呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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せっかく都会に行くんだからオリジナル呪霊たくさん出したいのに全然アイデアが浮かばない…どうしましょ。


都心編
第十一話:上京


 

 

 郊外の夜は、思ったより暗かった。

 

 それでも、地下の闇とは種類が違う。暗いのに、“生きている”暗さだ。

 街灯がある。家の窓から漏れる光もある。車のライトも、遠くでちらついている。

 人間が暮らす気配が、夜の空気の中で薄く伸びている。

 

 遠くで犬が吠える。

 自販機の冷却音が低く唸る。

 コンビニの自動ドアが開くたび、来客を知らせる入店音が鳴る。

 それらの音の隙間に、春の風が入り込んで、草の匂いを運ぶ。

 

 俺は、建物の影から影へ移動した。

 黒い靄を薄く、全身を覆うように纏って、輪郭をぼかす。暗闇に溶けるための呪力の使い方は、地下の狩りで覚えた。

 違うのは、ここが“人間の世界”だということだ。

 

 見つかると面倒になる。

 

 人間は俺を見ない。見ないはずだ。普通の人間には呪霊は見えない。

 でも、絶対じゃない。

 視界の端で何かが動いた、とか、変な寒気がした、とか、そんな曖昧な感覚を抱かれたら、それだけで不快な空気が生まれる。

 不快な空気は呪いを産む。呪いは呪術師を呼ぶ。

 

 (……まだ、俺じゃ“勝てない相手”がいる)

 

 産まれた廃ビルでは頂点になった。

 でも、ここは外だ。俺の知らない強者が、どこにでも潜んでいる。

 

 俺は息を殺して、静かに歩いた。

 舗装された道は硬い。靄の下の足裏に、地面の冷たさが伝わる。

 人間の足音がする。俺は止まる。

 人間が角を曲がる。俺は動く。

 

 夜の住宅街は、眠りかけた獣みたいだ。

 静かなのに、完全には眠らない。

 どこかの家の窓だけ明るい。どこかのベランダで洗濯物が揺れている。

 人間の気配が濃い場所ほど、空気の中に薄い“甘さ”が漂う。疲労、苛立ち、焦り、寂しさ。小さな負の感情が、春の夜気に混じっている。

 

 (……都心に近づくほど、もっと濃くなる)

 

 そう思うと腹の奥が少し熱くなる。空腹じゃない。期待に似た熱。

 影を喰ったあの甘さを、もう一度味わえるかもしれない。

 もっと強い呪霊がいるなら、もっと美味い呪力があるなら。

 

 俺は、道路を避けて川沿いを進んだ。

 水の匂いがする。濡れた土の匂い。草の匂い。

 川面に月がぼやけて映り、時折、風がさざ波を立ててその月を崩す。

 

 川沿いは人が少なく、街路より暗い。

 暗いのは好きだ。俺の輪郭が溶ける。靄が自然に馴染む。

 

 だが――歩いても歩いても、都心の気配が近づかない。

 

 夜の時間は短い。

 春なら余計に。

 

 俺は一度立ち止まり、空を見上げた。

 星は少ない。遠くの光が夜空を薄く汚している。

 それでも東の方角が、ほんのわずか明るい気がした。

 

 (……このままだと、夜が明ける)

 

 俺は焦った。

 

 昼に移動するのは避けたい。太陽の光は目に痛いし、人間の目も増える。何より、俺の靄が闇ほど自然に溶けない。

 都心へ着く前に朝になったら、どこかで隠れる必要がある。隠れられる場所があるか? 知らない土地で?

 

 「じかん…たり、ない…」

 

 その瞬間、線路の音が聞こえた。

 

 ガタン、と遠くで金属が震える音。

 微かな振動が地面から伝わってくる。

 電車だ。

 

 俺は川沿いの草むらから、線路の方向へ視線を向けた。

 遠くに光が走る。

 電車が夜を裂くように進んでいる。

 

 (……乗るか)

 

 人間なら当たり前に思う。

 でも俺は呪霊だ。車内に入ったら、人間が多い。見えないとしても、近距離の“空気”で異常を感じるやつが出るかもしれない。

 だったら――

 

 (…"上"だ)

 

 電車の上なら、人はいない。

 風は強いが、見つかりにくい。

 やる価値は、ある。

 

 俺は線路へ向かった。

 駅のホームは避ける。人が多い。

 線路の脇。人が近づきにくい場所。フェンスの切れ目。雑草の生えた土手。

 

 俺は、羽を使えることを思い出した。

 

 背中の肩甲骨のあたりが、じわりと痒い。

 意識をそこへ向けると、皮膚の内側で何かが動く。

 

 (……出てこい)

 

 背中が裂けるような感覚はない。

 ただ、折り畳まれていたものが開く。

 硬い膜が空気を掴む。

 

 羽は、蝿頭の頃みたいな頼りない羽じゃない。

 縮んだはずなのに、今は“必要なだけ”開く。

 虫のものとも鳥のものともつかない、中途半端な翼を人間の背中に生やしたみたいな異様な姿。

 だが、その異様さがいい。

 

 俺は低く跳び、羽を震わせた。

 空気を叩く。

 身体が浮く。

 

 (……いける)

 

 電車の音が近づく。

 光が増す。

 

 俺は線路脇の暗闇に身を潜めた。フェンスの影。草むら。ここなら運転手からも見えにくい。

 電車が通過する瞬間、風圧が来る。

 そのタイミングで飛べばいい。

 

 電車が視界に入った。

 ヘッドライトが線路を照らし、金属が夜光りする。

 車体が、近い。

 

 今。

 

 俺は地面を蹴り、羽を一気に開いた。

 

 風が叩きつけてくる。電車が作る風の壁。

 俺はその壁に逆らうように身体をねじり、上へ跳ぶ。

 ほんの一瞬、空中で浮いた感覚。

 

 次の瞬間、硬いものに手が触れた。

 電車の屋根。

 

 俺は爪を立て、身体を引き上げた。

 金属が冷たい。振動が腹に響く。

 電車は止まらない。俺を置き去りにするように走り続ける。

 だが、俺は落ちない。

 

 爪に靄を薄く纏わせ、金属に食い込ませる。

 風が髪――いや、髪のように伸びた何かを揺らす。

 視界が流れ、周囲の景色が一気に後ろへ飛んでいく。

 

 (……勝った)

 

 その達成感が、少し可笑しかった。

 俺は呪霊だ。電車の上に乗ることが勝利って、どんな話だ。

 でも、今の俺には確かに“必要な勝利”だった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 電車の上は、世界が違った。

 

 風が冷たい。

 春の夜なのに、走る風は冬みたいに鋭い。

 頬を切り、目を乾かし、靄を細く引き伸ばす。

 

 それでも、気持ちいい。

 

 地下では風なんて感じなかった。

 空気は動かず、湿気が淀み、腐臭が溜まっていた。

 ここは違う。

 風が呪力の表面を撫で、俺の輪郭を研ぐ。

 

 線路沿いの街が、流れていく。

 暗い住宅地。

 遠くのコンビニの白い光。

 交差点で止まる車の赤いテールランプ。

 橋を渡る瞬間、川面が黒く光る。

 夜の中に点々と浮かぶ光が、星みたいに散らばっている。

 

 俺は電車の屋根に腹をつけ、爪で固定しながら、ぼんやりと景色を眺めた。

 

 (……楽しいな)

 

 この感情が、少し怖かった。

 

 俺は呪霊だ。

 人間の世界を“楽しい”と思うのは変だ。

 でも、そう思ってしまう。

 

 ふと、前世のことが脳裏をかすめた。

 

 (俺は、何だった?)

 

 人間だったことは覚えている。

 呪術廻戦を知っている。

 2018年という年に焦る理由も分かる。

 だが、それ以外が薄い。

 

 名前。顔。家族。友達。

 どれも記憶が曖昧だ。

 思い出そうとしても、指の間から砂が落ちるみたいに、何も掴めない。

 

 (……俺、何してたんだっけ)

 

 記憶の底を探ると、スマホを眺めていた感覚だけが浮かぶ。

 夜更かしして、画面の光に照らされて、眠い目で文字を追っていた感覚。

 それが“俺”の最期の姿みたいで、情けなくて笑えた。

 

 もっと鮮烈なものが欲しい。

 人生を語れるような経験が欲しい。

 でも、残っていない。

 

 俺は視線を夜空に向ける。

 風が強くなり、電車が加速する。

 街の灯りが密になっていく。都心へ近づいている証拠。

 

 そこで、もう一つの問いが浮かんだ。

 

 (……なんで俺、呪霊王になりたいんだ?)

 

 影を喰った時、甘かった。

 あの美味さは確かに俺を変えた。

 強い呪霊を喰いたい。もっとあの味を味わいたい。

 ここまでは分かる。だが、なぜ"王"になりたがる?頂点を目指す?

 誰にも殺されないため?誰にも食われないため?

 

 理屈で考えると、矛盾する。

 

 原作の苦難を知っているなら、

 都心へ近づくより、辺境へ逃げた方が生き残れる。

 山奥でも、海辺でも、離島でもいい。

 人が少なければ、危険も少ない。

 

 楽に生きられる。

 

 なのに、俺は都心へ向かっている。

 危険へ向かっている。

 喰うために。強くなるために。

 

 (……分からない)

 

 理由を探す。

 

 復讐?

 誰に? 覚えてない。

 憎しみ?

 何に? 曖昧だ。

 生存本能?

 それなら逃げる方が合理的だ。

 

 結局、残るのは――

 

 (……なんとなく)

 

 情けない答えだ。

 でも、嘘じゃない。

 

 俺は、ただ――上へ行きたい。

 喰いたい。だけじゃない、頂点に立ちたい。

 

 電車の屋根の上で、俺は自分を嗤った。

 

 (前世の俺は、どれだけ自己顕示欲が強かったんだ…)

 

 ふと、看板が流れた。

 電車が高架を走り、遠くに大きな駅の灯りが見える。

 

 (……新宿だ)

 

 心臓がないはずなのに、胸の奥がどくん、と鳴った気がした。

 この駅の平均乗降客数が世界一だとか、ギネスに認定されてるとか――そういう豆知識だけは妙に頭の隅に残っている。

 

 (俺の人生の大事な記憶は消えて、なんでこういうのだけ残ってるんだ)

 

 自嘲が浮かぶ。

 だが、その自嘲すら、夜風にさらわれていく。

 

 気づけば電車は減速し、線路の周囲が明るくなった。

 高架の下に光の海が広がる。

 建物の密度が一気に増す。

 看板の文字が増える。

 人の気配が、目に見えるほど濃くなる。

 

 目的地に着いた。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 電車が新宿駅へ滑り込む直前、俺は身体を起こした。

 

 ホームは人だらけだ。

 照明が白く眩しい。

 上から見下ろすと、人間が虫みたいに見える――と、言いたいところだが、数が多すぎてそういう比喩すら追いつかない。

 

 人の波。

 人の塊。

 流れ、渦、衝突。

 

 駅の屋根は高い。鉄骨が組まれ、ガラスがはめ込まれ、そこに無数の灯りが吊られている。

 その下で、人間の生活が巨大な機械みたいに回っている。

 

 (……やばいな、ここ)

 

 呪いの匂いが濃い。

 薄い負の感情が、何千、何万と重なって、空気が少し重い。

 疲れ、焦り、苛立ち、孤独、嫉妬、憂鬱。

 それらが混じって、都市特有の“味”になっている。

 

 ――美味そうだ。

 

 俺はその感覚に、自分でゾッとした。

 人間の負の感情を美味いと感じるのは、呪霊として自然だ。

 だが、それを自覚した瞬間、俺の中で何かが一段深く沈んだ。

 

 俺は電車がホームに止まりきる前に、羽を開いた。

 

 背中が震える。

 風を掴む。

 屋根の上から、ふわりと浮く。

 

 人間に見つからないように、高く。

 駅の照明の外側へ。

 ビルの影へ。

 

 新宿駅の上空へ出た瞬間、視界が開けた。

 

 そこは、別世界だった。

 

 見渡す限りの、建物。

 光。

 看板。

 車の列。

 人の流れ。

 

 夜なのに昼みたいに明るい。

 空は暗いのに、地上が光で塗り潰されている。

 風はビルの谷間を抜け、熱と匂いと騒音を運ぶ。

 

 遠くまで続く道路。

 交差点で止まる群衆。

 巨大なスクリーンの映像。

 ネオンの色。

 信号の点滅。

 

 (……中心だ)

 

 俺は思った。

 この国の中心。

 呪いが生まれやすい場所。

 強い呪霊が集まる場所。

 強い呪術師も集まる場所。

 

 危険の中心。

 そして――可能性の中心。

 

 俺は、黒い靄を背に揺らしながら、その光の海を見下ろした。

 

 ここから始まる。

 都心での狩りが。

 俺の“第二章”が。

 

 春の夜風が、顔を撫でる。

 俺はその風の中で、静かに笑った。

 

 「とかい…きた…!」

 

 そして、胸の奥に、確かな実感が落ちた。

 

 俺は今、

 この国の中心に立っている。

 

 

 

 




活動報告にてオリジナル呪霊のアイデア募集します。ガシガシ送ってください(たぶん主人公くんに食べられるけど)。
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