種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録-   作:明田川

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 三人と矢継ぎ早に話してから買い物を終えて帰宅すると、すでに空は暗くなっていた。アパートの窓は開いていて、車の音を聞いたアラカワが上から駐車場に居る自分を見下ろしていた。

 

「物運ぶの、手伝ってくれません?」

 

「仕方ないな、いいだろう」

 

 彼女はいつも通り窓から飛び降り、両手がビニール袋で塞がった自分に駆け寄ってくる。そして何を待てばいいと言わんばかりに両手をこちらに突き出すが、こちらはそれに対して車の後部座席を見る。

 

「色々買って来たな、掃除機は?」

 

「足元にある縦長の箱です、そうですそれ」

 

「おお、早く帰ろう!」

 

「他の荷物も持って下さいよ」

 

 車の鍵を閉め、二人で階段を登る。何故か廊下の照明が全て切れているなと思えば、足元に広げられた新聞紙の上に照明のカバーと電球が置かれている。たった数日で大量の本が片付くとは思えないが、早くも次に手を出したのか。

 

「お姉ちゃん、この通路の照明全部LEDに変えていい?」

 

「資格が必要だから無理よー」

 

「前の休暇で取ったってば、お爺ちゃんの所で働いたから実務経験もあるし!」

 

 大家の妹が来ていた。歳が離れているらしいが、脚立の上に居た彼女の背丈や見た目は似通っている。勘弁してくれよと思ったが、こちらに気がついた彼女はランタン型の照明で床を照らしてくれた。

 

「…相変わらずだな、今度は電気も?」

 

「明るくなる分にはまあ、いいんじゃないですかね」

 

 また局所的に新しくなるなぁと思いつつ、悪いことではないので挨拶だけして横を通り過ぎる。家賃を払って大家の彼女へ利益が入った後、しっかりとこのアパートの管理費用になっているのは良いところだろう。まあ、それが少々を度を越しているのが問題なのだが。

 

「金髪の勇者とRedとシラカミの三人と話しました、後で詳細を話します」

 

「三人もか、大忙しだったみたいだな」

 

「そっちにも連絡の一つや二つ入ってそうなものですけど、何か聞いてませんか?」

 

「Redからお前はボケた野郎だって、でも心配はするなって送られて来た」

 

「あ、はは……」

 

 追求するつもりはないらしく、それ以上彼女は何かを言うことはなかった。そのまま階段を上がり、一旦荷物を置いてポケットから部屋の鍵を取り出す。力加減を間違えて鍵をへし折った前科から、アラカワは自分がいる時には鍵を触ろうとしない。

 

「私は冷蔵庫に片っ端から入れるので、そちらは掃除機を開けちゃって下さい」

 

「やっとくやっとく!」

 

 箱を開けて説明書を読み、三つほどの部品に分けられている掃除機を組み立てる。畳まれた紙の説明書を開くことにすら苦労する半人半獣の身体では危険だと思ったのか、人の形態へと変化させてから作業を始める。

 

「今日の夜は用意してあるんだろ、何を作るんだ?」

 

「あまり物を具材にしたパスタになります。キャベツと人参と玉葱に賞味期限がヤバかったベーコン、塩コショウと醤油で味付けしたヤツです」

 

 彼女はバッテリーに充電ケーブルを繋げながら、巨大な肉の塊を冷蔵庫にどう入れていくかを悩むこちらを見て献立を聞く。冷蔵庫の中身を整理するための料理だが、案外彼女からの評価は良い。ちなみに犬というか動物全般にとってには毒となる玉葱だが、人狼は半分人なためか普通に食べられる。

 そしてパスタだけでは足りないので、残っていた鶏肉を照り焼きにして、更にパスタでは使いきれなかった野菜にコーン缶を加え、顆粒タイプのコンソメでスープにしておく。少々雑だがそれなりの味にはなる、とだけは言っておこう。

 

「ふーん、アレか」

 

「すみませんね、あんまり凝ったものじゃなくて。暫くは打ち上げって雰囲気じゃありませんし、店もこの情勢じゃあ閉まってるところもあって…」

 

「いや。アレが好きだから、いい」

 

「そうですか、作る身としては嬉しい言葉ですね」

 

 大きな鍋で湯を沸かし、大さじで測った塩を入れておき、後はパスタの量を測る。我が家では一人前を100gとしているが、何度かの調整を経て、アラカワの一人前は250gということになっていたりする。

 作り置きしておいた他の物は火にかけるなり、タイミングを見て電子レンジに放り込んで温めるとしよう。この部屋はそれなりにキッチンが広く新しいが、それも大家の気まぐれによるものだ。

 

「まだかな、ランプが緑に光れば使えるらしい」

 

「そんなにすぐ充電できませんって、終わったならこっち手伝って下さいよ」

 

「分かった分かった、買ってきたものを片付ければいいんだろ?」

 

「冷蔵庫に入れる物は大体入れました、後をよろしくお願いします」

 

「…人間用のカップ麺って、こんなに小さいのか」

 

「貴方用の三分の一くらいですね、そんなもんです」

 

 人外用とはいっても、各種族毎に対応したものが出ているわけではない。相性の悪い食材を抜いたもの、単純に大きさだけが違うもの、麺の形状が工夫されているものなど、ある程度のラインナップから選ぶというのが一般的だ。

 

「見ろこれ、全然違う。それになんか、変なやつ多くないか」

 

「人間って意外と何を食べても死にませんからね、商品も結構飛ばしたの多いんですよ。まあやり過ぎて売れ残った商品は、そうやって半額で売られるんですけどね」

 

「にんにく入りは食うなよ、納豆は許す」

 

「貴女と暮らし始めてからは、一度だって家で食べてないですって!」

 

 第三区の人口比率は人間が4で人外が6となっているが、世界全体で見ると7対3ほどになる。そしてその3割の中に複数の種があるのだ、需要には大きな差がある。特定の種向け食品は売れ行きが期待できないので、大企業はあまり力を入れたがらないのだ。

 そのため最初からニッチな需要を狙った、種族専用のブランドが大きな支持を集めたりする。人に近い形態や食性を持たない種族にとっては、必需品となるだろう。

 

「お、光った」

 

 購入したコードレス掃除機だが、わあわあと話しているうちに最低限の充電が終わっていた。緑色にランプを光らせるそれを見て、彼女は充電ケーブルを引っこ抜く。そして幾つかある吸込み口の一つを手に取り、本体へと接続した。

 

「使いやすいな、これ」

 

「良いの買いましたからね。冷蔵庫を買った時のポイントがあったので、かなり安くなりましたよ」

 

 買った決め手は人間も人外も使いやすいよう、持ち手の大きさ変えられるようになっている点だ。アラカワは人間用より一回り大きな持ち手を掃除機に取り付け、ソファに吸い込み口を押し当てている。

 吸い込んだゴミを収めるダストボックスは透明な樹脂素材で作られているが、その中を灰色の毛が舞う。吸引力も申し分ないようだが、あまりの毛の量にボックスの容量が追いつかないであろうことは、簡単に想像できた。

 

「…どうした、ずっとこっち見てるが」

 

「いえ、艶が戻ったので気になって。綺麗にして貰ったんですね」

 

「ま、まあな!」

 

 換毛期なのでまだまだ抜ける筈だが、丁寧に洗ってもらったのか落ちる毛は少ない。艶のある毛皮は強い人狼の証と言うが、確かにその維持は非常に難しい。

 人狼は燃費が悪く、食事量は最低でも成人男性の倍が必要だ。その上大量の毛と全身を覆う筋肉を良い状態で保つためには大量のタンパク質を必要とし、彼女は一日三回ほど大量のプロテイン飲料を牛乳で溶いて飲んでいる。それで体重の維持ができるかどうか、というのが恐ろしいところだ。

 

「…まあ、それはそれだ。シラカミお嬢の話は断れないんだろ、大丈夫なのか?」

 

「好きな特殊捜査員を指名しろとまで言ってきましたよ、何かあった時に責任は誰が取るんでしょうかねぇ」

 

「大盤振る舞いだな。主力の連中が帰って来たから、捜査員は捜査員だけで集めて動かす気なのか?」

 

「主力部隊は帰って来たとはいえ、休みなしの転戦ですよ。何処まで動いてくれるか分かりませんが、上澄みの特殊捜査員より強い奴らが部隊組んでますからね…」

 

 治安維持局の精鋭部隊だが、その大部分は人間で構成されている。一定のパフォーマンスを発揮しやすい人間を中心に編成した方が、何かと楽だからだ。それに装備もオーダーメイドにする必要がなく、予算を圧迫しない。強力な装備を全員に支給し、補給も容易だ。

 

「主力が動いてるってことは事態が悪いことの証明で、縁起が悪いので嫌われがちなんです。嫌われる理由はそれだけじゃないんですが、確かに自分も一緒に働きたくはないんですよね」

 

「別の理由ってなんだ、嫌な奴が多いとか?」

 

「強すぎて周りがついていけないんですよ。腕効きの捜査員も彼らの流れに追従したら、死にますから」

 

 人類が根本的な身体能力で劣る人外種族に対し、法執行機関の最高戦力はどのように対抗するのか。身体能力を装備で補い対等な立ち位置にまで駆け上がり、その種族ごとに特化させた武器で対等から優位にまでも押し上げる。

 パワードスーツを着込んだ彼らは部隊にヘラクレスという英雄の名を冠した人類の希望であり、人外種族にとっての悪夢だ。人でありながら人を超えた彼らには、自分も複雑な感情を抱かざるを得ない。

 

「ま、そんな人達に真正面は任せられるんです。隣に立って戦う必要がないなら、頼もしい限りですよ」

 

「どれだけ強いのか気になるな、私がタイマンしたらどうなる?」

 

「そうですね。貴女が2、いや3人居れば良いとこまで行けそうな気がします」

 

 まあ、一対一というごく稀な状態での想定など何も役に立たない。彼らは最低でも2人で行動し、そして更に2人の支援部隊が付く。

 

「おお、そっちは?」

 

「10人居たって勝てませんよ」

 

 こんな連中が駆り出される抗争とはどれだけのものだったのか、あまり想像はしたくない。精鋭部隊の話はこれくらいにして、夕食の準備を進めるとしよう。沸いた湯に重さを量ったパスタを入れ、底につかないよう菜箸で混ぜながらゆでる。

 茹で上がるまでに必要な時間は11分だ、ゆで時間の短さを売りにしているものを買って痛い目を見て以降、茹で時間が長かろうがなんだろうが評判の良いものを選んでいる。

 

「じゃ、そろそろ本格的に次の仕事の話でも」

 

「色々あったんだろ、教えてくれ」

 

「アイザワが逃げ込んだのは吸血鬼向けの食品製造工場がある一角です、私達はそこへ行って容疑者を確保するのが仕事ですね」

 

「吸血鬼街以上に向こうの縄張りだな。公共の場って括りもない私有地ってことは…何があるか分からないんじゃないか」

 

 アイザワを追って入った地下街で襲撃を受けたように、把握しきれていない戦力が潜んでいる可能性は高い。吸血鬼はそのスペックから、完全な素人であっても不意打ちでなら特殊捜査員を倒せてしまうという怖さがある。

 

「ええ、待ち伏せや罠は考えて良いと思います。治安維持局は夜霧の一族と完全に事を構えるつもりなので、主力の精鋭は第三区の郊外にある当主のお屋敷を囲みます」

 

「…待て、局は本気かよ」

 

「工場と本邸は離れているので、ドンパチを始めても流れ弾は来ません。まあ戦車部隊まで出したら分かりませんけど」

 

 精鋭部隊は市街戦を前提として編成された機甲部隊を、小規模だが有している。今期の予算を使い切っていなければ、燃料を買い付けて駆けつけているだろう。正しく総力戦だ、状況がどう転ぶかはシラカミにも予想しきれていない筈だ。

 

「シラカミ隊長からの要求は容疑者の生け捕りです。各種検査を行うためには、殺して体組織を劣化させられませんので」

 

「検査してどうするんだ、痕跡は消されてて因子判別しかできない程度のものしかないんだろ?」

 

「クスノ参考人を吸血鬼にしたのがアイザワか否かを知りたいようですね。もしアイザワでないならば、同血族に対し犯人が現れるまで検査を行えますし、データベース情報の開示も正式に行えます」

 

 個人情報の保護を名目に、血液支給に必須とされる吸血鬼の精密検査結果の開示は非常に難しくなっている。これまでの捜査では国民管理局へ現場に残された吸血鬼因子の分析結果を提出し、データベース上から因子が似ている吸血鬼の情報を開示してもらう、という手順を取っていた。

 これには時間と手間がかかるため、非常時であるという理由を盾に治安維持局がデータベースへのアクセス権を一時的に得る。そして精密検査機器を運用可能な部隊を連れて大規模な検査を実施し、得られた結果から本人かどうかの照合を即座に終わらせ、逮捕までの判断を迅速に行うというのが、上層部の立てた算段だ。

 

「それって、法的に大丈夫なのか?」

 

「個人情報の保護は法的に行わなければならないとされていますが、法執行機関はその職務上必要な場合は、本人の同意なしに個人情報の取得と照会をする権利があります」

 

「その権利があるなら、最初っからデータベースを開示してもらえそうなもんだけど」

 

「人外種族保護法がちょっと厄介なことになってましてね。他国では日常になりかけて大問題になっている人外種の迫害ですが、この国でも過去に例がないわけじゃありませんので」

 

 過去に人間と移民して来た人外種が対立し、多くの死傷者が出た事件があった。治安維持局の前身だった組織はこの事件で大損害を受け、最終的には罪を犯していないにもかかわらず、人外種族というだけで過激な捜査を行ったことで、この事件は今も尾を引いている。

 その損害のための抜本的な組織改革を行い、事件時の反省を踏まえて各種法令が整備された結果生まれたのが治安維持局だ。人外種を仮想敵として人が作った組織でありながら、その武力は同じ人間の手によって何重にも制限されている。

 

「ああ、アレか」

 

「デリケートな話題ですので、あまり話には出せませんが…」

 

「三区じゃ気にしてる奴の方が少ないんじゃないか、区の中を我が物顔で歩いてる連中の方がよっぽど多い」

 

「それはそれで、治安局にとっては頭の痛い問題なんでしょうけどね。結局何か起きたらどうにかするのが彼らの仕事な以上、やり過ぎると碌なことがありませんから」

 

「そのツケを払うための、特殊捜査員ってな」

 

「自分の尻も拭けないくらいには雁字搦めにされてますからね」

 

 三区の外からすれば人外種族なんて「助けてあげなければならない、弱きマイノリティ」程度の認識なのだろう、事実見目麗しく魅力的な外見を持つ者達は多い。エキゾチックな雰囲気を放つ彼らの本当の姿を、色眼鏡なしに見るのは困難だ。

 

「ま、上手く付き合えれば楽しいんですけどね」

 

「…そうか?」

 

「一緒に居るのが嫌なら、四人分の料理なんて作ってませんよ」

 

 パスタが茹で上がるにはもう少し時間がかかるが、料理を温めて食卓へ並べ始めるには良い頃合いだろう。電子レンジで温めた料理からラップを剥がし、照り焼きチキンをテーブルの上にまで運ぶ。

 手持ち無沙汰になって先に席へと座っていた彼女だが、上げ膳据え膳の状況には少々思うところがあるようで、そわそわとし始めた。

 

「なあ、ホントに手伝わなくていいのか。人間の姿になれば、毛も入らないし…」

 

「皿割って料理焦がして包丁曲げましたよね」

 

「うっ」

 

「力加減が完璧になるまでは危ないです、怪我しますよ」

 

 彼女も家事をしないわけではない、できる範囲のことはやってくれる。風呂を洗ったり、荷物を運んだり、掃除をしたり、溢れ出るパワーで家を壊さないようになるには少々時間がかかった。

 今までどうしていたのかと気になったことはあったが、よくよく考えると彼女とは少々…いや、かなり荒っぽい出会い方をした。昔は平和な日常生活を送れる環境ではなかったと考えると、寧ろ今は良くやっていると言えるだろうか。

 

「最近は割り箸を折らずに食べ終われてるだろ、大丈夫だって」

 

「そう言って焼肉屋でトング曲げましたよね」

 

「…はい」

 

 見るからに落ち込むアラカワを見て、少々言い過ぎたなと反省する。上達してきてはいるが、中途半端な状態が一番危ないのだ。車の運転も慣れてきた時が一番危ないなんて言うが、彼女も今その状況に近い。

 人狼はうっかりで人の骨を折れる、こんなことで前科がつくわけにはいかない。自分の腕を折るならまだいいが、他人にやったら一生治安維持局の監視対象だ。

 

「すみません、言い過ぎました。頑張ってるのは知ってます」

 

「そうか」

 

「…やっぱり手伝ってくれませんか、手が足りなくて」

 

 そう言って彼女に手を伸ばし、握ってくれないかと目で訴えかける。すると渋々だと言わんばかりに、目を逸らしてから灰色の体毛で覆われ、爪と肉球のある人狼の前脚が手の平に触れる。

 

「しっかり握って下さい。引っ張るので、それに合わせて席から立てますか」

 

「そのくらい…いや、待て」

 

「大丈夫、割り箸よりか頑丈ですから」

 

 こちらが前脚を掴むと、彼女はそっと握り返した。ごつごつとした骨と分厚い毛皮が手を覆うが、その力に過不足はない。こちらが軽く引っ張るのに合わせ、アラカワは席から立った。

 

「大丈夫そうですね」

 

「なんだよ、危ないって言った後に手のひら返しやがって。こっちが握りつぶしでもしたらどうする気だ、右手だぞ右手」

 

「私が貴女と手を繋ぐことを躊躇するとでも?」

 

 失った自信は取り戻せただろうか。茹で上がったパスタの湯を切り、別途用意していた具材と混ぜて調味料で整える。そしてその間にアラカワにはスープの盛り付けを任せると、彼女はこぼさずやり切った。

 




これは大家姉妹

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