ゲームのフレンドがリア凸してきた件について。 作:ふはつう
ゲームをしていたら心が落ち着く。などと客観視してみれば、よく良く考えて対戦系統のジャンルで苛立ちを抑えられないこともあるなと気が付いた。
自室で仮想キーボードを叩くひと時。前時代的な現物のタイピングを不要としたそれを扱うに打鍵音は響かないが、偶に軽快なキーの弾む音が懐かしくなることもある。
「⋯今夜は寝かせん」
誰に対して言うでもなく、独り言として言葉を昇華させモニターに視線を映した。今、私がプレイしているのはエーテルデュエル─────TCGとして銀河でも人気な一作であり、ストーリーモードの他にオンライン対戦を備えた話題作だ。
雑多に手を出し広く浅く遊戯を楽しんでいた私にとってこれほど熱中したゲームはない、そう断言できるもの。お陰で早々に仕事を切り上げ、徹夜まで敢行する始末なのは言うまでもないだろう。
「次のお相手は⋯『Silver Wolf』か。中々に骨がありそうなプレイヤーだ」
マッチングを完了した効果音と同時、画面には無機質な名前が表示されている。名前はSilver Wolf、当ゲームの『最強プレイヤーは誰なんだ?』と題したスレッドで何度も伺ったプレイヤーであることは記憶していた。
曰く、相当な凄腕。かと思えば、その中身は何度も重ねた対戦回数によって蓄積された九割の勝率がプレイヤースキルを支えているらしい。
TCGは運要素も絡んでくる性質だ。カードの編成次第では難なく勝利することもある反面、引きが悪いとすぐに劣勢に陥る。ベテランプレイヤーでも勝率七割を越えるかどうか、そんな世界なのだ。
「まぁ⋯何にせよ、やる事は変わらないか」
私は普段から愛用するエナジードリンクを手に取り飲み干すと、そのままマッチへと移行する。
結果は関係ない。己が全力をもって相手を叩き潰してこそやり甲斐がある。一般的に白熱した試合ほど心を昂らせるものとはいえ、少なくとも私は性格の悪い完封勝利で高揚感を得るタイプだった。
「よろしくお願いします⋯と。チャットくらいは打たないと」
挨拶に礼儀正しくチャットを打ち込み、やがて私はゲームへと没頭する。なお、この後に何度も対戦を重ねて互いの負けず嫌いを全面に押し出すのは間もなくのことだった。
─────────
惑星ピアポイント。スターピースカンパニーの本部があることで知られる惑星は、まさに熾烈な序列争いが日常化した戦場である。
部門によっての対立関係、職級での待遇差、上司に恵まれない云々────挙げればキリがない程に渦巻く社畜たちの戦いは繰り広げられ、そんな渦中に私も巻き込まれているのは言うまでもない。
「⋯結局、あれから徹夜で対戦を続けてしまった」
昨夜から続いた数システム時間の激闘の末、私とSilver Wolfの対戦結果は二十五勝二十五敗。これ以上の対戦でいくら時間を費やすか想像もつかなかった為、キリが良さそうなマッチ数で落ち着いたものの、今夜もまた彼女からゲームに誘われていることを頭の隅に置いておく。
叶うならば部屋に引き篭ってゲームに没頭したい。何なら有給を使って部下に仕事を放り投げ怠惰に生きていたい。誰しもが一度は思う理想の生活とやらを想像で広げていれば、両脚はオフィスの前へと辿り着く。
「全てを琥珀の王に⋯なんてな」
私は自嘲の意味も込めてカンパニーへの背信とも取れる一言を呟けば、自動で開く職場への扉を通過した。
「おはよう、みんな。今日も琥珀の王に全てを捧げるべく、私たちで存護の輪を広げていこうか」
オフィス内にはざっと三十人程度の部下たちがいた。各々が忙しなく業務へ取り組む様子を見渡しつつ常套句でも言い放ってみれば、一斉に皆は立ち上がって礼をする。
始業にはまだ五分も時間が残っているというのに、彼らはなんて勤勉なんだろうか────新人から中堅に至ろうとする部下たちは、もう少し己の身を大切に扱ってほしい。などと言った所で更に気力を奮い立たせるだけなので、敢えて閉口しておくとしよう。
「おはようございます、デュランタ様。本日は十時よりオスワルド様との定例会議、十三時からは─────」
ああ、申し遅れてしまった。私の名前はデュランタ、何処にでもいる普通の社畜とでも思ってほしい。深藍の髪に紅色の瞳が特徴な一般人、数年前からカンパニーに所属している成人男性だ。
私が在籍する部門、市場開拓部の中では職級はそこそこ上の方⋯になるのだろうか。これでも並程度に仕事は出来るものだから、気が付けば部下たちも大勢出来てしまう身分になる。今ではオスワルド様から直々に案件を任されたりもしているし、先日も厄介な一件を解決したばかりだ。
「─────以上が本日のスケジュールです。問題はありませんか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。ただ⋯今日は定時で帰宅しなきゃなんだ」
「⋯珍しいですね」
私は優秀な部下の一人からスケジュールを把握し、微笑みながら感謝を告げる。ただ、定時帰宅を珍しいと言われれば口を噤んでしまうのも致し方ないだろう。
まさか職級P43の人間がゲームに没頭したいので、なんて言えるはずもない。職場で理想の上司を演じてる私にとって、印象を崩す発言は控える必要がある。
「自宅の電気系統が不調なんだ。今日、修理業者に頼んで直してもらおうと思って」
もし私の住まいが社員寮ならばこの言い訳は通用しなかった。しかし、数ヶ月前に購入した一軒家を考えると彼らには確認の取りようがない。
「成程、かしこまりました。では定時までのスケジュールに組み直しますね」
「宜しく頼むよ。ああ、それと⋯仙舟での一件はどうなっているのかな?」
「羅浮での案件ですか?」
「そうそう。スコートくんは金人港で失敗しちゃったみたいだけど、羅浮自体にはまだまだ可能性が秘められてる。一度、彼にも意見を聞きたくてね」
部下を大勢従えるとなると、その責任は全て上司である私に降りかかる。正確にはプロジェクトの責任者である人間が負うべきものだし、カンパニーの人間としては首を切ることも検討していく必要がある。
ただ、私にとって人材とは金に等しい。厳しい採用試験を突破した彼らは少なくとも並の能力は秘めているはずで、もしかすれば何らかの出来事で化けることだってある。実際、私の部下でもそうして才能を開花させた者たちが何人もいるのが証明だ。安易に左遷やら退職なんて有り得ないこと。
言うなれば部下たちの未来に投資している、といって差し支えない。成功すれば莫大な益を生んでくれる大樹を育てることこそ私の育成方針だと言えよう。
まぁ、そのせいかカンパニー内で『 問題のある社員を更生させる市場開拓部の幹部 』として名前が広がっていることには、異論を挟みたいけれど。
「後ほど、彼にもコンタクトを取りましょう」
「頼んだよ。じゃあ、今日もよろしく。過労で倒れない程度には頑張ってね、みんな」
自然さを演出した微笑みで部下に声を掛け、今日も私の仕事は始まりを告げた。
────────
『 ねぇ、早くインしてくれない? 』
そんなチャットが送られてきたのは定時過ぎの事だった。いつも通り職場での繕った上司像で退勤した後、端末にはぶっきらぼうなメッセージが数件。
どれも私を急かす文言ばかりであり、なんだか子供みたいな一文だなと苦笑いを浮かべ自宅へと辿り着いた。
『 すみません、仕事で遅れてしまいました 』
『 やっと来た。待ちくたびれたんだけど 』
『 ご容赦ください。こちらは早々に仕事を切り上げて帰宅したのですから 』
『 へぇ⋯あなた、ちゃんと仕事してたんだ 』
『 無職だと思われていたんですか⋯? 』
『 だって、対戦回数みたら私と同じくらいだったから 』
まさか、出会って一日未満なオンライン上の相手に無職と思われていたのは意外だった。こう、多少は失礼を働くかもしれないと察して言わずに留めおくものではないのか、と思わなくもないが。こうして真っ直ぐに疑問を口に出来るのも顔が見えないオンラインでの特権だろうと己を納得させた。
『 とりあえず準備は整いました。早速、始めますか? 』
『 うん。今日で決着を付けるから覚悟して 』
顔を見ずとも意気揚々としていそうな一文を目にし、私はゲームを起動。昨夜と同じようにフレンド専用のマッチングにて、相手との対戦を再開した。
『 ⋯昨日とは違うデッキ? 』
そこで、何かに気が付いたのかチャットが届いた。どうやら私の性格が悪い所以が早々とバレてしまったらしい。
『 はて、何のことでしょう 』
『 とぼけないで。場に伏せたの、どう考えてもカウンター待ちで罠を発動させる準備でしょ。昨日はなかった 』
『 昨日も⋯ええ、場には何枚か伏せていましたが? 』
『 あれ、そうだっけ?まぁいいや。私が先攻だしちゃっちゃと倒してあげる 』
危なかったと冷や汗が流れる。今、私の使っているデッキは新しく考案していた独自の編成。オズワルド様を含めた定例会議中に考え付いた所謂初見殺しで、相手の言う通りカウンターと罠のダブルコンボでイラつかせながらハメ殺すデッキであった。
上級者のSilver Wolfは攻めの一点集中が多く、その上相手のデッキにあるカードを手数の多さで把握していく巧みなプレイヤー。警戒心を持たれては初撃からのイライラコンボは繋がらないので、すっとぼけることで難を逃れることに成功したのは僥倖と言える。
『 ⋯は?なにこれ。ねえ、なにこれ? 』
途端、相手は困惑した文字を打ち返している。私の望んだ通り、警戒せずに此方へアタックしてくれたようだ。
『 先日実装されたカードですよ。ついでに言えば、攻めっ気のあるプレイヤーを返り討ちにするデッキを用意しました。存分にお楽しみいただければと 』
『 絶対泣かす 』
それっきり、相手はテキストボックスに触れることを止めたのか沈黙が広がった。余程に集中しているのか、チャットすら打つ暇がなく焦っているのか。どちらにせよ、相手はゲームにおいて負けず嫌いを存分に発揮していった。
『 それずるっ!そんなのアリ? 』
『 チート使ってないよね?なんで私が攻撃するタイミングで一気にコンボを繋げてるの? 』
『 ぜっっっったい負けないから 』
などと、白熱したマッチを繰り広げ。気が付くと日付も変わり、私は疲労困憊のまま最後の一戦をタイミング良く終えた。
『 今日はこちらの勝ち越し、ということで 』
『 はぁ?何言ってんの。まだ終わらないし 』
『 仕事を終えた後、休む間もなくあなたと対戦していたんですが 』
『 関係ない。早くやろ 』
私が切り上げんとした直後に連投される再戦申込み。もう眠気が募ってきているし、あちらとて疲労が溜まらないはずが無い。しかしながら、これまで対戦を繰り返してきて理解したのは─────相手側も結構な負けず嫌いであること。
いや、寝かせてほしいんだが⋯?と眼を擦り、判断力が落ちかねない状況に危機感を覚える。
最後の睡眠は一昨日、仕事も徹夜でやり通したのだから睡魔に抗えるはずもない。まぁ、そんなものは私の事情であるから説明する必要がない。相手にとっても知る必要がない情報だ。
『 残念ですが私は睡魔に襲われていますので。悔しさを抱えたまま朝日を拝むとよろしい 』
『 はぁ~??なにそれ、そんなんじゃ気持ちよく寝れないじゃん 』
『 ああ、それと。伝え忘れていましたが⋯明日より暫く業務が立て込みますので 』
『 まさか対戦できないとか言わないよね 』
『 そのまさかですよ。ですから、二週間ほど再戦はお待ちいただくことになるかと 』
仮想キーボードを打つ手が揺らぐ。不味い、眠気が蓄積し過ぎているな。私は暖かな布団を恋しく思い、半ば強引に切り上げる一言を投下した。
『 その間に待ち切れないようであれば私の家に来るなり何でもしてやる気を引き出してください。では、勝利の余韻に酔いしれつつ就寝します 』
ここまで言えば充分だろう。さすがにリアルで突撃してくる真似はしないはずだし、私としてもスパムが如く連投で対戦の催促をされても敵わない。これは真っ当な防御策、自重を促す文面として適している。
ただ⋯仮に自宅訪問が現実となった場合はその行動力を評価して対戦を受けよう。決して起こらない、万が一にも実現しないものだが。
「⋯これで文句ないでしょ。ほら、早く対戦準備して」
「まじかぁー」
翌朝。華奢かつ小柄な銀髪の見知らぬ少女が玄関に立っており、私は数年に一度もない腰が抜けそうになる衝撃を味わっていた。
というか─────家の鍵、どうやって開けたんだよ。
銀狼ちゃんヒロイン増えろ⋯増えろ⋯