ゲームのフレンドがリア凸してきた件について。   作:ふはつう

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同居と言うには居心地が良い話

 

 

 

 

 

 

「⋯夢か」

 

 

 私が最初に感じたのはあまりにも不可解な、現実では起こりえない光景への懐疑的な見解であった。

 

 どうやら私の脳は都合よく、一週間で最も長く時間を共にした少女を夢の舞台に登場させた様子である。息遣いや腹部に伸し掛る生身らしい重さなんて特にリアルっぽさがあるし、それほどまでに銀狼への認識が深いものになっていたのかと思う節もあるが──────少なくとも濃密な時間を過ごしたことは否定しようもない。

 

 

「ほら、早く起きて。それともまだ寝惚けてる?」

 

 

 しかし、いくら真実から目を背けてもいずれは理解せねばならない。私の腹部に跨った少女はあろうことか寝起きな男の頬を摘み、指先で引っ張った。直後に伝うのはヒリついた痛みに伝う体温と、柔らかい指の感触。即ち、ホログラムでは行えない動きばかり。

 

 

「⋯⋯夢、ですよね?」

 

 

 震えた声で私は問いかける。段々と思考が巡るにつれて冷静さを取り戻すと共に、あらゆる可能性が頭を駆けては満ちていく。

 ああ、これはきっと夢だ。そうに違いない。でなければ、カンパニーの市場開拓部幹部たる男の自宅に星核ハンターがリアル突撃するなんて展開が現実になってしまうではないか。もしこの状況が本部にでも知られれば─────査問会でも開かれて徹底追及される未来まで見える。

 

 

「はぁ⋯なら、これでハッキリと分かるでしょ?」

 

 

 彼女は溜息を大袈裟に着いたかと思えば、そのまま上体を私へと倒す。胸板へと届くのはシャツ越しの温もりに加え、微かに漏れる吐息のみ。何とも言葉としては表現し難い、如実に示される証拠が身を以て提示された。否、されてしまった。

 

 

「⋯夢、ではない⋯⋯?」

 

 

 こんな時ほど楽天家になりたいと願う日はない。なまじ慎重さがあるからか様々な予感が脳を埋め尽くし、やがて鎮まる。そのサイクルを何度繰り返したかは覚えていないが、結果として私は──────

 

 

「⋯寝るか」

 

 

 寝ることにした。

 

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

「やっぱりダメだったか⋯」

 

 

 ぺちんと頬を叩かれ、私の二度寝は寸前で阻止されてしまった。

 

 どうか、この瞬間だけは己の現実逃避を止めないでほしい。それと、いつまでも身体に寄り添われては気が気じゃないので離れてもらえれば助かる。精神衛生上的に。

 

 

「分かりました、すぐに起きますから⋯退いていただけると」

 

 

 あくまでも動揺が表に出ないよう務め、ほんの少し顔を持ち上げて彼女を見た。確かに人肌や触感の再現がホログラムでは不可能な以上、身体接触がある種の有効性を証明しているのは理解しよう。

 だが、ここまで密着しなくとも良いのではないか?いや、寝惚け気味だった私にも落ち度はあるだろう。強くは言えない。

 

 

「⋯そ、ならいいや。もうお腹が空いて倒れそうなんだよねー」

 

 

 私の苦悩など知らぬ存ぜぬな姿勢のままに彼女は大人しく身体を起こす。全く悪気はない、そんなことより腹が減ったと主張して。

 なんとまぁ、問題を持ち込んだ当事者にしては呑気なものだ。元より銀狼自身の性格が気ままな可愛らしい暴君であるからして、ハナから謝罪を口にするとは思っていないが。

 

 無論、説明責任を果たしてもらわねば困る。まさか昨日にプレイしていたゲームで眠れなくなったからだとか、そんな単純な理由では無いはずだ。

 

 

「⋯⋯貴女がこの場に現れた訳をお聞かせください。単に怖くて眠れずにいたという子供じみた理由ではないでしょう」

 

「⋯ふん」

 

「銀狼⋯?」

 

「子供じゃないし。これでもお酒は飲めるんだけど?」

 

 

 違う、聞きたいのはそこじゃない。

 

 

「⋯何故、私が述べた理由を否定しないのですか?」

 

「別に⋯」

 

「まさか天下の星核ハンターとあろう方が、たかがゲームで眠れなくなった挙句にカンパニーの社員である私を頼った⋯なんて、そんなことはありませんよね?」

 

「⋯⋯」

 

 

 視線を私から逸らさないでほしい。そんな態度を取られれば、次第に現実味を帯びてくるではないか。

 

 

「⋯露骨に目を逸らさないでください」

 

「だって⋯眠れないの、あなたがいじめたせいでもあるし」

 

「な、私が⋯いじめた⋯?」

 

「それに⋯力になる、って。言質もあるから」

 

「⋯はぁ⋯⋯?」

 

「昨日寝る前に言ってたじゃん。だから頼った、これでいい?⋯分かったら早くご飯作って」

 

 

 矢継ぎ早に言い切った少女は私に一瞥もくれず、逃げるようにして部屋を飛び出した。その顔は何処か恥ずかしさを堪えた様子に見え、頬も薄らと桜色に染まっていた気がする。

 苛めたと表現するには誤解を生みかねないが、総じて否定できないのは痛いところ。とはいえ、力になるとまでは明言した記憶が無い。

 

 就寝前に私が何かを言ったのか。もしくは、軽々しく彼女の力になると豪語したのか?何にせよ、銀狼自身がこの状況で嘘を吐く必要は限りなく低い。

 

 

「私の失言か⋯?」

 

 

 星核ハンターの銀狼は自由奔放な反面、つまらない嘘は吐かない性格であることを私は知っている。なら、現段階の情報で整理するとすれば────たった一つの事実だけが浮かぶのは明白だった。

 

 

「また自分の首を絞めるとは。とんだ間抜けか、私は⋯!」

 

 

 数分、私は己の阿呆な失態を恥じて枕に顔を埋めた。悉く間違った選択をしてしまった自分と、愚かにも異性の女性を招いてしまった行いを悔いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンパニーに入社してからというもの、気兼ねなく友人と呼べる相手は数人程度に留まっている。

 偶に社畜恒例の飲み会なんてものも誘われたりはするが、私のような上司が酒の席に居たところで部下たちは気が休まらない。などと逃げの一手を指し何度か見送った結果、見事に社内では『孤高な人』という地位を確立。

 

 今ではプライベートも寂しく、異性を自宅に招くなんてことは琥珀の王が存護のハンマーを振り下ろす瞬間を目撃するくらいのレア度になっていた。

 

 

「銀狼、私は思うのですよ。⋯それほどまでに私は接しにくい相手なのかと」

 

 

 一人用にしては広すぎるリビング。黒革のソファには我が家感覚で横になる少女が端末を片手にごろごろしており、さながら私は居候を世話している気分になる。

 せめて愚痴くらいは聞いてもらいたい。銀狼が自宅に現れた理由については──────もはや思考停止して疑問を棚上げし、考えないようにしているからだが。

 

 突然降ってきた天災に『何故?』と聞くほど無意味に等しい。それはこういう問題なのだ。

 

 

「考えすぎでしょ。私は話がしにくいとか⋯そんなの思ったことないけど」

 

 

 少なくともカンパニーなんて大きな箱に縛られない私は話がしやすい、そう考えて良いのかもしれない。あくまで彼女の視点からではあるものの、客観的な事実は無視し難い説得力を備えている。

 

 尤も、その評価を下した相手が彼女のみであることが問題だろう。

 

 

「ひとまず空腹のままでは何も始まらないでしょう。簡単に作ったものですが⋯」

 

 

 独身男性の手料理が合うかは不安ではある。が、不味いとはならないはずだ。私はソファ前に置かれた長方形のテーブルへと卵がふわりと乗ったオムライスの皿を配膳し、冷たい紅茶を淹れたカップを傍に置く。

 

 

「美味しそ⋯もしかして、料理好き?」

 

「一人暮らしですから。以前はデリバリーばかりに頼っていましたが、食生活のバランスを考えて自炊に挑戦してみたのですよ」

 

 

 カンパニーにいる以上、長期案件に取り掛かれば家に帰ることもない。食材を買っても無駄にしてしまう懸念から自炊はしていなかったものの、職級がP43に上がった辺りから部下たちに任せられる案件が増えてきた。となれば、自ずと我が家に帰宅する回数も増えていく。

 今の私はさながら中間管理職。カンパニーの本部で上下の板挟みになっている社畜である一方、手隙なタイミングも比例して増えた。メリット多数、デメリット少々な具合か。

 

 

「ふーん。いいんじゃない?自炊できて損はないだろうし」

 

「食費などを節約し、栄養バランスも考慮できる。自炊は私にとって最適でした」

 

「私は料理できないから素直に尊敬しちゃうね。⋯食べていい?」

 

「どうぞ。冷めないうちに」

 

 

 彼女はオムライスに目が釘付けとなって上体を起こし、スプーンを手に持つ。その様子を眺めながら私も同じくして食事前の準備を整え、調味料はご自由にと間近に置いて向き直る。

 

 

「⋯美味し」

 

 

 ぽつりと零す嬉しい感想に頬が緩んだものの、言葉にすることはない。彼女にしては珍しく無言のまま食べ進めているのは言葉通り美味であった証拠、と思いたいが。

 

 

「⋯⋯このくらいかな」

 

 

 遠慮なく注がれていくケチャップ。気の所為か、少々多めに掛かっているような。常識的な範囲であるから口出しはせずとも、卵の下にあるライスでは不十分だったのだろうか?⋯今後の改善点として留意しておこう。

 

 

「そう急がずとも⋯」

 

「⋯おかわり」

 

「⋯⋯お、おかわり⋯?」

 

「ん。⋯もう食べ終わっちゃった」

 

 

 なんと、食事が始まり数分足らずで完食したらしい。綺麗さっぱり皿の上は空となって次なる栄養を待ち望んでいる。

 もしかして、銀狼は意外と食いしん坊な気質────と言葉にしたら不機嫌にさせてしまうと危惧し、私は敢えて口を噤む。何にせよ、彼女の舌に合ったようで一安心だ。

 

 

「あとは⋯如何程の量をご希望かを伺えれば⋯」

 

「いいよ、そのくらい。自分で盛るから」

 

「⋯では、お願いします。焼き上げた卵は別皿に乗せてありますので」

 

 

 おかわりとなれば盛り付けが待っている。私は空いた皿を持って立ち上がろうとするも、先んじて隣の少女は己の皿を手に持ちキッチンへと赴いた。

 こう、言語化して説明を組み立てるのは些か難儀だが。銀狼から進んで行動するのは意外である。私生活に限定すれば家主たる私へ殆ど頼りっきりになるとばかりに考えていたし、半ば拍子抜けも良いところであった。

 

 

「すぐ食べ終わるから⋯待ってて」

 

「ごゆっくりと。その間、私はのんびりしていますよ」

 

 

 手早く自身の使った皿を流し台へと置き、食事後の満腹な状態でそのままソファに凭れかかるひと時。食後のゆったりとした時間を送る中、耳へと届くのは盛り付けを終えて隣でオムライスを頬張る少女の漏らした生活音のみだった。

 まさか、自宅へ異性を招くなんて人生初の体験が今とは。友人のアベンチュリンくんにでも聞かせれば『 面白いジョークだ 』なんて言われるだろうし、私にとってもそれくらい有り得ないことであるのは自覚している。

 

 

「⋯何故、か」

 

 

 だが、結局のところ彼女が私の元へとやってきた理由がついぞ分からない。一旦は落ち着いた状態だから、そんなことをふと考えてしまう自分がいた。

 気にしないと頭の隅に追いやっても顔を出す。此処はカンパニーの本拠地、惑星ピアポイント。友人という括りで見ても、星核ハンターが易々と訪れるには危険性を孕むことは承知のはずだ。

 

 何のために?────きっと、問いかけてみても期待した回答を得られないことは察している。ただ、関係がどうであれ無視できない要素が一つあるだろう。

 

 

「銀狼。⋯食事を終えたら如何されるおつもりで? 」

 

「んー。食べ終わったらごろごろして、あなたの家にあるお風呂に入るつもり」

 

「その後は⋯?」

 

「ゲームするに決まってるでしょ」

 

「ちなみにご自身の部屋に戻る気は⋯」

 

「ない⋯って言うか、別にいつでも帰れるし。エーテル編集を舐めないでよね」

 

 

 ご覧の通り、暫くは我が家を根城にする腹積もりらしい。というかシャワーまで借りる気だったのか、この娘は。

 私はあくまでも生物学上の雄、男性。対して銀狼は女性であり、総じて世の女性というのは好意もない男の自宅にあるシャワーなど借りはしない。むしろ抵抗感すらあるはずだ。

 

 もしや私の価値観が古臭いものになっていて、現代の女性は独り身の男性だろうと気に留めないのか。あるいは、銀狼だからこその判断か?

 

 

「せめて入浴についてはご自分の⋯」

 

「⋯やだ」

 

「や、やだ⋯?」

 

「だって、一々帰って戻るのって怠いじゃん」

 

 

 独り身の苦しい提案は即座に却下された様子である。まあ、彼女らしいと言えばその通りではあるのだが。

 しかし、ここで引き下がってはいけない。私が安直に善意を口にすれば、必ず彼女はそれら全てを絡め取る。初めは食事に、次は入浴を。既に日常生活の二つが支配下に落ちているのだ。

 

 私の性格上、頼ってきた相手を無視して一人分の食事を作るなんて出来るはずもない。ましてや、頼み事を無視なんてすれば更なる苦悩が降ってくるだろう未来は簡単に想像がつく。

 

 

「⋯はぁ」

 

 

 もし、私が冷徹ならば追い返すことも容易だった。このまま家に帰れと、部屋に入るなと忠告も出来たはず。だが、オムライスを美味しそうに頬張り終えて満腹な様子の少女を見ていると怒りやら呆れやらの感情はとうに霧散し、ただ微笑ましいと思ってしまう私がいた。

 

 頭痛がする。絆されている、とは考えたくもないが。この状況が居心地良く、もっと続けばいい────なんて、頭に過ぎるとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────

 

 

 

 

 

 

 

「⋯上がりましたよ」

 

「おかえりー。使ったタオルはカゴに出しといたけど⋯大丈夫そ?」

 

「ええ。ご配慮に感謝します、銀狼」

 

 

 あれから自由気ままな振る舞いを止められず一時間。渋々なまま入浴を終えて自室へと入れば、自分の部屋だと主張するオーラで寝転がる一人の少女。

 緩く巻かれていた髪は解かれ、本来の長さがシーツへと垂れる。広がるのは銀色の髪に手入れがされた綺麗な束、湯上りからまだ時も経っていない故に頬も上気しているように見えた。

 

 

「⋯ゲームしたいけど⋯すっごく眠たくなってる」

 

「食事に入浴と睡眠に落ちるには充分なプロセスを経ていますからね。⋯歯磨きは終えましたか?」

 

「とーぜん。ちゃんと磨いたし」

 

 

 大抵、私たちはゲームに没頭する他に時間を費やす理由がない。この後も徹夜上等な時間が繰り広げられるものだとばかり思っていたが、銀狼が目元を擦る様子からして今にも寝落ちてしまいかねない様子が眼に映し出される。

 まあ、無理もないだろう。生身の身体なんてものは不自由で、満腹になれば眠気を感じる。入浴が終われば心地好さのあまりに寝具へ足が向いてしまうし、抗えない睡眠欲が私にも襲ってきている現状だ。

 

 

「眠気があるならば⋯そのベッドを。念の為にシーツは取り替えておきましたので」

 

「別に⋯変えなくてよかったのに」

 

「私の匂いに包まれて眠ることは避けたいでしょう?⋯それに、今更帰ってくださいと懇願しても⋯ええ、十中八九聞き入れられないのは分かりきっていますから」

 

 

 今更帰ってと言おうが徒労に終わる。であれば、もう流れに身を任せる他ないのは道理であろう。

 

 

「このベッド、すっごい広いね。⋯二人でもじゅーぶんすぎ」

 

「気兼ねなくそちらは使ってください。ダブルベッドですし、身体を大の字にしてもスペースは余るほどです」

 

 

 銀狼にベッドを勧めるのは初めから決めていたこと。女性を床やソファで眠らせるなど、私自身はそこまで異性への接し方に無知な男ではない。

 

 

「⋯そっちはどこで寝るの?」

 

「私は⋯リビングのソファで。眠るだけなら問題ありません」

 

 

 引っ越しで意気揚々と購入した一人には広すぎる寝具。ダブルベッドであれば銀狼も心置き無く眠れるだろうし、この提案に於ける不満はないはず。

 

 少なくともソファで眠るよりは遥かに快適だろう。

 

 

「ゲームはまた起床後にでも。最後に、眠りにつく際は照明のスイッチを消して⋯それから⋯」

 

 

 最後に、と付け加えた言葉を残し踵を返すのはある種の逃げであった。きっと、私はこの先に告げられる言葉が何であるかを予知している。

 聞いてしまっても良いのか?そのように浮かれきった身体が煩悩を働かせ─────その直後、私の手先へと細い指が巻き付く仕草が視界を占拠していた。それもか弱い力で摘まれる程度の柔らかい力加減、らしくない引き留め方が意識を釘付けにしている。

 

 

「⋯銀狼?」

 

 

 振り向いてみれば、きゅっと唇を結んでいた。そんな様子は今まで見たことがないし、紅潮した頬が何かを含んでいる気がして仕方がない。立ち上がって私の傍へと駆け寄り、制止させる。

 

 少女の手がとても熱い。いや、私も同様に熱が篭っているか。

 

 

「⋯別に、いいじゃん」

 

「いい、とは?」

 

 

 ぽつぽつ、と。雨雫が落ちるような小さな声量が耳元へと届く。

 

 

「だか、ら⋯一緒に寝ても、いいでしょ」

 

「ですが⋯仮にも私は男で、貴女は女性だ。同じベッドで眠りにつくのは⋯」

 

「私がいいって言ってる。⋯それとも、嫌⋯なの?」

 

 

 私の常識は正しいと信じたい。男女がベッドを共有し、剰え共に眠るなど起こってはならない事だ。恋人ならまだしも、私たちを表現するに相応しい友人なんて関係なら特に。

 

 

「嫌、と言いますか⋯その」

 

 

 ゲームの対戦相手だった関係からフレンドに、やがて友人と至って今では毎日共に過ごしている。その中でごく自然と繰り出される仕草やら言動に私の心拍が上がった回数なんて優に両手の指を超えているし、同時にそれは一人の女性として銀狼を捉えている証左に等しいのは否定しない。

 

 魅せられている。どうしようもなく、私は一人の少女に視線が向く。共にゲームをプレイした際に溢れる笑み、食事を美味しそうに口へ運ぶ所作。明らかに胸の内へ宿る何かが私の思考を妨げ、冷静さを欠く原因となっている。

 

 

「たとえ友人であろうと⋯まあ、線引きをせねばなりませんので」

 

 

 誠実さを損なう真似はできない。真摯な目線のまま、私は遠回しな言葉で意図を理解させようとした。

 

 

「⋯深く考えすぎ。だからフレンドができないんじゃないの?」

 

 

 それを分かった上で銀狼は堂々と言い切る。深く考えすぎ、と。最早感情や常識どうこう以前の、私が危惧している全てが─────文字通りに全てが余計な心配だと逆に理解させられ、つい彼女らしい言動に笑みが漏れた。

 

 

「すみません、仕事柄か深く考え込む癖があるのです。お許しを、銀狼」

 

 

 なんてらしくないんだと己を恥じた。そも、普遍的な常識など私たちの中にあって無いようなものじゃないか。男女が同じベッドに眠る、他者ならともかく私と銀狼の仲でそれだけの行為に無駄な詮索をしかけるなど。

 

 

「ほら、早く寝よ。もう欠伸が止まんないから」

 

「お待たせして申し訳ありません。⋯眠りましょうか、銀狼」

 

「⋯ん」

 

 

 私たちの一日は終わる。背中を押しながら彼女を先んじてベッドへと招き、続けて寝転がり。仰向けとなって布団を被れば入眠の準備も万全だ。

 

 

「⋯銀狼」

 

「⋯⋯なに」

 

「腕に抱き着かれるのは予想外と言いますか⋯暑くありませんか?」

 

 

 しかし、いざ眠ろうとすれば片腕ががっちりホールドされ抱きつかれる。どう考えても密着していては暑いだろうに、態々身を寄せ合うのは理由があるのか。ただ近くにいたい、抱きつきたいとは思っていないだろうし。

 

 

「⋯私はこれが一番眠りやすいから。別に問題ないでしょ?」

 

「問題ないと言えば嘘になりますし、あると言っても嘘になる⋯」

 

「じゃあ大丈夫だね。おやすみー」

 

 

 返答も聞かず銀狼は無言となった。このまま腕を離すにも気が引けてしまう以上、仕方なく腕は貸し出そう。現状心配なことは目覚めた後に片腕が痺れていないかだけだ。

 

 

「おやすみなさい、銀狼。⋯良い夢を」

 

 

 互いにおやすみと告げ、私の肩先に頭を寄せた少女。その耳元がほんの少し朱色へ染まっていたのは────見間違いなんだろうか。ついぞ疑問に答えてくれる相手は言葉もなく、私も隣の温かな存在を確かに味わって睡魔に身体を預けることにした。

 

 

「⋯絶対、逃げないでよね」

 

 

 ─────微かに何か聞こえた。意識が落ちる最後、切なく肌を撫でるようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







あけましておめでとうございます。着物モードの銀狼ちゃん⋯どこ⋯?


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