種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
5.3
要塞として設計された病院は、詳細不明の攻撃によって大きな被害を受けた。建物の三分の一が崩落、内部への被害は未だ不明な部分も多い。護衛対象が居た部屋も崩落に巻き込まれ、室内に居た特殊捜査員二名と共に安否不明の状況だ。
『右腕装甲に損傷、背部装甲の衝撃吸収能力低下。司令部との通信途絶、個人間通信ネットワークの維持を確認。警告、部隊の損耗が危険域です』
「中隊長、敵は中庭に集結しつつあります!」
「このまま死守する、奴らを瓦礫に近付けるな!」
ヘラクレス達が身に着けている装甲服が損傷を受けて人工音声で喚くが、彼らがそんなことを気にしている余裕はない。第二中隊は甚大な被害を受けつつも、破壊の元凶と相まみえているからだ。戦いは病院の外から中庭へ移り、瓦礫の中に居るであろう護衛対象を巡って双方が激突している。
「結構、結構。流石は人類が生んだ人工の英雄、少々名前に負けている気もするがな」
既に中庭へ集結していた数十体の吸血鬼が道を開け、一人の男が現れる。姿は初老の男性といったところだが、その姿は異様だ。燕尾服に似た服には吸血鬼の流行りだろうか、見知らぬ飾りが複数取り付けられている。
「準備には手間取ったが、少し早い解体工事の代金は不要だ。これで少しは悪かった風通しも良くなったことだろう」
「…内部構造も把握済みか」
「身体の損傷を考えなければ、多少の無茶でなんとでもなるのが吸血鬼でね。まあ穴を開けさせた者共は使い捨てだ、衝撃で原型を留めていないだろう」
語られたことが本当なのか、どうやって実際に建物を崩壊させたかは分からない。だが二度目は来ない、来ていれば中庭の部隊は壊滅的な被害を受けている。つまり次弾は無いか、準備に手間取っている。来たとて対応できないのなら、ヘラクレスは目の前の脅威に集中する他ない。
その注意を向ける先に居る男は、まるで大量の勲章をぶら下げたかのような風貌だ。彼の周囲には、霧へと姿を変えた体組織が渦巻いている。ここに至るまでに大量の血を取り込んだ結果、体内に押し込むには多すぎるほどになったのだろうか。
「何故当主がここに居る、郊外での捜査中に不在が許されるわけがない」
「アレが本物だと思い込むとは、まあ検査が始まるまでの時間稼ぎに使うには手間がかかった影武者だったがな。この際隠す必要もない、人類の精鋭であれば見て分かるだろう」
「何が…」
夜霧の血族、その当主が一歩下がる。そして代わりに前へと出たのは年齢も性別もバラバラの吸血鬼達だったが、体系や顔が蠢いて若い女性の姿へ変わっていく。装甲服のカメラが彼らの顔を捉えたかと思うと、システムがまた警告を行ってくる。
「中隊長、この吸血鬼達は行方不明者リストの該当者です!」
「侵入者に対する攻撃の許可は出ている、こうなった以上腹をくくれ!」
部隊員は戸惑いつつも、襲い掛かってくる彼らに攻撃せざるを得ない。ヘラクレスが装備する銀の弾丸によって、瞬く間に数名の吸血鬼が命を落とした。変わった後の姿が本来の姿か、それともこちらへ心理的な攻撃か、後者であれと誰もが願う。
「他人への擬態が可能なほどに高度な変身能力、三年前に確認されたものと同じか」
「過去の因子を試していたところを見つかってね、あの時は世話になったようだな」
第二中隊は屋内戦闘に重きを置いているため、近接戦においてもヘラクレスの中でトップクラスの実力者が集められている。彼らは剣と盾を携え、現在よりも遥か昔の因子から生み出されたであろう犠牲者達を両断していく。
「攫った人間を吸血鬼に変え、犯罪行為に加担させたか。これがどれだけのことが、分からない程馬鹿ではあるまい」
「こちらが保有する因子との適合率が高い者を収穫したまでだ、こ奴らはそれなりの完成度という程に収まったがな」
吸血鬼に変えられてしまっていたのは、クスノだけではなかったらしい。彼らは霧への形態変化だけでなく、他の能力も有しているようだ。食品工場の地下に拘束されていた吸血鬼から、因子を抜き取ったのだろうか。
「本命が完成した矢先に逃がすとは、人相手に罪悪感を抱く愚か者には苦労させられたよ。だがあの二人さえ確保してしまえば、あとはどうとでもなる」
「情報管理がなってないな、ベラベラと…!」
「喋っても構わん状況だということだ、貴様らも増援が来ない状況を不思議には思わんか」
普段なら即座にヘリが飛んでくるだろう、だが今回は遠巻きに見ているだけだ。動ける部隊が郊外に居るにしても、治安維持局がこの病院の被害に対して見て見ぬふりをする理由などない筈だ。
中隊長と呼ばれるヘラクレスの一人は人間をやめさせられた行方不明者へ急所を避けた散弾銃の一撃を浴びせ、ホルスターから抜いた拳銃へ攻撃を繋げる。拳銃から放たれたのは注射器で、抑制剤が吸血鬼を昏倒させる。
「生殖能力を持つ吸血鬼の存在は狭苦しい第三区以外にも伝えた。今は国外の吸血鬼も、私のためにこぞって動いてくれているだろうよ」
「馬鹿な事を、この所業が明るみに出れば貴様が切り捨てられないわけがない」
「やはり人間だな、我々の持つ危機感を分かっていない」
散弾銃を霧への形態変化で避けた個体に対し、銃身の下に取り付けられた噴射装置を向ける。霧への変化は物理的な攻撃を素通りさせるため無敵に思えるが、内部の組織を守る表皮を形成していない。そのため本来なら体内に打ち込まなければならない抑制剤や凝固剤も、吹きかけるだけで簡単に効果を表す。
「吸血鬼がどれだけ人間よりも優れているか、説明する必要もあるまい。それがただ衰退していくだと、これはあまりに大きな損失だ!」
「そのためには何を犠牲にしても許されると?」
「貴様らはただ増えるだけだ、性能も世代で変わらないつまらぬ種族だろうが。血を生み出すだけの家畜が代表面とは、笑わせてくれる」
当主は余程気分が良いのか、笑いながら第二中隊の中隊長と会話を楽しんでいる。この男はあらゆるコンプライアンスに違反していることなど気にせず、古い価値観からなる正義を振りかざしているのだ。
「第三区などという人間にとって都合が良いだけの箱庭に放り込んでくれた代金は、しっかりと払ってやるとも。人と、貴様らが言うところの人外種族は最後まで相容れないのだよ」
「…人と人外種族は最後まで相容れないか、違うな」
中隊長は弾切れになった銃から手を放し、地面に刺していた剣を引き抜いて構える。この会話をしているうちに、哀れな吸血鬼達は殆どが地に伏せていた。病院内からはまだ吸血鬼が現れているが、当主と彼の間には一瞬の空白が生まれた。
「人とお前が相容れないんだ、犯罪者が」
「向かってくるか、その程度の装備で。ご自慢のレベル3とやらはあの瓦礫の中だったか、保管庫の位置は調べさせてもらったぞ」
「…そこまで分かっていてこれか、呆れるな」
「何を…!?」
当主の胸を血の槍が貫く。かつてドラクリヤの血族が多用したとされるそれは、枝を伸ばすことで同族相手にも猛威を振るった。そして剣の間合いにまで走りこんだ中隊長が剣を突き立て、薬剤の噴射トリガーを引く。
「馬鹿め、私の能力を忘れたか!」
しかし身体を霧に変え、傲慢な吸血鬼は槍と刃から逃れる。しかし太陽の光が遮られたことで、咄嗟に上を向いた。頭上を飛んでいたのは、巨大な狼だった。
「狼…いや、人狼の特殊捜査員?」
そこで何かするわけでもなく、見て疑問を抱いただけ。この反応こそ、この男が運良く過去の争乱を生き残り、実力が伴っていない地位に因子の古さだけで着いていることを示している。
「お届け物ですよ、ヘラクレスの隊長さんに」
「バウ!」
「言われなくても外しませんって!」
その狼の背中掴まっていたもう一人の特殊捜査員、ただ剣士とだけ呼ばれる彼が何かを投げる。光るそれは、吸血鬼の動体視力であれば刃物であることが分かった。
「まさか…瓦礫の中のレベル3!?」
「護衛対象の安否が不明なら、こう長々と瓦礫の周りで戦うものか」
血の補給を極限まで絞っていたのだ、崩落で死亡する可能性は高かった。しかしヴァシリッサと同じ部屋には、人間が一人居たのだ。彼の血を得た彼女が能力を使い、崩落から皆を救ったのだろう。
「血さえあるなら建物の崩落程度で我らが死ぬわけなかろうて、この阿呆が」
「…会ったこともない親と最初にするのが穴掘りなのは、ちょっと応えたけど」
「可愛げのない娘だが、働きに免じて許してやるとするかな」
二人の吸血鬼は男の血を吸い尽くすわけにもいかないため、目当ての物を掘り出して、槍を一発投げたらガス欠だ。瓦礫の周囲を守っていたヘラクレスの数人が彼女らに駆け寄っていく、周囲の吸血鬼は手出しできないだろう。
「レベル3だろうと、破壊してしまえば!」
当主が陽の光を受けて煌めくそれに向け、一気に跳んだ。本来なら落ちて来た武器を掴もうとする筈の中隊長が、弾切れになっていた散弾銃を構え、再装填を行っていることに気付かずに。
「…ナイフ?」
放たれた散弾は、空中で身動きの取れない当主に浴びせられる。咄嗟の形態変化は間に合わず、片腕がもぎ取られて宙を舞う。投げられたのは特殊捜査員が持っていた銀の短剣だ、吸血鬼の本能的な恐怖は誤認させるのに役立った。
「今だ、本命を叩き込め!」
「小癪な真似を……この程度で、この程度でェ!」
当主が狼を見ると、それは既に落下を始めていた。しかし姿は獣から人に近い、人狼が見せる半人半獣のものへと変わっている。そしてその背に居たはずの男もまた、何かを手に当主を睨む。
「やって下さい!」
「死ぬなよ!」
「貴女が真っ直ぐ投げてくれる分には!」
十字架に見えるそれは、彼が構えると同時に刃が伸びる。液体金属が磁力によって形を変え、刃を形成しているのだ。使われることなど少ないレベル3 の、更に最新の代物。実践経験が無かったそれは、特殊捜査員の手によって解き放たれた。
「吸血鬼が空中で身動きを取れないとでも…」
「避ければ終わりなんて思ってるなら、こっちのもんですよ!」
当主の因子は完全な変身能力を持たないが、ある程度形状を変えることならば可能だ。両腕から蝙蝠の羽根のように膜を広げ、風を仰いだ。しかし液体の刃もまた、好きな形へと姿を変えられるのだ。大きく伸びた刀身は、逃げた当主の背中を切り裂く。
「馬鹿め、急所を外したな!」
「これでいいんですよ、レベル3 が形の変わる剣で終わるわけがない」
落下していく剣士を近くに居た中隊長が受け止め、液体の刀身は柄へと戻る。形勢の悪化を感じた当主は逃走を視野に入れたが、次の行動を取る前に背中が崩れた。
着地する姿勢をとるだとか、何が起こったかを確認するだとか、そういった行動をする暇もない。そうする前に、傷口から身体が崩れていく。薬剤と違い排出も出来ない、僅かに入り込んだ何かが急速に吸血鬼の体を蝕んでいく。
「が……あッ!?」
「滑稽だな、名も知らぬ木端血族が。貴様を助けてくれる吸血鬼はもうおらんぞ」
周囲のヘラクレスから輸血パックを受け取った吸血鬼のお嬢様は、目覚めた時と同じく蹂躙を始めた。地面を這うように広がった彼女の体液が吸血鬼の足元に到達すると、血だまりから槍が伸びる。地面から吸血鬼の心臓を狙った一撃は次々と命中し、避けても二つ、三つと放たれる。
「真似をしてみろ、我が娘であればできよう」
「…こうかな?」
精度や速度には課題が残るが、同様に血の補給を受けたクスノもまた槍を放つ。恐ろしかった吸血鬼が槍の的になっている、やはり高位の吸血鬼とはでたらめだ。
「それにしても大味だな、この血は」
「輸血用の赤血球製剤ですからね、血小板だとか血漿だとかは取り除いている筈です」
「これと比べて貴様の血は悪くなかったが、二度とあのエナジードリンクとやらは飲むな」
「吸血鬼としての母に賛成、変な味した」
「そんなに!?」
受け止めてもらったとは言えかなりの衝撃があったのか、悶える特殊捜査員の男は全身の痛みに加えて、血の味について吸血鬼二人に責められ始める。
「…ああもう全身が痛い。ありがとうございました、これは返却します」
「悪いな、装甲の上では痛かったか」
「骨が折れたかと思いましたよ」
「一本や二本折れてるんじゃないか?」
男の特殊捜査員は全身の痛みを訴えつつ、使ったレベル3 をヘラクレスへと返す。この作戦は瓦礫の中から外を見ていた彼が立案し無線機で共有したもので、成功するかは賭けに近い。
しかし掠りさえすれば吸血鬼を殺せる武器があるとなれば、多少のリスクがあろうとやる価値があった。事実当主は地面へ落下し、体内で暴れ回る何かに苦しんでいる。
「液体金属の刃に銀を内包したナノマシンとは、開発者はよく考えましたね」
「最先端医療技術の軍事転用だ、威力は保証する」
「うへぇ、医療の方の開発者は泣いてませんか?」
「まさか。界隈じゃ有名な吸血鬼嫌いだよ、家族と友人を失ったとかでね」
「正に因果応報ってわけですか…」
彼は疲れのあまり座り込み、再度立とうとしても脚に力が入らないことに気がつく。病院の崩落で死ななかったとはいえ、吸血鬼や人狼と比べて人間は脆い、何処か壊していてもおかしくはなかった。
「身体の中で暴れ回るアレはどうにもならんが…こちらの指示した通りに濃度は調整したか?」
「ええ、言われた通りに20%で使用しましたが」
「貴重な血を使うのは癪だが、少し与えてやれば死にはしないだろう。よくやってくれたな」
「二度とやりたくないですけどね」
周囲に敵は居ない、警戒はヘラクレスに任せてもいいだろう。特殊捜査員の男はそう思ったのか、座り込んだまま姿勢を崩す。そうすると、それを見ていた誰かが声を上げた。
「大丈夫かぁーー!!」
「おや」
座り込む男に対し、遠くから人狼が駆け寄ってくる。空中で彼を投げた後、そのままヘラクレスの援護に回っていたようだ。お嬢様とJK二人のおかげでその必要もなくなり、彼女は毛皮に返り血を浴びたまま速度を上げていく。
「速度落とし、落としてくださ…うぉっ!?」
「怪我してるのか、早く救護班か病院に!」
「はは、ここ病院ですよ」
「半分くらい瓦礫になってるだろうが!」
有力な吸血鬼達が本当に手を回していたのかは知らないが、少し遅れて来た治安維持局の増援がやって来た。ヘリが中庭へと着陸し、槍に貫かれた吸血鬼に抑制剤を投与することで、完全に無力化していく。
そして周囲の青を基調としたものとは違う、白い制服を着た局員達がいた。救護班だ、担架を持って走り回っている。
「重症者を優先しろ、局員のトリアージは個人端末で管理する!」
「瓦礫の撤去は特務班がやる、病院内への突入は工作班が梯子をかけてからだ。今は中庭に集中しろ!」
暫く手当ては受けられなさそうだ、男は項垂れながら処置の邪魔になる上着を脱いだ。彼が抱える不調は恐らく貧血が原因だ、吸い慣れているヴァシリッサは兎も角、クスノがうっかり加減を間違えていた。
「血が足りない気がします、なんだか寒気までして来ましたし…」
「変な匂いはしないが、本当に大丈夫か」
「変な匂いしてたら内臓でちゃってますよ、あー寒い」
彼女は上着を着直そうとした彼の腕を押さえ、前から抱きしめた。温もりと共に返り血まで共有することになった男の表情は複雑だったが、数秒後には諦めがついた表情で腕を回し、抱き返していた。
「ありがとうございます、人狼って人より体温高いんですね」
「セクハラだぞ」
「…すみません」
「お前なら、いい」
その十数分後、彼は救護班の担架に乗せられていった。彼女が血で思い切り抱きついた相手を汚したことに気付くのは、その時のことになる。