種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録-   作:明田川

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「いやはやどうも、お元気ですか」

 

「…ストーカー?」

 

「違いますって、特殊捜査員ですよ」

 

 分厚い防弾ガラスと鋼板で構成された檻とも言える病室の中で、ベッドで寝る彼女、クスノに話しかける。尋問は専門外だが、報告書を書くために情報が必要だった。

 薬で力を抑えられ、病院で手当を受けたからか、戦った時が嘘のような大人しさだ。しかし警戒を緩めることは出来なかった。武器の携帯は許されているので、今も銀の短剣は所持している。

 

「こんなことを言うのもなんですが、私は一応公的機関の下で働いてます。貴女にとって必要であれば、様々なサポートに繋がることも可能です」

 

「だから話した方がいいって?」

 

「そうなりますね。貴女の場合は、死者が出ている事件の関係者です。支援は必要になるでしょう」

 

「死者って、なにそれ」

 

「あれ、ご存知ない?」

 

 変態が始まってすぐは、大抵狂っているので記憶がないことは珍しくもない。だが事の重大性を把握していないのであれば、廃ビルに逃げ込む必要も、こちと刃を交える必要も無かったはずだ。

 

「この辺りはまだ調査待ちで、誰がやったかはまだ不明なんです」

 

「…アイツじゃないの?」

 

「コイツですか?」

 

 そう言って治安維持局に用意してもらった写真を見せる。検査キットで回収した彼女ともう一人の血液から、吸血鬼の因子を辿った。その結果現れた容疑者は、治安維持局が潰したという違法クラブの経営に関わっていた者だった。

 肝心な相手を逃したなと思いつつも、まあ逃げに回った吸血鬼を捕らえることがどれだけ難しいかは身に染みて分かっている、彼らを責めることはできないだろう。

 

「貴女を吸血鬼に変えたのも、この男だと助かるんですが」

 

「そう、コイツ」

 

「ありがとうございます、報酬額が増えました。答えるのが嫌だったらアレなんですが、貴女があのビルに逃げた理由もこの男にあったり?」

 

「…よくわかるね」

 

「まあ社会舐め腐った野郎ですからね。元学生が人死にを出すにしては派手過ぎますし、プロがやったんなら運転免許を返納して廃業した方がいい有様でした」

 

 吸血鬼としてDNAも何も全て記録を取られているというのに、よくもまあここまで派手にやったものだ。両親の影響力はそれなりにあるようだが、この息子を助けるためにどこまでするか。

 やはり出来が悪くても子供は可愛いものだろうか、吸血鬼が人間に対して差別意識を表面的にせよ潜在的にせよ持っているのはよくあることだが、親まで馬鹿な真似をしないと良いのだが。

 

「現状貴女を巻き込んだ事件の中心に居るのはこのアイザワって男です。そして私の次の仕事は、コイツをぶん殴って治安維持局に引き渡すこと」

 

「知ってることを話せばいいってこと?」

 

「そういうことです、協力的な姿勢は減刑に直結するので損はないですよ」

 

 アイザワに対する色々な情報を書き留めつつ、彼女が言ったことであることを証明するために専用の機材で録画を回しておく。

 巻き込まれたとはいえ、男一人を囮に使っている。中々にクレバーな元一般人だと思いつつ、無罪では終わらないだろうと罪状の数を数えた。

 

「…知ってるのは多分、こんなところだと思う」

 

「助かりました。何か思い出したら外から見てる人に言ってください、私は早速仕事に取り掛かります」

 

「ねぇ」

 

「はい?」

 

 立ち上がって部屋から出ようとした瞬間、彼女に呼び止められて振り返る。抑制剤は身体への負担が大きく、彼女は見るからに体調を崩していたが、その瞳から光は失われていなかった。

 

「そいつ、一発ぶん殴らせて」

 

「罪を増やされると困るのでダメです、ですがまあ…外注なら承りますよ」

 

「ってことは、代わりに殴ってくれる?」

 

「もちろん」

 

 わざとらしくお辞儀をしてから再度背を向け、扉が二重になっている病室を出る。治安維持局に目標を先に抑えられるわけにはいかなくなった、約束通り殴ってやる必要がある。

 

「…遅いぞ、早く行こうぜ」

 

「ああ、やっぱり病院の匂いは嫌いですか」

 

「ここの病棟は特にだ、碌でもない奴らばっかり居やがる」

 

「じゃあ口直しに行きますか、奢りますよ」

 

 聞きたいことは全て聞いた、後は行動に移すだけだ。しかし外は既に暗く、この時間帯に吸血鬼を追うのは避けたい。彼らは陽の光に弱く、夜は力が増す…という様なものではなく、単純に夜でも視力が衰えないのだ。

 陽の光に弱いという説は、人を襲う際に吸血鬼が自身にとって有利な夜中に行動したことから生まれた風説の一つに過ぎない。

 

「行動開始は明日の朝からです、今日はもう食べて寝て備えますよ」

 

「奢りか!どこ行くんだ!?」

 

「好きなとこで良いですよ、出来れば食べ放題がある店でお願いしたいですけども」

 

 病院の駐車場に向かい、いつものセダンに乗る。受付で手続きを終えた駐車券を精算機に通すと、料金を求められることなくゲートが開く。

 

「焼肉、焼肉にしよう」

 

「いつもの炭焼き一番亭ですか?」

 

「勿論そうだ」

 

「はいはいー。あ、右だったかここ」

 

 ウィンカーを出し、道を思い出しながらハンドルを切る。そして暫く道なりというところで、懐からメモを取り出してアラカワへ渡す。JK吸血鬼こと、クスノから得た情報をまとめたものだ。

 

「個室空いてるか電話して下さい、作戦会議しますよ」

 

「その後でコレも読めって?」

 

「そんなに量ないですよ。読みにくかったら聞いてくださいね、急いで書いたのでちょっと文字が崩れてるんです」

 

 メモの内容についてだが、彼女はやはり有力な吸血鬼によって同族へと変えられていた。金持ちのボンボンが火遊びで人間に手を出し、結果このザマということらしい。

 現在は逃げ回っているらしいが、犯罪を犯した吸血鬼を人間は放っておくほど馬鹿ではない。自らを脅やかす存在だと認識したが最後、同族ですらない化け物に対して向けられる視線は冷たい物だ。

 

「治安維持局からは吸血鬼二体の鎮圧に続き、アイザワの追撃を依頼されました。依頼額も交渉中ですが、まあまあ良い額にはなりそうです」

 

「…アイザワってのは金持ちの息子なのか、クラブ経営の他にも色々手を出してるって書いてあるが」

 

「ええ。吸血鬼向けの加工食品販売で、一代にして成り上がった新進気鋭の一家だそうで。まあ吸血鬼の一代が人間とは比べ物にならないくらい長いんですけどね」

 

 所謂成金だ、息子の品性は金で買えなかったらしい。こうなってしまった以上、せめて自首してくれれば良かったのだが、奴は馬鹿なことに逃げやがったのだ。

 

「霧や煙への形態変化が可能な血筋の出で、業界では"夜霧の血族"なんて呼ばれているとか。吸血鬼としての能力は決して低くないでしょう、血を分け与えた子供一人があの強さですからね」

 

「あのレベルが何人も居たら流石にキツいぞ?」

 

「吸血鬼が同族をそんなに増やしやすかったら、もう人間は滅んでますよ。他人を同族に変えるためには大量の吸血鬼因子が必要ですが、体内のストックはクスノ一人で使い切ってます」

 

「クスノの前に増やしてる可能性は無いのか、奴が後先考えない馬鹿ならやりかねないだろ」

 

「…ま、その辺りは確かにそうなんですけどね。不可解なのは、今回の事件で死傷者が出てることなんですよ」

 

 本格的な捜査と鎮圧が決定しているのは、死者4名に加え重軽傷が6人も出たという事件が起きたからだ。当初は変態開始直後の錯乱により、クスノがやったものだと思われていた。

 しかし本人はそれを否定、治安維持局も遺体や事件現場の痕跡から、犯人は彼女では無いと結論を出してしまった。

 

「現場に残されていた血液からはアイザワと同じ血族の因子が検出、遺体の損壊具合は吸血鬼が殴ったものと思われる。なんて、少々成金の息子が初めてやらかすには、ネジが飛んでるとは思いませんか」

 

「こんな大それたことをやれるタマじゃないってことか。それに今回が初めて露見しただけにしては、やり慣れていなさ過ぎる」

 

「恐らくは。ただの人間相手に吸血鬼が血なんて流さないでしょうしね、証拠の残し方だってわざとらしいんですよ」

 

 左折して目当ての店の駐車場へ入ったが、車から飛び出さん限りに興奮しているアラカワを見る。余程腹が減っていたらしい、うっかり腕を齧られるわけにもいかないので、周囲に動いている車が居ないのを見てから彼女へ顔を向ける。

 

「先降りてていいですよ、車止めてから…」

 

「上タン込みの食べ放題二人な!」

 

「あっコイツ!よりにもよって一番良いコースを!」

 

 せめて何という名前で予約したのか、どの個室を借りたのか言えと思いながらギアを変え、車をバックで停める。この店は武器の持ち込みが許可されている、無論見て分からないようバッグなどに入れることが前提だが。

 

「すみません、アラカワって」

 

「3番のお部屋です、いつもありがとうございます」

 

「あはは…」

 

 既に注文を済ませたのか、彼女は既に数枚のタンを焼き始めていた。彼女はかなり食う、尋常じゃないくらいには食う。なので人外料金での支払いになる、これがまぁそれなりの値段するのだ。

 人間用に設計された店内では、少し疲れるという完全な人間形態を彼女は取っている。箸を使うにも、こぼさず食べるにも、やはり狼の形態というのは使い難いらしい。

 

「店中のタンを食べ切らないようにして下さいね、他の肉も満遍なく頼んで下さい」

 

「じゃカルビ、取り敢えず六人前」

 

「人外料金が値上げされるわけですね…」

 

 大量の肉が並べられ、大きな網に並べられていく。薄いタンはすぐに焼ける、レモンと塩コショウを用意して箸を伸ばそうとするが、それは彼女に咎められる。

 

「一つ聞きたいんだ。あの女にでも泣きつかれて、もう一仕事する気になったのか?」

 

「まさか、報酬のためですよ」

 

「嘘だな。夜遊びの結果馬鹿の起こした事件に巻き込まれた女相手に、まさか同情してるのか?」

 

 図星とまではいかないが、確かに少しはそう思っていたかもしれない。殴る約束もそうだ、少々サービス精神を出し過ぎたか。

 

「今日のところは焼肉で誤魔化されてやる」

 

「…すみません」

 

「報酬が良いのは知ってる、反対はしない」

 

 こちらに読み終わったらしいメモを返し、彼女は山盛りの白米とタンをかっこむようにして食べる。彼女の人間形態は大抵食事の時にしか見ない、そのためなんだか面白く感じてしまう。

 

「何ニヤついてるんだ、反省の色を見せろ」

 

「あ、いや、申し訳ない」

 

「…謝ってばっかりなのも嫌だな、折角飯を食いに来たんだから」

 

「じゃあ私も注文して焼き始めますね」

 

「ホルモンは後にしろよ、網が駄目になるんだから」

 

 取り敢えず最初はタンだという点に関しては、自分と彼女の意見は合致している。注文した中ライスを片手に、タンに調味料をかけた。暫く会話がなく、注文したタンが網の上から消えた頃のことだ。アラカワはこちらを数回見た後、ため息をついてから口を開いた。

 

「……作戦の話、していいぞ」

 

「ありがとうございます。自分は今回の件、黒幕が居ると踏んでます」

 

「ボンボンのアイザワが場慣れしてないって話か、それで?」

 

「吸血鬼した人間二人を囮に使ったとしても、その程度ならすぐに捕まるでしょう。クラブ検挙の時から今に至るまで、治安維持局の目を潜り抜け続けるなんて、素人には不可能な芸当です」

 

「その黒幕が逃走に加担していたってのはあり得るが、証拠も何も無いだろう」

 

 その通りだ、彼女はいつのまにか注文していた二杯目の白米を手に六人前のカルビを胃袋に収めていく。

 

「そこでなんですが、クスノの前に戦った成り立ての吸血鬼が居ましたよね」

 

「ああ、居たな」

 

「吸血鬼因子を溜め込むには時間がかかる、その上一人作れば空になる。となると、あれは誰が吸血鬼にしたんでしょうか」

 

 吸血鬼因子を辿ると血族を割り出すことが出来るが、完全な個人の特定は難しい。彼らは始祖と呼ばれる最初の吸血鬼から因子を受け取り増えるため、似通っていてある程度の絞り込みにしか使えないのだ。

 

「…確かに、もう一人居ないと説明がつかないな」

 

「囮の方から話を聞ければ良かったんですが…相当参ってるみたいで、話を聞くこともままならないようです。治安維持局からの情報を待っていたんですが、収穫ナシとだけ」

 

「肝心なところで情報が抜けてるじゃあないか」

 

「用意周到だとは思いませんか?」

 

「…答え合わせは明日だな、その説に乗ってやる」

 

「ありがとうございます、頼りにさせて貰いますよ」

 

「ふん、いつもは頼りにしてないのか?」

 

「…そりゃもう、命の恩人ですとも」

 

 彼女はもっと褒めろ、敬えと言わんばかりの表情で淡々と肉を網の上に並べる。それに対して日頃の感謝を伝えつつ、肉とサイドメニューで何も置けなくなった机に苦笑しながら食事を進める。非常に多いエネルギー消費に対する爆発的な食欲、人狼も人の世で生きるのは大変だ。アラカワは出会った当初と比べると、この街に慣れて丸くなったなと感じる。

 

「今回だって貴女に掴んでもらわなければ、二回は死んでました。いつも前に出てくれますし、最近は連携だって今まで以上に息が合います」

 

「それで?」

 

「最高の相棒だと思っています、心の底から」

 

「…ふーん、まぁ……そうか」

 

 彼女は食べる手を止め、こちらから目線を逸らして斜め上を見る。手で隠してはいるが、口角が上がっているのがバレバレだ。もし半人半獣の形態であれば、無意識のうちに尻尾を振っていただろう。前から思っていたが、分かりやすい人だ。

 

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