呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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お嬢様言葉なんか書くの初めてなので、変だったらごめんなさい。


第二十九話:猿の手

 

 

 深夜の田んぼ脇の道は、静かだった。

 

 静か、というより──音が少ない。

 

 新宿の夜とは全く違う。ここは田んぼが広く、山の影が遠い。風が抜けると稲が擦れて、乾いたささやきが連なる。水面は月を映して薄く光り、用水路の流れが、どこかでひそひそ話をしているみたいに耳へ届く。

 

 空は暗いが、暗さが澄んでいる。

 

 街灯が点々としかなく、その光の輪の外側は濃い闇だ。だが闇はただ黒いだけではない。水田の湿った匂い、土の匂い、草の匂い、それらが混ざった空気がある。深夜なのに生き物の気配が薄く残っていて、虫の声が途切れ途切れに響く。

 

 そんな場所に。

 場違いな影が立っていた。

 

 人形。

 

 そう言うしかないほど整いすぎた容貌。

 

 月明かりに浮かぶその姿は、現実の質感から一歩だけ外れている。濡れた地面を踏んでいるはずなのに泥が付かない。風が吹いても髪が乱れない。

 

 俺は戸惑った。

 

 さっきまで、河童の領域の濃い呪力の匂いを背中に残したまま歩いていたのに、今は田んぼの匂いの中で、絵画から抜け出したような存在と向き合っている。

 

 女はゴスロリドレスに身を包んでいた。

 

 黒を基調としたドレスは、フリルとレースが何層にも重なっていて、月光を受けるたびに陰影が増す。布の重さがあるはずなのに、シルエットが不自然に滑らかで、まるで最初から“そういう形”として完成しているみたいだった。

 

 頭にはフリルのカチューシャ。

 

 黒いフリルが額の上でふわりと広がり、そこだけが小さな波のように揺れている。黒髪の縦ロールが両側に落ち、髪は艶やかで、細部まで手入れが行き届いている。田んぼ道を歩いてきたような乱れが一切ない。

 

 左手には黒のパラソル。

 

 傘は閉じたまま、優雅に持たれている。傘布は月光を吸うように黒く、先端の石突が微かに光っている。パラソルの柄は細く、まるで装飾品だ。

 

 そして、右手。

 

 そこだけが異様だった。

 

 包帯が巻きつけられている。

 

 肘から先にかけて、白い包帯が幾重にも重なり、汚れもなく、端が綺麗に揃っている。医療用の包帯というより、儀式の布に近い。純白が黒のドレスに映え、逆に不気味さを引き立てている。

 

 女は俺を見て、仰々しいお嬢様言葉で言った。

 

 「そこのお方。少々お時間を頂戴してもよろしいかしら」

 

 声まで場違いだった。

 

 鈴が鳴るみたいに澄んでいて、けれど温度がない。丁寧なのに、距離を感じる。人に向けているというより、舞台の客席へ向けているみたいな喋り方。

 

 俺は警戒した。

 

 この見た目、この雰囲気。

 

 呪霊か──あるいは呪術師。

 

 どちらでも面倒だ。今は羂索に気付かれたくない。呪力は抑えている。ここで派手に動けば、誰かが嗅ぎつけるかもしれない。

 

 俺は低く聞いた。

 

 「お前は何だ」

 

 女は微笑み、優雅に一礼した。

 

 右手でスカートの端をつまみ、片足を後ろに引いて膝を曲げ、体を低くする。

 

 動きが完璧すぎて、腹が立つほどだ。

 

 「わたくしの名は、階肚零子(かいばられいこ)と申します。階肚家の現当主にございますわ」

 

 ──階肚家。

 

 呪術界の名家だろうか。

 

 俺はその名乗りの仕方で、女が呪霊ではなく人間だと察した。呪霊なら、もっと直接的だ。名乗りに飾りは要らない。呪霊は生まれた瞬間から存在理由が剥き出しだ。

 

 俺は問い返した。

 

 「用件は」

 

 零子はパラソルを少し持ち直し、上品な口調で続ける。

 

 「最近、わたくしどもの周辺で呪霊を狩っている正体不明の存在がおりましてよ。……できれば、そのお方を階肚家で囲い込みたいと考えておりますの」

 

 囲い込み。

 

 その単語が、夜の空気を一段冷たくした。

 

 零子は視線を滑らせ、俺の横──糞爺の方を見た。

 

 糞爺は、微妙な顔をしている。酒の余韻が残っているのか、いつもよりぼんやりしているが、それでも零子の視線に気付いて肩をすくめた。

 

 零子が言う。

 

 「呪霊をお連れのご様子でしたので。もしやと思い、声を掛けさせて頂きましたわ」

 

 俺は答えた。

 

 「呪霊を狩っていたのは俺だ」

 

 零子の瞳が細くなる。

 

 「まあ。そうでいらっしゃいましたのね」

 

 俺は続ける。

 

 「だが、俺に囲われる気はない」

 

 零子はわざとらしく肩を落とし、悲しげな顔を作った。

 

 演技くさい。

 

 涙すら出ていないのに、残念そうな形だけが整っている。

 

 「そう……それは、誠に残念でございます」

 

 そして、笑った。

 

 柔らかい笑みなのに、刃物の光みたいに冷える笑み。

 

 「でしたら──死んで頂きますわ」

 

 言葉が軽かった。

 

 「この周辺に階肚家以外の術師がいると、邪魔なんですの」

 

 殺す、という行為を“手続き”のように扱う軽さ。躊躇いがない。倫理がない。そこにあるのは家の都合だけだ。

 

 「見たところ高専にも所属していらっしゃらないご様子。でしたら、消えて頂いても問題ございませんわね」

 

 零子は右手の包帯に指を掛けた。

 

 そして、ほどく。

 

 白い布が夜気に触れて、ぱさりと落ちる。

 

 包帯の下から現れたのは──ミイラのような右手だった。

 

 肌は乾き、色はくすみ、指は細長い。関節が異様に浮き出ていて、爪が黒い。生きた人間の手ではない。腐敗して干からびた肉の手。なのに動いている。

 

 その右手から、呪力を感じる。

 

 それなりの濃度。

 おそらく呪物だ。

 

 だが、今の俺には“それなり”だ。

 水虎玉の呪力の後だから、驚くほどではない。

 

 俺は思考した。

 

 人間は食うつもりはない。

 

 でも、敵対してくるなら──殺すべきか。

 

 自分に人が殺せるのか。

 そもそも戦うべきか。

 

 戦うなら、水虎の術式を試したい。

 

 対人戦も経験しておくべきだ。

 

 答えが、静かに決まる。

 

 俺は糞爺を後ろへ下がらせた。

 

 「下がれ」

 

 糞爺は目を丸くする。

 

 「おい──」

 

 俺は糞爺の方を見ずに言う。

 

 「わかってる。人間"は"食わない」

 

 糞爺は軽く頷いて、道の端へ退いた。

 

 零子は首を傾げた。

 

 調伏させた呪霊を使って戦うと思っていたのだろう。俺から呪力を感じないから、なおさらそう見える。

 

 「まあ……お連れの呪霊をお使いにならないんですの?」

 

 俺は答えない。

 

 人間形態のままでは、無駄にリスクがある。耐久力を優先する。

 

 俺は呪霊形態へ変身した。

 ローブが溶け、靄になる。

 骨格が変わり、羽が背から開く。

 

 呪力は体内で抑えたまま。

 

 濃度を外に漏らさない。呪力を隠し、相手に過小評価させる。慢心を誘う。

 

 零子の瞳が一瞬だけ大きくなる。

 

 だがすぐに、口元を吊り上げた。

 

 「呪霊……でしたのね。でしたら、躊躇なく殺せますわ」

 

 零子が踏み込んだ。

 

 ミイラの右手を突き出してくる。

 

 その動きは速い。素人じゃない。呪力で補強しているのが分かる。右手の軌道に、重さが乗っている。

 

 だが、俺は難なく避けた。

 

 右手が空を切り、風が頬を撫でる。

 

 次の瞬間。

 

 零子は左手のパラソルの中棒から、隠し刀を抜いた。

 金属の光が走り、切りつけてくる。

 

 しかし、俺はそれも避ける。

 

 刃が羽の端を掠め、髪のような羽毛が少しだけ舞う。

 

 攻撃が続く。

 

 ミイラの手。

 隠し刀。

 蹴り。

 

 斬る、突く、払う、蹴る。

 

 いちいち優雅な所作を崩さないのが腹立たしい。殺意があるのに、姿勢が崩れない。自分が美しいまま相手を殺せると信じている。

 

 俺は避け続けた。

 

 相手の間合いを測る。

 速度を測る。

 癖を読む。

 

 呼吸のタイミング、足の置き方、視線の向け方。

 

 零子は苛立ったように声を荒げる。

 

 「なぜ……! なぜこんな木っ端呪霊に、攻撃が当たりませんの!!」

 

 木っ端呪霊。

 

 俺が呪力を抑えているせいで、完全に舐めている。

 俺は判断した。

 

 いつでも倒せる。

 

 なら、水虎の術式の実験台にする。

 

 俺の内側の記憶が囁く。

 

 水を産み出せ。

 水を操れ。

 全てを飲み込め。

 

 俺は少量の水を産み出した。

 

 空気中に、水が滲む。

 

 霧のような粒が集まり、流れになる。水を産み出すのは、そこそこ呪力を使う。体の内側がひやりと冷え、胃の底が重くなる。

 

 零子の刃が来る。

 

 俺は水を圧縮し、刃の前へ立てた。

 水が壁になる。

 刃が当たり、弾かれる。

 

 金属音が小さく鳴る。

 

 零子が目を見開く。

 

 「水……?」

 

 圧縮すれば、水でも攻撃を受け止められる。

 

 さらに、水の移動や圧縮にはあまり呪力を使わない。水は素直だ。命令に従う。すぐに形を変える。

 

 俺は水虎の術式について理解を深めていく。

 

 零子は焦り始めていた。

 

 攻撃が通じない。

 

 距離を詰めても避けられる。

 刃は水で止められる。

 ミイラの手も当たらない。

 

 零子の動きが大きくなる。

 

 ミイラの右手が、大振りで振り抜かれた。

 

 その瞬間、俺は水を刃にした。

 圧縮した水の刃。

 

 透明なのに、そこに“線”がある。空気が切れる音が一瞬遅れて鳴る。

 

 ミイラの右手が肘から切り飛ばされた。

 

 切断面から血は出ない。

 

 乾いた肉が裂け、包帯の糸が千切れ、右手が地面へ落ちる音だけが響いた。

 

 零子が怯んだ。

 

 驚きと痛みよりも、“自分の右手が落ちた”ということに理解が遅れている顔。

 

 俺はその隙に、落ちた右手を拾い上げる。

 

 右手に触った瞬間、身体が重くなる。

 足首に泥が絡むような感覚。

 

 だが、気にするほどでもない。

 

 おそらく右手の効果なのだろう。

 

 俺はその右手を食った。

 

 歯で噛み切る。

 口の中で乾いた肉が砕ける。

 

 甘さは、なかなか。

 水虎ほどじゃない。

 

 能力は手に入らなかった。

 

 俺が“自分より上”だと思っていないからだろう。

 

 だが、呪力は少し増えた。

 

 零子が言い放つ。

 

 「そのようなものを召し上がっても、意味はございませんわ!」

 

 そして──零子の右腕が、再生した。

 

 新しい右手が、肘から先に伸びる。

 皮膚が生まれ、指が形になり、爪が白く整う。

 

 (反転術式か…? よくそんな高等技術を…)

 

 俺は一瞬身構える。

 だが、その瞬間。

 

 零子が固まった。

 

 自分の右手を見て。

 

 そこにあるのは、ミイラの手ではなかった。

 

 普通の右手。

 

 生きた皮膚の色。

 血の通った指。

 可憐な手。

 

 零子の表情が崩れた。

 

 目が震え、唇が震え、息が詰まる。

 

 そして、零子は座り込んでしまった。

 膝が折れ、ドレスの裾が泥に触れるのも気にしない。

 

 零子の頬を、涙が伝った。

 

 ぽろぽろと。

 

 美しい作り物みたいだった顔が、初めて“人間の顔”になる。

 

 俺は理解できなかった。

 

 なぜ泣く。

 なぜ座り込む。

 なぜ右手を見て──そんな顔をする。

 

 俺の中に、妙な罪悪感が湧いてきた。

 

 殺意を向けられた相手に、罪悪感。

 

 意味が分からないのに、胸が少しだけ重い。

 

 俺は思わず天を見上げた。

 こんなことがすぐ前にもあった気がする。

 

 田んぼの水面に映る月とは別に、本物の月がそこにある。星が散っている。雲が薄く流れ、夜が澄んでいる。

 

 (綺麗だな…)

 

 田舎は夜空が綺麗だった。

 

 綺麗すぎて、今起きていることに対して理解を放棄したくなる。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 ……またか。

 

 また、訳の分からないことに巻き込まれた。

 

 

 

 





あー!主人公くん零子ちゃんのこと泣かしたー!!

オリジナル術師紹介
【階肚零子】
(アイデア元"漆塗りのワンコ"さん)

 等級:準一級相当(高専未所属)

 見た目:黒髪の美少女。身長約160センチ(ヒール込みで170センチ弱)。優雅な佇まいの21歳。髪型は黒の縦ロール。黒のゴスロリドレスに身を包み、フリルとレースが織りなす陰影が、まるでヴィクトリアン調の絵画から抜け出たような気品を放つ。片手に黒いパラソルタイプの傘を携え、その美貌と装いから、周囲の者は自然と「お嬢様」や「お人形」との印象を抱く。しかし、何より目を引くのは『包帯に包まれた右手』──右肘の部分から露わになっており、「お嬢様」という印象にはそぐわない異様な雰囲気を放っている。

 術式:『生身是仏』
 日々の生活で生まれる余剰分の生命力を蓄積し、術者の任意のタイミングで引き出せる術式。
 例えるなら、低コストで反転術式を使えるようなモノ。そこそこの生命力で自身の腕すらも再生することができる

【呪具1】猿ノ手
 16歳の時に右腕を切り取られて移植された呪具。
 東堂のビブラスラップと同様に、儀式で自身の右腕と認識させている。そのため、もしも猿ノ手が切断された場合は生身是仏で再生することもできる。(能力は新しく生えた猿ノ手に移動し、切断された猿ノ手はただの肉塊になる)

【呪具2】隠し刀
無名の呪具、パラソルに仕込んである。
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