呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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今回ちょっと短いかも


第二十三話:邂逅

 

 

 朝の仙台は、東京よりも少しだけ素直だ。

 

 光の落ち方が、真っ直ぐだ。ビルの谷間にねじ曲げられて届く都会の朝日と違い、ここでは空がちゃんと空として機能している。雲が薄いところは淡い青が広がり、雲の厚いところは白く鈍い。朝の冷気がまだ地面に残っていて、息を吐くとほんの少しだけ白くなる気がした。

 

 駅前の歩道は広い。植え込みがあり、街路樹の枝先が小さな芽を準備している。通勤の人間は急ぎ足だが、東京のそれほど攻撃的じゃない。焦っているのに、どこか余裕がある。喧騒はある。けれど、耳を刺すノイズの密度が薄い。

 

 コンビニの前でコーヒーを飲む男がいて、信号待ちの学生が笑いながらスマホを覗き込んでいる。パン屋の前から焼けた小麦の匂いが流れてきて、そこに車の排気が混じる。朝の匂いは、どの街も似ているようで、微妙に違う。

 

 その朝の仙台で、俺はとにかく逃げていた。

 

 さっきの女子高生の群れ。

 

 甲高い声と笑いとスマホのカメラ。興味と無邪気な好意が、雪崩みたいに押し寄せてくる。呪霊相手の殺気や恐怖と違って、あの手の“好奇心”は扱いづらい。拒絶すれば騒ぎになる。無視しても追ってくる。

 

 俺は裏道へ滑り込み、建物の影を使い、視線を切って距離を稼いで、ようやく静かな場所に落ち着いた。

 

 そして、急いでローブのフードを被った。

 

 深く。

 目深に。

 

 視界が狭くなり、布の内側に自分の呼吸が反響する。布越しに外の音が少しだけ鈍り、安心と息苦しさが同時に来る。

 

 (…どうしたもんか)

 

 俺は立ち止まり、内心で思案した。

 

 俺の狙いは虎杖悠仁の在籍する高校だ。そこに宿儺の指がある。原作知識で分かっている。分かっている、はずだった。

 

 だが致命的な欠陥がある。

 

 高校の名前を覚えていない。

 

 場所は仙台。百葉箱。そこまでは覚えているのに、肝心の学校名が抜け落ちている。記憶の引き出しに、ラベルだけ残って中身がないみたいな感覚だ。

 というか、原作の序盤にしか出てこない高校の名前なんて覚えてる訳がない。俺は呪術廻戦は好きだが、マニアではないのだ。

 

 だから、とりあえず人間形態で聞き込みをしようと思っていた。

 

 虎杖悠仁は目立つ。身体能力が異常で、見た目も派手だ。噂になる。街のどこかで名前が出る。そう踏んでいた。

 

 ……だが。

 

 フードを目深に被った不審者が話しかけたら、誰だって警戒する。

 

 今の俺は、真っ黒なローブにフード。

 

 どう見ても怪しい。

 

 なのに、フードを取ればこの顔面だ。

 

 絶対に騒ぎになる。さっき既に証明している。話しかける前に“反応”される。情報を引き出す以前に、周囲がうるさくなる。

 

 俺は右往左往する。

 

 壁に背をつけ、通りを覗き、また引っ込む。歩き出しては立ち止まり、また引き返す。自分でも無駄だと分かる動きなのに、考えがまとまらない。

 

 横では糞爺が壺をいじりながら、他人事みたいに仙台の街をキョロキョロと見ていた。

 

 こいつは相変わらずだ。観光気分。人間の看板を読もうとして、漢字が読めなくて首を傾げたりしている。危機感が薄い。いや、薄いふりをしているのか。

 

 俺がイライラを噛み潰した、その時。

 

 声がかかった。

 

 「えっと……大丈夫ですか?」

 

 ……話しかけてきた?

 

 こんな真っ黒ローブにフードを被った不審者に?

 

 俺は反射でそちらを見た。

 

 そこにいたのは──探していた張本人だった。

 

 虎杖悠仁

 

 桃色がかった髪。明るい表情。身長はそこそこだが、体格が良い。見た目は普通の高校生といった風貌なのに、身体の芯が“運動するために作られている”感じがする。全身の筋肉の付き方、立ち方、重心の置き方。無意識の姿勢だけで、運動の才能が分かる。

 

 (マジかよ…)

 

 俺は内心でかなり驚いた。

 こんな偶然があるのか。

 

 いや、偶然じゃない。ここが仙台で、この時間帯なら、虎杖悠仁は通学しているだろう。それに鉢合わせる可能性はある。理屈ではそうだが、実際に目の前に現れると話が違う。

 

 虎杖は俺の様子を見て、少し困ったように笑う。

 

 「道、迷ってます? なんか……ずっと同じとこ行ったり来たりしてたっぽいんで」

 

 俺はフードの内側で眉をひそめた。

 観察されていたのか。面倒だ。

 

 虎杖は続ける。

 

 「目的地どこですか? ……うおっ」

 

 虎杖は俺のフードの隙間から覗いた顔に、露骨に驚いた。

 目が見開かれ、口が半開きになる。驚き方が素直すぎて、逆に面白い。

 

 「え、……すっげ。俳優さん? なんかロケ地とか?」

 

 俺は一瞬、返答に詰まった。

 

 俳優。

 ロケ地。

 

 意味が分からないが、虎杖の頭の中では“そういうこと”になっているらしい。一般人の発想だ。呪霊なんて存在しない世界の論理。

 

 俺はすぐに口からでまかせを作った。

 

 「道に迷っているわけじゃない」

 

 虎杖が「え」と小さく言う。

 

 「俳優でもない」

 

 「……え、そうなんだ」

 

 虎杖の顔が少し赤くなる。勝手に勘違いして、勝手に恥ずかしがる。人間らしい反応だ。

 

 俺はさらに言葉を重ねた。

 

 「人を待っている」

 

 虎杖は納得したように頷いた。

 

 「そっか。俺、余計なことしてすみません」

 

 律儀だ。

 俺は首を横に振る。

 

 「気にしなくていい」

 

 早く引き離したかった。

 俺は淡々と言う。

 

 「早く学校に行った方がいいぞ」

 

 虎杖は「あ、やべ」と言って時計を見た。

 

 「マジだ、遅れる。……じゃあ、待ってる人、来るといいっすね!」

 

 「ああ」

 

 適当に返す。

 

 虎杖は軽く手を振って走り出した。走り方が綺麗だ。無駄がない。地面を蹴る音が小さい。身体が軽い。

 

 俺は虎杖の背中を見送った。

 そして、確認する。

 

 虎杖の視界に糞爺は入っていない。

 

 すぐそばにいるのに、虎杖は糞爺を見ていない。反応もない。

 つまり、虎杖はまだ呪いに関わっていない。

 

 やはり、原作開始前。

 

 俺の腹の底が、静かに熱を帯びた。

 

 今なら、指を食える。

 

 虎杖が飲み込む前に、俺が先に。

 

 その瞬間、横で糞爺が「お、アイツいい動きしてんな」とか意味のないことを言っているのが耳に入った。

 

 俺は未だキョロキョロと観光気分の糞爺の首根っこを掴んだ。

 

 「うおっ!? いきなりはやめろ!」

 

 糞爺が喚く。

 俺は無視して、呪霊形態へ変身した。

 

 骨格が変わり、羽が背から開く。視界の色が少し変わり、空気の呪力の流れが濃淡として見える。

 

 そして、空へ跳ぶ。

 

 虎杖悠仁を追跡する。

 

 今度は迷わない。狙いは宿儺の指だ。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 上空は冷たかった。

 

 朝の風は夜より柔らかいが、それでも高いところは容赦がない。羽根の間を冷気が通り抜け、体温のない呪霊の身体でも“冷たい”と感じる。冷たさが骨に染みる感じがする。

 

 虎杖悠仁は、走りながら人混みを抜けていく。

 

 上から見ると、街はパズルみたいだ。道路が線になり、建物が箱になり、人間が点になる。その点のひとつが、異様に速い。

 虎杖は速い。普通の高校生の走りじゃない。信号待ちで止まり、青になるとまた走る。その繰り返しが、やけに機械的で滑らかだ。

 

 糞爺は、俺に掴まれながら空を眺めていた。

 

 「なんか俺、空飛ぶのに慣れてきたぜ」

 

 さっきまで叫んでいた奴の台詞とは思えない。

 

 「景色いいな。やっぱ上から見ると違うな」

 

 「だまれ」

 

 「冷てぇな!」

 

 言い返してくるのが、逆に余裕の証拠だろう。確かに、糞爺の声色は少し楽しそうだった。慣れというのは怖い。こいつは何にでも慣れそうだ。

 

 虎杖が向かった先に、学校が見えた。

 

 校舎。グラウンド。体育館らしき建物。フェンス。朝の生徒たちが流れ込んでいく。制服の群れが、門へ吸い込まれていく。

 

 そして──分かる。

 

 空からでも分かるほど、強大な呪力反応。

 

 敷地の一角から、濃い呪力が漏れ出している。まるで地面の下に黒い呪力溜まりがあって、それが間欠泉みたいに立ち上っているかのような濃度だ。

 

 俺は思わずぼやいた。

 

 「……べつに、いたどりをさがすひつよう、なかったな」

 

 糞爺が「は?」と声を上げる。

 

 俺は高度を落とし、高校の敷地内へ滑り込んだ。

 屋根の影。校舎の裏。人間の視線が届きにくい場所を選び、静かに降り立つ。

 

 糞爺が不満そうに言った。

 

 「もうちょっと飛んでいたかったんだけどな」

 

 「またこんど、な」

 

 俺は呪霊の気配を薄めながら、敷地内を歩く。

 

 登校中の生徒たちが続々と学校へ入っていく。靴音。笑い声。挨拶。自転車のブレーキ音。朝の学校特有の“生きている”感じがある。呪力の濃さとは相反して、表面は平和だ。

 

 俺は呪力反応の元を探した。

 

 すぐに見つかる。

 

 学校の外れ。

 

 校舎から少し離れた場所に、ぽつんと百葉箱が立っていた。

 

 白く塗られた木の箱。格子の隙間から、黒い呪力が漏れている。漏れているというより、滲んでいる。箱が呪力を抑えきれず、呼吸みたいに吐き出している。

 

 ──ここだ。

 

 俺は確信した。

 

 宿儺の指がある。

 

 糞爺が横で顔をしかめた。

 

 「……気分悪ぃ」

 

 糞爺の声が掠れる。呪力の濃さが、糞爺の器を圧迫しているのだろう。糞爺は強くない。こういう呪物の前では、息苦しそうだ。

 

 俺は百葉箱へ近づいた。

 指を手に入れるために。

 

 百葉箱の前に立つと、呪力が肌にまとわりつく。甘い。苦い。鉄の味がする。古い血の匂いがする気がする。

 喉の奥が勝手に唾を飲み込む。食欲と警戒が同時に湧く。

 

 俺が手を伸ばした、その瞬間。

 

 とてつもない呪力が弾けた。

 

 空気が裂ける。温度が落ちる。光が一瞬だけ鈍る。

 

 そして、巨大な木が──まるで最初からそこに存在していたかのように、唐突に出現した。

 

 巨木。

 

 否、ただの巨木じゃない。

 

 根が地面を掴み、黒い枝が空を裂き、しめ縄が巻かれた幹が人間の胴体みたいに歪み、括れている。皮の隙間から黒い呪力が溢れ、節が目のようにこちらを見ている気がした。

 

 俺は反射で飛び退く。

 

 (羂索が用意した、守護者か…!)

 

 宿儺の指の周りに、こんなものが付いているのか。

 

 俺は息を吐く。

 

 仙台は、思った以上に“準備”されていた。

 

 

 





というわけで原作主人公の虎杖悠仁くんとの邂逅です(とりあえず顔合わせしとけばあとでいろいろ便利やろの精神)。

後半に出てきた巨木呪霊は"ヒメコロノミコン"さんからのアイデアです。ありがとうございます。
羂索が宿儺の指の周りになんも用意してない訳がないんですよね。
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