パンドラズ・アクターの観測室──。
そこはナザリックの奥深く、宝物殿の一角に作られた魔力の光と不気味な静寂に満ちた空間だった。
壁一面には魔法の水晶や観測装置が並び、他国の様子、世界各地の魔力の流れ、そして異世界由来の波形が、薄い光の線となって表示されている。もっとも、それがどのような原理で動き、なにを表示しているかさえ、パンドラズ・アクター以外の誰もが理解できていない。そういった代物ばかりである。
なにより、その場所の真ん中。すでに用途を終えたと思わしき何も映さぬ巨大なパネルが鎮座しており、その異様さを醸し出している。
パンドラズ・アクターは、いつものように軍服姿で直立し、やけにテンションの高い声で報告を始めた。
「アインズ様、私の分析によれば──」
アインズは、なんとか自分の言葉で要約し確認する。
「おそらく、あの世界の連中がまた混ざってくる可能性がある。ということか?」
長い説明を受けたアインズは、自分の言葉で要約し確認するとパンドラズ・アクターは誇らしげに頷く。
「さすがはアインズ様。その可能性がございます」
最近、王国中心に広がる噂と付随する測定情報の説明を受けたアインズは、心の底からうめいた。
(……頼むから、めぐみんやカズマは来ないでくれ。絶対に面倒ごとになるからな。あっ、ターニャが来たら統治を手伝ってもらおうか?)
最後の思考はどうも締まらないものだったが、アインズはどう聞いても嫌な予感しかしない報告に全力で目を逸らしていた。そして欲望と現実的打算が混じったその願いは、世界の運命とは見事に逆方向へと転がっていく。
パンドラズ・アクターのいう“外的因子”の観測は日を追うごとに増え、やがて、それはある地点──リ・エスティーゼ王国の王都近郊へと収束していくのだった。
***
王都の一日は、本来ならば単調な繰り返しのはずだった。
王城から延びる大通りには、朝日を浴びた石畳が淡く光り、露天商たちが店を開く音と共に、パンを焼く匂いが立ち上る。
だが、ここ最近の朝は違った。
「なあ、聞いたか? また空から“物”が落ちてきたってよ」
薄暗い路地裏。
酒場の裏口で、情報屋たちが寄り合っていた。
「王都の北側のどこかの屋敷の上だろ? もう拾われたってさ」
「拾ったのは誰だ?」
「さあな。なんか高く売れるなんて話だから、わざわざ自慢して嫉妬されるバカはそうそういないだろ」
酒で赤くなった鼻をすすりながら、男たちは目を細める。噂はすでに、市井の隅々にまで広がっていた。
──見慣れない同じデザインの服を着た大人たちと子どもを見た。
──空から落ちてきた板に、読めない文字が刻まれていた。
──森に光の渦が発生した。
誰かの作り話かと思われたその噂は、目撃者が増えるごとに重くなり、やがて“魔導国の新たな陰謀”として囁かれるようになっていくのだった。