呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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こーゆー呪術廻戦の二次創作がもっと増えてほしいですね(チラッチラッ)。


第二十一話:真なる人 

 

 

 夜の新宿の隅――歓楽街の喧騒から、ほんの十数本路地を外れただけの場所。

 

 なのに、そこはまるで別の世界みたいに静かだった。

 

 空き地は広いだけで、見た目は何の変哲もない。砕石と固い土が混じった地面に、錆びた鉄筋の切れ端がぽつぽつ突き出ている。フェンスは一応ぐるりと囲ってあるが、ところどころ歪み、継ぎ目が緩んでいて、風が通るたびに金属が小さく鳴いた。

 

 周囲には低い建物が点々と並び、どれもが夜の明かりを最小限にしか灯していない。派手な看板がない。眩しいネオンが届かない。遠くの大通りの光が、ビルの角に反射して薄く差し込むだけだ。

 

 それでも、完全な暗闇にはならない。

 

 新宿という街が持つ光の残滓が、空の灰色を押し上げ、地面をぼんやりと浮かび上がらせている。月が雲の切れ間から顔を出すと、砕石が冷たい銀色を返し、俺の影が長く伸びて歪んだ。

 

 風が抜ける。

 

 埃が舞い、土の匂いが鼻を刺す。湿っていない土の匂いは、どこか喉の奥を乾かす。そこに、まだ消えきらない残穢が混じっている。さっきまでここで“落ち武者呪霊”がいた証拠だ。黒い血が地面に染みた跡が、乾く前の染みとして残っている。

 

 空気が、妙に重かった。

 

 音が薄いから、静けさそのものが圧になって皮膚を押す。遠くの笑い声や車の走行音が、壁越しのテレビみたいにぼやけて届くのに、ここだけはやけに鮮明な沈黙がある。

 

 その沈黙の中心に――異様な存在が立っていた。

 

 真人。

 

 人が人を憎み、恐れ、拒絶する負の感情から生まれた特級呪霊。

 

 そう、“特級”だ。

 

 今まで戦ってきた呪霊とは、文字通り格が違う。呪力量の量だけじゃない。質が違う。存在の密度が違う。こいつがここにいるだけで、空き地の空気が別物に変わる。

 

 そして、何より厄介なのは――通常攻撃が通用しないこと。

 

 真人に効くのは魂への攻撃だけ。

 

 肉体を裂こうが、呪力で穿とうが、一切の痛痒は与えられない。逆に、こちらは魂の形を変えられるだけで終わる。こちらに魂を直接傷つけるすべはないのに、向こうは触れただけでこちらの魂を変えられる。

 

 あまりにも不公平。

 

 だが、特級とはそういうものだ。

 

 強いとか弱いとか、そういう尺度を越えている。理不尽が形になって立っている。

 

 真人が話しかけてくる。

 

 その声は明るい。親しげだ。まるで、偶然会った知り合いに挨拶するみたいに軽い。

 

 「やあ。すごいね、君。……さっきの戦い、見てたよ」

 

 真人はフェンスへ手をかける。

 

 金属がきしむ。真人の手が触れた部分だけ、フェンスの気配が変質する。腐るとか溶けるとか、そういう分かりやすい破壊じゃない。形そのものが“違うもの”へ変わりそうな、嫌な予感。

 

 真人は、軽々とフェンスを乗り越えた。

 

 音がしない。重さがない。着地の衝撃がない。

 

 その動きだけで、俺の周りの靄が無意識に張り詰める。俺は理解する。この感覚は"恐怖"だ。呪霊になってから一番の恐怖を、俺は今感じている。

 

 俺は動けなかった。

 

 動けば死ぬ、というより、動いたところでどうにもならない、という感覚が俺を縛った。巨大な波を前にして、泳ぐのを止めてしまうみたいな、諦めにも近い硬直。

 

 糞爺も同じだった。

 

 さっきまで喚いていたくせに、今は口を開けたまま固まっている。壺を抱えた腕が微かに震え、その震えが伝わって壺の表面がこすれる音がした。

 

 俺は内心で必死に思考を回す。

 

 なぜこんなところに真人が?

 

 何が目的だ?

 

 自然呪霊たちとはもう組んでいるのか?

 

 羂索とは?

 

 考えるほど、脳の裏側が冷たくなる。情報が足りない。分からない。分からないのに、目の前にいる。

 

 真人は俺たちの目の前まで来た。

 

 距離が詰まるほど、呪力の圧が増す。息が重くなる。呪霊の俺でも、胸の奥が圧迫される感覚がある。空気が濃くなり、呼吸が粘つく。

 

 真人は目を細めた。

 

 そして、開口一番。

 

 「君、面白い魂をしてるね」

 

 その言葉と同時に、真人の手が伸びた。

 

 俺の身体が反射で引く。

 

 逃げる、という動きが出ない。出る前に、足が地面に縫い付けられている。

 

 触れられた。

 

 胸元。

 

 皮膚の上を、軽く撫でるような感触。

 

 ――やばい。

 

 俺は無為転変を知っている。

 触れられたら終わる。魂の形を変えられ、肉体が歪み、別の何かへ作り替えられる。

 

 人間なら即死だろう。

 俺は呪霊だ。それでも、魂を弄られるのは終わりに近い。

 

 なのに、真人の手は、すぐに“変える”方向へ行かなかった。

 

 真人は胸元を撫で回す。

 

 指先が皮膚をなぞるたびに、俺の内側――魂の輪郭が、ぞわりと浮き彫りになる感覚がした。

 

 見られている。

 触られている。

 肉体の表面じゃない。もっと奥。俺が“俺”である部分。

 

 真人は楽しそうに言った。

 

 「うわぁ……強い。すごく強いよ。君の魂、かなりの強度がある」

 

 真人は笑う。

 

 「こんなの、初めて見た」

 

 俺の背中に冷たい汗のようなものが流れる錯覚が走った。

 強度がある?

 魂が強い?

 

 そんなもの、俺は考えたことがない。俺はただ、喰って、強くなって、呪霊王になる。それだけだ。

 

 なのに、真人は俺の根本を見て、それを“面白い”と言った。

 

 真人はひと通り撫で回したあと、ふっと手を離した。

 胸の圧迫が少しだけ軽くなる。触れられていた部分が、熱を失ったようにひやりとした。

 

 真人は、今度は糞爺へ視線を移す。

 

 「ねえ、君」

 

 糞爺がびくっと跳ねた。

 

 「その壺はなんだい? 君が作ったのかい?」

 

 糞爺は一瞬、固まって――次の瞬間、慌てて壺を差し出した。

 

 「お、おう。俺が作った。……よければ、触ってみるか? ほら、手触りとか……」

 

 分かりやすい作り笑い。

 声も上ずっている。媚びている。取り入っている。

 俺は内心で罵倒した。

 

 (何やってんだ…!)

 

 相手は特級だ。触らせたら壺ごと魂を弄られるかもしれない。そもそも、こいつは“触れる”ことが武器だ。その武器に自分から突っ込んでいくなんて。

 

 真人は壺を受け取った。

 

 指で軽く叩き、縁をなぞり、底を見て、角度を変えながら眺める。まるで美術品でも鑑定しているみたいに。

 

 そして、ぽつりと言った。

 

 「美しい呪力だ。かなりの練度だね」

 

 褒められた糞爺の顔が、明らかに緩んだ。

 

 「お、おう! だろ! これな、土の選び方が――」

 

 糞爺は勢いよく語り出した。

 

 土と水の混ぜ方。呪力の練り込み方。乾かす時間。形の整え方。ダクトの上で捏ねる利点。そんなことまで語るのか、というほど細かい。

 

 真人は興味津々で聞いている。

 頷き、質問し、また頷く。

 会話が盛り上がってしまう。

 

 特級呪霊と、糞爺が、壺の話で盛り上がっている。

 俺はかなり混乱した。

 

 状況の危険度と、目の前の光景が噛み合わない。脳が拒否している。こんな不条理、理解したくない。

 

 けれど、真人は本気で楽しそうだった。

 

 笑顔がキラキラしている。目が子どもみたいに輝く。人間の悪意から生まれた呪霊が、壺に感動している。その事実が、逆に怖い。感情の揺れ幅が大きすぎる。

 

 やがて、ひと段落した。

 

 糞爺が語り疲れて息を吐き、真人が壺を返す。

 真人はふっと表情を変えた。

 軽い笑顔は残したまま、目の奥だけが少し真剣になる。

 

 「ねえ、二人とも」

 

 真人が俺たちへ語りかける。

 

 「俺はね、知性のある呪霊たちで徒党を組もうと思ってるんだ」

 

 糞爺がぴくりと反応した。

 俺は黙ったまま、真人を見続ける。

 

 真人は続ける。

 

 「今日、君たちを見つけたのはたまたまだよ。でも、君たちみたいに会話できる呪霊って、なかなかいないじゃない? だから、嬉しくなっちゃった」

 

 自分は本当に最近産まれたばかりだと、真人は言った。

 

 自然呪霊たち――漏瑚や花御や陀艮――とも、まだ出会っていないらしい。

 

 羂索とも、まだ。

 

 ……少なくとも、真人の口ぶりからはそう感じた。

 

 真人は俺を見て、目を輝かせた。

 

 「君、強いし、面白い魂だし、俺と組まない? 俺らみたいな呪霊が手を組んだら、きっとすごいことになるよ」

 

 誘いの言葉は甘い。

 だが、その甘さの裏にあるものが見える。

 

 “人間をどうするか”。

 

 真人は、最初からそれを目的にしている。

 俺は、その誘いに乗る気はなかった。

 

 羂索に見つかれば、何をされるか分からない。利用される可能性が高い。俺は駒になるつもりはない。

 

 それに、人間をどうこうする気もない。

 

 俺が欲しいのは、強さだ。呪霊王になることだ。人間を殺すことは目的じゃない。

 

 真人はさらに言う。

 

 「君と俺が組んだら、どれだけの人間を殺せるか、ワクワクするだろ?」

 

 そして、さらりと付け足した。

 

 「あとね。君、呪霊を食べるの、やめてもらいたいな」

 

 俺の胸の奥が、ドキリと冷える。

 真人は笑顔のまま言う。

 

 「呪霊はみんな仲間さ。敵は人間。ね?」

 

 返答を待たずして、真人はもう“組んだ”みたいに振る舞っている。

 距離が近い。空気が支配されている。断れば、どうなるか分からない。

 

 俺が断りの言葉を探そうとした瞬間。

 黙っていた糞爺が口を開いた。

 

 「わりぃが、お前と組むのはごめんだ」

 

 声色が違った。

 

 さっきまでの媚びた声じゃない。喚き散らす声でもない。芯の通った、低い声。

 

 真人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 

 糞爺は続けた。

 

 「俺たちは、人間に対して友好的な思想を持ってる。……いや、正確には、敵に回す気がねぇ。お前の思想には付き合えない」

 「だから、組むのはなしだ」

 

 圧倒的な力の差がある。

 真人は触れるだけで俺たちの形を変えられる。

 

 それなのに、糞爺は毅然としていた。

 普段の鬱陶しさや情けなさが嘘みたいで、俺は一瞬、圧倒された。

 

 真人はしばらく黙り――残念そうに笑った。

 

 「そっかぁ……」

 

 俺は内心で焦った。

 

 戦闘に入るか?

 ここで殺されるか?

 魂を弄られるか?

 

 だが、真人は意外なほど素直に言った。

 

 「なら、しょうがないね」

 

 そして、そのまま去っていった。

 フェンスを乗り越え、外へ出ていく。

 

 去り際にも、真人は振り返って手を振った。

 

 「心変わりしたら、いつでも声かけてね!」

 

 何度も振り返る。

 手を振る。

 笑う。

 

 その姿が、妙に無邪気で――だからこそ、背筋が冷たくなった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 真人の気配が遠のき、空き地の空気が少しだけ軽くなる。

 

 俺は息を吐いた。

 

 糞爺の方を見る。

 

 糞爺は、さっきの毅然とした態度が嘘みたいに、へなへなとへたり込んでいた。

 

 「……怖かった……マジで怖かったぁ……!」

 

 感情を吐露する。

 震えながら、壺を抱えている。壺が割れそうなくらい強く。

 

 俺は冷たく言った。

 

 「みなおして、そんした」

 

 「うるせぇ! あれ特級だろ!? 俺だってビビるわ!」

 

 糞爺の喚きを聞き流しながら、俺は思考する。

 

 真人はまだ産まれたばかりだ。

 だが、自然呪霊たちや羂索と組むのは時間の問題だろう。

 

 そして、真人は喋る。

 あいつは絶対に話す。

 

 今日ここで会ったこと。俺が面白い魂をしていること。俺が呪霊を喰っていること。複数の術式を使えるかもしれないこと。糞爺が妙な壺を作ること。

 

 全部、話す。

 

 そのとき、漏瑚や羂索に興味を持たれたら――終わる。

 

 俺はまだ強くない。

 

 今日みたいに一級を倒せたとしても、特級の前では意味が薄い。羂索に利用されるのも、狩られるのも、どちらも同じくらい嫌だ。

 

 結論は早かった。

 

 新宿を離れる。

 

 都心には強い呪霊も多くない、と糞爺も言っていた。もういる意味は薄い。危険が増えるだけだ。

 

 俺は喚き続ける糞爺の首根っこを掴んだ。

 

 「おい! ちょ、やめろ! 俺まだ足に力入ってねぇ!」

 

 羽を広げる。

 夜風が羽根を撫で、背中の筋肉が伸びる。

 糞爺が目を見開く。

 

 「……まさか。嘘だろ?」

 

 「うそじゃない」

 

 俺は淡々と言った。

 そして――さっき手に入れたばかりの術式を意識する。

 

 落ち武者呪霊の術式。

 

 “自身に対して指定した方向への加速度を付与する”。

 

 俺は上を指定した。

 夜空へ。

 

 呪力が身体の芯で弾ける。

 次の瞬間、世界が下へ落ちた。

 

 俺たちは高速で飛び立つ。

 風が殴る。空気が裂ける。ビルの灯りが線になって流れる。

 

 「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 糞爺の断末魔が、尾を引くように夜へ残った。

 

 

 





ここまでが第二章みたいな感じです。
次回、全国編。
そろそろオリジナル特級呪霊出したい。あとヒロインも。
アイデアお待ちしております(他力本願)。
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