呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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死滅回遊編のオープニングめっちゃ良かったですね。


第二十八話:水虎玉と人形

 

 

 宴会の熱が引いたあと。

 

 時間の感覚は曖昧だった。ここは生得領域の内側で、昼夜という区切りがない。外の世界みたいに空が暗くなったり、朝日が差し込んだりはしない。けれど、河童たちが潰れて転がり、酒の匂いが少しずつ落ち着いていくのを見れば、ひと区切りついたことは分かる。

 

 騒ぎの余韻が、木の床に染み込んだみたいに残っている。

 

 吐息のような寝息。

 誰かの歯ぎしり。

 きゅうりの青臭さ。

 こぼれた酒が乾きかける甘い匂い。

 

 広間の片隅で、河童の一体が寝返りを打って「う゛……」と声を漏らし、そのまま静かになった。

 

 俺はその光景をぼんやり眺めながら、胸の奥に残る違和感を噛んでいた。

 

 “呪力なしで、あれ”。

 

 呪力なしで巨漢が俺と拮抗していた事実が、酔いの熱を冷ましていく。自分と特級との差を嫌でも理解させられる。

 

 この場所の住人たちは、軽い。明るい。馬鹿みたいに騒いで、簡単に笑う。

 

 なのに、水虎という存在は、ずっと恐怖の影としてここに居座っていた。酒の底に沈めていたつもりの不安が、夜のない空間の底でずっと蠢いていたのだと、寝顔を見ていると分かる。

 

 そしてその不安の中心に、“水虎玉”がある。

 

 糞爺が言った“当て”。

 

 巨漢が言った“浄化”。

 

 俺の中で、巨木呪霊に対する無力感と、特級に届かない苛立ちと、それらが絡まって渦を作る。胸の奥がざわつき、冷たくなる。

 

 そのざわめきを切るように、巨漢が立ち上がった。

 

 「行くぞ」

 

 俺と糞爺は、無言でついていく。

 

 社の最奥部。

 

 襖で隔てられた部屋の空気は、広間よりもずっと澄んでいた。湿った木の匂いが濃い。灯りが控えめで、影が深い。壁に掛けられた掛け軸が、静かに揺れているように見えた。

 

 巨漢が掛け軸の前に立ち、躊躇いなくそれを外した。

 

 掛け軸の裏。

 

 そこに、隠し扉があった。

 

 木の壁に溶け込むように、細い隙間。押すと軋む音もなく開き、闇が口を開ける。階段が下へ続いていた。空気が変わる。上の広間の酒臭さが薄れ、代わりに湿った石と古い土の匂いが鼻を刺す。

 

 俺たちは階段を降りた。

 

 足音が、石に吸われて鈍く響く。灯りは疎らで、ところどころに小さな明かりが点っているだけだ。薄暗い。影が濃い。視界の端に何かが動いたような気がしても、確かめる気になれない。

 

 長い階段を降り切った先は、地下の空間だった。

 

 広い。

 

 上の広間と同等ほどの広さがある。社の外観からは絶対に想像できない空間が、またひとつ広がっている。天井は低いが、その分横に広い。柱が等間隔に立ち、床は石で、ところどころに苔が生えている。湿度が高く、空気が肌にまとわりつく。

 

 灯りは疎らで、薄暗い。

 

 暗がりの向こうは、深い。人間なら不安になる暗さだ。だが俺は人間じゃない。暗いことより、そこに漂う呪力の濃さが気になった。

 

 部屋の中央。

 そこに、台座があった。

 

 石の台座の上に、淡い光を放つこぶし大の玉が置かれている。

 

 水虎玉。

 

 淡く光るというより、内側から脈打っているように見えた。光がふわりと揺れ、消えかけてはまた強くなる。呼吸している。心臓がある。そう錯覚するほど、生々しい。

 

 そして何より──呪力が漏れ出ていた。

 

 濃い。甘い。湿った水の匂いを含んだ呪力が、部屋全体に満ちている。肌に触れるだけで、ぞわりとする。飲み込みたくなるような甘さと、近寄りたくない気持ち悪さが同居している。

 

 巨漢が低い声で言った。

 

 「いよいよ封印が解けそうだ」

 

 玉の淡い光が、さっきよりも少しだけ強くなる。

 

 巨漢は拳を握りしめ、歯を見せた。

 

 「もういつ解けてもおかしくねぇ。だったら逆に、今からこっちで封印を解いて先制攻撃だ。出てきた瞬間に叩き潰す」

 

 その言葉には、恐れよりも怒りが混ざっている。封印して終わりにできなかった後悔が、今も腹の底に残っているのだろう。今度こそ終わらせる。その意志が、声の硬さに出ている。

 

 だが、糞爺は首を振った。

 

 「その必要はねぇ」

 

 巨漢が眉をひそめる。

 

 「はぁ? 何言ってやがる。今すぐ――」

 

 糞爺は肩をすくめて、巨漢を宥めるように言った。

 

 「まぁ見とけ」

 

 その言い方が、妙に確信めいていた。

 

 俺は水虎玉を見た。

 目の前の呪物。

 

 現物を前にして、俺の中で何かが静かに立ち上がる感覚があった。

 

 ──できる。

 

 理由は説明できない。

 根拠もない。

 

 ただ、確信だけがある。

 

 術式が自ら教えてくれているのかもしれない。俺の中の“食う”という本能が、目の前の玉を見て舌なめずりしている。喉の奥が熱くなる。胃の底が空っぽになるような飢えが、急に生まれる。

 

 それと同時に、目の前の呪物が自らを超える力を宿しているとも確信していた。

 

 これは、俺より上だ。

 だから、奪える。

 

 俺は台座へ近づいた。

 

 足音が石に響く。暗がりの中で、水虎玉の淡い光が俺の顔を照らす。光が肌の上を滑り、骨の中に入り込むような感覚がする。

 

 俺は水虎玉の前に立った。

 巨漢が息を呑む音がした。

 

 糞爺は黙っている。

 

 俺は、おもむろに水虎玉を掴んだ。

 

 冷たい。

 

 水の冷たさではなく、深い井戸の底の冷たさ。触れた瞬間、呪力が指先に絡みつき、皮膚の内側を撫でる。甘い匂いが強くなる。脳がふわりと痺れる。

 

 巨漢が叫びかける。

 

 「おい、やめ──」

 

 俺は止まらなかった。

 

 玉を口へ運び、飲み込んだ。

 

 喉を通る瞬間、内側から光が広がる。甘さが爆発する。砂糖の甘さじゃない。脳髄を溶かす甘さ。胃袋を満たす甘さ。呪力の甘さが、全身を駆け巡る。

 

 次の瞬間。

 

 ──体の内側で、何かが暴れた。

 

 暴れるという表現では足りない。胃の中に入った玉が、水に変わり、その水が獣になって爪を立てている。腹の中で噛みつき、引き裂き、飲み込もうとしてくる。

 

 俺は悶えた。

 

 喉の奥から声が漏れ、膝が折れ、床に手をつく。

 

 胃がひっくり返りそうになる。内側から叩かれる。胸が苦しい。肺が縮む。視界が白くなる。

 

 俺は膝をつき、蹲った。

 呻きが地面に落ちる。

 

 どこかで怒鳴り声が聞こえた。

 

 「言わんこっちゃねぇ!!」

 

 巨漢が駆け寄ってくる。足音が重い。拳が俺の肩を掴もうとする。

 

 「吐き出せ! それは普通の呪物と違う! 水虎玉には生きた水虎が宿ってる! 喰らえば最悪、内側から喰い破られるぞ!」

 

 その言葉が、痛みの中でも理解できるほど具体的で、余計に恐ろしくなる。

 

 俺の内側の“水虎”が笑っている気がした。

 

 喰い破る。飲み込む。全部欲しい。全部欲しい。

 

 水害としての記憶が、津波のように押し寄せる。川が溢れ、堤防が崩れ、家が流れ、叫び声が水に沈む。助けてという声が、泡になって消える。水は何も選ばない。ただ飲み込む。全部飲み込む。

 

 同時に、呪霊としての記憶が重なる。

 

 誰かの悲鳴が聞きたい。

 

 泣き声が好きだ。

 断末魔が好きだ。

 恐怖の匂いが好きだ。

 喰うことこそが喜びだ。

 

 俺の胸の奥が、暗い甘さで満たされる。

 

 そして──その甘さが、俺を引きずり込もうとする。

 俺は歯を食いしばった。

 

 吐き出す?

 

 無理だ。

 

 これは、俺が飲み込んだ。

 

 俺の中に入った。

 

 ここで吐き出せば、俺はまた“逃げる側”になる。

 もう、あんな屈辱はごめんだ。

 

 糞爺が低い声で言った。

 

 「やめろ、一。こいつを信じろ」

 

 巨漢が振り返って怒鳴る。

 

 「そんなこと言ってる場合か!!」

 

 その怒鳴り声が地下の部屋に反響した瞬間。

 

 俺は、立ち上がった。

 

 膝の震えが止まる。胃の痛みが消える。内側の暴れが静かになる。いや、静かになったわけじゃない。

 

 吸収した。

 完全に。

 

 俺の内側の水虎は、もういない。

 

 術式と呪力と記憶。

 全部が俺の中に収まった。

 

 荒ぶる水害としての記憶が、静かな水面へ変わる。悪しき呪霊としての欲望が、鋭い刃のように研ぎ澄まされる。

 

 俺の周囲に、呪力が立ち昇った。

 

 さっきまでとは段違いだ。

 

 濃い。重い。水のようにまとわりつく呪力が、床を濡らすように広がる。空気が湿る。息を吸うと喉が冷える。視界の端で、灯りが揺れる。

 

 巨漢は絶句していた。

 口が開いたまま、言葉が出ない。

 

 糞爺は対照的に、にやりと笑った。

 

 「どうだい、俺の当ては当たったかい?」

 

 俺は答えた。

 

 「……ああ」

 

 声がいつもより低く響く。喉の奥が冷たい。笑う気にもならないほど、体の中が静かだった。

 

 「最高だ」

 

 水虎玉を食う前とは、別次元の存在になった。

 

 それが、自分でも分かった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 場所は広間へ戻った。

 

 床には酔い潰れた河童たちが転がっている。昨夜の宴会の残骸。きゅうりの皮、空の桶、転がった札。寝息があちこちから聞こえ、鼻をつまむような酒臭さが漂っている。

 

 巨漢が襖を勢いよく開け、広間に踏み込んだ。

 

 そして腹の底から叫んだ。

 

 「水虎玉の浄化に成功したぞォォォ!!」

 

 その声で、河童たちは一斉に起きた。

 

 さっきまで寝ていたのが嘘みたいに。

 

 目が開く。皿の水が揺れる。身体が跳ねる。誰かが「え?」と呟いた次の瞬間には、全員が騒ぎ出している。

 

 「マジか!?」

 

 「浄化!?」

 

 「水虎がいねぇ!?!」

 

 狂喜乱舞。

 

 踊る。抱き合う。泣くやつまでいる。水虎をずっと恐れていたのだろう。いつ復活するのかと気が気じゃなかったのだろう。その重荷が、今やっと外れた。

 

 巨漢は俺を指差し、声を張った。

 

 「浄化したのはこいつだ! 京鬼の仲間、そして俺たちの恩人だ!!」

 

 その瞬間、河童たちが俺になだれ込んできた。

 

 過剰に褒めてくる者。

 

 「すげぇ!客人すげぇ!」

 

 抱きついてくる者。

 

 「恩人!恩人!!」

 

 きゅうりを大量に差し出してくる者。

 

 「これ全部やる!これも!これも!!」

 

 頭を撫でようとする手。

 

 肩を叩く手。

 

 背中を叩く手。

 

 頬に触れようとする手。

 

 俺は一瞬、殺意が湧きかけた。

 

 "触るな"、と。

 

 だが、これは敵意じゃない。感謝だ。熱狂だ。

 俺の中の水虎の記憶が、こういう群衆を“飲み込む対象”として捉えようとするのを感じ、俺は意識的にそれを押し込めた。

 

 俺は、まだ呪霊になりきっていない。

 

 糞爺の言葉が、心の中で響く。

 

 "それだけはダメだ"。

 

 なすがままにもみくちゃにされる俺を他所に、巨漢と糞爺が話していた。

 

 巨漢が低い声で聞く。

 

 「アイツは何なんだ?」

 

 糞爺が笑い混じりに答える。

 

 「さぁな、俺も知らん。ただ……アイツは呪霊の王になりたいらしい」

 

 巨漢が目を輝かせた。

 

 「なら、俺が第二の臣下だな! 第一はお前だろ?」

 

 糞爺は照れたように鼻を鳴らし、視線を逸らす。

 

 「……ああ、自慢の王様だよ」

 

 俺はその会話を聞きながら、河童たちの腕の中で息を吐いた。

 

 王。

 臣下。

 

 そんな言葉が、冗談みたいに軽く響くのに、胸の奥が妙に熱くなる。

 

 俺の中の何かが、それを肯定していた。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 その後、また宴会が始まった。

 

 それは前回以上の盛り上がりを見せ、今度こそ全員が完全に酔い潰れた。

 

 広間は完全に沈黙に近い寝息の海になり、桶も札もきゅうりも、全部が床に転がっている。笑い声は消え、酒の匂いだけが残る。

 

 酒を控えていたのは、巨漢だけだった。

 

 親分としての責任感なのか、水虎の恐怖が消えたあとも気を抜かなかったのか。理由は分からないが、巨漢の目は最後まで冴えていた。

 

 皆が寝静まった後、巨漢が社の外まで見送りをしてくれた。

 彼は「他の河童どもが起きてたら、おちおち見送りもできやしねぇ」と愚痴っていた。

 

 池の中央の小島。

 

 外に出ると、湿った空気が肌を撫でる。水面が静かに揺れ、蓮の葉が通路のように並んでいる。

 

 巨漢は俺に言った。

 

 「お前は俺たちの恩人だ。またいつでも来い」

 

 そして糞爺にも。

 

 「京鬼、お前もな」

 

 糞爺は少しだけ口角を上げる。

 

 「……おうよ」

 

 ふと巨漢が思い出したように言う。

 

 「そういや、雪女の野郎がお前のこと探してたぜ。一年前ぐらいに来た」

 

 途端に糞爺が苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 「マジか…まぁ、いつか会いに行くさ…」

 

 「そうか、あんまり心配かけるなよ。…じゃあな!!」

 

 巨漢は風を切る音がするほど全力で手を振ってきた。

 

 その巨体が手を振るだけで、空気が揺れる。水面が微かに波打つ。豪快すぎて笑えてくる。

 

 俺たちも手を振り返しながら、蓮の葉の上を歩く。

 時折振り返ると、巨漢はまだ手を振っていた。

  

 やがて、池のほとりへ辿り着く。

 

 そしてそこを抜けると──来たときと同じ小川の中に出た。

 

 外は、すっかり深夜になっていた。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 虫の声が強い。田んぼの水面が月を映し、かすかな光が揺れている。遠くに民家の灯りが点々と見え、風が稲の葉を撫でる音がする。人の気配はない。道は細く、土が固められた農道が田んぼの脇を伸びている。

 

 俺たちはその道を歩く。

 

 糞爺が言った。

 

 「久々にあんな飲んだぜ」

 

 その声は少しだけ軽い。

 

 だが俺は、それを尻目に考えていた。

 

 手に入れた力。

 

 水虎の呪力。

 術式。

 

 まだ使っていないのに、強力な雰囲気が体の内側に満ちている。水が肺の奥まで入り込んだみたいに、冷たくて重い。動けば波が立つ。怒れば洪水になる。そういう危うさを感じる。

 

 どこかで試したい。

 力を確かめたい。

 

 (今なら、あの巨木呪霊にも…いや、慢心はダメだ。それにおそらく羂索は──)

 

 そう思った、その時。

 

 背後から声がした。

 

 「もし、そこのお方」

 

 場にそぐわない、丁寧な言葉遣い。

 田んぼ脇の深夜の道で聞くには、あまりにも浮いている声だった。

 

 俺は立ち止まり、振り返った。

 

 そこにいたのは──一言で言えば、“人形”。

 

 黒髪の縦ロールにフリルカチューシャ。

 

 均整のとれた顔つき。

 

 優雅な佇まい。

 

 黒のゴスロリドレスに身を包み、フリルとレースが織りなす陰影が、まるでヴィクトリアン調の絵画から抜け出たような気品を放つ。片手には黒いパラソル型の傘。月光を受けて、傘の縁が淡く光っている。

 

 どう考えても、こんな田んぼ脇の道にいるはずがない存在。

 

 俺はローブのフードの中で、目を丸くした。

 

 (……何だ、こいつ……)

 

 

 

 





 最後に出てきた人形ちゃんは"漆塗りのワンコ"さんからのアイデアです。ありがとうございます(やっとヒロイン出せた。人形ちゃんの見た目はダンガンロンパのセレスさんをイメージしてください)。

オリジナル呪霊紹介
【特級仮想怨霊:水虎】
 (アイデア元:"まこらゆらゆら"さん)
 水害への恐怖と、悪い妖怪としての河童への恐怖が合わさって産まれた呪霊。昔、全国的に水害が多発した時、水死体が河童に見間違えられることが多発した。その時に"これは河童の仕業に違いない"と考える人間が増え、水虎の力がより強力になった。
 性格は残忍で食欲旺盛、呪霊と人間の区別なく近づいたものはすべて喰らう。また、悲鳴や断末魔を好み、敢えてすぐに喰わずに獲物で遊ぶこともしばしばあった。
 見た目は河童と虎を掛け合わせて巨大にした感じ。

 術式は『轟水操術』
 大河童の万水操術とは対照的に、呪力で水を産み出す事が出来るが、自らが産み出した水しか操れない。しかし、その出力は驚異的である。

 本当は水虎とも戦闘しようと考えていたのですが、テンポが悪くなるし、今の主人公くんと呪力の使えない一さんではイマイチ勝ち方が思い浮かばなかったのでカットしました(河童たちが自分たちを犠牲に、一さんに呪力を集める展開とか考えましたがさすがに可哀想なのでやめました)。
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