種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録-   作:明田川

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2.1 吸血鬼と治安維持局:地下街制圧依頼

2.1

 

 

 焼肉のシメに食べる冷麺は格別だった。昨日は人外のエンゲル係数は相変わらず高いなと思いつつ支払いを済ませ、住む部屋に帰って来て寝た。その間に治安維持局は、犯罪を犯した吸血鬼が逃走していることを公表。第三管理調整区は、区外への移動を一時禁止した。

 寝て起きても体は少々痛む。一日で傷が治るほど便利な構造ではない、こればっかりは人外連中が少々羨ましい。だが彼らには彼らの悩みがあるのだろう、なんて寝ぼけながら考える。

 

「治安維持局はクラブ摘発時に動かしていた戦力を、そのまま吸血鬼の追撃に移動させました。現在共有されている情報によると、彼らは吸血鬼街にて潜伏中のようですね」

 

「あの陰気臭い区画か」

 

「習性で暗いの好きですからね、彼ら」

 

 吸血鬼が人口の殆どを占める吸血鬼街は、犯人が逃げ込むにしては最適かもしれない。使った装備の手入れをしつつ、いつもの半人半獣姿で大きなあくびをするアラカワを見る。

 

「治安維持局は吸血鬼街内部での捜査は一部の精鋭に任せつつ、大多数は周囲を固まる形で布陣しています。一度中に入れば、受けられる支援は僅かになります」

 

「局の奴らなんて頼りにならない、それより装備の方は?」

 

「事態の悪化と早急な沈静化のため、現地でレベル2の対吸血鬼用鎮圧装備が貸与されます。取り扱いには十分注意して下さいね、使ってる薬剤がヤバいのばっかりなので」

 

 治安維持局は外部の専門家を雇いつつ、それらが脅威にならないよう一定以上の武装は許可していない。その最低限の装備で対処出来ないと判断された時、初めてそれ以上の装備が貸し出されるのだ。

 評判はあまり良くなかったが、独自開発と並行して海外の企業が開発したものを購入するようになって以降、多少マシにはなっている。

 

「分かってる。オーダーメイドの装備があれば、それが一番なんだが」

 

「それぶっ壊して修理に出してるじゃないですか」

 

「…今回の報酬があれば、もっと頑丈にもできるんだ」

 

 彼女が武器とするのはバットだけではなかったのだが、今までの仕事の中で破損してしまっていた。形態の変化を多用する戦闘スタイルに対し、手が無ければ掴めないバットはあまり適しているとは言えなかった。

 

「現地集合の後、割り当てられた区域の調査を行う調査員の護衛をするのが今回の任務です。調査員は防具を身に着けているとはいえ、ただの人間ですので一発で死にますよ」

 

「何かあれば咥えて逃げる、でいいのか?」

 

「調査員優先でお願いします、自分はまあなんとかしますので」

 

 貸し出される装備があれば、今まで以上に吸血鬼と渡り合えるだろう。まず『人間に装備を持たせてどうにかしよう』という思想自体に疑問を呈したいところだが、上層部にまで現場の危機感が伝わるのにはタイムラグがある、その上に下請けである自分達にはどうにもならない。

 

「後は…調査員がある程度動ける人間であることを祈りましょうか」

 

 いつも通り窓から駐車場へ飛び降りるアラカワを見送り、剣と短剣に拳銃といういつもの装備を抱えて階段をせっせと降りる。途中で大家と会ったのだが、そこら中に散らばった本を片付けている最中だった。

 

「あ、お疲れ様です」

 

「どうも剣士さん、これからお仕事ですか?」

 

「そんなところです、最近は色々物騒でもう嫌になりますよ」

 

「頑張って下さいね、入居者が減ると寂しいので」

 

 少しくたびれた作業服を着て、茶色の髪を後ろで結んだ彼女は本を両手に挨拶をしてくれる。一見働き者に見えるが、実は色々と厄介な習性を持つ人外である。

 ブラウニーと呼ばれていたらしい種族で、屋敷に住み着いて家事をしてくれたり、逆に物を散らかしたりする。奉仕させるべく品種改良などによって大昔に生み出された種族という学説が、現在は有力視されているとか。

 

「うふふ…これはこっちに本棚でも……」

 

 この習性をコントロールするため、彼女は共有スペースを定期的に整頓したり、荒したりを繰り返している。今回は本棚がターゲットに選ばれたらしい、先週末に散らかした本を整理整頓中だ。図書館と同じように管理用のIDや分類記号までも用意し、シールに印刷して本に貼るという凝りようだ、一ヶ月はかかるだろうか。

 

「まさかエレベーターも自分で直したり…しないといいんですけど」

 

 ブラウニーは人類よりも長い寿命と優れた代謝能力を持ち、記憶力が高く落ち着いた性格が表れやすい。その代わりにあの習性と上手く付き合わなければならないのだが、彼女は天職を見つけられた幸運な例の一つだろう。

 車を貸してほしいと言われていいよと貸したが最後、一度セダンをバラバラに分解された挙句、プロ並みの整備をされて返されたことがある。窓からそれを見たアラカワがあんぐりと口を開けて数秒固まった様は面白かったが、警戒するに越したことはない。

 

「変な匂いだな、何かあったか?」

 

「大家さんが本格的に本を触り始めました」

 

「ああ…いつものか」

 

 それ以来セダンの調子は頗る良い、なんだか複雑な気持ちだ。助手席にスマホを弄るアラカワを乗せ、吸血鬼街へと向かう。彼女はSNSで今回の事件について調べているようだが、第三区は区内で情報が完結させられているので、世界的なニュースになることは殆どない。

 今見ているSNSも、区内のサーバーで区内のユーザーだけが使えるように設定されているものだ。抜け道はあるようだが、わざわざ見に来る物好きは少ない。

 

「吸血鬼街に逃げ込んだって話が広がってる、ちょっとした騒ぎだぞ」

 

「面倒ですね、現地の住民がどんな反応をしてくるかが気になりますが」

 

「吸血鬼連中は無駄にプライド高いからな、多分ネット慣れしてない奴が何処かで喧嘩してるだろ。大抵レスバ下手なんだよな」

 

「まあ吸血鬼が生きていく上で一番大変なのって、絶えず襲い掛かるジェネレーションギャップなんて言いますからね。SNSの扱いだって、まあ…」

 

 古い価値観のまま生きている吸血鬼は多い、吸血鬼街という同種族が集まる場となれば尚更だ。同じ考えの集団で生きていればいるほど、自分達が正しいと誤認しやすいものだ。今回の騒動も何と思われているのか、少々恐ろしく思う。

 

「吸血鬼への過度な弾圧だって声もあるな、摘発から一連の騒ぎは吸血鬼の数を減らしたい連中の自作自演だとかなんとか」

 

「そんな馬鹿みたいなことを言って他のユーザーと喧嘩してるんですか?」

 

「アカウントが違うだけで中身は同じ奴かもしれないが、色んなところで言い合ってるな。こんなに情緒不安定なのか吸血鬼って」

 

「血液の支給量が数か月前から減ったり戻ったりで安定してなかったんですよ、悪魔連中の抗争で医療の方が優先されたので」

 

「……腹減って気が立ってるのか、コイツら」

 

「かもしれませんね」

 

 吸血鬼に対する高貴なイメージは、こんな仕事をしていると容易く消え去る。永遠の若さ、常に血を欲する喉の渇きと引き換えに。圧倒的な強さ、醜く悍ましい変態と発狂の末に。彼らもまた、生きる上で障害となる習性を多く抱えた人外の一種に過ぎないのだ。

 

「確かに、近づくにつれて人が増えてますね」

 

「デモでも起こされたら、治安局の連中は人手が足りなくなるんじゃないか」

 

「区の封鎖も行ってますからね、カツカツでしょう」

 

 普段の巡回とは違い、制服の上に分厚いプロテクターを身に着けた治安維持局の局員が道路の交通整理を行っていた。駆け寄ってくる彼らに身分証を見せ、確認と照合の末に奥へと通される。要らぬ刺激を避けるために隠してはいるが、皆が拳銃以外にも小銃や散弾銃で武装している。

 上は出来る限りの武装をさせたつもりだろうが、現場からすれば頼りないものだろう。対吸血鬼用の弾丸も採算が合わないことを理由に、製造していた企業が相次いで撤退している。資本力のある吸血鬼が裏で手をまわしたなんて陰謀論がまことしやかに語られているが、それを欲する人々にとっては死活問題だ。

 

「この奥です。装甲車の一団が指揮所を作っていますので、そちらへ」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「うちの調査員を、どうかよろしくお願いします」

 

 調査員からすれば、死地に送られるようなものだろう。人外との戦闘に対応するためには長い期間の訓練が必要となるが、局員全員にそれを行える余裕はない。悪魔連中の抗争が無ければ自分達の仕事も減ったのだろう、厄介なタイミングに事件が起きたものだ。

 頼まれても死なせないと確約はできない。話しかけてきた局員へ言葉を発することなく、一度頷いてから車を進ませた。今回の封じ込めを受けて臨時休業となったショッピングモールの駐車場は、確かに治安局の基地と化している。

 

「なあアレ、珍しい奴が置かれてるぞ」

 

「…無人偵察機、それも大型の?」

 

 小さなプロペラ飛行機でございという外見のラジコンが、だだっ広い駐車場を滑走路にしていた。ドローンと違い空中で止まることはできないが、より長時間重く高性能な機材を抱えて飛び続けることができる。

 墜落の危険性から上には嫌われる装備の一つらしいが、ここにあるという事実が治安局の本気さを示す材料の一つになる。どんどん嫌な予感が増してきたなと思いつつ、車を関係者用と区切られた場所へ停め、降りて指揮所へ向かう。大量の機材がテントの下へ並べられ、すぐ横には巨大なアンテナを空へ伸ばすトラックがケーブルを何本も伸ばしていた。

 

「ええと、特殊調査員二名到着しました」

 

「IDを…あ、ご苦労様です!」

 

 局員が慌てて敬礼をしたのは、彼のすぐ隣に上官が立っていたからだ。彼女は支給品や儀礼用のものとは違う、派手過ぎず実用性を損なわない程度の装飾を施された片刃の剣を腰に差していた。外見はサーベルのようになっており、持ち手を大きく楕円形の鍔で守っている。

 

「貴様らか、昨日はよくやってくれた」

 

「昨日の今日でこれですよ、そちらも大変ですね」

 

「ああ、上は下の局員が無尽蔵に働けると思い込んでいるらしい」

 

 治安維持局員が着る青い制服に、白と金色の装飾が足された服を着ているのはこの場の指揮官だ。人間の女性でありながら現場のトップを務める一等局員で、名をシラカミという。本来は人外種族で構成された部隊の長をしていた筈だが、人手不足のために引っ張り出されて来たのだろうか。

 

「照合よし、顔も骨格も……本人だな」

 

「ドッペルゲンガーでも出たんですか、今まで以上にしっかり調べますね」

 

「吸血鬼でも形態変化に長ける血族は、他人に化けられる。三年前に一度だけ確認された事例だがな」

 

 身体のラインに合わせて作られた筈の制服は、彼女の分厚い筋肉によって破れかねないところまで来ている。190㎝の高身長に広い肩幅、長い脚。学生時代に運動と学業双方で好成績を残した彼女は、人類の上澄みだ。彼女曰く殆ど大胸筋らしい胸元と、忙しいなかでも手入れが行き届いた黒髪は、局員の間で評判なんだとか。

 

「なんでもアリだな、奴ら」

 

「君には言われたくないだろうがな。相変わらず私の部隊に来る気はないのか、アラカワ君」

 

「今のところ満足してる、アンタの飼い犬になる気はないね」

 

 アラカワは数回引き抜きの提案を受けたが、自分と組むことを続けてくれている。詳しいことは教えてくれないが、彼女曰く『試しに見に行ったら、部隊の奴らと反りが合わなかった』とのことだ。

 

「そうか、断られては引き下がるしかないな。赤いラインが入った装甲車へ迎え、対吸血鬼用鎮圧装備はいつでも使える」

 

「チッ、切り替えの早い…」

 

「ありがとうございます、では」

 

「優秀な相棒(バディ)を大切にしたまえ、剣士君」

 

相棒(パートナー)ですよ、シラカミさん」

 

「おっと、これはこれは……一本取られたか」

 

 厄介な女性をあしらいつつ、言われた車両へ向かう。灰色の車体に赤い帯状の塗装が施されたそれは、側面を大きく上へと開いていた。その内部には厳重に施錠されたラックが複数あり、分かりやすくするためか車体同様灰色と赤で目立つような配色だ。

 

「IDの確認をお願いします、装備の受け取りに来ました」

 

「…確認できました。貸与するにあたって、幾つかの説明事項がありますのでお聞きください」

 

 大きな音を立てて鍵が外れ、武装がラックの外へと押し出される。それらは最終確認のためにレーザーや超音波を用いた各種検査機器に通され、異常なしと診断された。

 

「本装備を使用できるのは容疑者であるアイザワ及び、捜査中に調査員が脅威と判断した対象のみです。レコーダーを内蔵しているため、携帯中の記録は必ず返却後に確認され、場合によっては罪に問われます」

 

 自分にはいつも使っているロングソードに似たものが割り当てられているが、刀身に沿って溝や穴が設けられている。これは抑制剤や血液凝固剤を噴射するためのもので、その薬剤も携帯が許されている物以上に強力なものが用意されている。

 

「はい」

 

「各種機能の起動・停止は原則使用者の判断で行えますが、こちらからの遠隔操作が可能です。また本装備により使用者が何かしらの不利益を被った場合、詳細な調査を行った上で対応を決定します。以上です」

 

 アラカワが使うのはハンマーを模した装備であり、爆発によって打ち出せる杭が五本収まっている。杭は銀で外殻を構成した特別製で、内部に空洞を作ることで砕けやすく設計されている。吸血鬼の身体を貫通することなく体内に銀を残留させることで、その効果を最大化させるという狙いをもったものだ。

 

「返却に来て頂けることを祈っております、どうかご無事で」

 

 装備の管理を担当する局員は定型通りの説明をしていたが、最後の言葉はマニュアルにあるものだとは思えなかった。二人で装備を受け取った後、専用のベルトを使って背中に下げる。剣が二振りもあると重量に悩まされるものだが、材料工学の粋を集めた鎮圧装備は、内蔵された機能の割には軽かった。

 

「お二人は三班への配属です、調査員が来るのでお待ち…」

 

「お待たせしました、三班へ配属される特殊調査員の二名ですね?」

 

「…彼女です、はい」

 

 何処か見覚えのある女性がいつの間にか後ろに立っており、その腰にはサーベルと拳銃が携えられている。身体が資本の局員の中でも更に筋肉質で、並みの男性より少し高い身長を持つ。なんだか既視感があるなと思い名札を見ると、カミシロと書かれている。

 武器に加えて背中には四角い鞄、腹や胸には通信機や地図にタブレット型の端末などなど、調査に当たって必要なものを全て揃えたと言わんばかりの状態だ。

 

「…シラカミさんの親戚ですかね?」

 

「カミシロと申します。分家の出ですので血は少々遠いですが、お嬢様がお世話になっております」

 

 組むことになった調査員は当たりだった。最悪の想定だった走れない肥満体型とは、正反対の出で立ちの女性が目の前に居る。なんだか周囲には女性が多いなと思いつつ、彼女達に時代が追いついたのではなかろうか、なんて根拠のない考察が浮かんだ。

 

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