呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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人間形態の主人公くんのAPPは15くらいです(謎の真っ黒ローブでこれなので、ちゃんとオシャレしたらもっと高い)。


第十四話:美貌

 

 

 路地裏の湿った闇から一歩踏み出すと、世界の温度が変わった。

 

 新宿の夜は、空の暗さのわりに地面が明るい。

 看板の光が反射したアスファルトは濡れたように光り、車のライトが通り過ぎるたび、壁の影が伸びたり縮んだりする。

 遠くの喧騒は絶えないのに、ここはほんの少しだけ音が薄い。まるで、巨大な海の岸辺に立っているみたいに――波の音だけが遠くで鳴っている。

 

 俺は無意識に、自分の手を見た。

 

 細い。

 指が長い。

 爪は短く、硬い鉤爪の名残は見えない。

 掌には血管のような陰影がうっすら浮かぶが、そこを流れているのは血じゃない。呪力だ。

 肌が白いのに、どこか作り物めいた“冷たい白”で、触れれば温度がないことを悟られそうな気がする。

 

 (……落ち着け)

 

 俺は歩く。

 歩き方も、体の使い方も、今までと違う。

 脚が長くなり、重心が高い。足の裏で地面を掴む感覚が浅い。

 一歩が軽い。その軽さが不安を呼ぶ。虫の体躯のときは、地面を踏むたびに「俺がここにいる」と確かめられた。今はそれが希薄だ。

 

 (力は落ちてる……でも、これでいい)

 

 今は試す時間だ。

 戦うことじゃない。溶かすことでもない。

 “紛れる”こと。

 

 いきなりメインストリートに出るのは危険だ。

 人が多すぎる場所は、それだけ異物を感じ取る触覚も多い。

 

 だからまずは脇道。

 

 人の少ない場所で、この体がどこまで人間として機能するか。

 どこまで“普通”に見えるか。

 どこで綻ぶか。

 

 俺は、路地裏からもう一本外れた細道へ入った。

 

 そこは急に生活の匂いが濃くなる。

 飲み屋の裏口。ゴミ置き場。段ボール。生ゴミの甘ったるい匂い。油の焦げた匂い。煙草の吸い殻の湿った匂い。

 壁に貼られたチラシは破れ、文字が半分消えている。

 換気扇がぶおん、と低い音を吐き続け、排気が夜気に混ざっていく。

 

 人影はまばらだった。

 

 通り過ぎるのは、ほとんどが酔っぱらいだ。足元がふらつき、笑い声がやたら大きく、言葉が意味を成していない。

 肩を組んで歩く二人組。

 電話しながら壁にもたれるスーツ姿。

 タクシーを探してきょろきょろする女。

 視線が合いそうで合わない。合っても、すぐにぼやける。

 

 (……ここなら、バレにくいだろう)

 

 俺は自分の靄を限界まで薄くした。

 靄はローブのように纏っているが、今はそれすらただの“布”に見えるはずだ。

 この姿なら、呪霊としての圧は隠せる。

 少なくとも、一般人の目には。

 

 フードはかぶらない。

 あえて顔を出す。

 目が合うかどうかを確かめたい。

 

 俺は歩いた。

 人間の真似をするように。

 肩をすぼめ、目線を落とし、夜の街に馴染むように。

 

 ……すれ違った男が、ちらりと俺を見た。

 

 目が合った。

 

 ほんの一瞬。

 だが確かに、合った。

 

 (見えてる)

 

 予想通りだ。驚きはない。

 チョウチンアンコウの擬餌が“美しい人間の女”だった以上、人間に見えないなら意味がない。

 見えないものを美しく見せる必要はない。

 

 俺は淡々と歩き続けた。

 次にすれ違った女も、俺を見た。

 驚いたように目を見開き、歩きながら振り返る。

 

 (……振り返る?)

 

 胸の奥が少し冷えた。

 

 一人。

 また一人。

 視線が絡むたび、相手が振り返る確率が高い。

 ただの確認じゃない。

 思わず振り返ってしまったような視線だ。

 

 (俺が……人間じゃないと気づかれてる?)

 

 背中に汗――ではないが、嫌な冷たさが走る。

 呪術師ならまだ分かる。

 でも、一般人が俺を見て違和感を覚える?

 そんなことがあるのか?

 

 心臓がないはずなのに、胸の奥が落ち着かない。

 歩幅が乱れそうになる。

 不自然になるのが一番まずい。

 俺は無理やり足を揃え、呼吸の代わりに呪力を沈めた。

 

 そのとき――

 

「ねえ、ちょっと君!」

 

 陽気な声が飛んできた。

 

 俺は反射的に身構えた。

 足を止め、肩が硬直する。

 

 声の主は、若い男が二人。

 二十歳前後。大学生くらいか。

 顔が赤い。息が酒臭い。

 片方は肩を揺らしながら笑っていて、もう片方はスマホを持ったままふらふらしている。

 

「こんな時間にさー、子ども? 大丈夫? 迷子?」

 

「や、てか、君、なにしてんの? 家は? 親は?」

 

 言葉は軽い。

 善意なのか、酔っぱらいの気まぐれなのか、判別がつかない。

 だが敵意は薄い。危険な匂いもしない。

 

 (……会話だ)

 

 胸の奥が、別の方向に揺れた。

 

 人間と話したい。

 前世ぶりの“普通の会話”をしてみたい。

 孤独が匂いとして残っていたことを、チョウチンアンコウに利用された。

 それが悔しいのに――それでも、この欲は消えない。

 

 俺は意気込んだ。

 

 つっかえないように。

 短く。

 余計なことを言わない。

 

 「……大丈夫。ただの散歩」

 

 声が出る。

 前より滑らかで、夜の空気に馴染む。

 

 二人組が、同時に固まった。

 

「……え?」

 

「ちょ、声……男?」

 

 二人の顔が、驚きと戸惑いで歪む。

 まるで、想定していた答えが崩れたみたいに。

 

「え、まって。女の子だと思った」

 

「いや、でも顔……女じゃん……え? どっち?」

 

 彼らは急に興味を失ったように笑い、視線が泳ぐ。

 それは“面白がり”じゃない。

 面倒ごとに触れたくない、という空気。

 

「……あ、まあ、うん。気をつけてね!」

 

「じゃ、じゃーね!」

 

 二人は逃げるように去っていった。

 笑いながら、でも足早に。

 振り返りもせずに。

 

 俺はその背中を見送った。

 

 (……終わり?)

 

 会話の手応えがない。

 繋がらない。

 短く答えただけで、相手は勝手に結論を出して去った。

 

 (俺が……変だから?)

 

 否定したいのに、否定できない。

 確かに俺は変だ。呪霊だ。人間の皮を被っただけの異物だ。

 

 一瞬、胸の奥が沈む。

 さっきまでの視線の多さも、今の会話の途切れ方も、全部つながって見える。

 

 俺はふと、街灯の光が反射する窓ガラスに顔を近づけた。

 そこに映る自分は、やはり“綺麗”だった。

 

 整った顔。

 中性的で、年齢が曖昧で、どこか儚い。

 しかも、夜の光の中で異様に映える。黒髪と黒目が、光を吸って際立つ。

 

 (……そりゃ、振り返るか)

 

 人間じゃないと気づかれてるんじゃない。

 単純に、目を引くからだ。

 

 そう思った瞬間、胸の奥の沈みが少しだけ軽くなった。

 落ち込む理由を、別の場所に置けたから。

 

 そして、理解する。

 

 この美しさは、人間社会では突出している。

 だからこそ危険でもある。

 だが同時に――“人”として扱われる。

 

 少なくとも一般人は、俺を呪霊だとは思わない。

 変な子だと思うだけだ。

 それなら、利用できる。

 

 俺は一度、深く息を吐くふりをして、靄をさらに薄くした。

 

 (よし……次だ)

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 場所を変えた。

 

 新宿のメインストリート。

 深夜0時はとうに過ぎている。

 それでも街は眠らない。眠らせない。

 

 光が強い。

 看板が派手だ。

 音が多い。

 人が多い。

 

 路地裏の静けさが嘘みたいに、ここは巨大な機械の内部だ。

 人の流れが歯車みたいに噛み合い、止まらず回転している。

 

 俺は黒いローブのフードを深くかぶった。

 顔を隠すためだ。目を引きすぎる。

 ただ、フードを深くかぶった人間――しかも黒い全身衣装を纏っている――なんて、どう見ても不審者だ。

 

 だが新宿では、それが埋もれる。

 

 奇抜な格好の人間は珍しくない。

 酔っぱらいもいる。コスプレもいる。夜職もいる。

 誰も他人を気にする余裕がない。

 自分の欲、自分の時間、自分の仲間、自分のスマホ。

 視線は常に“自分”に向いている。

 

 俺はその中を歩いた。

 

 群衆の肩が擦れる。

 香水の匂いが鼻を刺す。

 笑い声が耳のない頭に響く。

 誰かの肘が当たる。

 それでも、俺に誰も反応しない。

 

 (……すげぇ)

 

 感動に近いものが胸に湧いた。

 

 今まで、俺は影に隠れて生きてきた。

 地下で、暗闇で、路地裏で。

 それが当たり前だった。

 

 なのに今、俺は人の真ん中を歩いている。

 光の中を歩いている。

 誰にも止められない。

 誰にも気づかれない。

 

 (これが……擬態の力)

 

 心の中で、何度も言葉を反芻する。

 強さには種類がある。

 殴って勝つ強さだけじゃない。

 “見えない”強さがある。

 

 そのときだった。

 

 交差点の先。

 人波の向こう側。

 信号待ちの群衆の中に――違う匂いが立っていた。

 

 呪力。

 

 普通の人間からも負の感情の匂いはする。だがそれは薄い。

 あれは違う。

 呪力が、体から立ち昇っている。

 細い煙のようにではなく、熱のように。空気が歪む。

 

 (呪術師…!)

 

 俺の背中が冷えた。

 

 その人間の周囲に呪霊が取り憑いている様子はない。

 呪霊に引っ張られている一般人でもない。

 自分の呪力で立っている。

 

 間違いない。

 

 俺は一瞬、逃げようとした。

 足が自然に後ろへ下がりそうになる。

 だが、そこで思いとどまる。

 

 (ここで逃げたら、逆に怪しい)

 

 人混みの中で急に方向を変えたら、目立つ。

 呪術師の感覚が鋭ければ、それを“違和感”として拾うかもしれない。

 それに――

 

 (呪力量は……そんなに多くない)

 

 相手の呪力は強くない。

 二級か、三級か。

 少なくとも、俺が全力で逃げれば振り切れる。

 バレても、即死はしない。

 

 (……堂々と行け)

 

 俺は決めた。

 

 信号が変わる。

 群衆が一斉に動く。

 その波に、俺は乗る。

 

 靄を薄く保つ。

 ローブのフードをさらに深くかぶる。

 呼吸のふりをして、呪力を沈める。

 心臓のない胸が、妙にうるさい。

 

 横断歩道の白線が足元を流れる。

 人の肩がぶつかり、体温が一瞬だけ伝わる。

 その体温が、俺には遠い。

 生きてる温度。俺が持っていないもの。

 

 呪術師が近づく。

 

 視界の端で、顔が見える。

 若い男。二十代前半くらい。黒髪。目つきは鋭いが、疲れている。

 呪力は抑えているようで、外には漏れにくい。

 それでも俺には見える。

 

 (気づくな……気づくな)

 

 心の中で祈るような言葉が出て、苦笑しそうになる。

 俺は祈る側じゃない。呪う側だ。

 

 すれ違う瞬間、俺はわざと視線を落とした。

 ぶつからない程度に距離を取り、群衆の隙間に身体を滑り込ませる。

 

 呪術師は――何も反応しなかった。

 

 視線も動かさない。

 足取りも変えない。

 平然と歩き続ける。

 俺の存在は、彼の世界に入っていない。

 

 (……通った)

 

 胸の奥が、熱くなった。

 緊張がほどけて、代わりに笑いが込み上げる。

 危険をすり抜けた快感。

 それは狩りの成功とは別種の快感だ。

 

 俺は交差点を渡りきり、群衆の流れに紛れたまま歩き続けた。

 呪術師の背中が遠ざかる。

 呪力の匂いも薄れる。

 

 俺は、フードの下で小さく笑った。

 

 (呪術師すら……欺ける)

 

 この姿の強力さを、改めて実感する。

 殴り合いでは弱くなった。

 でも、この街では殴り合いだけが強さじゃない。

 

 都心は、狩り場だ。

 そして俺は今、狩り場の中を“人間の皮”で歩ける。

 

 黒いローブが、群衆の風に揺れる。

 ネオンがそれを照らして、ただのファッションの影にする。

 

 俺は足を止めずに進んだ。

 

 この能力がある限り、

 俺はもっと深いところへ潜れる。

 もっと濃い呪いへ近づける。

 

 もっと美味い獲物へ辿りつける

 

 誰にも気づかれないまま、俺は夜の中心へ溶けていった。

 





人間社会に紛れ込める(呪術師ですら判別不可)呪霊とか呪術高専が発狂しちゃう!
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