第一〇話 異世界の残骸と決戦の表側
「……終わった、か」
アインズは呟いた。
「(よかった。王都を踏みつぶす前に止められた。これで世界が一つ滅びましたみたいな事態は避けられた……!)」
守護者たちは口々に歓声を上げる。
「アインズ様、素晴らしき御指示でした」
「弱点を瞬時に見抜かれ、一瞬で対処されるとは、さすがアインズ様」
たまたま、カズマからデストロイヤー戦の話を聞いていたから、正解にたどり着けただけである。もっともクラスメイトであるアルベドやデミウルゴスもこの話を聞いていたはずなのだが……。
とはいえ、あちらはコロナタイトが暴走しており強制転移でどこかに飛ばすしかなかったが、こちらはそうではなかった。その差が大きかったといえる。
それよりもアインズは、学園の残骸へと目を向けた。
折れた廊下。
倒れたロッカー。
破壊された教室の扉にぶら下がるプレート。
様々なものがデストロイヤーの背には載っていたのだ。
シャルティアが、その一つを拾い上げる。
「アインズ様。これは危険な扉でありんすか?」
しかしシャルティアの持つものは「視聴覚室」と書かれたプレートがはめ込まれた扉である。
(違う‼ 映画とか見せられる部屋だよ。
てかお前たちもあっちの世界で見ただろ‼)
アウラは、床に散らばった紙片を拾い集め継ぎ合わせていた。
「アインズ様、これ……何かの暗号でしょうか?」
抜けはあるものの大枠つぎはぎできた紙。
《月 国・数・魔・体》
《火 歴・理・音・家》
見覚えのありすぎる表。
デミウルゴスが、それを覗き込んで唸った。
「ふむ……。敵文明の行動予定表とでしょうか」
「毎日決まった時間に、何らかの訓練や儀式を行っていた?」
アルベドが、真剣な顔で頷く。
「この“数”や“国”という記述……おそらく高度な呪文体系か、国家戦略の教育では……」
(違う違う違う違う!!!!
数学と国語だよ!!!!
ただの授業科目だよ。お前たちも一緒に授業受けてただろ!!!!)
マーレが、別の紙を抱きしめるように持ってきた。
「アインズ様。この“給食献立表”というものは、敵の補給体系に関する極秘文書かと」
「おお。“カレー”、“揚げパン”、“焼きそばパン”」
「未知の物資名が並んでおります……。どの項目にも“牛乳”というものが並んでいますが、強壮剤のようなものでしょうか」
デミウルゴスが呟く。
(強壮剤じゃない。ただの牛乳‼ 骨が丈夫になるだけ。
てかナザリックにもあるし、あっちの世界で飲んでだだろお前も!!!)
アルベドが、献立表の一行を指でなぞる。
「カレーこれは兵士の士気を高める武器かもしれません」
「揚げパンは高カロリーな携帯食料でしょうか」
「アインズ様。この“おかわり自由”とは、これは敵の結束儀式か何かでありましょうか」
(やめろぉぉぉぉ‼ 給食を戦略物資みたいに解析するな。ただの昼飯だ‼)
極めつけは──
瓦礫の下から出てきた、小さな手帳だった。
パンドラズ・アクターが、妙に芝居がかった声を上げる。
「アインズ様! これは“生徒手帳”と記されております!」
アインズの心臓が、あれば止まっていた。
(ちょっと待て。それは、さすがにやばい)
表紙には、
見慣れた学校名。
開けば、そこには──
《氏名:鈴木悟》
かつての、自分の名前。
《クラス:6‐B》
(ぎゃあああああああああああ!!!
なんでこんなものまで転移してきてるんだよ!!)
パンドラズ・アクターが、尊敬と畏怖を込めた目で手帳を見つめる。
「これは……“敵文明の個体情報”のようですね、アインズ様」
アルベドが、震える声をあげた。
「まさか、アインズ様……。あの文明の個体識別情報すら把握しておられたのですか?」
デミウルゴスは決意を込めて言う。
「この手帳は、後に“異文明を知る貴重な遺産”として……」
(やめろぉぉぉぉぉぉ!!
小学生の生徒手帳を遺産にするな!!)
アインズは、全力で声を絞り出した。ここまでくると、守護者たちがどこまで本当にわかっていないのか、わかって言っているのか判別ができなくなっていた。
「ま、待てお前たち。これは──非常に危険な情報だ」
守護者たちが、一斉に息を呑む。
「ア、アインズ様が危険と仰るほどの」
「なんと!」
「さすがは至高の御方」
(違う。危険なのは私の精神だ。
そんなもの守護者たちに読まれたら、恥ずかしさで消し飛ぶ)
アインズは、できる限り威厳ある声で続けた。
「この手帳の内容は、私が把握しているものの中で特に危険なものだ。ゆえに、私が預かる」
アルベドは感極まったように涙を浮かべた。
「未知文明の危険な知識を、お一人で背負われるおつもりなのですね」
「アインズ様。その御覚悟、まさに世界の頂点に君臨される御方」
デミウルゴスの称賛に、守護者たちも続く。やはりアインズには守護者達が本当に、学園世界のものを見ながらわからない風にリアクションしているのか判別つかなかった。
(違うぅぅぅぅぅぅ!!
恥ずかしくて見せられないだけだぁぁ!!)
こうして──
“生徒手帳”は、機動要塞デストロイヤーや校舎残骸とともに、ナザリックへと持ち帰られることになった。
***
山河社稷図内部での決戦が終わると同時に、現実世界の繭にも変化が訪れていた。
王都の目と鼻の先にできた巨大な半透明の球体が、ゆっくりと溶けていく。まるで霧が晴れるように、その内部が少しずつ見えてきた。
「見ろ!」
城壁の上の兵士が叫ぶ。
繭が完全に消えた時、そこに立っていたのは──
大地に横たわる、巨大な鉄の残骸だった。
六本あったはずの脚は折れて凍り付いた大地に埋もれている。
胴体には途中に大きな穴があり、怪しい光をたたえていた砲塔はすでに沈黙している。
あれほど恐怖を巻き散らしていた機動要塞デストロイヤーは、今やただの巨大な残骸と成り果てていたのだ。
そして、その前に立つ影。
黒いローブをまとい、骸骨の顔をした王──魔導王アインズ・ウール・ゴウン。
その周囲には、見たこともないような立派な武装に身を包んだ守護者たちの姿も見える。
「ま、魔導王陛下だ」
城壁の上からそれを目撃した兵士たちは、言葉を失った。
やがて、誰かが膝をつく。
「魔導王陛下が怪物を……」
その姿は、瞬く間に王都中に広まった。
誰の目にも明らかな戦果を背に凱旋する魔導王とその配下の姿。
噂は、誇張と脚色を加えられ、神話のように語られていく。
──大地を踏みにじった怪物を、魔導王が異空間に閉じ込め、一騎打ちで倒した。
──世界を滅ぼす兵器を、魔導王がその手で打ち砕いた。
──魔導王は、世界を救った。
事実がどうであれ、民衆の目にはそう映ったのだ。
(……別に、一騎打ちでもないし、
守護者総出で殴り合いした結果なんだが……)
アインズの心のツッコミなど、当然ながら誰にも届かない。王都のあちこちで、人々が膝をつき、叫んでいた。
「魔導王陛下あああ‼」
「救世主だあああ!!」
「あの怪物を倒したんだ」
(救世主ねえ。いや、まあ結果だけ見ればそうなのか?
ギルメンに説明するときも、“世界を救いました”って言えるのか……な?)
アインズは、複雑な気分で歓声を聞きながら空を見上げるのだった。