呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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こーゆーの見たいと思ってたのに見つからないので書きました。


廃ビル編
第一話:生誕


 

 

 ――最初に感じたのは、"臭い"だった。

 

 腐った肉に、湿った土と、鉄錆を混ぜたような、喉の奥に絡みつく不快な悪臭。目を開けようとした瞬間、その臭いが“嗅覚”ではなく、全身にまとわりついていることに気づき、思わず身をよじった。

 

「……な、なんだこれ……?」

 

 声を出そうとして、言葉にならない羽音のような振動しか発せられないことに気づく。驚いてさらに動こうとすると、視界がぶれる。いや、違う。視界が複数ある。

 

 上下左右、斜め――あらゆる方向から、割れたガラスのような映像が一斉に流れ込んでくる。

 

「……は?」

 

 理解が追いつかないまま、視界の端に映った“自分”らしきものを、反射する水たまり越しに見た瞬間。

 

 ――思考が、完全に停止した。

 

 そこに映っていたのは、人間ではなかった。

 

 黒く濁った複眼。ぶよぶよとした肉塊のような頭部。歪に生えた脚と、背中で不快な音を立てて震える半透明の羽。形容するなら、巨大な蝿と人型の中間。だが、どちらにもなりきれない、失敗作のような存在。

 

「……嘘だろ……」

 

 心の中でそう呟いた瞬間、理解が遅れてやってきた。

 

 ――呪霊だ。

 

 それも、最下級。

 人間の恐怖や嫌悪が形を持った末端中の末端。

 

「……蝿頭(ようとう)……」

 

 どこからか、知識が流れ込んでくる。

 特級でも一級でもない。呪術師にとっては“数合わせ”にもならない雑魚。術式どころか、まともな知能すら持たないとされる存在。

 

「……なんで、よりによって……」

 

 思い出す。

 直前まで、確かに自分は人間だった。

 

 夜遅く、スマホで漫画を読みながら、呪術廻戦の最新話に一喜一憂して――

 気づいたら、ここだ。

 

「転生……? いや、ふざけんな……」

 

 もしこれが異世界転生なら、剣と魔法とか、チート能力とか、そういうのじゃないのか。

 なんで最初から討伐対象なんだ。

 

 愚痴を言っても、世界は何も答えない。

 周囲を見渡すと、ここは廃ビルの地下らしかった。コンクリートの壁はひび割れ、天井からは水が滴っている。人間の気配はないが、嫌な気配がそこかしこに漂っている。

 

 ――呪霊の気配だ。

 

 理解した瞬間、背筋に走る本能的な恐怖。

 捕食者に囲まれた、小動物のそれ。

 

「やばい……ここ、やばい……」

 

 蝿頭の身体は、思った以上に脆弱だった。脚は細く、力を入れるだけで千切れそうだ。羽音を立てると、自分の存在を周囲に知らせることになる。

 

 逃げなきゃ。

 そう思った瞬間、壁の影から別の蝿頭が現れた。

 

 ……同じだ。

 同じ醜悪な姿。だが、その複眼は、確かにこちらを“見て”いる。

 

 次の瞬間、理解が流れ込んだ。

 

 ――餌だ

 

 自分が、あいつの。

 そして同時に、あいつも、自分の。

 

 恐怖が頂点に達するより早く、身体が勝手に動いた。

 腹の奥から、黒い衝動が湧き上がる。

 

 ――食え。

 ――生き残れ。

 ――喰らえ。

 

「……く、くそっ……!」

 

 理性が悲鳴を上げる前に、脚が地面を蹴った。

 ぶつかる。粘ついた肉と肉が絡み合い、羽音が激しく響く。

 

 抵抗らしい抵抗はなかった。

 相手も同じ最下級。力任せに押し倒し、口――いや、口器を突き立てる。

 

 ――不快感。

 ――快感。

 

 腐臭と共に、黒い何かが体内に流れ込んでくる。

 嫌悪と同時に、確かな充足感。

 

 数秒後、そこに残っていたのは、消えかけた残穢だけだった。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 息をしている感覚はない。だが、確かに“満たされた”。

 

 その瞬間、世界がわずかに鮮明になった。

 複眼のノイズが減り、身体の輪郭がはっきりする。

 

「……え?」

 

 理解する。

 

 ――食えば、強くなる。

 

 呪霊は、人間の負の感情から生まれ、

 呪霊は、呪霊を喰らって成長する。

 

 原作知識が、ここで役に立つとは思わなかった。

 

「……最初は蝿頭でも……」

 

 壁に映る自分の姿は、確かにまだ醜い。

 だが、さっきより、ほんのわずかに“存在感”が増している。

 

 この世界は、弱者に容赦がない。

 だが同時に、()()だ。

 

 喰えばいい。

 生き残りたければ、上へ行けばいい。

 

 脳裏に浮かんだのは、強者たちの顔だった。

 五条悟。宿儺。特級呪霊。

 

「……待ってろよ……」

 

 羽音を抑えながら、闇の奥へと進む。

 まだ弱い。まだ最下級。だが――

 

「呪霊王に……おれは、なる」

 

 誰に聞かせるでもない宣言が、地下に溶けていった。

 

 その日、名もなき廃ビルの地下で。

 一匹の蝿頭が、確かな意志を持って蠢き始めた。

 

 

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