種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録-   作:明田川

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 廃ビルとは言うがその見た目は骨組みが剝き出しで、建設企業が残した機材や足場がそのまま残されている。建設途中に色々あって放棄されたのだ、機材の回収も諦めているのは、それは急を要するものだったことを示している。

 

「こんな状態なので探すのは骨が折れますね、エレベーターも当然ありませんし」

 

 『工事中に付きご迷惑をおかけします』、そう書かれた看板を尻目にセダンを工事現場の中にまで走らせる。そして駐車場だったと思わしきスペースのど真ん中で車を停め、シフトブレーキをかけた。

 工事現場とその外を隔てていた壁や柵は所々で倒れたり壊れたりと、本来の役目を果たせていないものばかりだった。少し前までは犯罪者や半グレ、不良に暴走族といった連中の溜まり場だったらしいが、今回の目標が追い払ってくれたので静かなものだ。

 

「あれ飛ばせよ、荷台のあれ」

 

「ドローンですか?」

 

「そうそれ、便利だよな。匂いを嗅いで回れだの、屋根に上って探せだの、面倒なことを言われなくなった」

 

「これで全部済むならそんなこと頼んでませんよ、そっちだって私をいいように使うくせに」

 

 比較的大型のドローンは六個のモーターとそれに繋がる二枚羽のプロペラ、そして最近のスマホよりも高性能なカメラや各種センサーを有していた。もっと手軽な価格かつ小型の機種もあるが、これも車とは別の依頼主から対価として頂いたものだ。

 そうでなければここまで本格的な機種など、自分達には運用出来ない。専用のコントローラーを握り、荷台から機体を空に向かって垂直に飛び立たせる。

 

「中は陰になっていてよく分かりませんね、太陽の位置がもっと低くなれば…」

 

「周りは見ておいてやる、しっかり探せ」

 

「了解、サーモグラフィーならどうなるか…と」

 

 ボタンを押してモードを切り替えると、物体の表面温度を可視化するサーモグラフィーからの映像に切り替わる。最初こそ何も見つからなかったが、下から上へと水平にカメラを向けながら上昇していくと、不自然な熱源を見つけた。

 

「11階、何か居ますね」

 

「浮浪者って可能性は?」

 

「ありますけど、他には人間大の熱源なんてないんですよね」

 

「じゃあ私が外から仕掛ける、そっちは中からだ」

 

 ドローンを降下させて荷台へ戻すと、彼女は戦闘に備え始めた。今まで手に持っていたバットを、服の背中に設けられた金具に通して固定する。彼女は人狼だ、本領を発揮するのであれば両手は空けておく必要がある。

 

「いつも通りに。ですが相手は成り立てとはいえ吸血鬼です、何をしてくるか分かりませんよ」

 

「分かってる、最初は様子見だろ」

 

 彼女は頭を傾けて首を鳴らし、両腕を上に挙げて大きく体を伸ばす。そして両手を地面につけたかと思うと、巨大な狼の姿へと変わっていた。着ていた衣服は磁石で布同士を引き合わせることで、服らしい形になるよう設計された布の集合体だ。そのため狼の姿になった今では、その体に服だったものがバラバラになって張り付いている。

 

「ヴッ!」

 

「はいはい。先におっぱじめてもいいですけど、危なくなったらすぐに逃げてくださいよ」

 

 声帯も人の物を模すことをやめており、この状態の彼女から人の言葉が発せられることはない。剣を担いでビルに向かって走ると、彼女は少し前を走りながら一度小さく振り返ってこちらを見た。先に初めてもいいと言ったからだろう、こちらも軽く頷くと灰色の狼は速度を増していく。

 

「吸血鬼ってのは苦手なんですけどねぇ、よくもまあアレに対して好戦的になれるもんだ」

 

 自分は人狼と比べると悲しくなる程度の身体能力しかないが、人類という範疇で見ればそれなりだ。剣を担いで走っても、そう簡単に息を切らすことは無い。ビルのエントランスであろう場所へ駆け込み、コンクリートが剝き出しの階段を上る。

 

「クソッ、もっと低い階にいてくれれば楽だったのに!」

 

 アラカワは跳躍力を生かして壁のないビルに外から飛び込み、床の張られていない箇所目掛けて飛ぶことで次々と上へと駆け上っている。接敵するのもすぐだろう、こうも身体能力に差があると通常の連携はまず不可能だ。

 

「あ、始まったか」

 

 建物が振動し、天井からコンクリートの破片落ち、埃舞う。人狼の膂力であれば人間一人分の質量を簡単に吹き飛ばせる、蹴りか何かでも入れたのだろう。そのまま急いで11階へ向かうと、壁には血がぶちまけられていた。

 大きな水風船をぶつけたか、ペンキをまき散らしたか。そう思えるような大量の血が、コンクリートで打ちっ放しのビルの中を彩っていた。

 

「中々派手にやりましたね、死にました?」

 

「フッ、ハッ……あー、まだまだ生きてる」

 

「でしょうね、そんな気はしてましたけども」

 

 アラカワは器用さと膂力を両立できるよう、半獣半人の形態へと身体を戻した。噛んだ後、壁に叩きつけたのだろう。彼女の口周りにはべったりと血が付着していた、普通の人間なら間違いなく致命傷になる一撃だ。

 だが吸血鬼はゆっくりと立ち上がり、周囲の血は身体へと吸い上げられるかのように戻っていく。そして身体は人間だった時とは違い、ぶよぶよと膨らんで肌は赤黒い血の色へと変わっていた。

 

 着ている学生服は情報にあった女子高生のものと一致する、恐らくはあの肉塊が彼女なのだろう。酷い状況に辟易しつつも、剣を構えることにした。

 

「これだから成り立ては嫌なんですよ。見た目がこうもグロテスクじゃあ、斬りつけたくもなくなります」

 

「成り立てにしては治るのが早い。味も変だ、強い奴から血を分けられたんじゃあないか」

 

「変な病気になっても知りませんからね…仕切り直しといきましょう、ぶん殴って動きを鈍らせて下さい」

 

「分かった」

 

 人から吸血鬼になるにあたって、身体の構造は根本的に違うものへと変貌する。芋虫が蝶になるように、変態する過程において彼らは人であることを否応なく捨てさせられる。

 目の前の吸血鬼も本来の姿がどうだったのか想像も付かない有様で、蠢く自らの体液によるものか、身体は内側からの圧力でぶくぶくと膨らんでいる。

 

「おっらァ!」

 

 見かけ以上の質量を持つバットの一撃は、容易に吸血鬼の身体を宙に浮かせる。思い切り腹に叩き込まれたことで、相手は何も出来ずに血を吐いて仰け反った。

 内臓が破裂し骨が折れるが、まだ死なない。吸血鬼は自らの身体を構成する体液を完全に失うか、その制御を司る心臓に似た器官を完全に破壊されない限りは動き続ける。

 

「合わせます、よっと!」

 

 鞘から抜いたロングソードを上段に構え、そのまま両手で関節を狙って振り下ろす。その一撃は皮膚を切り裂き、吸血鬼の右腕を斬り飛ばした。

 吹き出る血を浴びながら一歩下がると、もう一度バットが別方向から振るわれる。そして再度同じように剣を振り、左腕の肘から先を切断する。

 

「腕は鈍ってないな、やるじゃん」

 

「まあ、商売道具ですから」

 

 切れたトカゲの尻尾のようにビチビチと跳ねる腕に対し、懐から取り出した小さな金属缶の中身を浴びせる。そして手を離しても火が出続けるよう改造した安物ライターを投げつけ、一気に燃やす。

 

「切り離されても元気ですね、思ったよりも厄介だ」

 

「焼いて死ぬか?」

 

「いやぁ、ライターのオイルをかけた程度じゃあ…時間かかりますよ」

 

「ガソリン持ってこいよガソリン」

 

「アレの危険性をご存知でない?」

 

 両腕を失った吸血鬼はバランスを崩し、思い切り地面に倒れ込む。自分の能力を使い熟せるようになった個体は腕程度新たに生やして見せるのだが、なったばかりの者はそうもいかない。

 これならばと思い、懐から取り出したカートリッジ型の注射器を肉塊へと押し当てる。一瞬で大量の薬剤が注入され、吸血鬼の身体は驚いたかのように跳ね、体液が沸騰したようにも見えるほど暴れ始める。

 

「拘束しちゃいましょうか。薬が効いている内は何も出来ませんし、生きた状態で提出した方が世間様からの批判も抑えられます」

 

「こんなに弱いなら治安維持局の二軍連中でもやれただろ、報酬が貰えるから文句はないけど」

 

「言ってるじゃないですか文句を」

 

 打ち込んだ薬は心臓の活動を大きく抑制するもので、対吸血鬼用に調合された特別製だ。人間に使うと即座に心停止して死に至る劇薬だが、そんなものを使っても命に別状がない吸血鬼のなんと規格外なことか。

 薬が効いていくにつれて、吸血鬼の膨らんでいた身体はどんどんと萎んでいく。そして本来の人間の姿へと戻っていくが、そこで違和感に気が付く。

 

「…男?」

 

 写真と顔が違う、なんなら体付きも変だ。制服は目標である女子高生のものだが、それ以外は似ても似つかない。何処かの誰かが吸血鬼にされ、目標が着ていたはずの服を着ている。

 明らかに違和感のある状況だ、誰かが追っ手を騙そうとしたと考えるのが自然だ。となると策が露呈した相手の次の一手は…

 

「逃げろ!」

 

 アラカワが即座に狼の姿へと変わり、自分の襟元を噛んで引っ張る。そしてこのフロアから飛び出した直後、階が一つ減った。派手な解体工事だ、一撃で11階の天井が無くなった。

 

「何が幼年期ですか、理性を持って騙し討ちなんて!」

 

「ヴゥッ!」

 

「うわっ!?」

 

 彼女が首を振り、自分をビルへ投げ飛ばす。吹っ飛んだ階層の下、8階に転がりながら滑り込む。アラカワでも流石に11階からの落下はと思い外を見るが、放置されていたクレーンを足場にし、同じ8階へと飛び込んでいた。

 流石だと感心しつつ、上から響く断続的な足跡に意識を向ける。

 

「クスノ生徒ですか?」

 

「フロア吹っ飛ばすような奴が話聞くかよ」

 

「そんなことを言ったら、我々も躊躇なくバットで殴って両腕を切る猟奇殺人犯ですよ」

 

 足音は一度止まった。名前を呼ばれて動揺したのだろうか、そうであれば使えるなと思いつつ剣に付着した血を見る。懐から出したペン型の検査キットをそれに当て、検査に必要な分の血液を確保しておく。

 

「来ますね」

 

「チッ、情報が古かったってことかよ」

 

「ええ、追加報酬をぶんどるとしましょうか!」

 

 床を蹴り破り、開いた丸い穴から一人の少女が8階へと降りてくる。天井を破壊したためか、片腕は手首から先が無かった。

 自身の力を制御し切れていないらしいが、その姿は醜いものではなく、写真そのままの女子高生だ。変態は終わっていたらしい、成り立てとは比べ物にならない脅威度だ。

 

「どうもお嬢さん、できれば穏便に済ませたいんですが…」

 

「知らない人」

 

 彼女が僅かに踏み込んだと目が捉えた刹那、眼前を何かが覆う。瞬間移動にも思える瞬発力で、間合いを詰めたのだ。反応速度の差は桁違い、長い剣によるリーチ差も、なんだかとても頼りなく見える。

 だがこちらも吸血鬼との交戦経験はある、力任せに振るわれた一撃を剣の腹で受け流す。幾ら強くなろうと中身は素人だ、技量ではこちらが勝る。

 

「好き勝手やってくれたな、テメェ!」

 

「ナイス横槍」

 

 アラカワが振るう金属バットは、確実に彼女の横腹を捉えていた。しかしそれは何故か空振りに終わった、当たるべき身体が霧散しているのだ。

 

「形態変化!?」

 

「高位の吸血鬼しか使えない筈だろ、なんで奴が!」

 

 吸血鬼は変身能力を持つこともある。一部の大きな力を持つ血族か、それともごく稀に起きる突然変異、その能力を扱える例はこの二つだけだ。

 霧への変化は厄介だ、物理的な攻撃が殆ど通じない。殴ろうが蹴ろうが、先程と同じように空振りに終わる。

 

「…ちょっと不味いですね、何か策を考えましょう」

 

「時間は稼いでやる、頭脳労働に勤しみな!」

 

「どうも!」

 

 あまり使いたくは無かったが、懐から燃料缶とは違う容器を取り出す。血液凝固剤だ、本来止血用に使うものを対吸血鬼用に調整してある。無論自分達の血液にも作用する諸刃の剣だが、その効果は顕著である。

 

「仕切り直します、やれますね?」

 

「…合わせろ!」

 

 アラカワも匂いでその存在を察知したのか、こちらの動きにこれまで以上の注意を払う。装飾をヤスリで潰したことで、剣に液体は乗りやすくなっている。現代の聖水を刃に流し、再度接近戦を仕掛ける。

 

「変態後に起きやすい以前の身体と今の身体のズレに引っ張られていない、ここまで早く慣れられるものですかね」

 

 JK吸血鬼はバットに対し、目で追いながら回避や霧によるやり過ごしを行っている。そのためこちらには背を向けている状況だ、聖水を使ったことは気付かれていない筈である。

 

「よっ!」

 

 わざとらしく声を出して放ったこちらの攻撃に対し、彼女は再度霧になってそれを避けようとする。当たることだけを重視した横薙ぎの一撃は、霧の中を通ってすり抜ける。

 しかし霧の一部は肉体に戻り切らず、固まった血として地面に落ちる。凝固剤はしっかりと効果を発揮している。頭から振りかけてやりたい所だが、人よりも余程強固な表皮を破ってその内部に当てなければならないのがネックだ。

 

「効いてますね、良かった良かった」

 

「…何これ」

 

「あ、話せます?」

 

 彼女はこちらを脅威と見たのか、アラカワからこちらへと向き直る。そして一発、二発と雑に腕を振っての打撃が繰り出された。

 それをどうにか受け流し、分かりやすい軌道だった二発目には刃を当てる。左の拳と前腕部の半分を削ぎ落とすが、腕はそのまま振るわれる。こんな状態でも喰らえば死にかねない、思い切り身を捩って避けておく。

 

「第三管理調整区域内、第三市立高校、ええと…二年生でしたっけ?」

 

「…ストーカー?」

 

「やだなぁ。こんな真正面から斬りかかる度胸ある人間が、そんな回りくどいことしませんよ」

 

 肉と骨を削がれた腕を治そうとするが、凝固剤がそれを大きく遅らせる。そして気が散った瞬間、バットが脳天をかち割る。

 やはりだ、認識していない攻撃には霧への変化で対応できない。今までは吸血鬼の反射神経と動体視力で無理矢理対処していたに過ぎないのだろう、集中力を失わせれば問題ない。

 

「がぅッ!?」

 

「攻撃を目で見てましたもんね、貴女は」

 

 血液凝固剤を再度塗り、心臓のある胴体を狙う。右上から左下へ、袈裟斬りの要領で剣を振ったが、途中で刃は止まる。身体を二つに分ける勢いで放った攻撃だったが、相手の動きを見て咄嗟に剣を手放して一歩下がった。

 

「流石吸血鬼か、なんでもありですねぇ!」

 

「ヘマしやがって、予備は?」

 

「ありますよ、貴女の嫌いなヤツが一つ」

 

「チッ…匂いで分かってたさ」

 

 彼女は削がれた手の残りの指で、挟んで止めたのだ。体液を操作して凝固剤で固まる血を押し返すことで速度を緩めたのか、刃が食い込んだ時の感触は今までと明らかに差異があった。

 引き抜かれた剣は放り投げられ、コンクリートの壁面へ突き刺さる。アレを引き抜くのは大変そうだなと思いつつ、懐から一本の短剣を取り出した。

 

「凝固剤は効きますが、思ったよりも回りが悪い。決定打は別で用意します、少し無茶をしますよ!」

 

「付き合う身にもなりやがれ、クソ眼鏡!」

 

「似合ってると思ったんですけどねぇ…」

 

 今握っている短剣は、銀の刀身を持っている。その素材が持つ殺菌作用は、目の前の相手にも有効であることが分かっていた。彼らの肉体は容易に形を変えるが、銀イオンによる細胞膜の破壊に弱いことが実験で証明された。

 古くからその種族の弱点だと思われていたものは、正確ではないものが多い。銀が有効であったことは、伝承が本当だった稀なケースだ。

 

「まあいいです。B組のクスノさん、そろそろ暴れるのはやめにしませんか」

 

「ストーカーより酷い、不審者…誘拐犯?」

 

「第三区から業務の委託を受けてる特殊捜査員ですよ、マトモな身分証も持ってますしね」

 

 彼女は聞く耳を持たず、またもや飛びかかってくる。しかしそれをアラカワが腕を掴んで止め、流れるように足を払って宙に浮かせる。そしてそのまま、獣人の膂力で持って投げ飛ばした。

 

「ありがとうございます!」

 

「何かするなら早くしろよな!」

 

「ええ、そうですね」

 

 周囲を観察したが、使えそうなものが一つあった。それは投光器のすぐ近くに置かれた発電機、それもガソリンを使うタイプだ。少し思い出せば、他の階層にもそれらが放置されていたことを思い出す。

 吸血鬼に火は有効だ、しかしライターのオイル程度では有効打にならない。ガソリンを持ってこいと言ったアラカワの発言、そして懐に隠し持つ奥の手。やることは決まった。

 

「アラカワさんって、銀以外にも嫌いなものありましたよね」

 

「ステレオタイプってんだよソレは」

 

「もう一度仕掛けます。そうですね…適当に、適当にぶん殴って下さい」

 

「適当に、ね……了解了解」

 

 壁に血の染みを作りながらも、彼女は起き上がって受けた傷を治す。そろそろ血が不足しても良い頃だが、自分達と戦う前に余程多く補給していたのだろうか。

 ダメージが蓄積しているのは事実、策を講じるのなら相手の状態が悪ければ悪い方が良い。アラカワが緩急のついた接近戦を展開する中、懐からもう一つの獲物を抜く。

 

「やっぱり一発だけってのが、どうにも厄介ですね」

 

 銃を見て分かりやすく反応を示した吸血鬼は、銃弾が何処に命中するのかを銃口の向きから認識した。胸を狙って放ったそれは、当たる前に目標が霧散した。

 やはり形態変化により、弾丸は彼女の肉体に当たることなく素通りした。銃という新たな武器の存在に驚いたようだが、避けられると分かると脅威とは認識しなかったようだ。目下最大の脅威は、吸血鬼と真正面から殴り合える人狼なのだろう。これで良いんだと思いながら空になった薬莢を排出し、新しい弾を込めておく。

 

「前衛代わります、適当に物でも投げて援護して下さい。腰のポケットのソレとかね、どうせ安物でしょう!」

 

「悪かったな、その通りワゴンセール品だよ!」

 

 彼女は見かけより重いモバイルバッテリーや、コンクリートの瓦礫、放置されていた鉄筋などを投げた。コンクリートは握って割られ、細かい破片が散弾のように降り注ぐ。

 だがそれらを背後へ下がりつつ、形態変化で避ける。それに対して距離を詰めるよう前へ動き、銀の短剣を突き出した。

 

「効きますね、やっぱりこれが一番」

 

「熱いッ!?」

 

「感覚器官が破壊されて、そう誤認してるんですよ」

 

 血液凝固剤とは違う別種の痛みに、彼女は大きく動揺した。こちらが前に出ると、今までの強気な姿勢が嘘のように後ろに下がる。『これをマトモに喰らえば死ぬ』、眼前に迫る死の恐怖こそが判断力を鈍らせる。

 そして異変に気がつく頃には、もう遅いだろう。こちらの攻撃に対して跳躍し、更に大きく距離を取った彼女は、着地から少し遅れて異変に気付く。

 

「最初っから、貴女に当てる気なんて無かった」

 

 足元に広がるのは、発電機のタンクから漏れ出たガソリンだ。異臭からして既に気化しており、風もないこの環境ではよく充満するだろう。逃げようとする彼女だが、二発目の弾丸は既に放たれており、それは地面に転がるモバイルバッテリーを破壊する。

 

「当てられる気がしなかった、とも言えますけどね」

 

「カッコつけてる場合か!」

 

 モバイルバッテリーが発火するのとほぼ同時のこと、柱の裏側に隠れていたアラカワに引っ張られ、間一髪で爆風に飲み込まれるのを防いで貰う。吸血鬼の体液と肉片が辺りに散らばるが、この量ではまだ死に至ってはいないだろう。

 

「酷い…こと……、悪い…人だ」

 

「タフだなぁ」

 

 案の定、全身を焼け焦がしながらも彼女は立っている。身体能力は完全に失われてはいないようだ、まだ動けるらしい。だがあまりに乱暴だ、細かい制御は効かないのだろう。

 コンクリートの柱ごと自分の頭を粉砕せんと放たれた拳を避け、手に持っていた物で胸を刺す。そして力なく倒れる彼女を見て、やっと戦いが終わったことに安堵した。

 

「…あの剣、引っこ抜けますかね?」

 

「自分でやれよ、命知らずのお人よしが」

 

 吸血鬼の胸に突き立てたのは銀の刃ではなく、とある薬剤が込められたカートリッジ式の注射器だ。対吸血鬼用の特別性、心臓への抑制剤である。

 

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