種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
5.2
「お疲れ、そっちは?」
「大人しくしてくれてますよ、部屋の中で寝ろと言われたのには少し困りましたが」
定期報告を兼ねた休憩時間、自販機の前で自分とアラカワは話し合っていた。彼女は缶ジュースを上手く飲むため、人間形態でプルタブを手前に起こした。掴んで潰し、開けようとして爪で穴を開けてしまっていた頃と比べると、大きな進歩だ。
「寝込みを襲われるぞ、吸血鬼らしく」
「ですよねぇ、彼女が我慢し切れるかは分かりませんし」
自分も眠気を覚ますため、カフェイン入りの炭酸飲料を飲んでいる。普段はあまり飲まないが、この自販機は仕事中タダで飲ませてくれるとのことなので、それに託けて値段の高いコレを試しているというわけだ。
「外はまだ終わってないんですかね、いつになったら解放されるのやら」
「さあな、暫く先だろ。局の連中も気を張り詰めたまんまだ、終わりが見えてないんじゃないか」
「おお、よく見てますね」
「ストレスかかってると匂いも変わるしな」
彼女の嗅覚は経験を積んだことで冴え渡り、様々な情報を得られるまでに至っていた。そのお陰で自分の行動が殆ど筒抜けになっているわけだが、それに関しては諦めた。
「あれ、もう一本買うのか?」
「買ってこいと言われてましてね、好みなんか知らないのに任されても困るってもんですよ」
「…同じのをもう一本買え、まだ飲む」
「この手の飲料にそこまで興味ありましたっけ、まあいいですけども」
セキュリティシステム用のICカードがそのまま決済端末になるため、自販機にカードを押し付けてボタンを押せば、小銭を入れる必要もなく商品が吐き出される。やけに軽快なメロディーの決済音が場違いだ、そんな気分でもないというのに。
まあ音はさておき、人間用の貨幣を扱うのが難しい人外種族も多いため、こういったキャッシュレス決済への対応は、今の時代のバリアフリーにおいて必須となっている。
「…なんだこれ」
「なんでしょうかねこれ」
しかしボタンを押した結果出て来たのは、得体の知れないジュースだった。抹茶ソーダ、抹茶に対して何か恨みでもある人間が商品開発を担当したのだろうか。パッケージのロゴまでもダサい、売れるはずがない商品を具現化した姿がこの手の中にあった。
「オレンジジュースを選んだはずなんですが」
「まあそうだよな、お嬢様に抹茶ソーダ選ぶような真似は誰だってしないだろ」
「何をどうしたらオレンジが抹茶ソーダに化けるっていうんですか、間違えるにしてもタチが悪すぎますよ」
まあ、出て来てしまった以上処理しなければならない。だがこれを今飲む勇気はなかったので、ひとまずポケットの中にでも入れておく。アラカワも同じ思考に至ったようで、彼女も懐に缶を仕舞い込んだ。
「…隣の自販機ならまあ、きっと大丈夫ですよね」
通路内は警備を担当する局員達が休憩できるよう、一定間隔で自販機と椅子が設けられている。アラカワを誘って廊下を歩くと、次の自販機の前にはパワードスーツを着込んだ局員が立っていた。遠くからでも分かる存在感だ、広めに設計されたこの廊下でも圧迫感を感じる。
「この区画にいるとは珍しい、ヘラクレスの方でしたか」
「その格好…特殊捜査員だな、何か用か?」
対衝撃性に重きを置いた複合装甲、顔の全てを覆うヘルメットに装備されたカメラ、巨大な散弾銃。屋内での戦闘に特化した第二中隊の装備であることは、肩のエンブレムを見なくとも理解できた。騎士甲冑を二回りほど分厚くし、デザインを現代に寄せたらこうなると言わんばかりの姿だ。
聞こえる声は肉声ではない。個人の特定を防ぐため、声はフィルターを通されたうえでスピーカーから発せられる。戦場以外で会うのは始めてだが、ジュースの好みはどうなのだろうか。
「いえ、何故か見本とは違うコレが出てきましてね。こちらの自販機へ来たというわけです」
「飲み物の趣味が悪いわけではなかったか、それを好き好んで買う局員は見たことがない」
「他でも売ってるのかよ…」
それは面白半分で買った者も、飲んだことを後悔する味らしい。分厚い装備に身を包みながらも器用にボタンを押したヘラクレスは、支払いを済ませて商品を取り出した。取り出し口もバリアフリー化のため非常に大きく作られており、彼らが持つ大柄なマニピュレーターでも問題ないらしい。
「ああそうだ、捜査員」
「なんでしょう」
「外は仕事を始めたらしい。あの血族がどう動くか分からん以上、油断はするな」
「足を引っ張らないようにはするつもりです。この病院は要塞じみた設計とは聞いているので、下手に動く気はありません」
ヘラクレスの一人はならばいいと言わんばかりに頷き、缶を片手に離れていく。周囲の目がある場所ではヘルメットを脱げないからだ、特殊な部隊で働くというのも辛いだろう。
局のため、国のために死んだとしても、それが公表されることはない。伝えられるのは内勤中の一人が運悪く事故死、遺族にもそれだけが伝えられる。
「こっちは普通にオレンジジュースが出てきましたね、良かった良かった」
「…あれがヘラクレスか、本当に中に人が入ってるのか?」
「何か気になります?」
「四肢の長さが合わない、確かにデカいがバランスが変だ」
「人間にそのまま被せるように作ると末端は弱点になりますからね。あの手と足は全部機械です、あの装甲服から見て、本物は手首や足首あたりにはあるはずですよ」
デリケートな部位を露出させないため、機械が代わりを担っている。人外種族と掴み合いになれば、人の手を多少強化した程度ではどうにもならない、というのもあるかもしれないが。人類が人ならざる者と対等に戦おうとなるとここまでの装備が必要だ、根本的なスペック差が可視化されると嫌になってくる。
「へー。大変なんだな、ごちゃごちゃしてて」
「技術の結晶と言って頂きたい、あの形に纏まるまで色々あったんですよ?」
同じ人間として、新たな身体を作り上げた技術者達とそれを操る局員には敬意を持っている。特殊捜査員では至れない高みに、彼らは居るのだ。
「ふーん…」
「え?」
「ヘラクレスがそんなに好きか、Redが男はみんな好きって言ってたが」
確かに彼女なら『男はあーゆーのが好きだと思うケド』、なんて言いそうだ。確かに好きだが、それをアラカワが気にする必要はない筈だ。何が気に入らないのだろうか、彼らをアラカワ三人分だと称したからか?
「私もそれなりに強いぞ、このままで」
「あー、そのですね。私がこのオレンジジュースを好きだって言ったらどう思います?」
「なんとも?」
「じゃ、この炭酸飲料のポスターに出てくるアイドルが好きと言ったら?」
「…まあ、なんか気になる」
「私がヘラクレスへ向けている感情は前者です、技術や在り方が好きなだけですから。中の人に直接的な好意があるわけでは…説明が難しいですね」
なんとも言えない顔になるアラカワに対し、どうしたものかと頭を抱える。彼女は人狼であり、肉体の成熟は人より早い。マトモな教育を受けて来られなかったためか、精神的にも未熟が過ぎる。
「大丈夫だ、大体わかった」
「それは良かった、ここら辺は経験が乏しいので私も教えにくいんですよね…」
「ふーん、経験ないのか」
「ないわけじゃないんですが、まあこの辺りはまたRedさん辺りに聞いてください」
彼女は二つ買ったオレンジジュースの片方を寄越せと言わんばかりに手を伸ばし、缶を渡すと振り向いて担当の病室へ帰っていく。そして去り際に大きな尾をぶつけるように動かし、行き掛けの駄賃に毛を押し付けていった。
「して貴様、その人狼とは長いのか?」
「まだ数年ですが」
「十分長いだろう、それは」
なのでその毛について、病室に戻った自分はお嬢様から質問攻めに遭っていた。昔親戚が配下にしていたと嬉し気に語り、アイザワについて聞くことで人狼について知りたがっているようだ。吸血鬼の優れた五感はやはり侮れない、部屋に入った瞬間に付けられた毛に気が付くとは。
「個人情報は伏せますが、まあ伝えてよい範囲でならお話しますよ」
「うむ、話せ話せ」
「人狼は人と狼の姿を形態変化によって使い分けられます。現代ではその二つの中間と言える形態を取ることが多いですね」
「中間か…人の形で頭は獣の?」
「そのイメージで問題ありません、四肢が人間のように動かせないと不便だとかで。人間と酷似した形態も取れますが、それは中々エネルギー効率が悪いらしく、必要な時以外は行っているのを見ませんね」
人狼は第三区における人口が少なく、情報がない。人間と根深い対立が長く続いていたらしく、自治区に閉じこもって出てこないのだとか。人との接触により疫病が蔓延した過去もあり、共生が難しい人外種族の一つだ。
「そのアイザワとやらは殆ど中間の姿で居るのか、一度見たいものだな」
「この先顔を合わせることもありますし、共有がてら写真程度であれば」
「おお!」
この先もこのお嬢様とは顔を合わせることになるだろう、アラカワについてはある程度説明しておいた方が良さそうだ。情報漏洩対策に通信機能を最初から搭載していない携帯端末を取り出し、保存してある写真を見せる。
「ちょっと古い写真ですが、冬毛の時ですね。今はもう少しサッパリしてます」
「…本当に顔が狼だな、鼻と額が並行だ。それにしても毛艶がいい、相当気を使っているな?」
「お詳しいですね、それはもう色々と頑張っていますよ。食事に運動、室内の気温と湿度に睡眠まで」
「叔父も大変だとこぼしていたよ、だが配下の人狼がみすぼらしい毛皮をしていては上に立つもの格が落ちるのでな。その代わり、維持できる者は一目置かれるとも言っていたか」
「エンゲル係数が大変なことになりますからね、苦労の程は察せます」
彼女は自分が買って来た缶ジュースを手に取り、開けようとして固まった。何かと思って見て見ると、プルタブの形を確かめるように指先を動かしている。
「プルタブの形は、多数の人外種族に配慮して変更されました」
「指を引っかけられるようになったのか、簡単に起こせるようになっているな……」
30年は人間にとって非常に長い時間だ、技術も何も大きく進んでしまう。完全に浦島太郎状態の彼女だが、こうしてまた常識が変わっていることを知ってショックを受けたらしい。恐る恐る缶を開けると、意を決して飲み始めた。
「どうです、味の方は」
「変わらんな、この手の物は」
「そうでしょうそうでしょう、馬鹿みたいなチャレンジ商品も生き残ってますよ」
「なんだそれは、おいやめ…近付けるな!」
抹茶ソーダはお気に召さなかったらしい。飲むなら半分に分けると言われてしまったので、ここは引き下がるとしよう。彼女もなんだかんだで明るくなった、そう思った矢先のことだった。
「どうした、停電か?」
「いえ、これは…」
照明の電源が落ちた。いやこの区画、病院全体の電力が切れたのかもしれない。すぐさま予備電源へと切り替えられるが、鳴り響く警報はそれが停電や何かではないことを示していた。
『こちら一階第二ブロック、フロントは完全に制圧された!』
『何があった、現状を報告せよ』
『吸血鬼と思しき人外種と交戦中、奴ら並みの動きじゃ…』
ヘラクレスがすぐにでも動くだろう、狙いは間違いなく吸血鬼JKとお嬢様だ。カバーで隠していた鎮圧装備を背負い、インカムを耳に押し付けるようにして付け直す。
「侵入者が来ました、戦闘も始まっています」
「貴様はどうするつもりか、それだけは聞かせてもらおう」
「ここで騎士の真似事ですよ。貴女を狙う悪しき人々を打ち倒し、この第三区に平和を取り戻す…なんてね」
敵の動きが早すぎる、この階層へ辿り着くのも時間の問題だろう。この階の上下に防衛ラインが敷かれている、相手もヘラクレスとの真っ向勝負は避けたい筈だがどうなるか。建物を揺らす衝撃が数回起きた後、被害を報告する通信が入る。
『エレベーターが落とされた、階段も破壊されている!』
『下層からの増援を送るルートが潰された、各部隊は担当階層の防衛を継続せよ。侵入者は意図的に移動可能なルートを破壊している』
「滅茶苦茶だ。こんなことをすれば、侵入者側だって逃走ルートが確保出来なくなるというのに」
上下階からの造園は期待できない。もし吸血鬼が現れた場合、この階に居る戦力で対応しなければ。しかし主力のヘラクレスは上下の階に布陣、この階は特殊捜査員と武装した一般局員が殆どだ。
『上層部より司令室へ!屋上から侵入者あり、攻撃を受けている!』
『対処は可能か。上層部はまだ移動ルートがある、増援を送るまで持ち堪えろ』
『…』
『聞こえるか、応答せよ』
返答はない、全滅したのだろうか。上下から攻め込むとは、相手もかなりの数の戦力を用意して来たのだろう。冷や汗が頰を伝うが、今はただ指示を待つしかない。
『特殊捜査員は目標を守れ、侵入者に身柄を渡すな。ひとまずは迎撃プランの説明後、その準備に当たってもらう』
「了解」
具体的な指示ではないが、これは恐らく指示を出す暇がないことと、こちらの能力をある程度信用してくれているからだろう。今一番安全なのはこの部屋だ、現時点で彼女を動かす必要はない。
『形態変化対策として、病院内の大気循環システムを停止させている。各階と各部屋に設けられた緊急用の浄化装置は3時間しか稼働できない』
「3時間後は?」
『二つ選択肢がある。一つ目は隔壁を開き、循環システムを稼働させる。霧状に身体を変化させた吸血鬼が縦横無尽に動き回るぞ』
「…もう一つは?」
『二つ目はヘラクレス以外の戦力を退避させ、循環システムを再起動させずに対処する。周囲から浄化装置を集めれば、目標の二人を3時間以上生存させられる』
浄化装置は化学変化によって二酸化炭素を酸素へ変えることで、酸素濃度を維持するらしい。ヘラクレスが標準搭載している装備の一つだが、他の局員にとっては残りの寿命を突きつけられたようなものだ。
「…この病院には犯罪を犯した人外種族が多数入院していると聞きましたが、それは」
『緊急的な措置だ、局員同様に脱出させる』
「この戦闘の中でそれが可能でしょうか」
『3時間以内に対処が終わるかどうかは不明だ、あらゆる状況を想定する必要がある。他の病室から浄化装置を集めて目標の部屋へ運べ。これが命令だ、特殊捜査員』
「了解、作業を始めます」
この乱戦の中、病人をいきなり運び出して無事に済むはずがない。要塞じみた建物は階段とエレベーターを潰され、その堅牢さによって中にいる人々は脱出経路を失っている。
3時間のタイムリミットで、果たして全員が脱出出来るだろうか。侵入者が出す被害を考えれば多少強引な手段もやむなし、ということか。
「必要なものを集めて来ます、ここに居てください」
「来たのは吸血鬼か」
「…はい」
「人の身で戦えばどうなるか、知らんわけではあるまい。血を寄越せ、自らの身体は守ってみせようぞ」
確かに彼女へ血を提供すれば、強力な戦力が一人増えることになる。今のままでは襲われても抵抗ができないが、戦えるようになれば自衛ができる。このまま籠城するにしろ、逃げるにしろ、大きな利点があるのは確かだ。
「すみませんが、そうすることはできません」
「このまま寝ていろと?」
「貴女に寝ていてもらうために、我々がここに居るわけですから」
「…死ぬ前に助けを乞うことだな、まだ待ってやるとも」
「ありがとうございます。では、行ってまいりますので」
だが彼女は因子が持つポテンシャルの割に、あまり強くない。戦い方も悪く言えば能力頼り、あくまで最低限自分の身を守るためだけの訓練しか受けていないのだろう。それが戦った自分の感想だ、相手が同族同士の戦いに慣れていれば苦戦する。
彼女は寝ていた時間を除けば、まだまだ若い吸血鬼だ。あれだけ動けるなら及第点ではあるのだが、今回ばかりは相手が悪い。
「アラカワ、話は聞きましたね」
「聞いてたさ、あの吸血鬼のお嬢様との会話もな」
「話が早くて助かります、使われていない病室から浄化装置を集めますよ」
1つあれば3時間も酸素濃度を保てるのだ、2つや3つで充分だろう。ヘラクレスが搭載している浄化装置も、サイズ的な制約からしてそう長時間持つものではない筈だ。
「それと、この階の武器庫から使える物を引っ張り出します。強力な吸血鬼がこの階に侵入すれば、そこらの局員なんて血祭りにされてお終いですからね」
「ヘラクレスが居るんだろ、そう簡単には…」
階下から大きな衝撃が響く、遂に敵はすぐ下にまでやって来たのだ。敵の移動速度が早すぎるためか、詳しい情報が全くと言っていいほど得られなかった。しかしヘラクレスであれば、敵を押しとどめつつの分析も可能だろう。
無線機から有益な情報が流れることを渇望し、廊下を走りながら無線機に繋いたインカムへ手を当てる。そして一言一句も聞き逃さないために耳へ押し付ける。
『対象の吸血鬼は形態変化能力を有している。霧への変化、血液の硬質化……身体の形状も自由に変えている』
『侵入者は夜霧の血族ではない、それより余程古い血族だ。報告にあったドラクリヤの血族と酷似している、弾幕を絶やすな!』
どうして今更その血族が現れる、旧吸血鬼街崩壊と共に消え去ったではないか。夜霧の血族が今回の事件を起こしたのでなかったのか、それとも実は原初の血族が彼らを操っていたのだろうか。疑問は尽きないが、違和感はある。
「…相当不味いんじゃないか、前は運よく勝てただけだろ」
「今回でも運が尽きていないか、試すには絶好の機会ですよ」
ドラクリヤの血族が今回の事件を起こした黒幕だと仮定すると、同じ血族であるヴァシリッサお嬢様が休眠状態で監禁されることを良しとするだろうか。
「ロックを外せば、動きますね。このまま部屋まで運んでください」
アラカワが巨大な浄化装置を台車に乗せて運び、自分は物置として使われていた一室から武器弾薬が収められたコンテナを漁る。他の局員も自らの置かれている状況を理解したようで、バリケードを設置して実弾を込めた銃火器を構えている。
「これは先に持っていくが、何か使えそうなものはあったか?」
「色々とありますが、良さげな物は既に局員が引っ張り出してますよ」
銃火器の類は訓練を受けている局員向きだ、近接戦を好んでやるのは特殊捜査員だけとも言えるが。展開型のバリケードの裏に隠れる局員達は、軍用レベルの火器で武装している。
通常の人外種族を鎮圧するのであれば過剰だが、今回の相手にはこれでも足りないと言いたくなるのが現実だ。
「我々が矢面に立ったとて、あの様子では吸血鬼諸共撃たれますね。今は指示通りに動くのみに留めましょう」
「いいのか、銃を並べて倒せる相手じゃあないだろ」
「そのためのヘラクレスですから。彼らが働いてくれていることを期待しましょう」
通信機では接敵したものの、敵の分析を続けつつ戦闘を続けていることが分かる。大きな被害もなく、既に数体を撃破しつつ血液サンプルの回収も進めていた。
『一体撃破、一体無力化。抑制剤を追加で投与する』
『凝固剤と抑制剤の効きが悪い、銀に切り替えろ。捕縛は考慮しない、排除を優先する』
『血液サンプルを回収した、簡易検査キットを使う。検査が終わり次第、因子情報を司令部に送信する』
流石精鋭部隊、装備に合った戦場というのもあるが、場慣れしていることがよく分かる。混乱は全く見えず、淡々と機械的に物事へ対処していく。彼らの数が揃えられれば、特殊捜査員はお役御免になるのだが。
「作業中のところすみません、特殊捜査員の方ですね」
「ああはい、そうですが」
「情報の共有許可が出ました、これを使って下さい。閲覧の権限のみが与えられている端末です」
「助かります、耳だけでは何も分かりませんからね」
アラカワには部屋へ行くよう指示し、自分は局員から受け取った端末をコンテナの上に置く。タブレット型のそれは、集められた情報がまとめられており、各階で何が起きているのか、誰がどれだけ居るのかも分かる。
「上層、下層共にほぼ全滅。吸血鬼と座標が被っている局員は血を使うために運ばれているのか、それとも盾か…」
ヘラクレスが思うように敵を排除出来ないのは、血液袋代わりにされている局員達が居るからだろう。銀を使い始めたのも、最小限の火力で倒すためと考えるのが妥当だ。
「潰した通路も吸血鬼の形態変化能力があれば通り抜けられる、こちらは崩れた階段を前に成す術なし。八方塞がりですね」
この階と他の階は同じ階段やエレベーターで繋がっていないため、精鋭がこのまま防衛ラインを維持してくれるのなら侵入は難しい。だが天井や床の破壊により、新たな侵入ルートを開けられる可能性はある。
『敵吸血鬼が後退していく、何かする気か』
『穴を開ける可能性がある、後退しつつ警戒を続けろ』
開いたコンテナの中にあった武器と端末を抱え、部屋へ戻るために廊下へ出る。彼女も不安がっているだろう、パニックを起こされないためにも安心させなければ。
アラカワを追って室内に入ると、彼女は捜査方法の分からない浄化装置を相手に苦戦している。付属していたマニュアルを読んでいるようだが、それは使用方法ではなくメンテナンス方法が書かれている。
「おい、これどうやって設置するんだ!?」
「この人狼が話にあったアラカワとやらか、写真の通りだな」
「ちょッ…勝手に写真見せたのか!」
「ああもう!それは一旦置いておくだけで大丈夫です、今は…」
連続した衝撃が建物を襲ったかと思うと、ドアがない。廊下に大穴が空いていた。それも建物を上から下まで貫くように開けられたそれは、見間違いでないことがすぐに分かった。穴の付近に立っていた筈の局員は、腕と銃だけを残して姿を消している。
「やられ…た?」
衝撃は一度で終わらず、部屋を丸ごと揺さぶられるような感覚に陥る。平衡感覚が無くなるのは一瞬だった。浮遊感に似たものを感じた直後、五感が情報を伝えるのをやめた。
ワーイ!オリジナル日刊ランキングの50位くらいに居ます!
感謝…!