呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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できるだけワクワクする展開にしたいですねぇ。


第十話:外の世界

 

 

 廃ビルの階段を上りきったところで、空気が変わった。

 ビルの探索をしていた時は意識していなかったが、明確に違う。

 

 地下の空気は、濡れていた。

 湿気と腐臭と、古いコンクリの粉と、呪力の澱み。

 吸うという感覚すら曖昧でも、身体の内側がそれを“飲み込んでいた”のは分かる。

 

 だが今、目の前にある空気は――乾いている。

 薄い。軽い。雑味が少ない。

 

 それだけで、俺は一瞬足が止まった。

 

 出口は、崩れたシャッターの隙間だった。アルミの歪みの向こうから、白い光が刺してくる。地下の闇では想像できない強さの光。

 俺は黒い靄を薄く纏わせ、慎重にその隙間へ身体を滑り込ませた。

 

 ――眩しい。

 

 目があることを、ここで初めて実感した。

 地下では、暗闇を呪力の濃淡で見ていた。目は補助でしかなかった。

 だが外の光は、呪力の影に頼る隙を与えない。世界を強引に“色”で塗りつぶしてくる。

 

 俺は反射的に腕で顔を庇った。

 

 (……太陽?)

 

 白さの奥に、熱がある。

 皮膚を焼く熱じゃない。温度としての熱。暖かい、と呼べるもの。

 呪霊の身体にとってそれは必須じゃないはずなのに、胸の奥が妙にざわついた。

 

 数秒、慣らしてから腕を下ろす。

 

 

 そこに広がっていたのは――別の世界だった。

 

 

 空がある。

 上に、広い。

 天井がないというだけで、落ち着かない。身体の輪郭が空に溶けていくような錯覚。

 風が吹いている。ビルの隙間を抜け、乾いた匂いを運び、俺の黒い靄をゆらゆらと揺らした。

 

 建物が並んでいる。

 低い家と、少し高いマンション。遠くに見える電柱と電線が、蜘蛛の巣みたいに空を区切っている。道路が伸び、白い線が引かれ、信号が点滅している。

 

 そして――人間。

 

 俺は思わず息を止めた。

 いないと思っていたわけじゃない。だが、地下で感じた“人間の気配の不在”に慣れすぎていた。

 外には普通に人間がいる。歩いている。話している。笑っている。スマホを見ている。自転車に乗っている。車が走り、エンジン音が空気を震わせている。

 

 (……多い)

 

 それだけで、背中の靄が少し濃くなった。

 俺は呪霊だ。人間には見えない。だが、これだけ多ければ"見える"人間もいるかもしれない。

 もし見つかれば騒ぎになる。騒ぎになれば呪術師が来る。呪術師が来れば――

 

 (……殺される)

 

 俺は反射的に、廃ビルの影へ身を寄せた。

 この建物自体は、相変わらず薄汚れていて、窓ガラスは割れ、壁には落書きがある。外から見ても“危ない場所”だと分かる。

 人間は近寄らない。近寄りたくない。

 その感情が、薄い呪いとして空気に漂っている。

 

 (……俺の居場所は、まだこういう場所だ)

 

 だが、視線を外へ向けると、世界は平然と回っている。俺の存在なんて知らない顔で、人間が行き交う。

 その無関心さが、妙に腹立たしい。

 だが同時に、安心感もあった。

 

 (まだ、社会は回っているんだな……)

 

 今が呪術廻戦のどの時期なのか分からないため、最悪、日本が既に滅びている可能性も考慮していた。が、どうやらそうはなっていないようで、ひとまず胸をなで下ろす。

 

 (とにもかくにも、まずは情報収集だな……)

 

 俺は、周囲を観察した。

 

 電柱に貼られた広告。

 コンビニの看板。

 遠くの駅らしき建物。

 そして、道路脇に立つ掲示板。

 

 そこには紙が貼られていた。色あせているが、文字は読める。

 “春の交通安全運動”。

 日付――

 

 2018年4月

 

 俺は、固まった。

 

 (……2018…!?)

 

 呪術廻戦の原作時間軸。

 俺が人間だったころに読んでいた、あの世界の“今”が2018年。

 

 (……やばい)

 

 口から、声が漏れた。

 

 「……マジ、か」

 

 カタコトのはずなのに、今のはかなり繋がった気がした。

 だがそれより、頭の中が一気に騒がしくなる。

 

 (4月ってことは――おそらくまだ序盤だ。渋谷事変、まだ先……いや、でも、近い。あの世界は“近い先”が一番怖い。)

 

 原作を知っているからこそ、焦る。

 呪いの世界は、平穏に見える時ほど危険が近い。

 今はまだ、街が普通に動いている。だが、その普通が一気に壊れる未来がある。俺はそれを知っている。

 

 (死滅回遊……って、いつだ? いや、細かい時期は曖昧だ。でも確実に、世界は壊れる方向に進む。)

 

 しかも、俺は呪霊だ。

 平時ですら狙われる存在が、災厄の渦に巻き込まれたらどうなる?

 

 (……もっと強くならないと。今のままじゃ、運が悪ければ終わる)

 

 焦りが、靄を濃くする。

 俺は深く息を吐くような仕草をして、無理やり呪力を沈めた。

 

 落ち着け。

 焦って動けば、見つかる。

 見つかれば、殺される。

 

 まずは、状況確認だ。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 現在地を知る必要がある。

 

 俺は廃ビルの影から、少しずつ外へ出た。人間の目線を避けるため、壁際を這うように移動する。

 道端の草むらに身を潜めると、草の匂いが鼻に刺さった。青臭い。春の匂いだ。

 どこかに花の匂いも混じっている。桜かもしれない。俺は花の名前を思い出しながら、苦笑した。

 

 (呪霊が春を感じるとか、笑えるな)

 

 だが、笑えない。

 俺は今、外にいる。

 世界の表面に出た。

 

 俺は近くの道路標識を見た。

 漢字が読める。人間の知識が残っている。

 そこには地名が書かれている――だが、具体的にどこかまではまだ分からない。

 もっと情報が必要だ。

 

 遠くの駅らしき建物に、人が流れているのが見える。

 駅名が分かれば、場所が絞れる。

 

 俺は人間に近づきたくない。

 だが、遠くから看板を見るだけならできる。

 

 黒い靄を薄くし、存在感を落とす。

 人間の視線の外側を縫うように移動する。

 人間の視界は意外と狭い。スマホを見ていれば前しか見ないし、急いでいれば周囲に注意を払わない。

 俺はその隙を、狩りの要領で使った。

 

 駅前に近づくほど、呪いの匂いが少し濃くなる。

 人が多いからだ。

 不安、苛立ち、疲労、焦り、嫉妬。小さな負の感情が無数に漂っている。

 

 (……こんだけ人がいたら、そりゃ呪いも出るわ)

 

 俺は人間の感情を“味”として感じ取った。

 だが、どれも薄い。

 影の美味さには到底及ばない。

 

 駅の入り口の上に、看板があった。

 俺は少し距離を取った場所から目を凝らす。

 

 ――読めた。

 

 地名。

 路線。

 そして、周囲の広告に書かれた“東京都”の文字。

 

 (東京……だ)

 

 さらに細かい地名。

 だが、中心部ではない。人の密度、建物の高さ、街の雰囲気。

 ここは都心じゃない。

 いわゆる“郊外”。

 

 (東京の郊外……俺、こんなとこにいたのか)

 

 確かに、廃ビルが放置されるには都合がいい。

 都会のど真ん中なら再開発で潰される。人の目も多い。

 郊外なら、誰も気にしない。怖いから近寄らない。

 呪霊にとっては、隠れやすい。

 

 だが――

 

 それも永遠ではない。

 

 (呪術高専……)

 

 俺は原作知識を思い出す。

 呪霊が発生し続ければ、呪術師は調査に来る。

 特に、同じ場所で下級呪霊が溜まるような“溜まり場”は、いずれ見つかる。

 

 俺がいた廃ビルは、まさにそれだ。

 人の恐怖が溜まり、蝿頭が湧き、俺が支配し、影まで生まれた。

 

 普通の流れなら、あそこはいつか“掃除”される。

 呪術高専か、近くの術師が気づく。

 

 (……時間の問題だったな)

 

 俺は背中の靄をゆらりと揺らした。

 廃ビルを出た判断は正しかった。

 

 あそこに居座っていたら、どれだけ呪霊を喰って強くなっても、呪術師に見つかって終わる可能性が高い。

 しかも、時間軸が2018年。

 これから先、呪術師たちの動きは活発になる。災害の兆候が強まる。

 平時の掃除ですら危険なのに、これからは“異常”が増える。

 

 (隠れてるだけじゃ、生き残れない)

 

 俺は改めて理解した。

 強さが必要だ。

 逃げるためにも、立ち向かうためにも。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 俺は一度、駅から離れた。

 人が多い場所は落ち着かない。

 だが同時に、確かな手応えがあった。

 

 都心に近づけば近づくほど、人は増える。

 人が増えれば、負の感情も増える。

 負の感情が増えれば、呪霊が湧く。

 そして、強い呪いが溜まる場所もある。

 

 (美味いのは、そっちだ)

 

 俺の腹の奥が、じわりと鳴った。

 影を喰ったあの甘さを思い出す。

 あの濃度の呪力を、もう一度味わいたい。

 そして、もっと上を知りたい。

 

 けれど、欲だけで動けば死ぬ。

 都心には呪霊だけじゃなく、呪術師もいる。

 強い呪霊がいるなら、それを狩る強い術師も近くにいる。

 

 (……でも、行く)

 

 俺は決めた。

 

 郊外に留まっても、雑魚しか喰えない。

 雑魚を喰って積み上げることはできる。

 だが時間がかかる。その間に俺の巣は見つかる。

 そして、原作が進む。災害が近づく。

 

 (死滅回遊……あれが来たら、どうなる)

 

 俺は具体的な時期を覚えていない。

 だが、災害が起きることだけは知っている。

 “あの規模”の混乱の中で弱ければ、食われる側になる。

 逃げるにしても、力がいる。

 立ち向かうなら、もっと力がいる。

 

 だから俺は、都内へ向かう。

 

 呪いが濃い場所へ。

 美味い獲物がいる場所へ。

 生き残るために、上へ行くために。

 

 俺は遠くに見える線路の方向を見た。

 電車。

 人間の流れ。

 それに乗れば早い――だが、俺は乗れない。

 呪霊が電車に乗ったら、さすがに目立つ。

 

 (歩くか……夜に動く)

 

 昼の光は眩しい。

 だが、夜になれば影が増える。人の目も減る。

 俺の靄は、闇の中でより自然に溶ける。

 

 俺は道を選んだ。

 人の少ない裏道。

 川沿い。

 木の多い場所。

 街灯の陰。

 

 「……とかい、いく」

 

 口に出すと、決意が固まった。

 カタコトでもいい。

 音になった意志は、もう後戻りを許さない。

 

 俺は、廃ビルのある郊外を背にした。

 

 都会の中心へ。

 呪いが濃い場所へ。

 強い呪霊がいる場所へ。

 

 そして――

 

 これから来る“災害”に備えるために。

 

 黒い靄が、ゆらゆら揺れる。

 春の風が、それを撫でる。

 

 世界は明るい。

 人間は多い。

 2018年の春は、平然と始まっている。

 

 その明るさの下で、俺は静かに歩き出した。

 

 

 




ここまでが第一章みたいな感じかな。
次回、主人公くんシティーボーイになる。
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