感染する特殊な病は、吸血鬼の間で爆発的に広がった。発狂した吸血鬼が事件を起こすという事例が一気に急増した時期は潜伏期間を考慮すると、この感染が拡大した時期にピタリと一致する。
「思えば父が狂ったのも、その病が事の原因だったのやもしれぬ。まあ、今考えても仕方がない話だが」
「今は血液の検査技術が発展したことで、新しい感染者は殆ど居ません。感染している人も、薬を飲めば発症を遅らせ続けられます」
この病が深刻だったのは、吸血鬼にのみ発症が確認されたことだ。潜伏期間が人間の一生を超える時間であるため、長く生きた吸血鬼だけが次々とその症状で倒れていった。
「同じ屋敷で暮らしていたのだ、我もきっと…」
「そう悲観的にならないで下さい、貴女は血が足りないだけで後は健康そのものですよ」
「…そうなのか?」
「元気になったら寝ていた分やることが山積みですから、新しくなった第三区を見て回るというのはどうです?」
久しぶりに剥いたので不恰好な形にはなってしまったが、どうにかリンゴをウサギ型に切ることができた。皿に乗せて彼女に見せると、なんとも言えない顔をしてそれを見ている。
「さては、慣れない真似をしたな」
「あ、味は変わりませんって!」
「ふふ、一番下の見習いですらもう少し上手くやれるものを」
彼女はそれからぽつりぽつりと断片的な昔話をしながら、自分が許可を得て持ち込んだ本を読んで時間を潰した。最近の第三区の変わりようを知った彼女は心底驚いていたが、やはり吸血鬼にしては中々に感性が若い。
「血を寄越せー」
「駄目でーす」
「我を知らぬとは言わせんぞ、このー」
そして本を読むことにも飽きたのか、彼女はこちらに絡んでくる。過去へと混ざってしまった記憶のお陰か、自分の前では昔の面影を見せてくれるらしい。
何度か肌を引き裂いて血を飲まれかねない雰囲気になったが、そうなった時は腕を引っ込めて行動で態度を示した。やはり戦える状態にしたくないのは分かるが、飢餓状態ギリギリというのも管理が大変だ。
「…寝て起きたら30年か」
「ですね」
だがまあ、可哀想なお嬢様に少しは付き合っておこう。仕事である前に、やったことのツケは払わなければ。
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二次創作以外も読んでくださる方が沢山いらっしゃるので、色々書きたいなという気持ちになるぜ……!!!
ありがとうございます!