呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

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零子ちゃんに主人公くんのことなんて呼ばせよう…(主人公くんに名前をつけてないことがここにきて響く)。


第三十四話:祖母と檻

 

 

 

 扉の前に立った瞬間、鼻の奥がつんとした。

 

 消毒液の匂いだ。

 

 地下の空気は乾いているのに、その匂いだけが妙に粘ついて、喉の奥に絡みつく。ここが“そういう部屋”だと、嗅覚が先に理解してしまう。

 

 俺は一度、呼吸を浅くした。

 

 余計な感情が湧く前に、扉を押し開ける。

 

 糞爺が俺の足元から覗き込むようにして、先に声を漏らす。

 

 「……おいおい、ほんとに手術室じゃねぇか」

 

 白い部屋だった。

 

 壁も床も天井も、ただ白い。光が反射しすぎて、視界が平坦になる。金属の器具が整然と並んでいて、刃物と鉗子と、何に使うか想像したくない器具がいくつも光っている。医療器具の無機質さが、逆に残酷さを際立たせる。

 

 その中央に寝台があり──

 

 そこに、零子がいた。

 

 派手なゴスロリドレスは着ていない。質素な白い病衣を着せられている。布は薄く、肌の輪郭が透けそうで、寒そうだった。両手足は革ベルトで固定されている。顔は涙で濡れていた。唇を噛みしめて、声を押し殺そうとしているのが分かる。

 

 だが、まだ何もされていない。

 

 それだけで、胸の奥が少しだけ緩んだ。

 

 そして床には、手術着の男が倒れていた。

 

 腹を抱えたような姿勢で、白い床に転がっている。気絶しているのが一目で分かる。

 

 部屋の扉を開ける前に、糞爺に術式を使ってもらったのだ。人間を傷つけずに無力化させることに関しては、糞爺の術式は俺よりコスパがいい。

 

 糞爺が得意げに鼻を鳴らした。

 

 「俺の術式、最大出力だ! どうだ、役に立っただろ!」

 

 ……役には立っているのだが、そのドヤ顔を見ると褒める気が失せる。

 

 そして最後に、部屋の奥。

 

 俺たちを見て、目を見開いている老婦人がいた。

 

 今までの余裕ぶった態度が、きれいに剥がれている。口が半開きで、息の仕方を忘れたみたいに固まっている。

 

 老婦人は俺を見て、声を荒らげた。

 

 「……なんで…!! なんで、無事なのよ…!!」

 

 震えているのは、怒りよりも動揺のせいだった。

 

 それもそうだ。

 

 地下の白い空間で十数人に囲ませて、さらに一級相当の全裸の男まで用意して、それでも対象が無傷でこの部屋の扉を開けて立っている。老婦人からしたら想定外もいいところだろう。

 

 老婦人は叫ぶように続けた。

 

 「ありえない……あれだけの人数を──! 一体どうやって……!」

 

 俺は淡々と答えた。

 

 「全員倒した」

 

 それだけでいい。

 説明は面倒だ。

 

 老婦人の顔が歪む。

 

 「そんなの……そんなの、ありえない! ありえない、ありえない……!」

 

 よほど受け入れ難いのだろう。

 老婦人は半狂乱のように繰り返す。

 

 俺は老婦人から視線を外し、寝台へ近づいた。

 

 零子が何故か先程よりも濡れた瞳でこちらを見上げる。

 その瞳の中で、何かが揺れていた。

 

 恐怖と、驚愕と、希望が、ぐちゃぐちゃに混ざった色。

 

 俺は手を上げ、水虎の術式を起こす。

 

 指先に、水の刃を作る。

 

 透明で薄い刃。

 

 動かすだけで空気が切れる感覚がある。こんなものが自分の術式として当たり前になっているのが、少し怖い。

 

 水の刃で、四肢を固定していた革ベルトを切る。

 

 手首、足首。

 

 水の刃は頑丈そうな革にも、抵抗を感じさせずに通る。

 

 (……ほんと便利だな、水虎の術式)

 

 俺は内心でそう思いながら、最後の固定具を切り落とした。

 

 拘束が解けた瞬間。

 

 零子が、寝台の上から俺に抱きついてきた。

 

 勢いがあるわけじゃない。むしろゆっくりと、縋るように、しがみつくように、胸に顔を押し付ける。肩が震えている。声を押し殺して泣いているのに、嗚咽が身体を通して伝わってくる。

 

 俺は固まった。

 

 こんな時、どうしたらいいか分からない。

 

 俺の曖昧な記憶には、こういった時の女性への対処法など刻まれてはいないのだ。

 

 隣では糞爺がニヤニヤしている。

 殴りたい。

 

 「……おい、糞爺」

 

 「いやぁ〜、青春だな!」

 

 余計なことを言うな。

 

 俺が零子を引き剥がそうか迷っていると、老婦人が背中を向けた。

 

 逃げる気だ。

 

 白い部屋の出口へ、ふらつきながら向かう。

 

 俺は低く言った。

 

 「おい、逃げるなよ」

 

 その言葉に老婦人が振り返る。

 

 そして、罵倒が飛んできた。

 

 「…あなたは所詮、部外者なのよ!! うちのことに首を突っ込まないでくれる!?」

 

 一見、普通の口調だ。

 

 だが、その中身は薄汚い。

 

 “家”という殻に守られていると思っている声。

 

 俺は、言葉で返さなかった。

 即座に水の刃を飛ばす。

 

 細く、鋭く。

 

 老婦人の右耳だけを狙う。

 

 刃が走り、耳が飛んだ。

 

 「あっ!? いやああアァッ!!」

 

 甲高い悲鳴が部屋に響く。

 

 老婦人は右耳があった場所を押さえ、床に膝をつく。血が指の隙間から溢れる。

 

 俺は淡々と言った。

 

 「次そんな口を利いたら耳を貰うと言っただろ」

 

 老婦人が俺を睨む。

 精一杯の憎しみを込めた目。

 

 だが、それは恐怖に濁っていた。

 

 俺は老婦人を放置した。

 今はこいつに興味がない。

 

 俺は呪具庫から持ってきたものを取り出した。

 

 数多の呪具や呪物が集まる中で、特に異様な雰囲気を醸し出していた物。

 何枚もの呪符で、きっちりと巻かれた細長い“何か”。

 

 大きさは40センチほど。

 形は、人の腕のように見える。

 

 掌のあたりが膨らみ、指の形が呪符の隙間から僅かに分かる。

 

 俺がそれを見せた瞬間、老婦人が息を呑んだ。

 痛みに呻きながらも、声がひっくり返る。

 

 「そ、それは……!?」

 

 零子も、俺の胸から顔を上げた。

 瞳孔が一気に収縮する。

 

 俺は零子を軽く引き剥がした。

 

 「……あっ……」

 

 零子が悲しそうな声を漏らす。

 

 もう涙は止まっている。

 表情が、人形みたいに戻る。

 

 俺はその呪物を掲げて、零子に聞いた。

 

 「これ、何だ」

 

 零子が一瞬だけ迷う。

 だが、すぐに答えた。

 

 「それは……“本物”の猿の手でございますわ」

 

 老婦人が、顔色を変える。

 

 俺は問い返す。

 

 「本物?」

 

 零子は、隣に置かれていた移植用の猿の手を手に取った。

 

 それは、見た目は確かに猿の手だ。

 皺だらけで、指が長く、爪が黒い。

 

 だが、どこか“作り物”の均一さがある。生々しさが薄い。

 

 零子が言った。

 

 「こちらは呪具師が作ったレプリカでございますの。階肚家には何本も存在しますわ」

 

 俺の脳裏に、呪具庫の棚が浮かぶ。

 何本も詰められていた猿の手。

 

 あれは、全部レプリカだったのか。

 

 零子は続ける。

 

 「しかし、今あなたが持っていらっしゃる呪符に包まれたものは、オリジナル……本当の猿の手でございます。宿す力は……レプリカとは比べ物になりませんわ」

 

 老婦人の喉が鳴った。

 恐怖と欲が、同時に滲んでいる。

 

 俺は零子を見た。

 

 「お前なら…扱えるのか」

 

 零子は一拍置いてから答える。

 

 「レプリカとはいえ……わたくしは五年間、猿の手が身体の一部でございました。おそらく……扱えるはずですわ」

 

 俺は、口の端をわずかに上げた。

 

 ……やっと“当たり”を引いた。

 

 だがそれは、俺が食うための当たりじゃない。

 

 俺は気づいていた。

 自分が強くなりすぎると、格上を食えなくなる。

 

 水虎玉を食った時、凄まじい力を手に入れた。それは嬉しい。だがその力は同時に、枷にもなる。これ以上自分を膨らませれば、“上だと思える相手”が減る。

 

 なら、別の道だ。

 

 仲間を作る。

 

 自分が上になるのではなく、隣に立つ存在を増やす。

 

 俺は零子に手を差し出した。

 

 「お前、俺の仲間になれ」

 

 唐突な誘い。

 零子の目が揺れる。

 

 普通ならこんな急に誘われて、ついてくる奴などいない。だが、この女は"祖母"に縛られている。そこからの解放はとても魅力的に見えるだろう。

 

 零子は手を伸ばしかけた。

 

 だが、その瞬間。

 老婦人の怒号が飛んだ。

 

 「零子!! あなた、私に育てられた恩を忘れたの!?」

 

 老人の声とは思えないほど大きく響く。

 

 零子の指が止まった。

 

 そして、俺の手から引っ込めた。

 

 一瞬で、鎖に引き戻される。

 

 (……そうか)

 

 この女にとって、祖母は恐怖であり、同時に“檻”だ。

 まずそこをどうにかする必要がある。

 確固たる意志がなけれな、檻からは出られない。

 

 俺は静かに言った。

 

 「お前の人生はお前のものだ」

 

 零子が俺を見る。

 俺は続けた。

 

 「祖母は関係ない。全部、お前が決めていい。…お前はどうしたい?」

 

 零子の唇が震える。

 喉が動く。

 

 「わた、くしは…!」

 

 それ以上の言葉は出ない。

 

 だが、目だけは決まった。

 

 零子は意を決して俺の手を取る。

 

 冷たい指だった。

 けれど、その握りは確かだった。

 

 俺は、呪符に包まれた猿の手を零子に渡した。

 

 零子は受け取る。

 そして、自分の指で呪符を解いていく。

 

 一枚、また一枚。

 

 呪符が剥がれるたびに、空気が重くなる。

 

 最後の一枚が剥がれた瞬間──凄まじい呪力が吹き出した。

 

 まるで、白い部屋が一瞬で黒く染まるような感覚。

 

 空気が震えた。

 呪力が満ち、肺の中まで圧が押し込んでくる。

 

 「マジかよ…!」

 

 糞爺が思わずといった様子で溢す。

 

 俺も思わず笑った。

 

 「……水虎玉並みだな」

 

 零子の手の中で、猿の手が禍々しく脈打っているように見える。

 

 皮膚は乾いているのに、生きているみたいだ。

 

 老婦人が、恐怖で固まる。

 

 腰が抜けたのか、膝を引きずりながら後退する。

 

 「や、やめて……零子ちゃん……お願い……」

 

 零子は返事をしなかった。

 

 抜き身の猿の手を持ったまま、幽鬼のように老婦人へ近づいていく。

 

 足音が、白い床に淡く響く。

 

 老婦人は泣きながら言った。

 

 「ごめん……ごめんなさい……私が悪かったから……!」

 「お願い……命だけは……!」

 

 零子は止まらない。

 

 老婦人はさらに縋る。

 

 「そ、そうだわ! あなたの父親……事故で死んだあなたの父親だって、きっとこんなこと望んでない……!」

 

 その言葉で、零子の足が止まった。

 

 空気が、ぴたりと張り詰める。

 

 零子の声が、静かに落ちた。

 

 「……なぜ、お父様が事故死したと、ご存知なのでしょう」

 

 「………え?」

 

 老婦人の目が泳ぐ。

 

 零子は続ける。

 

 「お父様は失踪したはずですわ。そう、聞かされておりました。他でもない、あなたから」

 

 老婦人の口が開閉する。

 

 言葉が出ない。

 

 零子は確信したように言った。

 

 「あなたが、殺したのですね」

 

 老婦人が必死に首を振る。

 

 だがその動きは、否定ではなく、理性の崩壊だった。

 

 零子は老婦人の目の前に立つ。

 

 そして、微笑むわけでもなく、怒るわけでもなく──ただ、淡々と告げた。

 

 「さようなら、お祖母様」

 

 猿の手が、老婦人の頬に触れる。

 

 その瞬間、老婦人の身体が急激に萎れた。

 

 水分が抜けるように。

 命が吸われるように。

 

 不自然に突っ張られていた皮膚が皺だらけになり、肉が落ち、骨の輪郭だけが浮き上がる。目が落ち窪み、唇が裂け、声にならない声が漏れる。

 

 「あ、あぁあ、ああぁあアァァ……」

 

 老婦人は力のない断末魔を上げた。

 

 そのまま、ほとんど骨と皮だけの姿になって崩れた。

 

 最後に、弱々しく言い残す。

 

 「……ぁんた、なんか……育てなきゃ、よかった……」

 

 そして、動かなくなった。

 

 糞爺が、やるせなさそうに舌打ちした。

 

 「……クソみてぇだな」

 

 俺は零子を見た。

 零子は猿の手を持ったまま、立ち尽くしていた。

 

 肩が少しだけ震えている。

 

 俺は聞いた。

 

 「…どうだ。スッキリしたか?」

 

 零子がこちらを振り返る。

 

 その瞳は、さっきまでの泣き顔とは違った。

 まるで深い池みたいに静かだ。

 

 けれど、一筋だけ、涙が零れた。

 

 零子は小さく頷き、言った。

 

 「ええ、とても…」

 

 短い台詞には、様々な感情が込められているようだった。

 

 俺はその言葉を聞きながら、零子の手の中の猿の手──その禍々しさを、改めて見つめた。

 

 

 

 




我が君、とか我が主とかでいいかな(呼び方)。でも〇〇様、みたいな呼び方はお嬢様言葉と相性いいよなぁ。


オリジナル呪物紹介
【猿の手】
(アイデア元"漆塗りのワンコ"さん)

等級:一級(レプリカ)/特級(オリジナル)

 見た目は人の腕のミイラ。大きさは様々あるが、オリジナルは40センチほど。

 猿の手は、江戸時代に一人の僧によって生み出された特級呪物である。その僧は仏門に身を置きながらも呪術の研究を行っていた呪術師だった。彼は人の死に立ち会う中で、死の瞬間に残る“生の余熱”に着目し、それを奪い、溜め、循環させる術式によって自らの右腕に生命力を溜め続けた。
 最終的に彼は、自身を実験素材とすることを選び、石室に籠もり即身仏となる。数年後に石室が開かれた際、遺体の大半は崩れていたが、右腕だけが腐敗せず、異常な呪力を帯びて残存していた。

 能力は生命力の奪取。触れたものを人間、呪霊問わず生命力を奪う。階肚家の初代当主はこの呪物と生身是仏の術式によって無類の継戦能力を誇った。

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