呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

14 / 41

みなさんが考えてくれたオリジナル呪霊には全て目を通しています。センスいい人ばっかりですごいです。


第十三話:偽りの光

 

 

 

 俺が臨戦態勢に入ると、路地裏の空気が一段冷えた。

 

 俺の背中で黒い靄が濃く揺れる。俺にまとわりつくその靄は、怒りと警戒に反応するみたいに膨らみ、路地の湿った壁の匂いを押しのけて腐食の“刺”を空間へ滲ませた。

 

 目の前の巨大なチョウチンアンコウ呪霊は、悠々と口を開けていた。

 不揃いな複数の小さな目

 湿った袋のような胴体。

 裂け目の奥に並ぶ剣山を思わせる歯。

 体表を伝う粘液。

 そして、頭から伸びた提灯の先――そこに浮かぶ“女”の顔。

 

 『こっちにおいで』

 

 甘い声が路地に溶けた。

 さっきと同じ。震えも迷いもない、均一な誘い。

 

 (……"知能"がある)

 

 俺は歯を噛み締めるように顎に力を入れた。

 

 ただの下級呪霊なら、ああいう疑似餌は“本能”でしかない。光をぶら下げて、寄ってきたものを喰う。

 でも、こいつは言葉を使って俺を誘った。人間の女を"擬餌"に見立てて、心理の隙を突いてきた。

 

 俺が一瞬でも会話に縋ったことを、孤独の匂いを、こいつは嗅ぎ取った。

 

 それだけで、胸の奥がざらつく。羞恥心と屈辱感が混ざって、喉の奥に苦味が溜まる。

 

 (強い上に狡い。……コイツ、俺より上だ)

 

 観察することは、もう反射になっている。

 

 まず体躯。俺の三倍はある。単純な質量差は、それだけで脅威だ。圧が違う。

 次に呪力量。皮膚の外側に漂う“濃度”が俺より濃い。空間が粘つく。呼吸するように濃厚な呪いが漏れている。

 そして何より、動きが“落ち着いている”。俺を見て焦らない。今すぐ攻撃する必要もないと理解している。

 

 (影より強い……今までで最強だ)

 

 俺は、背中の羽を開いた。

 短く震わせるだけで空気の抵抗が変わる。上へ逃げられる。路地の天井――ビルとビルの間の狭い空へ抜けられる。

 

 正面からぶつかれば、勝ち目は薄い。

 なら、空から一方的に削る。

 

 腐食の雫を撃てばいい。

 影の呪霊を取り込んでから、俺の腐食は防御だけじゃなく攻撃にもなった。距離を取って、削って、削って、最後に喰う。

 それが最善。合理的。安全。

 

 (……飛ぶ)

 

 俺は地面を蹴った。

 羽が空気を叩き、身体が浮く。

 路地の上へ、夜空の闇へ。

 

 ――その瞬間、違和感が走った。

 

 風の抵抗が、変だ。

 背中を引っ張られるような圧。

 空気が濁って、俺の靄が乱れる。

 

 (……来る)

 

 次の瞬間、俺の視界が影で埋まった。

 

 上からじゃない。後ろでもない。横からだ。

 巨大な口が、夜の空気を割って迫る。

 噛みつくためだけに存在する裂け目。

 

 俺が避けるより早く、歯が食い込んだ。

 

 「――ぐっ!」

 

 音にならない叫びが喉の奥で潰れた。

 腕――腕の付け根あたりを、丸ごと噛み千切られそうな感覚。

 硬い針のような歯が、靄の膜を突き破り、呪力の肉に突き刺さる。

 

 痛みと共に、存在が削り取られる感覚がする。

 自分の輪郭の間に歯が挟まって、引き裂かれる。

 

 俺の身体が空中で引きずられた。

 振り回される。

 風が頬を叩き、ネオンの光が回転する。

 次の瞬間、路地の壁に背中をぶつけた。

 

 鈍い衝撃。

 視界が一瞬白くなる。

 地面が近い。

 俺は足で踏ん張ったが、腕を噛まれたままなのでバランスが崩れる。

 

 チョウチンアンコウ呪霊は――宙を泳いでいた。

 

 地面を這うんじゃない。跳ぶんでもない。

 水の中を進むみたいに、空間をぬるりと移動する。

 重いはずの体が、空気を受け流すように滑る。

 

 (魚型…!宙を泳ぐタイプか…!)

 

 俺は愚かだった。

 空へ逃げれば優位だと、勝手に思い込んだ。

 新宿に来てからの戦いの場は地面だった。相手も地面を這うやつばかりだった。

 だから俺は“空=安全”と短絡した。

 

 (バカ野郎……!)

 

 自分を呪う。

 痛みより、その自罰の方がキツい。

 都心に来て、調子に乗って、見栄えのいい狩りをしようとして――その結果がこれだ。

 

 噛まれた腕が、もう感覚が鈍い。

 削られ、削られ、呪力が流れ出ている。

 このまま噛み千切られたら、戦うどころじゃない。

 

 チョウチンアンコウ呪霊の提灯が揺れた。

 女の顔が、笑う。

 

『に、げ、た…? だ、さ、い…』

 

 カタコトの声。

 恐らく、決められた台詞以外は上手く喋れないのだろう。

 歯の隙間から漏れるような、濡れた言葉。

 

 その馬鹿にした響きが、俺の中の何かを切った。

 

 痛みはまだある。

 恐怖もある。

 でも、それより先に――怒りが来た。

 

 (てめぇ…!)

 

 騙した。

 弄んだ。

 俺の孤独に触れて、餌だと笑った。

 

 俺は、歯を食いしばった。

 

 「……ころす」

 

 声は掠れていた。

 それでも、言葉になった。

 

 俺は噛まれている腕に、全呪力を集中させた。

 靄を、腕の内側へ引きずり込む。外套を脱ぎ捨てるみたいに、全てをそこへ集める。

 

 防御を捨てる。

 他を捨てる。

 命を切り捨てる覚悟で、腕に全てを賭ける。

 

 チョウチンアンコウ呪霊の歯がさらに食い込む。

 呪力の肉が裂ける。

 血の代わりに、黒い呪力が滲む。

 

 だが、その滲みが――腐食の核になる。

 

 内側から腐食させる。

 

 俺の呪力特性は、雫にして飛ばすだけじゃない。

 “膜”を張るだけでもない。

 影を喰ってから、俺は理解している。

 

 腐食は、触れたものを削る。

 なら――噛みついている相手の口の中で腐食の呪力を溢れさせたら?

 

 歯と歯の間。

 歯茎。

 口の内側の柔い部分。

 そこへ、俺の"腐食"を押し当てる。

 

 じゅう、と音がした。

 

 (効いた)

 

 チョウチンアンコウ呪霊がびくりと震えた。

 噛む力が一瞬緩む。

 その瞬間、俺はさらに腕を押し込んだ。

 

 腐食の性質を濃くする。

 呪力の圧を上げる。

 片っ端から呪力を送る。

 

 じゅううう、と音が増えた。

 

 チョウチンアンコウ呪霊が、初めて声を上げた。

 

『い、たっ、い……!』

 

 さっき俺が漏らした苦悶の声。

 今度は、相手の口から出た。

 

 提灯の女の顔が歪む。

 泣きそうな表情になる。

 その変化が早すぎて、逆に気味が悪い。

 

 噛む力がさらに弱まった。

 歯の間が、溶けている。

 口の内側が、じわじわ削られている。

 

 こいつの呪力量は多い。外皮も頑丈そうだ。

 でも、口の中は無防備だ。

 捕食のために特化した器官ほど、無防備になる。

 

 俺は、腕を引き抜いた。

 

 痛みが走った。

 腕はぼろぼろだ。肉の形が削られ、輪郭が欠けている。

 だが、引き換えに――相手の口は、もっとひどい。

 

 チョウチンアンコウ呪霊は口を開けたまま、宙でよろめいた。

 歯の間が溶け、唾液が黒く濁り、腐食の臭いが充満している。

 呼吸――というより、呪力の制御が乱れている。

 

 俺は羽を震わせ、相手を蹴り、距離を取った。

 息が荒い。

 視界が少し揺れる。

 

 (……やれる)

 

 勝ち目は薄いと思った。

 でも今、勝ち筋が見えた。

 

 相手が俺を噛む限り、俺は相手の口の中を腐食できる。

 相手に口以外の武器は見当たらない。

 相手は"噛みつく"ことしかできない。

 なら、その“本能”を利用して、壊す。

 

 俺が覚悟を決めた途端、提灯の女が、泣き声を出した。

 

『やだ……やめて……許して……』

 

 その声は、さっきより“人間に近い”。

 涙の演技も巧妙だ。目尻が濡れ、唇が震える。

 だが、俺はもう引っかからない。

 

 (……命乞いか)

 

 呪霊が命乞い。

 滑稽だ。

 でも滑稽だからこそ、危険だ。

 こいつは言葉で揺さぶる。気を抜かせる。

 

 俺は、冷たく笑った。

 

 「……いいよ」

 

 自分の声が、思ったよりも冷たく響いて驚いた。

 

 提灯の女が、ぱっと顔を上げた。

 希望の色が浮かぶ。

 演技でも、目が輝く。

 

『ほんと……? 許してくれる……?』

 

 俺は一歩、近づいた。

 靄を薄くした。

 武器を下ろしたふりをする。

 

 「あんしん、しろ…」

 

 できるだけ優しく呟いた。

 餌が逃げないように、油断させる。

 こいつがやったやり方だ。

 

 チョウチンアンコウ呪霊が、わずかに前へ出た。

 宙を泳ぐ体が、俺へ寄る。

 

 その瞬間。

 

 俺は、指先に腐食の雫を作った。

 小さく、薄く、でも鋭く。

 そして、提灯の根元――女の顔が浮かぶ光の“芯”へ弾いた。

 

 びちゃ。

 

 雫が光に触れた瞬間、提灯が揺れた。

 女の顔が、驚愕に歪む。

 

『――え?』

 

 声が途切れた。

 

 腐食が光の芯を削る。

 擬餌の呪力が崩れる。

 女の顔が溶け、光がひしゃげ、提灯の先が黒く濁る。

 

 提灯の女が、悲鳴を上げた。

 

『やめろ! やめろ! やめ――!』

 

 今度は言葉に魂が籠っていた。

 焦りが、生々しく滲んでいた。

 

 「いい、えんぎ、だ…」

 

 俺は、もう一つ雫を作る。

 今度は口へ。

 

 相手がこちらに噛み付こうと口を開く。

 そこへ雫が飛び込む。

 

 じゅううう!と腐食の音が響く。

 

 口の中が、さらに溶ける。

 歯が崩れ、粘膜が削れ、呪力の流れが破綻する。

 

 チョウチンアンコウ呪霊の体が、宙で痙攣した。

 泳ぐような動きが乱れ、重い体が地面へ落ちる。

 

 どさり、と湿った音。

 

 俺はその上に乗った。

 足で押さえつけ、顎を開く。

 

 提灯の女が、溶けた顔で俺を見上げる。

 黒い涙が頬を伝い、声が震える。

 

「お願い……お願い……」

 

 その声は、さっきまで俺が“会話したい”と思っていた人間の声に似ている。

 似ているだけに、胸の奥が一瞬だけ揺れる。

 

 (……だから、狡いんだよ)

 

 俺は揺れる顔を踏み潰した。

 ここで情けをかけたら、俺は食われる側に戻る。

 

 「……だめ、だ」

 

 そう言って、俺は噛みついた。

 

 硬い核に歯が届く。

 濃い呪力が、舌のない口へ流れ込む。

 

 味が――爆発した。

 

 甘い。

 濃い。

 熱い。

 影の甘さと、別種の美味さ。

 

 影は“腐食の性質”そのものを含んでいた。

 これは、“都市の欲望”と“狡さ”と“飢え”が煮詰まった味だ。

 

 喰うほどに、身体が満ちる。

 噛むほどに、輪郭が大きくなる。

 欠けた腕が、内側から再生していく感覚。呪力が肉の形を作り直し、靄が縫い目みたいに走る。

 

 (……最高だ)

 

 死にかけた価値がある。

 痛みも恐怖も、全部この味に変わる。

 

 チョウチンアンコウ呪霊の体が、少しずつ霧散していく。

 呪霊の死骸は残らない。残るのは残穢だけ。

 だが俺は、それが霧散する前に、端まで喰い尽くした。

 

 最後に、潰れた提灯の女の顔が、消えた。

 

 路地裏には、湿った匂いと、濃い残穢だけが残った。

 

 俺は立ち上がる。

 

 腕は完全に戻っている。

 それどころか、さっきまでより身体が大きく、軽い。筋肉のように組まれた呪力が、より密になった。

 呪力量が増えたのが分かる。呼吸のたびに、内側で呪力が渦巻く。

 

 (……強くなった)

 

 ただ強くなっただけじゃない。

 何かが“芽生えた”。

 

 喰った直後の熱の中で、俺は直感した。

 新しい回路が、体内にできた感覚。

 チョウチンアンコウ呪霊の“狡さ”が、俺の中で形を変えている。

 

 (……何だ?)

 

 俺は試すように、呪力を少し捻った。

 靄を纏うだけじゃなく、呪力の輪郭そのものを――外側へ裏返す。

 

 すると。

 

 身体が、じわりと変形しはじめた。

 

 肉体が形を変える、というより、呪力の“設計図”が塗り替えられる感覚。

 肩の幅が狭まる。

 腕が細くなる。

 指が長く整う。

 顔の輪郭が滑らかになる。

 

 羽が、消える。

 蝿頭の名残が引っ込み、背中がすっと平らになる。

 

 靄は残った。

 衣のように、むしろ綺麗にまとわりつく。

 

 だが――

 

 (……弱い?)

 

 俺は愕然とした。

 

 呪力量そのものはある。

 でも、出力が落ちた。

 筋力も落ちた。

 体の重さが消えた分、地面を踏む感覚が軽すぎる。強度が足りない気がする。

 

 まるで、鎧を脱いだみたいだ。

 動きは軽いが、衝撃に弱い。

 殴り合えば不利になる――そんな直感。

 

 俺は慌てて周囲を見回した。

 路地の角に、ガラスのはまった古いビルの窓がある。

 店の裏口の小さな窓。汚れているが、反射はする。

 

 俺はそこへ近づき、顔を覗き込んだ。

 

 そこに映っていたのは――

 

 中性的な美少年だった。

 

 黒髪。

 黒目。

 白い肌。

 年齢で言えば、十代半ばくらいの輪郭。整った鼻筋。薄い唇。

 そして、ローブのように首から下を覆う黒い衣。

 

 俺は、目を見開いた。

 

 (……誰だ、これ)

 

 いや、俺だ。

 鏡像が俺の動きに合わせて動く。

 手を上げれば、同じ手が上がる。

 瞬きをすれば、同じ瞬きが返る。

 

 俺は唇を動かした。

 

 「……俺?」

 

 声は、さっきよりずっと滑らかだった。

 低すぎず高すぎず、湿り気のない声。

 カタコト感が薄れ、音が整っている。

 

 (……変身……?)

 

 理解が追いつかない。

 だが、直感は言っている。

 

 チョウチンアンコウ呪霊の能力を、奪った。

 擬餌。

 騙すための姿。

 美しい人間になる能力。

 

 代わりに、パワーは落ちる。

 捕食に特化した肉体を捨て、擬態のための“人間の器”に収まるから。

 

 俺は、窓ガラスの中の自分を睨み返した。

 その瞳の奥に、黒い呪力が渦を巻いているのが見える。

 見た目は綺麗でも、中身は呪いだ。

 

 胸の奥が、奇妙に高鳴った。

 

 (……面白い)

 

 強くなるだけじゃない。

 強くなる方法が増える。

 狩り方が変わる。

 世界の見え方が変わる。

 

 そして何より――

 

 (これなら、人間の中に紛れられる)

 

 新宿は人の海だ。

 さっきまでの俺の姿なら、空を飛ぶしかなかった。

 だが、この姿なら――地上を歩ける。群衆の中へ潜れる。

 呪術師の目を誤魔化せるかは分からないが、少なくとも一般人には“人間”にしか見えないだろう。

 

 俺は口角を上げた。

 窓ガラスの中の美少年も、同じように笑った。

 

 その笑みが、やけに冷たく見えて――自分で少しだけぞくりとした。

 

 (騙された方が悪い。……なら、騙す側に回るだけだ)

 

 路地裏に吹く風が、ローブの足元を揺らす。

 新宿の雑踏が、遠くで波のように鳴っている。

 

 俺は一歩、その雑踏へ踏み出した。

 

 

 

 

 




チョウチンアンコウ呪霊
(仮想怨霊:送り提灯)

 東京の怪談である本所七不思議のうちの1つ。提灯を持たずに夜道を歩く者の前に、提灯の明かりが現れ、安心して光に近づくと消える…という流れを繰り返していつまで経っても追いつけないという怪談を元に生まれた。
 見た目は提灯あるいはスマホを持った女性…を頭から吊り下げた目が複数ある異形のチョウチンアンコウ。
携帯の電源が切れて暗所で困っている人物などの元に現れ、明かりを持った女性の擬似餌で人気の無い場所に誘導し、疲れて逃亡や抵抗が難しくなったところをパクリと食べる狡猾な呪霊。
 現代の東京では明かりとなる携帯(提灯)を持つ人物が殆どかつ町の暗闇が少ないため条件を満たすことが極めて少なく人に対しての脅威度は小さい。
等級としては2級。不意打ち特化なので割と雑魚。
(アイデア元:"六月の銀杏"さん)


 かなりセンスのいいアイデアで一目で惚れ込んでしまいました。主人公くんには人化能力を持たせられたら物語の幅が広がるなぁ、と思っていたところにもドンピシャ。"スマホを持った"というところを懐中電灯に変えました(主人公くんに違和感を抱かせるため)。割と雑魚といえども2級の中の話なので、主人公くんが勝てたのは運も味方していました(チョウチンアンコウ呪霊くんが考えなしに噛み付いてきてくれなかったらヤバかった)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。