種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
4.1
作戦開始の数日前、自分はアラカワと共に第三区治安維持局の本部にある会議室に出向いていた。あらゆる証拠を揃えた上での血族一斉検挙、このようなことが行われるのは久しぶりだ。
「すまんな、悪いが一度しか説明しない上に記録も禁止だ。頭に叩き込め、忘れたなら当日に確認しろ」
「それはまた、スパイの一件を踏まえての措置ですか」
「吸血鬼というのは帰属意識をどうしても同族側に持ちがちだ、それをまあ上層部は軽く見すぎた」
「何か対策はしていたのでは?」
「家族を監視下に置かれても尚裏切っている」
スパイの一件に気がついて対応したのも、もしかしたら彼女なのかもしれない。そう思い彼女へ視線を向けると苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、こんな話をしている場合ではないと言いながら指示棒を伸ばし、プロジェクターの電源を入れた。
「前も言った通り貴様はアイザワ確保のための別動隊だ。周囲の目を完全に欺くため、特殊武装戦術鎮圧部隊…通称ヘラクレスの参加はない」
「つまり、特殊捜査員だけでやれと。同じ特殊でも戦力には雲泥の差がありますが」
「まあ聞け。奴らは今回の検挙を断片的にだが掴んだらしく、戦力の集結と当主に近い一部の吸血鬼の区外脱出を目論んでいる。アイザワには最早割く戦力が乏しい状況だ」
「…まさしく総力戦の構えじゃあないですか。やましいことが無ければこんなことはする必要ありませんが、かといって追い込めば対抗も尋常なものではなくなりますよ」
「承知の上だ」
そのための精鋭部隊とでもいいたげな戦力配置だ。スクリーンに投影されたそれは詳しいものではなく、ざっくりとした概略図に過ぎないが、治安維持局が本気であることは容易に想像できた。
しかし少し気になったこととして、他の血族から特殊捜査員として、多数の戦力が送り込まれていることだ。
「スパイ騒ぎの後で、この吸血鬼部隊を編成した理由はなんでしょうか」
「今代の当主はかなりの恨みを買っている、因子を盗んだ疑いでな」
「盗むったって、どうするんだよ。すぐ劣化しちまうんだろ?」
盗み用がないものをどう盗むのか、アラカワは不思議そうにそう聞いた。確かに因子だけを盗もうとすればそうなるが、この問題がより深刻に見られているのは、盗んだのが因子だけではないからだ。
「有力な因子を持つ吸血鬼を攫って使うのさ。奴らが血族の中に因子で辿れない家門を持つのは、地下牢に沢山の同族を幽閉してるからって説もあるくらいだ」
「その噂についても、本当かどうか調べると?」
「行方不明になっている吸血鬼は多い、それも各血族の中でも上位の者がな。この件については別途調査を行っていたが、ここに来て夜霧の連中が浮かび上がってきたわけだ」
情報源は他の血族達なのだろう。全員で口裏を合わせている可能性もあるが、普段は同族同士でもあまり仲の良いところを見せないため、異例の事態だといえる。今回の事件にも干渉しない姿勢を貫いていたわけだが、ここに来て動き始めるとは。
「ここまでの恨みを買いながら吸血鬼を攫ってまで因子を得たとしても、むしろ損の方が目立つようにしか思えませんが…」
「それを覆すだけの何かがあった、ということだ。クスノ参考人についても調査を続けていたが、異例の事態で緘口令が出ている」
やはり変態直後に見せたあの適応速度は異例ということで、治安維持局は調査を行っていたようだ。見せられた報告書の大部分は黒塗りにされて読めないが、あの病室の警備が増員されたという記述はそのままだ。
「出ているって言いながら話すんでしょう?」
「貴様が漏らせばアラカワの保護と監督は行えなくなるだろう、その間は私が面倒を見てやるとも」
「よかったですね、モテモテですよ」
「嫌なんだが」
彼女が報告書のページをめくっていくと、最後の部分は読める状態になっていた。そこに書かれていた文言は、今の常識を覆しかねないものだった。吸血鬼という種の終わりを食い止められるかもしれない希望、それが現れていた。
「彼女は吸血鬼でありながら、生殖能力を失っていない?」
「ああ。吸血鬼はその能力を失って久しい、因子の劣化を伴わない本来の繁殖方法を持つ個体が、この時代に偶然生まれるか?」
まさか金髪の勇者が冗談めかして残した言葉が的中するとは、彼もまた独自の情報網からこの結論に至っていたのだろうか。やはり侮れない男だ、同じ特殊捜査員で良かったと心底思う。
この事実は因子の劣化を食い止めるだけに飽き足らず、過去に存在していたような強力な吸血鬼の再出現に繋がるかもしれない。彼女が吸血鬼本来の能力を失っていないということは、持つ因子が秘める潜在能力は戦った時に見せたものなど、全体から見れば片鱗に過ぎないのかもしれない。
「偶然だとは…思えませんが」
「このことが公になれば大問題だ、吸血鬼のあらゆる血族が彼女を狙うぞ。彼女を吸血鬼に変えたであろう夜霧の連中が、身柄を奪い返さずこちらに預け続けている理由も分かるというものだ」
彼女を自らの元へ誘拐してしまえば、重要な存在であるということはいずれ露見する。同じ吸血鬼、或いは同じ血族でも争いになる可能性は高い。それを避けるため、あえて治安維持局へ保護させたのかもしれない。
こぞって吸血鬼が動き出したのも、この情報が漏れたからという可能性もある。何か動く気であれば、即座に鎮圧できるヘラクレスの近くに置いて監視したいという治安維持局側の気持ちも分かるというものだ。
「貴様がアイザワを確保し、クスノを吸血鬼化させた因子が奴のものではないことを確定させるのが作戦の目標だ。劣化したものでは確実な証拠にはなり得ないからな」
「確実に各種検査が終わるまで守れと」
「そうすればデータベースへのアクセス権に手が届く、失敗は許されないぞ」
「どうせ私だけに全てを賭けてなんていないでしょう、別の部隊にも同じように発破をかけているんじゃありませんか?」
「バレたか、だが期待しているのは本当だ」
「期待して下さっているなら、こちらの要求する戦力は…」
自分が指定する特殊捜査員と動けるマトモな調査員、レベル2の対吸血鬼鎮圧装備、機関銃を搭載した装甲車、無人航空機による偵察支援。普段こんな申請を出したところで通るはずもないが、今回は非常時だ。
これに加えて工場周辺の封鎖を行う局員も居る。精鋭部隊こそいないものの、この作戦で動く戦力は多いと言えるだろう。
「申請は見せてもらっている、私の一存で通そう」
「ありがとうございます」
「それと工場周辺のより詳しい情報についても入手した、この場で見せておく」
この食品工場はアイザワの両親が経営する企業のものだが、土地は同血族から譲ってもらったもののようだ。更に登記を追っていくと、この地域も旧吸血鬼街だったことが分かる。
「旧吸血鬼街の跡地に建てられていたんですね」
「跡形もないのでな、町だった頃のような原型を保っている場所は少ない」
旧吸血鬼街は吸血鬼同士の争いによって消滅した場所だ。第三区が出来たばかりのころは各種族ごとに割り当てられた地域への移住が強制されていたが、それにより同じ場所へ集められた多数の血族同士が衝突したのだ。
これ以来第三区は移住計画の見直しを図るのだが、旧吸血鬼街はそれ以来廃墟と化している。元々郊外に位置していたそこの土地を買い取り、再開発事業の一貫として食品工場が建設されたというのが、大まかな流れと経緯だろうか。
「旧吸血鬼街ですか…何かと厄介な場所の跡地を使ったものですね」
「あの事件は有名だからな、吸血鬼因子の劣化が明らかになった矢先のことだったか」
「狂った有力吸血鬼の大量殺人と自殺、勢力図をかき回すには十分過ぎた」
本来ならば吸血鬼の因子劣化問題は、ここまで急に現れるものではなかった。だがこの旧吸血鬼街が崩壊するまでに、吸血鬼同士での殺し合いが頻発した結果、多くの因子が失われたのだ。今も行方不明者は多く、事件の発端となった有力吸血鬼の血族は消滅した。
「敷地内にあった本来の建物は全て解体されているが、この工場の内部や地下がどうなっているかは不明だ。完成時に各種検査は行ったものの、それ以降は衛生検査のみで建物については大きな改修が行われていないことになっている」
「ことになっている、というのは?」
「辺り一帯には旧吸血鬼街建設時に埋設された、各種管渠の撤去・改修工事が行われていた。実行した企業は吸血鬼が経営に嚙んでいる、地下への警戒は怠るな」
「アイザワが地下通路を辿って脱出している可能性は?」
「ない、工場内に潜伏中であることを確認済みだ」
「…特務班って、その監視に当たってます?」
「確認が取れていなければ、このような包囲と確保を上が承認するわけがなかろう。顔と背丈の同じ影武者であったなら、こちらもお手上げだがな」
特務班は今回の件について、監視を主任務としているのだろうか。何かあった際に予備戦力として動いてくれるのであれば、頼りにさせてほしいものなのだが。
「特務班は監視を継続する、確保には参加しないことを覚えておけ」
「万が一包囲を突破した際の予備戦力ですか」
「その通りだ」
不確定要素も多いが、この短時間で調べたにしては十分に思える。元々短期決戦で勝負を付けなければ第三区の大きな混乱につながりかねない事件だ、この状況では最善でなかろうとも予定を遅らせない、所謂『拙速を尊ぶ』やり方が求められる。
「特殊捜査員としての貴様の働き、見させてもらうさ」
「特殊捜査員以外でなんて、腕を披露して見せた記憶はありませんがね」
「どうだかな、味方でいる内は仲良くしたいが」
「同感ですよ」
自分の過去を何かと探ろうとしてくるのは頂けないが、事情が事情なので仕方がないとも思う。何も知らないアラカワだけがこのやり取りについて行けていないが、彼女に自分のことを語れるのはもう少し先ことになりそうだ。
アラカワ自身が自らのことで手一杯にならなくなれば…なんて思うのだが、それにはまだまだ時間が必要なことは、誰の目にも明らかだ。
「さ、話は終わりだ。この後はどうする?」
「鎮圧装備を見せてもらえませんか。幾つか海外製の新作が入ったとかで」
「アレか…試験結果は良いとは言えんぞ?」
「局員に受けるような装備ではなかった、というだけかもしれませんよ」
鎮圧装備というのは、何も対吸血鬼用だけが存在するわけではない。鎮圧が難しい種族の中で、更に専用の装備が必要とされる種に対して開発されたものだ。吸血鬼以外にはゲル状の体組織を持った粘体種、人とはかけ離れた身体構造を有した竜種、竜種よりもより強力な能力と古い遺伝子を持つ龍種などが存在する。
単純に専用の装備が必要な場合と、それでないと太刀打ちできないという場合もあり、そういった使用時の深刻さは各装備に割り当てられたレベルで管理されている。
「対吸血鬼用のレベル3、現場に出しますか?」
「…言えん、察しろ」
「了解です」
敵対的な吸血鬼が出た時点でレベル2の鎮圧装備が使用されるわけだが、このレベル2は「ヘラクレスを除いた通常の戦力では対処が難しく、したとしても多数の死者が出る」というラインだ。レベル3ともなれば「ヘラクレスが専用の装備で対処しなければならない」なんて最悪の状況になる、この状況になること自体が治安維持局にとって大失態なのだ。
そのためレベル3が現場に出されるとしても、それはごく一部の部隊にしか通達されない。ヘラクレスと同じく、創り出した者達自身の手で抑え込むべき存在なのだから。
「失礼します。定例の安全講習実施、ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
会議室のドアを開け、去り際にそう言う。表向きにはそうなっているからだ、多くの者達がそうでないと分かっていても建前というのは非常に大きな意味を持つ。さっさと行けと言わんばかりのジェスチャーをするシラカミを尻目に、アラカワと共に局の廊下を歩く。
「お疲れ様でした、相変わらずあの人は諦めてくれませんね」
「もう慣れてきたが、そんなに私が気になるか?」
「人狼って長く人間と争ってきた種族ですから、共生が謳われてからも不幸な事件に巻き込まれることは多かったんです。だからまあ、心配してくれているんだと思いますよ」
シラカミはどちらかというと『見守りたい』というより、『手元の監視下に置いておきたい』という方の意味合いが強いのが問題なのだが。しかし特務班はそういった一般社会に溶け込むには癖のある人外種族の受け入れ先となっており、事実高い成果でその実力を示し続けている。
この勧誘も自分に対する警戒を解いていないという意思表示でもあるだろう、全く抜け目のない人だ。彼女から完全な信頼を得るなんて、一生の仕事にしても難しいだろう。
「メッセージが来ました、装備管理課には話を通してくれたそうです」
「じゃあ行くか、私はあのハンマーで良いんだが」
「銀だと殺しちゃいますから、抑制剤入りの弾頭に入れ替えてもらわないといけませんね」
「…生け捕りだもんな」
「もしかして忘れてました?」
「忘れてない」
忘れていただろう、コイツめ。