魔導王の帰還【オバロ二次】   作:taisa01

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本日1回目投降


第二話 エ・ランテル冒険者ギルドからの報告

 

 朝靄がまだ石畳の隙間に溜まっている時間帯。魔導国領となった都市エ・ランテルは、今日も静かに動き始めていた。

 かつて人間の喧騒で満ちていた街路には、今や別の足音が響いている。肉のない足。骨だけの腕。沈黙した顔。魔導王が提供したアンデッドの労働者たちが、整然と列をなし、指定された作業場へと歩いていく。

 荷車を引くスケルトン。

 崩れた城壁の補修にあたるゾンビ。

 夜通し警備に立っていたデス・ナイトが交代し、無言のまま駐屯地へと戻っていく。

 

「おはよう……って、言っても返事はないんだけどね」

 

 露店の準備をしていたパン屋の娘が、癖になった挨拶を、通り過ぎるスケルトンに投げる。 当然、返事はない。ただ空洞の眼窩が、ちらりとも動かずに通り過ぎていく。

 この光景にも、もう三年で慣れてしまった。

 最初こそ悲鳴と恐怖の混じった毎日だったが、

 今では「無口でよく働く労働者」として、ある程度受け入れられつつある。

 

 ──その時までは。

 

 午前の空気が、少しだけ冷たさを増したように感じた瞬間。

 

 キーン……コーン……カーン……コーン。

 

 四つの音が、どこからともなく、世界のどこかで鳴った。

 鐘とも違う。

 角笛とも違う。

 なのに、妙に整った、一定の間隔を持った四つの音。

 それをはっきりと「聞いた」のは、この街でただ一種類の存在だけだった。

 

 ──アンデッド。

 

 荷車を引いていたスケルトンの列が、一斉にぴたりと止まる。

 石垣を積んでいたゾンビの腕が、その場で固まる。

 巡回中のデス・ナイトが、足を止め、ゆっくりと首を上げた。

 眼窩に光はない。

 表情も変わらない。

 だが、確かに“聞いている”ような気配だけが街に満ちる。

 

「……え? なに、今の」

 

 パン屋の娘は、思わず周囲を見回した。耳には、風と人の話し声と、荷車の軋む音しか届かない。先ほどの四音など、影も形もない。

 ただ、アンデッドたちだけが、まるでどこか遠くにある「見えない鐘の塔」に視線を向けるように、同じ方向へ首を傾けている。

 

「おい。今、止まったよな?」

「合図でもあったのか?」

 

 城門の見張りをしていた兵士たちも異常に気付いたらしい。

 だが彼らの耳にも、何の音も届いていない。

 

「一瞬、耳鳴りみたいなのはしたけどよ」

「俺は何も聞こえなかったぞ。魔導国の新しい号令か?」

 

 人間たちは戸惑い、アンデッドは沈黙したまま、数拍の後、何事もなかったように動きを再開する。荷車が再び動き出し、石が積み上げられ、デス・ナイトが歩哨の巡回を続ける。

 先ほどの四音は、まるで初めから存在しなかったかのように、

 空からも地面からも跡形もなく消えていた。

 ただ、その光景を、エ・ランテル冒険者ギルドの窓からじっと見つめている者がいた。

 

 ──ギルド受付嬢。

 

「……いまの、やっぱり変よね」

 

 彼女は帳簿に挟んでいた羽ペンを置き、窓辺から離れた。

 なにか、胸の奥にざらついた違和感だけが残る。

 魔法障壁の干渉? 新しい支配魔法? 

 それとも、もっと別の──。

 

「受付さん、どうかしたのかい?」

 

 たまたまカウンターにいた下級冒険者が声をかけてくる。

 彼女は「なんでもないです」と笑って首を振りながら、先ほどの出来事をこっそりメモに書き留め、その紙を別の書類と一緒にまとめた。

 そのメモはやがて、後に届く一通の報告書と共に、 エ・ランテル冒険者ギルドの「異常事案」の束に綴じられることになる。

 

 

 ***

 

 

 同じ日の午後。

 冒険者ギルド内部の掲示板には、変わらず依頼票と魔導国からのお触れが並んでいた。

 しかし、依頼を眺めていた冒険者たちの会話には、先ほどのアンデッドの“足並み停止”が当然のように混ざっている。

 

「おい、聞いたか? アンデッドどもが一斉に固まったって話」

「聞いたも何も、俺は目の前で見たぞ。荷車がガクンと止まってよ。あやうく挟まれるとこだった」

「合図も号令もなく、いきなりピタッと止まるってのは気味が悪いな……」

 

 そこへ、受付カウンターの方から声が飛んだ。

 

「みなさん。うちのアンデッドは、魔導国から正式に管理されている労働力なんですから、 あまり不安を煽るようなことは言わないでくださいね」

 

 にこやかな注意。

 しかし、その声には、微かに張り詰めたものが混じっていた。

 彼女自身も、さきほどの出来事がただの偶然とは思えなかったのだ。

 そんな中、ギルドの重い扉が勢いよく開かれた。

 

「緊急報告だ! ギルドマスターはいるか!?」

 

 荒い息を切らし、泥と木の葉で汚れたマントの男が数人、ギルド内に飛び込んでくる。中堅どころの冒険者パーティだ。彼らは受付嬢の顔を見るなり、手にした筒を掲げた。

 

「エ・ランテル北東の森での探索依頼の件です! ……妙なものを見つけました」

 

 ***

 

 

 ギルドマスターの執務室は、

 書類と地図と、酒瓶とため息で満ちていた。

 

「エ・ランテル北東の森で……妙なものを発見。“大地を抉る爆発痕”。大きさは小さな村がまるごと入るほど……か」

 

 先ほど持ち込まれた報告書に目を通し、ギルドマスターは低く唸り声を上げる。

 横で控える受付嬢は、顔色を変えずに追加情報を補足していく。

 

「調査に向かったパーティは、依頼された魔物討伐のついでに、森の奥で“空から光の柱が落ちるのを見た”という帰還途中の商人から話を聞き、念のため現地確認を行ったそうです」

 

 報告書には、簡単なスケッチも添えられていた。

 円形に抉れた地面。中心部は黒く焼け焦げ、周囲には砕けた岩と土が、波打つように盛り上がっている。

 

「まるで、巨大な槌で地面を叩き潰したような。いや、強力な爆裂魔法の痕とも取れるが」

 

 ギルドマスターは視線を上げ、報告に来たパーティのリーダーを見据えた。

 

「実際に見たお前たちの目から見てどうだ。人間の仕業か?」

 

 リーダーは、苦々しい顔で首を横に振る。

 

「ギルドマスター。俺たちは今まで焼き払った村も、亜人の軍に蹂躙された村も見てきました。だが、あれは……どれとも違う」

「違う?」

「まず、周囲に“なにかが通った痕跡”がまったくありません。巨大な魔獣が踏み荒らしたなら、その足跡や、木々を薙ぎ払った跡が残るはずです。けれど、森はそこだけ、ぽっかりと“抜け落ちていた”ようにしか見えませんでした」

 

 別のメンバーが、思い出したように口を挟む。

 

「それに……あの臭いです。焦げた土と、鉄とも石ともつかない、鼻の奥に張り付くような匂い。炎の魔法や雷の魔法のあととも違いました。あれは、人間の手でどうこうできるものじゃありません」

 

 室内の空気が重く沈む。

 

「報告書の他になにか言っていなかったか?」

 

 ギルドマスターの問いに、受付嬢が言葉を継ぐ。

 

「……“あんなの、人間の手じゃ無理だ”と」

 

 しばしの沈黙。

 ギルドマスターは椅子から立ち上がると、壁に掛けられた地図へと歩み寄った。

 エ・ランテル北東の森。

 光柱が落ちたというポイント。

 そこから街道、村、王都へと続く線を何本か引き、頭の中で嫌な予感を押し込める。

 

「……アンデッドが一斉に動きを止めたのが今朝」

 

 ぽつりと呟き、視線だけで受付嬢を振り返る。

 彼女はすぐに察して、先ほどまとめたメモを差し出した。

 

「はい。時刻は午前、日が上って間もない頃。街中にいたアンデッドの多くが、自発的な指示なしに一時停止。その後、数十息ほどで再始動。人間側には、明確な音や光などの兆候は観測されず……です」

 

 ギルドマスターは、森の爆発痕の報告書と、アンデッド一斉停止のメモを並べて机に置いた。

 偶然だと切り捨てることもできる。

 だが、最近になって増え始めた「妙な噂」の数々が、彼の背中を押していた。

 

 ──見慣れない揃いの服を着た人間たちを見た。

 ──森の上空に、逆さまの街の影が見えた。

 ──読めない文字で埋められた板切れが、空から降ってきた。

 

 どれも、あまりにも荒唐無稽で、

 王国の役人なら机の引き出しに放り込みそうな話ばかりだ。

 だが、ナザリック──魔導国は、そうした噂話も余さず拾い上げる。

 ギルドマスターは、決断するように息を吐いた。

 

「……魔導国へ報告を上げる」

 

 受付嬢が深く頷く。

 これは、ただの地方ギルドの手に余る話だ。

 

「それと──モモンに連絡だ」

 

 黒い鎧の英雄。

 今は魔導国所属となったその冒険者ならば、この異常の意味を、少なくともギルドマスターたちよりは理解できるかもしれない。

 窓の外では、さきほどと同じように、アンデッドの列が黙々と働いている。

 キーン……コーン……カーン……コーン。

 誰も聞いていないはずの四つの音が、どこか別の世界の空で鳴り響き、その残響だけが、じわじわとこの世界へ染み出してきていることを──

 

 この時点で、まだ誰も、知る由もなかった。

 

 

  ***

 

 

 魔導国の漆黒の英雄モモンことアインズは、ギルドからの連絡を受けると、即座にナーベを伴って森へと向かっていた。

 

「モモンさん。まもなく報告のあった地点です」

 

 ナーベが無表情のまま告げる。その声には主への絶対の信頼が込められていた。

 

 森の木々がまばらになったその先──

 地面が、不自然な形に抉れていた。

 直径にして数十メートルは優に超えている。

 中心部は黒く焼け、周囲には土と岩が吹き飛ばされたように盛り上がっている。

 まるで、巨大な槌で世界そのものを殴りつけたかのような、乱暴な穴。いやもっと適切な表現がある。強力な爆裂魔法が問答無用の強化をもって無慈悲に炸裂した痕跡。

 

 アインズ──いや、今はモモンと呼ばれる漆黒の全身鎧に身を包んだ剣士は、その光景を見た瞬間、学園世界で何度も見せられたアホほど派手な爆発を思い出した。

 

(あ……これは──)

 

 赤いマントを翻し、眼帯をつけた黒ローブの少女が、高笑いする姿が脳裏に浮かぶ。

 

「エクスプロージョン!!」

 

 と、毎日のように絶叫していた魔法少女。

 地面に残る放射状の破壊痕。

 中心部に残る膨大な熱量の残滓。

 

(間違いない。めぐみんのエクスプロージョンでできたクレーターだ)

 

 骸骨には額の汗は浮かばない。だが、精神的な冷や汗は盛大に噴き出していた。

 

「モモン様?」

「ナーベはなにか感じるか?」

「これは……かなり危険な痕跡だと判断します。意図的に放たれればナザリックはまだしもエ・ランテルはひとたまりもないでしょう」

 

 ナーベは純粋な威力の考察を回答する。

 アインズはクレーターの縁をゆっくりと歩き、一箇所で足を止めた。

 地面の上に、何かが引っかかっている。

 半ば焦げかけた木片であった。

 それを拾い上げて、土を払うとそこには見慣れた文字列が刻まれていた。

 

《一年一組》

 

 それは、あの学園世界でアインズが通っていたクラスの、教室プレートと同じものだった。

 モモンはしばし無言で見つめた。

 

(ああああああああ…… なんでこんなものがこの世界にまで落ちてきているんだ……!?)

 

 学園の廊下で毎日目にしていた、あの何気ない白いプレート。

 その一部が、異世界の森の土の上に転がっている。

 

「モモン様、その破片は……?」

「……異世界の“標識”みたいなものだ」

 

 思わず口から出た言葉に、アインズは自分でも驚いた。もっともナーベも似たものを見ていたはずだが、所詮記号として扱い、わかっていなかったのかもしれない。

 

(いや、間違ってはいない。だがそう説明すると、なんかもっと厄介そうに聞こえるな)

 

 彼は慎重に破片を回収し、クレーターを一巡り見渡した。

 爆発は既に終わっている。

 残っているのは傷跡と、わずかな熱に起因した臭いだけ。

 

 しかし──

 

(爆発そのものがこの世界に転移してきたのか? 

 それとも、向こうで起きた爆発の余波がここに穴を開けたのか。

 どちらにせよ、“あの世界の出来事”が直接こっちに触れ始めているってことか……)

 

 アインズの思考は、急速に嫌な方向へと転がっていく。

 

(爆発の次は……何だ? あいつらそのものか……? 

 いや待て、まだ決めつけるのは早──)

 

 彼が心の中で制止をかけるよりも早く、世界の方が先に動き始めていた。

 

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