呪霊王におれはなる!!   作:トックー0322

4 / 41
第四話:侵入者

 

 

 地下三階は、もう“静か”だった。

 

 いや、正確には――

 俺にとっては、静かだった。

 

 壁に染みついた呪力の匂い。

 天井に張り付いた時の、重力の感覚。

 羽を震わせたときに返ってくる、空間の反応。

 

 それらすべてが、俺のものになっていた。

 

「……落ち着くな」

 

 以前なら、気配のひとつひとつに怯えていたこの場所で、今の俺は“中心”にいた。

 蝿頭が近づけば、わかる。

 隠れれば、わかる。

 逃げようとすれば――もっと、よくわかる。

 

 地下三階に残っていた蝿頭の数は、もう数えるほどしかない。

 俺が喰い尽くしたわけじゃない。

 逃げたのだ。

 

 俺を避けるように。

 俺の呪力を感じ取って。

 

 それは、ひどく心地よかった。

 

「……これが支配、ってやつか」

 

 あまり覚えてないが、人間だった頃は無縁だったであろう感覚が、今は現実として腹の奥に落ちてくる。

 恐怖を与える側。

 避けられる側。

 

 ――俺は、もう“雑魚”じゃない。

 

 そう確信した瞬間だった。

 

 異変が、来た。

 

 地下二階へ続くスロープの奥。

 そこから、今までにない量の羽音が――押し寄せてくる。

 

「……来る」

 

 直感が、はっきりと警鐘を鳴らした。

 

 数が多い。

 しかも、統率されている。

 

 俺は天井から降り、崩れた柱の影に身を沈める。

 隠れるためじゃない。

 迎え撃つためだ。

 

 やがて、姿を現した。

 

 蝿頭。

 十、十五……いや、それ以上。

 

 群れの中央に、異質な存在がいた。

 

「……あの時の地下二階の、ボスか」

 

 一目でわかった。

 

 体格が違う。

 羽は黒く硬質化し、音を立てずに空気を切っている。

 頭部は人型に近く、口器も長く太い。

 

 そして何より――

 呪力の質が違う。

 

 呪霊として成長した今なら分かる、圧がある。

 俺が地下三階で感じていた“支配”に近いものを、あいつも纏っている。

 

 群れが、広がる。

 包囲。

 

「……なるほど」

 

 地下二階の支配者が、領土を広げるべく縄張りを越えて攻めてきた。

 普通なら、そう考える。

 

 だが――

 

「……遅い」

 

 動きが、どこか雑だ。

 焦っている。

 

 群れの配置も甘い。

 統率はされているが、洗練されていない。

 

 攻めてくる者の動きじゃない。

 

 だが、今は考える必要はない。

 

「……ここは、俺の場所だ」

 

 俺は、動いた。

 

 正面から、堂々と。

 

 蝿頭たちが、どよめく。

 俺の姿を見て怯みが走る。

 

 それだけで十分だった。

 

 最前列の一体に、突進。

 体当たりで壁に叩きつけ、そのまま喰う。

 

 ――一瞬。

 

 呪力が流れ込むより早く、次。

 

 二体目。

 三体目。

 

 俺は止まらない。

 

 数の差?

 もう、問題じゃない。

 

 群れの蝿頭は、俺より弱い。

 個体としても、精神としても。

 

 恐怖が、伝染する。

 

 逃げようとする個体が出た瞬間、ボス蝿頭が吠えた。

 耳障りな振動。

 命令。

 

「……無駄だ」

 

 俺は、あえて群れの中心へ踏み込む。

 

 喰う。

 裂く。

 押し潰す。

 

 地下三階が、俺の呪力で満たされていく。

 

 残ったのは、ボス蝿頭と、数体。

 

 ボスが、動いた。

 

 速い。

 俺より速い。

 

 衝撃。

 壁が砕ける。

 

「……っ」

 

 脚が、軋む。

 一瞬、体勢が崩れる。

 

 だが――

 

「……それだけか?」

 

 俺は、倒れない。

 

 今まで喰ってきた数が、違う。

 狩り続けた経験が、違う。

 

 ボス蝿頭は、力任せだ。

 俺は――狩り方を知っている。

 

 正面から受けない。

 側面へ。

 背後へ。

 

 脚を削ぐ。

 羽を裂く。

 

 ボスが吠える。

 焦りが、呪力に滲む。

 

「……やっぱりな」

 

 確信が強まる。

 

 こいつは、逃げてきたんだ

 

 最後は、呆気なかった。

 

 動きが鈍った瞬間、俺は一気に距離を詰め、ボスの脳天に口器を突き立てた。

 

 ――喰う。

 

 今までで、一番濃い呪力。

 だが、混じっている。

 

 

 恐怖。焦燥。屈辱。

 

 

「……地下二階で、何があった?」

 

 問いかけても、答えはない。

 

 ボス蝿頭は、溶けるように消えた。

 

 ボスがやられた途端、群れは散り散りになり、完全に崩壊した。

 

 地下三階に、再び静寂が戻る。

 

 だが――

 俺の中には、恐怖とも好奇心ともつかない重たい感情が残った。

 

「……攻めてきたんじゃない」

 

 あいつは、逃げてきた。

 追い出された。

 

 地下二階から。

 

 俺は、スロープの奥を見る。

 暗闇の向こう。

 

 そこから、別の気配が、微かに流れてきている。

 

 重い。

 粘つく。

 今まで感じたどの蝿頭とも違う。

 

「……なるほど」

 

 地下二階に、()()()()()()が現れた。

 それも――

 

「……おそらく、蝿頭の段階じゃ、ないな」

 

 俺は、羽を震わせる。

 

 恐怖は、ある。

 だが、このまま地下三階にいても先はない。

 

 狩りは、次の段階へ進もうとしていた。

 

 地下三階の支配者として、

 俺は、初めて上を見る

 

「……行くか」

 

 呟きは、闇に溶けた。

 

 次に喰うべき獲物は、

 もう――“同族”だけでは済まない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。