呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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オリキャラ考えるの楽しいですね。


【幕間】残穢の巣

 

【呪術高専所属 二級術師 久遠大輔(くおんだいすけ) 視点】

 

──2018年4月5日 13時11分──

 

 俺のスマホが震えたのは、昼飯を適当に流し込んだ直後だった。

 

 コンビニおにぎり二つ。カップの味噌汁一つ。味なんてどうでもいい。腹が埋まればいい。そういう生活を続けて、気づけば三十八歳になっていた。独身で、二級術師で、伸びしろも特にない。伸びしろなんて言葉は若い連中が使うもので、俺の人生にはもう貼り付ける余白がない――と、勝手にそう思っている。

 

 画面に表示された名前を見て、俺は面倒くさそうに息を吐いた。

 

 "窓"。

 

 高専の協力者。呪霊が見えるが術式は持たず、一般人に紛れて生活してる連中。こっちからすると、ありがたい存在のはずなのに、連絡が来るたびに“仕事”が増えるから厄介だ。

 

「もしもし。久遠っすけど」

 

『久遠さん? 今、いけます?』

 

 受話器越しの声は、自分の担当の若い女のものだった。窓らしい、妙に丁寧で慎重な口ぶり。

 個別の補助監督なんぞつかない二級術師にとっては、貴重な飯の種を運んでくる存在だが、どうも俺とはそりが合わなかった。

 

 俺は空を見上げる。春の空は無駄に青い。平和そのもの。こんな日に急ぎの用事なんて、だいたい大したことがない。

 

「いけるっちゃいける。つーか、どうせ俺しか暇なやついねーんでしょ。何? また猫の死体が呪いになってました、とか?」

 

『……それ、冗談のつもりですか?』

 

「冗談に聞こえた? じゃあ違うんだな。で、何よ」

 

 少し間があって、窓が息を整える音がした。

 その“間”が、嫌だった。こういう間を作るやつは、だいたい“軽くない情報”を持っている。

 

『東京の郊外です。廃ビル。残穢が、かなり溜まってます』

 

「残穢? 廃ビルってまた雑だな。場所は」

 

『後で地図送ります。昨日から、急に濃くなりました。……嫌な感じがします』

 

「嫌な感じねぇ」

 

 俺は鼻で笑いながらも、指先でスマホの画面を撫でた。窓が“嫌な感じ”と言うときは、だいたい当たる。術師の肌感覚より、あいつらの直感のほうが役に立つことがある。腹立つ話だ。

 

「ま、行くわ。どうせ二級の俺に投げる案件ってことは、せいぜい準二級未満の溜まり場だろ」

 

『……お願いします。それと久遠さん、ちゃんと帳は――』

 

「はいはい。善処しまーす」

 

 俺は適当に電話を切った。

 

 帳。結界。一般人の目から呪いの現場を隠すためのもの。

 本来なら、現地に着いたら最初に下ろすべき手順だ。

 

 でもまあ、面倒くさい。

 誰も近寄らない廃ビルなら、なおさらだ。

 見られたらヤバい? そりゃそうだけど、見られる確率が低いなら、やる意味も薄い。そういう“計算”を理由に、俺はだいたい手を抜く。

 

 うだつの上がらない二級術師の、うだつの上がらない流儀だ。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 小言と一緒に送られてきた地図に書いてあった場所は、思ったより“普通の場所”だった。

 

 住宅地の外れ。川沿い。駅から少し歩いたところ。

 こんな所に廃ビルがあるのも妙だが、妙だからこそ呪いが溜まる。

 

 俺は現場に着くと、まず周囲を見回した。

 まだ日中。陽は高い。人の気配はある。遠くで子どもが騒いで、車が走って、犬の鳴き声がする。

 ――日常だ。

 

 だが、廃ビルの前だけ空気が違う。

 

 湿っている。

 冷たい。

 コンクリの粉と、鉄錆と、カビの匂い。

 そして、その奥に、呪いの“澱み”。

 

「……残穢、ね」

 

 俺は壁に手を当てた。指先に微かにざらつく感触。そこに呪力の“擦れ”が残っている。

 術師なら分かる。ここは確かに、呪いが蠢いていた場所だ。

 

 ただ――

 

 窓が言ったほど、怖くない。

 俺の肌が感じるのは、せいぜい“下級の溜まり場”の匂いだ。

 

「まあ、こんなもんか」

 

 俺はため息を吐いて、廃ビルの隙間から中へ入った。

 

 ――帳?

 やってない。

 面倒だから。

 

 誰かに見られても「趣味の廃墟探索っす」で誤魔化す。うまくいかなきゃ、その時考える。

 その程度のテンションで、俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 ビルの中は、ひどかった。

 

 落書き。割れたガラス。腐った木材。

 人間の“荒らした痕”がそこら中に残っている。こういう場所は、恐怖と嫌悪が溜まる。溜まれば呪霊が湧く。分かりやすい仕組みだ。

 

 俺は一階をざっと見た。

 

 呪霊はいない。

 いや、正確には“いまは”いない。

 

 残穢だけが残っている。薄い。散っている。下級呪霊が出入りした痕跡。

 大したことない。

 

 俺は階段を探し、地下へ降りることにした。

 窓が言っていたように“残穢が溜まってる”なら、地下だ。日光が届かない場所に呪いは溜まる。

 

 階段は錆びていて、踏むたびに軋んだ。

 空気が冷たくなる。

 湿気が増える。

 

 地下へ降りた瞬間、鼻の奥がむず痒くなった。

 

「……蝿頭、系か?」

 

 下級呪霊の匂い。

 人間の嫌悪が形になった典型。

 だが今は姿がない。代わりに、壁に残る擦れ、床の黒ずみ、天井の隅にこびりついた呪力の痕。

 

 俺は歩きながら、壁を撫でる。

 残穢の層は薄いが、広い。

 数が多かった。

 

 「溜まり場」だったのは間違いない。

 

 地下二階へ降りると、空気がさらに変わった。

 

 ここで、俺の足が止まった。

 

「……ん?」

 

 壁の一部が、()()()()()

 

 ただ崩れたんじゃない。

 コンクリが、まるで酸で削られたみたいに凹んでいる。

 鉄骨が露出し、黒く焦げたような痕がある。

 

 俺は眉をひそめた。

 

 こういう痕は、普通の下級呪霊じゃ作れない。

 呪術師による破壊痕とも違う。

 爆発でも火でもない。

 

 ――“溶けた”痕だ。

 

 しかも、あちこちにある。

 点だけでなく、線も、広がりもある。

 床にも、柱にも、壁にも、粘ついた黒い筋が残っている。

 

「……やな予感するな」

 

 俺は舌打ちしそうになった。

 

 面倒くさい案件は嫌いだ。

 だが、面倒くさい案件ほど、放置すると後がもっと面倒になる。

 二級術師の俺にこれが回ってくる時点で“そこまでの危険”ではないはずだが――現場は時々、連絡より重い。

 

 俺は腐食痕に触れないように距離を取って進んだ。

 残穢の匂いに混じって、妙な“刺”がある。

 粘ついた、湿った、皮膚の内側を削るような感覚。

 

 (術式じゃない……?)

 

 いや、術式の可能性はある。だが、術式なら“パターン”が出る。

 これはもっと、雑で、生々しい。

 

 呪力そのものが腐食しているような――

 

「……呪力特性か」

 

 俺は呟いた。

 

 呪霊や術師の中には、呪力そのものに性質が宿る個体(ヤツ)がいる。燃える、凍る、重い、刺さる。

 術式とは別に、存在するだけで環境に影響を与えるタイプ。

 

 この腐食痕は、まさにそれだ。

 

 つまり、ここには――

 

 腐食の性質を持つ呪霊がいた

 

 (()()、って言い切れるのが嫌だな)

 

 “いる”じゃない。

 既に祓われた残穢がある。

 

 俺は地下二階を慎重に回った。

 

 蝿頭の痕跡は多い。

 でも強い個体の気配は――ない。

 おそらくここで最強だった、腐食の主は既に祓われている。

 

 矛盾。

 

 俺は、背中の汗を感じた。

 春のはずなのに、地下は冷たい。

 冷たいのに、嫌な汗が出る。

 

「……地下三階、か」

 

 俺はスロープを見つけた。

 さらに下へ。

 空気が、より濃くなる。

 

 ここまで来て、初めて“帳を下ろしてない”ことが頭をよぎった。

 だがもう遅い。

 今さら下ろすのも面倒だし、何より――このビルには誰も入ってこないだろう、という都合のいい思考がまだ残っている。

 

 でも、足は少しだけ慎重になった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 地下三階に降りた瞬間、俺は――息を止めた。

 

 空気が、重い。

 

 湿気でも、カビでもない。

 呪力の圧だ。

 

 残穢が、溜まっている。

 しかも、異様な量で。

 

 視界の端が、わずかに歪む。

 ここだけ“現実”の密度が違う。

 俺の呪力が、勝手に反応して皮膚のすぐ外側で固まる。

 

「……は?」

 

 間抜けな声が漏れた。

 

 地下三階は、広間になっていた。崩れた柱がいくつもあり、梁がむき出しで、影が深い。

 その空間全体が、残穢で満ちている。

 

 呪霊の死骸は残らない。

 呪霊は呪力の塊だから、祓われれば霧散する。

 

 残るのは、残穢。

 呪力の余韻。

 死の痕跡。

 

 つまり――ここには、大量の呪霊が祓われた痕がある。

 

 しかも、最近。

 新しい。

 昨日か、一昨日か、せいぜい数日前。

 

 俺は広間の中心に立ち、ゆっくりと周囲を見回した。

 残穢の層が厚い。

 床の近くに溜まり、柱の陰に集まり、天井の梁に絡みつくように浮いている。

 

 (……これ、誰が祓った)

 

 呪術師が来た形跡はない。

 帳もない。

 戦闘の痕も、“術式の痕跡”としては薄い。

 

 代わりにあるのは――

 

 喰われたような痕

 

 残穢が、均一に散っていない。

 中心に向かって“吸われた”ような流れがある。

 まるで、この広間で、何かが何かを大量に喰って、そして消えたような――

 

 俺は喉が乾いた。

 

「……冗談だろ」

 

 言葉にしても、現実が追いつかない。

 

 地下二階には腐食痕。

 腐食の性質を持つ呪霊がいた。

 だが既に祓われている。

 

 地下三階には大量の残穢。

 多くの呪霊が祓われた痕。

 でも、術師の痕はない。

 

 矛盾が、一本の線で繋がる。

 

 (……呪霊が、呪霊を喰った)

 

 それも、一匹の“支配者”が。

 下級呪霊を喰い、群れを喰い、腐食の性質を持つ存在すら喰って――

 そして、ここを出ていった。

 

 俺は背中が冷えるのを感じた。

 

 二級術師の俺が、今ここで遭遇していたらどうなっていた?

 腐食の呪力特性を持つ特殊個体を食える奴が、さらに成長していたら?

 

 答えは簡単だ。

 

 (……俺、死んでたかもな)

 

 不真面目で、めんどくさがりで、帳も下ろさないで来た俺が、ここで“それ”と鉢合わせていたら、洒落にならない。

 ろくな準備もない今の俺の手札じゃ、足りない可能性が高い。

 

 俺は、広間の隅に残る腐食痕を見つけた。

 地下二階ほど多くはないが、確かにある。

 ここにも“腐食”が来ている。

 そして残穢の流れの中心は、そこへ向かっているように見える。

 

「……ここで、何が起きたんだよ」

 

 口の中が苦い。

 怖い。

 でも、もっと厄介なのは――好奇心だった。

 

 術師は、怖いものを見ると同時に“確認したい”と思ってしまう。

 それが職業病だ。

 だから俺は、逃げる前にもう一度だけ、空間を舐めるように見た。

 

 ここで何かが生まれた。

 生まれた瞬間から喰って喰って喰い続けて、上へ行った。

 そして今、おそらく"それ"は外にいる。

 

 

 最悪の予感が、背中を撫でた。

 

 俺は、ようやく深く息を吐いた。

 

「……報告、しねぇと」

 

 呟いた声が、地下の残穢に吸われて消える。

 

 俺は今の今まで、どうせ大したことないと思っていた。

 テキトーに見て、テキトーに祓って、終わり。

 そういう任務だと決めつけていた。

 

 でも、違った。

 

 ここは“空っぽ”じゃない。

 空っぽにされたんだ。

 そして、その“空っぽ”が異常だ。

 

 俺は踵を返し、階段へ向かった。

 足取りが、さっきより重い。

 

 帳を下ろしてないことが、今になって怖くなってきた。

 もし誰かが入ってきたら?

 もし“それ”が戻ってきたら?

 

 考えたくない。

 

 俺は早足になった。

 地下二階を抜け、地上へ続く冷たい階段を上がり、廃ビルの一階へ戻る。

 外の光が差し込んだ瞬間、現実が戻った気がした。

 

 春の風。

 車の音。

 人の声。

 

 この日常の上に、今しがた見た“異常”が重なっていることが、気持ち悪い。

 

 俺はスマホを取り出し、連絡先を開いた。

 

 呪術高専。

 担当の窓。

 報告用の連絡先。

 

 指先が、少しだけ震えた。

 

 めんどくさい。

 本当にめんどくさい。

 

 でも、ここで投げたら、もっと面倒になる。

 

 俺は画面を見つめながら、歯を食いしばった。

 

「……俺の仕事、増えたな」

 

 独り言が、春の風に溶けていく。

 

 それでも、俺は通話ボタンを押す決意を固めた。

 

 この廃ビルで何が生まれたのか。

 この廃ビルを"こう"した呪霊が、どこへ消えたのか。

 そして、今どこにいるのか。

 

 ――報告しなければならない。

 

 俺は、そう決めた。

 

 

 




腐っても久遠さんは二級術師なので、主人公くんとタイマンしたら高確率で勝てます(無傷とはいってない)。

窓ちゃんと久遠さんのバディはまたどこかで出したいな。
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