呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

2 / 41
第二話:喰うか、喰われるか

 

 

 地下は、静かだった。

 

 だが、それは安らぎではない。

 羽音を潜め、呼吸すら存在しないはずの空間で、あらゆる“意志”が獲物を探して蠢いている、そんな静寂だった。

 

 廃ビルの地下二階。

 崩れた天井の隙間から滴る水が、コンクリートに黒い染みを作っている。その水たまりに映る自分の姿を、主人公は何度も確認していた。

 

「……やっぱ、少し変わってるな」

 

 複眼の焦点が、以前より合う。

 視界のノイズが減り、遠近の把握ができるようになっていた。

 

 身体も、わずかだが重い。

 それは鈍さではない。密度が増した感覚。呪力の“量”が増えている証拠だと、直感的に理解できた。

 

 ──一体、喰っただけで、ここまで変わるのか。

 

 人間だった頃の倫理観が、まだ心の奥に残っている。

 だが、その倫理は、この世界では無意味だった。

 

 生きるために喰う。

 喰わなければ、喰われる。

 

 それが、呪霊の世界だ。

 

 ふと、空気が揺れた。

 

 ――来る。

 

 羽音を殺し、壁に張り付く。

 視界の端に、二つ、三つの影。

 

 蝿頭だ。

 だが、さっき喰った個体よりも、明らかに()()()()()

 

「……縄張り、か」

 

 理解した瞬間、背筋に冷たいものが走る。

 ここは、誰かの“場所”だ。

 

 呪霊にも縄張りがある。

 強い個体が中心となり、弱い個体がその周囲に集まる。餌場を共有し、外敵から身を守るための、本能的な集合。

 

 問題は――

 その中心にいる存在だった。

 

 影の奥から、一回り大きな蝿頭が姿を現す。

 

 羽の色が違う。

 半透明だったはずの翅が、黒く濁り、硬質化している。複眼の数も多く、身体の輪郭が人型に近い。

 

「……あいつが、ボスか」

 

 相手も、こちらに気づいた。

 複眼が、ぎょろりと動く。

 

 次の瞬間。

 

 ――圧。

 

 目に見えない呪力の波が、空気を震わせた。

 脚が、勝手に後退る。

 

「……くそ……」

 

 本能が告げている。

 今は勝てない。

 

 逃げろ。

 そう判断した瞬間、別の蝿頭が回り込んできた。

 

 ――挟まれた。

 

 羽音が一斉に響く。

 逃げ場を塞ぐ、連携。知能が低いはずの蝿頭が、"狩り"をしている。

 

「……っ!」

 

 人間の思考が、ここで生きた。

 

 真正面からの突破は無理。

 なら――

 

 天井だ。

 

 羽を全力で震わせ、斜め上へ跳ぶ。

 崩れかけた梁に体当たりし、無理やり身体を引っ掛ける。

 

 追ってきた一体が、遅れた。

 

 その瞬間を狙って、俺は噛みついた。

 

 ――喰う。

 

 悲鳴にもならない振動が響き、呪力が流れ込む。

 だが、長居はできない。

 

 群れのボスが、こちらを睨んでいる。

 怒りの感情が、空気を歪ませる。

 

「……覚えてろよ」

 

 言葉にならない呪詛を残し、梁から落下し、そのまま闇の奥へ逃げ込む。

 

 背後で怒り狂った羽音が響いたが、深追いはしてこなかった。

 

 ――生き延びた。

 

 物陰で身を潜めながら、身体の変化を確認する。

 

 さっきの一体分。

 だが、先ほどとは違う。

 

 呪力の流れが、より滑らかだ。

 まるで、身体が“慣れてきている”ような感覚。

 

「……喰い方、か」

 

 ただ喰うだけじゃない。

 どう喰うか。どの相手を選ぶか。

 

 これは、ただの捕食じゃない。

 戦略だ。

 

 理解した瞬間、胸の奥に、奇妙な高揚が生まれた。

 

 怖い。

 気持ち悪い。

 醜い。

 

 だが――

 

「……面白い」

 

 思考できる呪霊。

 計算できる呪霊。

 

 そんな存在が、この世界にどれほどいる?

 

 あの群れのボスも、いずれ喰う。

 だが、今じゃない。

 

 まずは、一匹ずつだ。

 

 視線を巡らせると、遠くに微弱な呪力反応がある。

 群れから弾かれた個体。

 孤立した弱者。

 

「……次は、お前だ」

 

 羽音を殺し、闇に溶ける。

 

 この地下は、狩場だ。

 そして――

 

 蝿頭のサバイバルは、まだ始まったばかりだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。