オリキャラ考えるの楽しいですね。
【呪術高専所属 二級術師
──2018年4月5日 13時11分──
俺のスマホが震えたのは、昼飯を適当に流し込んだ直後だった。
コンビニおにぎり二つ。カップの味噌汁一つ。味なんてどうでもいい。腹が埋まればいい。そういう生活を続けて、気づけば三十八歳になっていた。独身で、二級術師で、伸びしろも特にない。伸びしろなんて言葉は若い連中が使うもので、俺の人生にはもう貼り付ける余白がない――と、勝手にそう思っている。
画面に表示された名前を見て、俺は面倒くさそうに息を吐いた。
"窓"。
高専の協力者。呪霊が見えるが術式は持たず、一般人に紛れて生活してる連中。こっちからすると、ありがたい存在のはずなのに、連絡が来るたびに“仕事”が増えるから厄介だ。
「もしもし。久遠っすけど」
『久遠さん? 今、いけます?』
受話器越しの声は、自分の担当の若い女のものだった。窓らしい、妙に丁寧で慎重な口ぶり。
個別の補助監督なんぞつかない二級術師にとっては、貴重な飯の種を運んでくる存在だが、どうも俺とはそりが合わなかった。
俺は空を見上げる。春の空は無駄に青い。平和そのもの。こんな日に急ぎの用事なんて、だいたい大したことがない。
「いけるっちゃいける。つーか、どうせ俺しか暇なやついねーんでしょ。何? また猫の死体が呪いになってました、とか?」
『……それ、冗談のつもりですか?』
「冗談に聞こえた? じゃあ違うんだな。で、何よ」
少し間があって、窓が息を整える音がした。
その“間”が、嫌だった。こういう間を作るやつは、だいたい“軽くない情報”を持っている。
『東京の郊外です。廃ビル。残穢が、かなり溜まってます』
「残穢? 廃ビルってまた雑だな。場所は」
『後で地図送ります。昨日から、急に濃くなりました。……嫌な感じがします』
「嫌な感じねぇ」
俺は鼻で笑いながらも、指先でスマホの画面を撫でた。窓が“嫌な感じ”と言うときは、だいたい当たる。術師の肌感覚より、あいつらの直感のほうが役に立つことがある。腹立つ話だ。
「ま、行くわ。どうせ二級の俺に投げる案件ってことは、せいぜい準二級未満の溜まり場だろ」
『……お願いします。それと久遠さん、ちゃんと帳は――』
「はいはい。善処しまーす」
俺は適当に電話を切った。
帳。結界。一般人の目から呪いの現場を隠すためのもの。
本来なら、現地に着いたら最初に下ろすべき手順だ。
でもまあ、面倒くさい。
誰も近寄らない廃ビルなら、なおさらだ。
見られたらヤバい? そりゃそうだけど、見られる確率が低いなら、やる意味も薄い。そういう“計算”を理由に、俺はだいたい手を抜く。
うだつの上がらない二級術師の、うだつの上がらない流儀だ。
§
小言と一緒に送られてきた地図に書いてあった場所は、思ったより“普通の場所”だった。
住宅地の外れ。川沿い。駅から少し歩いたところ。
こんな所に廃ビルがあるのも妙だが、妙だからこそ呪いが溜まる。
俺は現場に着くと、まず周囲を見回した。
まだ日中。陽は高い。人の気配はある。遠くで子どもが騒いで、車が走って、犬の鳴き声がする。
――日常だ。
だが、廃ビルの前だけ空気が違う。
湿っている。
冷たい。
コンクリの粉と、鉄錆と、カビの匂い。
そして、その奥に、呪いの“澱み”。
「……残穢、ね」
俺は壁に手を当てた。指先に微かにざらつく感触。そこに呪力の“擦れ”が残っている。
術師なら分かる。ここは確かに、呪いが蠢いていた場所だ。
ただ――
窓が言ったほど、怖くない。
俺の肌が感じるのは、せいぜい“下級の溜まり場”の匂いだ。
「まあ、こんなもんか」
俺はため息を吐いて、廃ビルの隙間から中へ入った。
――帳?
やってない。
面倒だから。
誰かに見られても「趣味の廃墟探索っす」で誤魔化す。うまくいかなきゃ、その時考える。
その程度のテンションで、俺は歩き出した。
§
ビルの中は、ひどかった。
落書き。割れたガラス。腐った木材。
人間の“荒らした痕”がそこら中に残っている。こういう場所は、恐怖と嫌悪が溜まる。溜まれば呪霊が湧く。分かりやすい仕組みだ。
俺は一階をざっと見た。
呪霊はいない。
いや、正確には“いまは”いない。
残穢だけが残っている。薄い。散っている。下級呪霊が出入りした痕跡。
大したことない。
俺は階段を探し、地下へ降りることにした。
窓が言っていたように“残穢が溜まってる”なら、地下だ。日光が届かない場所に呪いは溜まる。
階段は錆びていて、踏むたびに軋んだ。
空気が冷たくなる。
湿気が増える。
地下へ降りた瞬間、鼻の奥がむず痒くなった。
「……蝿頭、系か?」
下級呪霊の匂い。
人間の嫌悪が形になった典型。
だが今は姿がない。代わりに、壁に残る擦れ、床の黒ずみ、天井の隅にこびりついた呪力の痕。
俺は歩きながら、壁を撫でる。
残穢の層は薄いが、広い。
数が多かった。
「溜まり場」だったのは間違いない。
地下二階へ降りると、空気がさらに変わった。
ここで、俺の足が止まった。
「……ん?」
壁の一部が、
ただ崩れたんじゃない。
コンクリが、まるで酸で削られたみたいに凹んでいる。
鉄骨が露出し、黒く焦げたような痕がある。
俺は眉をひそめた。
こういう痕は、普通の下級呪霊じゃ作れない。
呪術師による破壊痕とも違う。
爆発でも火でもない。
――“溶けた”痕だ。
しかも、あちこちにある。
点だけでなく、線も、広がりもある。
床にも、柱にも、壁にも、粘ついた黒い筋が残っている。
「……やな予感するな」
俺は舌打ちしそうになった。
面倒くさい案件は嫌いだ。
だが、面倒くさい案件ほど、放置すると後がもっと面倒になる。
二級術師の俺にこれが回ってくる時点で“そこまでの危険”ではないはずだが――現場は時々、連絡より重い。
俺は腐食痕に触れないように距離を取って進んだ。
残穢の匂いに混じって、妙な“刺”がある。
粘ついた、湿った、皮膚の内側を削るような感覚。
(術式じゃない……?)
いや、術式の可能性はある。だが、術式なら“パターン”が出る。
これはもっと、雑で、生々しい。
呪力そのものが腐食しているような――
「……呪力特性か」
俺は呟いた。
呪霊や術師の中には、呪力そのものに性質が宿る
術式とは別に、存在するだけで環境に影響を与えるタイプ。
この腐食痕は、まさにそれだ。
つまり、ここには――
腐食の性質を持つ呪霊がいた。
(
“いる”じゃない。
既に祓われた残穢がある。
俺は地下二階を慎重に回った。
蝿頭の痕跡は多い。
でも強い個体の気配は――ない。
おそらくここで最強だった、腐食の主は既に祓われている。
矛盾。
俺は、背中の汗を感じた。
春のはずなのに、地下は冷たい。
冷たいのに、嫌な汗が出る。
「……地下三階、か」
俺はスロープを見つけた。
さらに下へ。
空気が、より濃くなる。
ここまで来て、初めて“帳を下ろしてない”ことが頭をよぎった。
だがもう遅い。
今さら下ろすのも面倒だし、何より――このビルには誰も入ってこないだろう、という都合のいい思考がまだ残っている。
でも、足は少しだけ慎重になった。
§
地下三階に降りた瞬間、俺は――息を止めた。
空気が、重い。
湿気でも、カビでもない。
呪力の圧だ。
残穢が、溜まっている。
しかも、異様な量で。
視界の端が、わずかに歪む。
ここだけ“現実”の密度が違う。
俺の呪力が、勝手に反応して皮膚のすぐ外側で固まる。
「……は?」
間抜けな声が漏れた。
地下三階は、広間になっていた。崩れた柱がいくつもあり、梁がむき出しで、影が深い。
その空間全体が、残穢で満ちている。
呪霊の死骸は残らない。
呪霊は呪力の塊だから、祓われれば霧散する。
残るのは、残穢。
呪力の余韻。
死の痕跡。
つまり――ここには、大量の呪霊が祓われた痕がある。
しかも、最近。
新しい。
昨日か、一昨日か、せいぜい数日前。
俺は広間の中心に立ち、ゆっくりと周囲を見回した。
残穢の層が厚い。
床の近くに溜まり、柱の陰に集まり、天井の梁に絡みつくように浮いている。
(……これ、誰が祓った)
呪術師が来た形跡はない。
帳もない。
戦闘の痕も、“術式の痕跡”としては薄い。
代わりにあるのは――
喰われたような痕。
残穢が、均一に散っていない。
中心に向かって“吸われた”ような流れがある。
まるで、この広間で、何かが何かを大量に喰って、そして消えたような――
俺は喉が乾いた。
「……冗談だろ」
言葉にしても、現実が追いつかない。
地下二階には腐食痕。
腐食の性質を持つ呪霊がいた。
だが既に祓われている。
地下三階には大量の残穢。
多くの呪霊が祓われた痕。
でも、術師の痕はない。
矛盾が、一本の線で繋がる。
(……呪霊が、呪霊を喰った)
それも、一匹の“支配者”が。
下級呪霊を喰い、群れを喰い、腐食の性質を持つ存在すら喰って――
そして、ここを出ていった。
俺は背中が冷えるのを感じた。
二級術師の俺が、今ここで遭遇していたらどうなっていた?
腐食の呪力特性を持つ特殊個体を食える奴が、さらに成長していたら?
答えは簡単だ。
(……俺、死んでたかもな)
不真面目で、めんどくさがりで、帳も下ろさないで来た俺が、ここで“それ”と鉢合わせていたら、洒落にならない。
ろくな準備もない今の俺の手札じゃ、足りない可能性が高い。
俺は、広間の隅に残る腐食痕を見つけた。
地下二階ほど多くはないが、確かにある。
ここにも“腐食”が来ている。
そして残穢の流れの中心は、そこへ向かっているように見える。
「……ここで、何が起きたんだよ」
口の中が苦い。
怖い。
でも、もっと厄介なのは――好奇心だった。
術師は、怖いものを見ると同時に“確認したい”と思ってしまう。
それが職業病だ。
だから俺は、逃げる前にもう一度だけ、空間を舐めるように見た。
ここで何かが生まれた。
生まれた瞬間から喰って喰って喰い続けて、上へ行った。
そして今、おそらく"それ"は外にいる。
最悪の予感が、背中を撫でた。
俺は、ようやく深く息を吐いた。
「……報告、しねぇと」
呟いた声が、地下の残穢に吸われて消える。
俺は今の今まで、どうせ大したことないと思っていた。
テキトーに見て、テキトーに祓って、終わり。
そういう任務だと決めつけていた。
でも、違った。
ここは“空っぽ”じゃない。
空っぽにされたんだ。
そして、その“空っぽ”が異常だ。
俺は踵を返し、階段へ向かった。
足取りが、さっきより重い。
帳を下ろしてないことが、今になって怖くなってきた。
もし誰かが入ってきたら?
もし“それ”が戻ってきたら?
考えたくない。
俺は早足になった。
地下二階を抜け、地上へ続く冷たい階段を上がり、廃ビルの一階へ戻る。
外の光が差し込んだ瞬間、現実が戻った気がした。
春の風。
車の音。
人の声。
この日常の上に、今しがた見た“異常”が重なっていることが、気持ち悪い。
俺はスマホを取り出し、連絡先を開いた。
呪術高専。
担当の窓。
報告用の連絡先。
指先が、少しだけ震えた。
めんどくさい。
本当にめんどくさい。
でも、ここで投げたら、もっと面倒になる。
俺は画面を見つめながら、歯を食いしばった。
「……俺の仕事、増えたな」
独り言が、春の風に溶けていく。
それでも、俺は通話ボタンを押す決意を固めた。
この廃ビルで何が生まれたのか。
この廃ビルを"こう"した呪霊が、どこへ消えたのか。
そして、今どこにいるのか。
――報告しなければならない。
俺は、そう決めた。
腐っても久遠さんは二級術師なので、主人公くんとタイマンしたら高確率で勝てます(無傷とはいってない)。
窓ちゃんと久遠さんのバディはまたどこかで出したいな。