1.呪術廻戦の世界に蝿頭として転生した主人公が生き残るために呪霊をたくさん食う。
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2.食った呪霊の能力を手に入れられることに気づいた主人公はもっとたくさん呪霊を食うため新宿へ行く。
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3.新宿で糞爺(女の脱糞が好きな爺呪霊)を仲間に加えるが、真人と接触したことで新宿を離れる。
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4.宿儺の指を食うため仙台に行くも羂索が用意した守護呪霊に敗北、後に河童の里へ行き特級呪物:水虎玉を喰らい大幅パワーアップ。
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5.河童の里を出たところでゴスロリ女と出会い戦闘、その後ゴスロリ女の実家へ呪物を貰いに行くもゴスロリ女の祖母に嵌められる。
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6.祖母からの刺客をすべて蹴散らしゴスロリ女こと零子を祖母の支配から解放。零子を新たな仲間に加え次なる目的地へ←イマココ。
庭の門を出た瞬間、空気の質が変わった。
階肚邸の敷地の中は、金と規律の匂いがした。手入れされすぎた芝、磨かれすぎた石畳、声をひそめて動く使用人たち。あそこは“整っている”というより、“整えられている”場所だった。意志がないと、簡単に吸い込まれて自分の形を失いそうだ。
今は違う。
門の外の風は雑で、少し土っぽくて、遠くの車道の排気も混じっている。だけど生きている。生き物の気配がある。
俺は門柱を背にして立ち止まり、隣の零子を横目で見た。
零子は、しれっと左手の薬指に指輪を嵌めている。
昨日まで“祖母の人形”として硬い顔をしていた女が、今は誰に見せるでもなく、その指輪を確かめるように指先をそっと撫でていた。光に当たって微かに反射する金属の色が、やけに目に刺さる。
俺の指にも、同じ冷たさがある。
左手の中指。
……薬指じゃないのか、と言われそうだが、俺はあえてそこにした。理由を言語化するのは面倒だ。薬指なんて、呪霊の俺には似合わない。
零子はそれを見た時、一瞬だけ悲しそうな顔をした。
それでも、何も言わなかった。
その沈黙が、逆に胸に残る。
糞爺が、門の陰からひょこっと顔を出した。
「ほぉ~…!」
やたらと含みのある声。
「お前さんら、門出ってやつか? お揃いの指輪まで付けちゃってまぁ……新婚か? 新婚なのか? 俺は邪魔か?」
口元がニヤついている。目は悪戯をする子供のそれだ。こいつ、さっきからずっとこういうテンションだ。
零子がびくりと肩を跳ねる。
顔が一瞬で赤くなる。耳まで染まって、縦ロールの間から覗く横顔が熱に負けて揺れている。
「し、新婚……!? そ、そのような……わ、わたくしはただ……!」
しどろもどろ。
指輪を隠すように左手を胸元へ引き寄せるのが、逆に目立っている。どこか可笑しくて笑いそうになったが、糞爺に加勢するのは癪だ。
俺は何も言わず、糞爺の脛を強めに蹴った。
「ぐぉっ!? おい、加減ってもんを……!」
「黙れ」
「お前、照れてんのか? 照れてんのか? 俺、見たぞ。お前さんがお嬢ちゃんのこと──」
もう一度蹴った。
「ぎゃあああっ!」
零子が慌てて口元を押さえた。笑うのを堪えているのが分かる。そんな顔もできるんだな、と少し意外だった。
俺は零子へ向き直る。
「ところで、移動手段はどうする」
現実の話をすると、零子の瞳が少し落ち着く。
零子は人間だ。俺たちみたいに電車の上に乗って移動したり、空を飛んだりしたら目立つ。目立つというのは、呪術師にバレる以前に、“普通の人間の世界にひっかかる”ということだ。警察、監視カメラ、通報。面倒が増える。
零子は自信満々に顎を上げ、門の外に停めてあった黒塗りの高級車を指さした。
「ご心配なく、あちらでございますわ。わたくしが運転いたしますの」
俺は反射的に聞き返した。
「免許は?」
零子は目を逸らした。
逸らし方が露骨すぎる。
「……庭では、祖母に隠れて何度も運転したことがありますわ」
俺は溜息を飲み込むのに失敗した。
「それ、無いのと同じだろ」
零子がぷく、と頬を膨らませる。
「失礼ですわ。わたくし、飲み込みは早い方ですの」
飲み込みが早いのはいい。だが、車は飲み込めば動くもんじゃない。
俺は他の手段を頭の中で探した。
徒歩は遅い。公共交通機関は目立つ。
……選択肢が、車しかない。
俺は諦めて助手席へ向かった。
たとえ無免許でも、呪術師に目をつけられるよりはマシだ。
糞爺も当然のように後部座席へ転がり込み、壺を座席の上に置いて、寝転がった。こいつ、状況を理解してないのか、理解した上で楽しんでるのか分からない。
零子は運転席に座ると、ハンドルを握って目を輝かせた。
「外で運転するのは初めてですわ!」
不吉な言葉だ。
エンジンがかかった。
重い低音が腹に響く。車体が微かに震える。零子の指先が、嬉しそうにハンドルを撫でた。
俺の不安は、徐々に大きくなっていった。
§
1時間後。
不安は確信に変わった。
場所は階肚邸から少し離れたコンビニの駐車場。
俺と糞爺は、グロッキー状態だった。
背もたれに寄りかかり、天井を見上げている。置物になった気分だ。いや、置物の方がまだ優雅だ。俺たちはただの“生存しているだけの物体”だ。
零子の運転はそれはもう荒かった。
荒いという言葉が生ぬるい。パニック映画のチェイスシーンみたいな運転だった。右左折の度に体が持っていかれる。急ブレーキで内臓が前へ飛ぶ。加速で背中がシートに押し付けられる。視界が揺れ、景色が線になる。
人間だったら確実に吐いていた。
俺は呪霊だから吐かない。吐けない。吐けないせいで地獄が長引く。逃げ場がない。
糞爺は後部座席で壺を抱えたまま、半泣きで「俺の首が……俺の首が……」と意味の分からないことを呟いていた。首を伸ばされる恐怖が、車酔いと混ざって脳を溶かしているらしい。
俺が何度も安全運転を呼びかけて、ようやく“まともと言えなくもない程度”になった。
だが零子は不満そうだった。
「……つまらないですわ」
つまらないとか言うな。
俺の中で、零子に対する危険度評価がひっそりと一段上がった。
当の零子本人はケロッとしている。
車から降りると、コンビニを見上げてウキウキしていた。
「お店で昼食を買うなんて初めてですわ!」
俺はようやく体を起こす。
地面が揺れている気がする。実際は揺れてない。俺の三半規管が狂っているだけだ。
糞爺は車内に置いていく。
「お前、ここで大人しくしてろ」
「うぅ……俺、もう二度と車には乗らねぇ……」
「それは無理だ」
「ひでぇ……」
零子と俺でコンビニへ向かう。
自動ドアが開く。
入店音が鳴った。
「いらっしゃいませー」
その音と声だけで、零子がびくりと跳ねた。
明らかに挙動不審だ。黒いゴスロリドレスで、縦ロールで、顔立ちが人形みたいに整っている女が、入店音で怯える。悪目立ちの極みだ。
俺も似たようなものだ。
黒ローブにフード。顔を隠してる不審者。並べば完全に事件の香りがする。
怪しんだのか、店員の女性が声をかけてきた。
「……あの、何かお探しですか?」
零子が固まった。
「……え、ええと……その……」
言葉が喉で絡まる。
目が泳ぐ。指先がスカートのフリルを意味もなく掴む。
俺は見かねて零子の肩に軽く手を置き、店員へ言った。
「この子は俺の連れです」
店員がこちらを見る。
フードの陰で表情が読めないのか、警戒が残っている。俺は少しだけフードを上げ、顔を見せた。
ニコリ、と微笑む。
自分でやってて気持ち悪いが、必要だ。
「この子は海外出身で、この格好はアニメのコスプレです。日本のコンビニに来るのは初めてで緊張してるんですよ」
零子の見た目はハーフっぽく見えなくもない。黒髪黒目だが肌の透明感が強く、目鼻立ちは西洋風に整っている。若干苦しいが通る。
店員が一瞬固まって、それから顔を赤く染めた。
「……え、あ、そうなんですね……! すみません、びっくりしちゃって…し、失礼します!」
納得してくれたようだ。
初めて、美形でよかったと思った。
零子が小さく俺を見上げる。
「……助けてくださり、ありがとうございますわ」
感謝しているようで、どこか不満そうだ。
(嫉妬、か?)
面倒だな、と一瞬思った。
でも、その面倒さが悪くないと思ってしまった自分が一番面倒だ。
俺は話題を切り替える。
「菓子とか買うか?」
「……え?」
「ほら、あれ」
お菓子コーナーへ連れていくと、零子の目が途端に輝いた。
棚に並ぶ色とりどりの袋、チョコの光沢、キャンディの色味、ポテトチップスの山。零子はまるで宝石を見つけた子供みたいに、カゴへ次々と放り込んでいく。
「これは何ですの!? この袋の中に、こんなにたくさん……!」
「それは全部ただの飴だ」
「飴……! なんと贅沢……!」
コイツ本当に成人済みなのか、と心の中でツッコんだ。
会計の時も一悶着あった。
こちらをチラチラと見る女性店員に零子がジト目で威圧し、なんとも言えない空気感になった。
さらに零子が明らかに格式高い黒いカードを出した瞬間、店員の目が見るからに変わる。俺は見なかったことにした。金持ちは面倒だ。
俺たちは袋を抱えて車へ戻った。
§
車内。
俺と零子はひとまず息をつく。
糞爺は後部座席で寝転がったまま、壺を抱え直して「いやだぁ…もういやだぁ…」と呟いている。
零子はビニール袋から大量の菓子と一緒に、いくつか買っていたおにぎりを取り出した。
包みを剥がし、一口。
「……!」
大げさに目を見開く。
「な、なんですのこれ……! お米が……お米が……!」
二口目。
「塩……! 海苔……! 香りが……!」
いちいち驚きすぎだ。
糞爺が興味深そうに顔を上げた。
「そんなに美味いか?」
零子は頷いた。
「祖母の方針で、今までは洋食しか食べたことがありませんでしたの。ですから……とても新鮮で……」
俺と糞爺は、何も言えなくなった。
洋食しか食べたことがない、という言葉が軽く聞こえるのが逆に重い。自由の欠如が日常に溶けている。
零子は気づかないまま、おにぎりを食べ進める。
そしてふと、こちらへ視線を向けた。
「これからどうなされるおつもりですの? ご主人様」
俺は口の中の空気を飲み込んだ。
「……ご主人様って、俺のことか」
零子は当然のように頷く。
「ええ。女性は恋い慕う男性のことをご主人様と呼ぶのだと、祖母に隠れて見ていた本で知りましたの」
……コイツ、なんて本を読んでやがる。
というか、結構祖母に隠し事してるな。
糞爺がニヤニヤしながら割り込んでくる。
「まぁいいじゃねぇか、ご主人様?」
俺は強めにデコピンした。
「ぐぼぉっ!?」
糞爺が後部座席で悶え苦しむ。ざまぁみろ。
俺は零子へ言った。
「それは嘘だ。別の呼び方にしろ」
零子が小さく首を傾げる。
「では……お名前を教えてくださいませ」
その言葉で、俺は固まった。
名前。
俺には名前がない。
前世の名前は思い出せない。そもそも前世の輪郭が薄い。記憶は断片ばかりで、名前だけが綺麗に残っているなんて都合のいい話はない。
今までは、名前が必要な場面がなかった。
俺は獣だった。呪霊だった。食うだけだった。
だが、今は違う。
仲間がいる。
零子がいる。
糞爺がいる。
名前がないというのは、拠り所がないということだ。呼ばれるたびに揺らぐ。
俺は口を開きかけて、閉じた。
どうしたものか、と悩む。
気を取り直した糞爺が、妙に真面目な声で言った。
「今、自分でつけちまえばいいんじゃねぇか」
俺は眉をひそめる。
「名前なんて、考えたことないぞ」
「だろうな。お前、そういうの苦手そうだし」
腹立つが否定できない。
「俺が考えてやらぁ。年の功だ、知識には自信がある」
糞爺はしばらく考え込む。
車内には零子がおにぎりを食べる音だけが響いた。
そして20秒ほど経過した時。
糞爺は少しだけ遠い目をして、ぽつりと言った。
「…
「ふむ…」
俺はその響きを舌の上で転がした。
饕餮。
どちらも食という字が入っている。
俺に似合ってはいる。
「どこから取った」
糞爺が肩をすくめる。
「昔にいた呪霊だ。お前さんみてぇに、呪霊を大量に食らってた」
そして、懐かしむように言う。
「俺もまだ弱かった時だからな、アイツには結構苦戦したぜ」
前ならその言葉を虚言だと切り捨てていただろう。
だが今なら、あながち嘘じゃないかもしれないと思える。
河童の親分“一”と糞爺の関係。
京鬼という名。
真人相手に啖呵を切る度胸。
糞爺は、俺が思っているよりずっと長く生きている。
そして、俺が思っているよりずっと多くを知っている。
俺は小さく息を吐き、言った。
「……それでいい」
決めた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
名前を得るというのは、鎖にもなる。だが同時に、形にもなる。
零子が二つ目のおにぎりを食べる手を止めた。
俺が悩んでいる間に一つ目を完食していたのに、今は動きが止まっている。目がまっすぐこちらを見ている。
ぽつり、と呟く。
「……饕餮様」
「なんだ?」
零子はただ笑う。
「なんでもありませんわ饕餮様…うふふ」
声が嬉しそうだ。
零子は何度もその名を小さく繰り返し、ニマニマと口元を緩めた。
俺はその姿に、尻尾を振る子犬を幻視した。
……危険だな。
運転も、情緒も。
でも。
悪くない。
そう思ってしまった自分に、少しだけ驚きながら。
俺はシートに深く背を預けた。
というわけで色々候補はあったんですが、主人公くんの名前は饕餮になりました(理由は漢字がカッコいいから!)。
次の舞台どうしよ…。