種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録-   作:明田川

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3.1 人外種族達の諸事情:束の間の休息

3.1

 

 

 地下鉄のトンネルへ吸血鬼が逃げ込んだのではないか。あれから容疑者を吸血鬼街から見つけられなかった治安維持局は、そう結論を出した。そしてコンクリートの壁を崩した方法に関しても、派遣された調査員が解明したらしい。

 

「なんだよ見せたいものって」

 

「あの壁を崩した方法が分かったらしいんですよ、シラカミさんから送られて来ました」

 

 前回の地下街制圧戦が終わった次の日、念入りに風呂で血を落としたアラカワと共にテレビの前のソファへ座っていた。テレビとパソコンをケーブルで繋ぎ、入力先を変えると目当ての動画が映る。

 

「再生しますけど、見ます?」

 

「ソファに座るように言って来たのは何処のどいつだよ、ここまでして最後に聞くか?」

 

「はい再生しまーす」

 

「コイツ…!」

 

『特務班のカリヤです、再現実験で吸血鬼役を担当します』

 

 人外で構成される特務班には、もちろん吸血鬼も在籍している。彼は少々状態が良いとは言えないコンクリート壁に対し、おもむろに一発拳を叩き込んだ。拳が当たった箇所からヒビが広がり、更には大小様々な破片が落ちるが、彼は淡々と実演を続ける。

 

『まずこのように殴ってヒビを入れて、記録にあったように体液を高圧で隙間に流し込んで内部から圧力をかければ…』

 

「割れた!?」

 

「こんな方法があるんですねぇ」

 

 爆破などせずとも、内部からの圧力に耐えかねたコンクリートは更にヒビを広げ、最終的には崩れ去った。あれだけ強固な鉄筋コンクリートも、内部の鉄が錆びて膨張すると、発生した圧力によって内側からひび割れていくのだ。

 とは言ってもかなり効率は悪いようで、実演を終えた後の彼は大量の血液を補給していた。必要な血液量に関する検証も兼ねていることは分かるが、なんだかシュールだ。

 

「七班の一人が血を吸われていたのは、大量に消費した血液を補給するためだったのかもしれませんね」

 

「吸血鬼って便利だな、なんでもできる」

 

「その代わり代償も大きいですし、この先弱くなる一方ですけどね」

 

「なんだっけ、複製問題だったっけ?」

 

 吸血鬼は因子を人間へ与えて増えるのだが、新たに生まれた吸血鬼は独自の新しい因子を持つことはない。自身が受け取った因子のコピーを作るため、複製を繰り返された因子は着実に劣化していく。

 

「それですそれ、吸血鬼が種族の未来に抱えている大問題ですね。もう先がないと言われてるような状況なんですよ」

 

「種族として変だろ、それ」

 

「諸説あるんですよね。本来は人と同じように生殖活動をして増える筈が、それが因子の異常で無理になって、結果因子の受け渡しによる増殖方法でしか増えられなくなったとか」

 

 そのため、劣化が少ない古くから生きる吸血鬼ほど強く、新たな吸血鬼ほど弱いという状況に陥っているのだ。新たな因子を持って生まれる吸血鬼の突然変異種でも生まれない限り、この状況は続くだろう。

 スマホで『吸血鬼 複製問題』と調べると、さまざまなニュース記事や人の目を釣ることだけを考えたようなサムネイルの動画、そして見るに耐えないSNSの投稿が表示される。この盛り上がり様ということは、吸血鬼以外でもかなりメジャーな話題になりつつあるようだ。

 

「じゃあ待て、ナントカの血族とかって」

 

「有力な血族は古くから生きてる吸血鬼が因子を分け与えてるんですよ、なのでまだ強いだけです」

 

「…前から思ってたけど、なんか詳しいよな」

 

「昔色々とありましてね、今回の件みたく馬鹿なことをした奴の後始末で痛い目を見まして」

 

 この業界で長く生きていれば、絶対に吸血鬼について詳しくなる。絶対に一度は戦うことになるからだ、あの根本的なスペックが違う化け物と。古傷が痛むなんてカッコつけたいところだが、進んだ再生医療は傷ひとつなく大怪我を治してしまった。

 

「吸血鬼って何かと謎が多いんですよねぇ。明らかに他の人外種族と比べても異質な点が多いですし」

 

「吸血鬼博士かよ」

 

「やだなぁ、学位は修士までしか取ってませんよ」

 

「インテリだインテリ、やーい頭でっかち」

 

「この煽られかたは初めてだな…」

 

 いつも通りの雑な会話を彼女としつつ、結局片付いていない今回の騒動について考えを巡らせる。やはりアイザワを捕まえない限り終わらないのは確かだが、JK吸血鬼以外の因子の出所や今回の闘争劇、そして居るかもしれない黒幕と、断片的な情報だけが増えていく。

 

「暫くは休みです。区外には相変わらず出られませんが、買い出しには行った方が良さそうですね」

 

「じゃ、私は出掛けてもいいか」

 

「いいですよ、電話に出てくれさえすれば。それと報酬の件ですけど、いつも通り2割を共同生活費、4割づつが取り分ですからね」

 

「なあ、2割から掃除機買ってくれよ。アレもう全然吸わないし、あの紐伸びてないやつが便利そうだからさ」

 

「ああケーブルレスの、どうしてです?」

 

「…分かるだろ、な」

 

 彼女はソファを何回か叩き、こちらを睨む。半人半獣の姿で睨まれると、長い鼻の上に皮が寄ってシワシワになるな…なんて感想が浮かぶ、察しの悪い自分に対して更に怒った彼女は、更にシワを寄せながらソファの表面を擦ると、あっという間に毛玉ができた。

 

「な!」

 

「あっはい、電気屋行って来ます」

 

「そうしろ!」

 

 そういえば換毛期だった。彼女の体毛は今まで以上にソファを覆い、歩けば灰色の毛が舞う。人間大の狼が一斉に毛を入れ替えるのだ、生半可な量では済まない。

 今日は人外向けの美容院にでも行って、抜け毛だらけの身体をスッキリさせたいのかもしれない。大抵こんな時期には丸一日出かけて、夕方には毛が減って一回り小さくなった毛皮を、ツヤツヤと光らせながら帰って来ていたっけか。

 

「シャワー浴びたら下にあった毛が浮いて来たんだ、ホントはこんなにボケボケにならなかったんだ!あのクソ吸血鬼ィ!!」

 

 彼女はいつも以上に激しく窓を開け、駐車場に着地して、そのまま街に走り去っていく。あまりに激しく動くものだから、毛が通った後に舞っている。

 

「掃除機と、後は…」

 

 思わずくしゃみをしてしまうが、風邪をひいたわけではない。鼻をくすぐるのは彼女の毛だ、このまま毛に溢れた生活をしていると、動物アレルギーにでもなってしまう気がする。

 

「空気清浄機を買いましょうかね」

 

 でも家電の広告の中で謳われる機能の数々は、どこまで有効なのだろうか。まあ無いよりマシだろうなんて思いながら、彼女とは違って大人しく階段を降りる。想定よりも早く片付きつつある本の山に少しばかりの恐怖を覚えつつ、ついでにガソリンを入れるために車を出すことに決める。

 

「さて、電気屋はいずこに…」

 

「なあ剣士クン、暇?」

 

 車の窓越しにこちらへ話しかけるのは、同じアパートに住む同業者だ。彼は人外の少女二人を侍らせて毎日を過ごす肝っ玉のある野郎で、腕前も確かである。彼は半袖故に日頃から鍛えているらしい太い腕を見せつけつつ、ドアを手の甲で二度叩く。

 少々くすんだ金髪と眩い碧眼に整った顔立ち、イケメン西洋人ですと言わんばかりのナイスガイだ。毎年金色の輝きを失う金髪に想いを馳せているらしい、それは白人からすれば一般的なものではなかったか。

 

「暇じゃないですけど」

 

「助手席空いてんじゃん、乗るね」

 

「ああもう、貴方はいつもこう!」

 

「女みたいな台詞吐くなよ気持ち悪い、ヒスってんのか?」

 

 こうやって車内へ来る時は、決まって何かある時だ。前は女の子二人を怒らせて逃げているのを隠して乗り込み、それはもう酷い目にあった。結果三日後にはラブラブに戻ったらしいが、その手腕については是非お話を伺いたいものだ、酒を片手にだが。

 

「で、今回は何絡みですか」

 

「取り敢えず出せよ、窓閉めて音楽かけっぞ」

 

「…はいはい」

 

 茶化さないということは少々真面目な話らしい。電気屋へ向かう道へ入りつつ、曲の操作は彼に任せた。しかし彼はいつまで経っても曲をかけず、赤信号で止まってやっとこちらを見た。

 

「無線繋がんねぇんだけどさ、何これ」

 

「CDしか入りませんよコレ、古いんで」

 

「石器時代かよ、今の時代こんな円盤でどうこうなんてさ…」

 

 彼はやり方を逐一聞きつつ、おっかなびっくりCDを差し込む。まあ自分もスマホを普段使いする身だ、この時代遅れの機材には思うところもあるが、正直このレトロさも気に入っている。

 

「ディスコ・サウンドの名曲集か、曲の間もDJが繋げてるリミックスだろ。前もこの車で聞いた覚えがあるぜ」

 

「父からパクったんですよ、スマホにしてからCDなんてもう聞いてないって言うので」

 

「これなんか聞いたことあんな、動画でサビだけ聴いたわ」

 

「材料の一番いい所を雑な使い方する嫌な料理みたいだ」

 

 彼はひとしきりこの音楽について触れた後、おもむろに懐から手帳を取り出した。そしてパラパラとページをめくり、何度か確認するように目を通してから改めて話し始める。

 

「…じゃ、本題に入るぜ。前回の地下街制圧戦はお前も参加してたんだよな、どこまで知ってる?」

 

「アイザワが穴を開けて、地下鉄側へ逃げたんじゃないか…というところまで」

 

「話が早くて助かるぜ、お前もお前で情報通だな。それからの進展なんだがな、地下鉄側で数人のホームレスが心肺停止状態で見つかった、血中の物質からして吸血行為が原因だってことも判明してる」

 

「被害が拡大しているじゃありませんか、ニュースになってないとおかしい話ですね」

 

「それが第三区メトロは通勤における大動脈だぜ、確証もないのにおいそれと止められねぇのよ。それに吸血行為による被害者は毎年何百人と出てる、今回の件がアイザワの野郎の仕業かも分かってねぇしな」

 

 第三管理調整区は、かなりの綱渡りで運営されている。というのも治安維持局は莫大な被害と大量の退職者を毎年出し、文字通り血を流しながら無理矢理輸血して活動している状況だ。複数の人外種族を一カ所に集めたため、社会が今まで通りの流れを失えば、パニックがどれだけの大問題に繋がるかも分からない。

 

「人外種の犯罪なんていつものことだけどよ、吸血鬼はやっぱり件数が多いのなんの。やっぱり血を吸う捕食者っていうのがな…」

 

「種族の習性が共生を難しくしているのには同感ですね、今日もそれを実感しましたし」

 

「吸血鬼はお先真っ暗だが、少し前まで大手を振って支配者面してた連中ばっかりだ。人間が数で勝ってからは、人間以外とかいう雑な括りの人外種なんて呼ばれるしな、屈辱だろうぜ」

 

「それが今の情勢に作用すると?」

 

 区外へ出ることを禁じる封じ込め措置は毎年の恒例行事だが、吸血鬼が今まで以上に暴れ始めると収拾がつかなくなるかもしれない。元から戦闘能力が高く形態変化による絡め手も可能と、取り締まりへの負担は非常に高い。

 

「吸血鬼街でまあ派手にやったからな、治安維持局は身内と外様を三人やられてカンカンだ。だが吸血鬼側もアイザワ以外の奴が一人現行犯でとっ捕まったんで、生贄にされたんじゃないかって騒いでる」

 

「犯人の逮捕に至らなかったから、適当に別の人間を捕まえて捜査を正当化したと?」

 

「そこんとこ何か知らねぇか、外に居たんで見れなくてよ」

 

「…三人やったのはその生贄サマですよ、酷い有様でしたっけね」

 

「マジかよマジかよ、やっぱり聞いてみるもんだな!」

 

 彼はメモに幾つか書き足し、嬉しそうにこれまでの情報とそれを繋ぎ合わせる。昨日のことをよくもこの短時間で調べ上げたものだ、この情報収集能力はアパートで一二を争う水準だろう。

 

「お前はこの事件をどう考えてるんだ、アイザワの奴があんまりにもしぶといとは薄々勘付いてるとは思うが」

 

「恐らく黒幕が居るでしょうね、アイザワ一人じゃあできないことが幾つかある」

 

「女子高生ともう一人が吸血鬼にされた件か?」

 

「ええ」

 

「アレは不可解だよな。変態終わってすぐにお前らと戦ったと聞いたが、それにしちゃあ強すぎる」

 

 確かにその通りだ。夜霧の一族が持つ因子は原初のものに近く強力だが、それにしたって変態の速度も、肉体のスペックも、血を使う効率も、何もかもが高水準だった。

 

「吸血鬼は因子とそれに対する適合率で能力が決まるんだろ」

 

「ええ、なので因子が良ければ適合率が悪くてもスペックは高くなります。彼女の場合は思ったよりも適合率が伸びませんでしたが、中の上ってところでしたね」

 

「その検査結果、どの因子との適合率で出した」

 

「夜霧の血族の、確かアイザワと同じ第6世代の因子情報からですが。本人のものではないので、正確な数値ではなく目安程度とは言われてます」

 

「…なあ、その女の子を吸血鬼にしたのは本当にアイザワだと思うか」

 

「彼女自身の証言がありますが、まさか違うと?」

 

「あの身体能力は嘘をつかねぇよ。彼女を吸血鬼にしたのはもっと古い吸血鬼の因子で、アイザワが吸血鬼にしたのは最初に戦った囮の方なんじゃないのか」

 

 確かにそう考えると合点が行くかもしれない。吸血鬼にされた時の記憶が曖昧になるのはよくある、変態時に記憶が混濁した例なんて多数報告されている。

 だがそう勘違いをするだけの情報はあったということだ。吸血鬼にされる際にアイザワが同席していたとすれば、分かりやすい位置にでも居たのだろうか。

 

「因子は血族の中で近そうな連中を割り出すだけで、名のある血族ともなると似通ってる因子持ちは多い。アイザワをとっ捕まえて詳しい調査ができれば、色々と進展しそうなんだがなぁ…」

 

「局の精鋭がじきに戻ります、すぐに捕まえるでしょう」

 

「それはそうだがな。もし俺の仮説が正しいとして、あの女の子にわざわざ古い吸血鬼が手を出した理由って気にならないか」

 

「まあ、それは気になりますけど」

 

「複製問題の克服、なんてどうよ」

 

 現代吸血鬼において、必ず解決しなければならない命題の一つだろう。その解決のために夜遊びする不良女子が必要となると、なんだか変な説に聞こえてしまう。

 だが異常なまでに強かったのは事実、鎮圧装備があったとしても楽に倒せた気はしない。

 

「ま、これは情報が全然ねぇから与太話程度に受け取ってくれ。あとこの先のコンビニで降ろしてくれ、待ち合わせがあんだよ」

 

「まさかまた別の女と?」

 

「黙っといてくれよ、じゃあな!」

 

 どうせすぐにバレるのに、懲りない男だ。電気屋へ向かいつつ、彼の考察を振り返る。自分と同じくアイザワとは別に黒幕が居る、という点は同じだ。だがより深く考察し、未だに病院で拘束中の少女クスノを吸血鬼化させた存在に対して切り込んでいる。

 

「駄目だ、気になるな」

 

 電気屋に行っても上の空で買い物にならなさそうだ、すぐ近くにある喫茶店に入って時間を潰そう。車を停めて店内へ入り、思考のリソースを割かないためにメニューの一番上に書いてあった飲み物を頼む。そして出された水を一口飲み、メモを開いた。

 

「(まずクスノ、そしてアイザワとその黒幕。この三つがこの一連の事件で重要になってくる筈だ)」

 

 存在する筈だが、今のところ影も形もない黒幕。これで見当違いだったとなれば恥どころでは済まないが、ひとまず黒幕と置くだけ置いておく。

 

 時系列順に今回の騒ぎを見ていくと、まず少女クスノが吸血鬼化し、それと同時期に死傷者多数の事件発生。その後に自分達が廃ビルで変態途中の吸血鬼と、吸血鬼化が終わったクスノと交戦。捕縛の後にそしてアイザワの捜索に参加、地下街で吸血鬼αと交戦するも目標を地下鉄トンネルから逃してしまう。

 そして地下鉄で犠牲者が発生、血が足りなくなったが故の行動だろうか。しかし犠牲者からは、アイザワと断定できる結果は出ずに終わる。

 

「(そうだ、吸血鬼αの因子判別結果が出てる筈だ)」

 

 スマホを開いて治安維持局からの報告に新着が無いか見ると、仕事の早いことに通知が来ていた。夜霧の一族の因子を確認し、より詳しい検査で登録情報から誰かも分かったらしい。

 この吸血鬼αは食品工場勤務の81歳、他の吸血鬼の年齢を考慮すると比較的若い個体になるだろうか。吸血鬼の血は身体から離れると、急速に劣化する。検査キットはそれを大きく抑制するが、それでも因子の種別判定程度にしか使えないほどに抱える情報は壊れてしまう。

 

「(吸血鬼の特性から見て、実は古代文明が作り出した生物兵器とかなんじゃあないのか?)」

 

 吸血鬼αを生きて捕まえられたのは大きかったらしい、報酬の特別手当がやけに多かったのはそういうことか。気になる点と言えば、勤務していた食品工場はアイザワの一家が経営している企業のものだ。

 遂に両親が動いたのではないか、そう考えたら治安維持局は既にその企業の調査を開始しているようだ。悪魔のギャング騒ぎも落ち着いたのか、治安維持局の主力部隊も帰還している、今までのような忙しさにはならないだろう…そう思いたい。

 

「こちら、増量たっぷりミルクティーとモーニングサービスです。ごゆっくりどうぞ」

 

「…あ、どうも。ありがとうございます」

 

 何も考えずに一番人気を頼んだ結果、ビールの大ジョッキほどの保温容器に、甘いミルクティーがなみなみと注がれていた。モーニングサービスは分厚いパンが一枚、真ん中を縦に切って二つに分け、それぞれジャムとバターがこんもりと塗られている。

 やらかした、これでは昼食が入らなくなるではないか。一番人気だからこれでいいと、深く考えずに頼んだのは完全な失敗だった。どうせ大した頭ではないのだ、しっかりメニューくらい見るべきだ。

 

「飲むしかない、よな」

 

 折角の食事を無駄にする気はない、ゆっくり食べながら考えるとしよう。そう考えていた矢先、何か大きなケーキを持った店員がこちらのテーブルに近付いて来た、思わず冷や汗が頬を伝う。

 

「こちらセットのフルーツパウンドケーキです」

 

「あり、がとうございます…」

 

「お持ち帰りも出来ますので、お気軽にお申し付け下さい」

 

 注文に失敗したことが店員にバレている、顔に出過ぎたかと少し反省する。だが今日の夜に食べるものは決めていて、準備も終えているのだ。これを詰め込めば、昼食のみならず夕食までも危機に陥る。

 持ち帰るのも駄目だ。一人で量のある外食をすると、必ずアラカワが不機嫌になる。持ち帰っても駄目だ、何故誘って一緒に食べなかったと責められることは、これまでの生活で分かっている。

 

「すみません、助けてください」

 

 この手の状況では、頼れる相手に頼っておくのが吉だ。この仕事を始めてから交流のある女性を連絡先リストから選び、加工アプリで光度を増した結果、何が何だか分からなくなっている写真のアイコンをタップして電話をかけた。

 

『え、珍し〜!アラカワの剣士マンでしょアンタ、何やらかしたのか聞かせなさいよ、ねぇ〜!』

 

「今からチャットの方で店の情報を送ります。そこのえーっと…5番テーブルに居ますので、よろしくお願いします」

 

『…茶店じゃん、奢ってくれんの?』

 

「勿論です」

 

『人外相手にそーゆーことは軽々しく言っちゃ駄目だぞ、まあ食べさせて貰えるなら有り難く?貰っちゃうけども?』

 

「助かります」

 

『じゃ、すぐ行くから。すっぽかしたらアラカワにチクッて修羅場作ってやるかんね〜!』

 

 とても怖い脅し文句を最後に、彼女は電話を切る。なんだか流行りからは一周遅れているような口調なのは、第三区自体が流行に乗り遅れて後追いを続ける体質だからだ。

 成人病一直線のミルクティーを一口、二口と飲みつつ、テーブルの上に鎮座するパウンドケーキを見る。明らかに大きい、切ってみたら中身までギッシリだ。

 

「本店考案、パワフルお茶会セット…シェアしてどうぞ、か」

 

 確かにパワフルだ、自分はそう心の中でひとりごちた。

 

 




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