ナザリックでは、その一連の惨状を、ほぼリアルタイムで観測していた。
執務室に設置された巨大な鏡にはデストロイヤーが映し出され、アインズと守護者らが見ている。そして巨大な机に広げられた世界地図には、デストロイヤーの移動ルートを示す赤い線が引かれていた。
「アインズ様。王国軍は壊滅的損害を受けました。このままでは、二十日後に王都へ到達します」
デミウルゴスが、静かに口を開いた。
「他国の動きは?」
「帝国は静観。スレイン法国も、動く気配はございません。どちらも、アレを魔導国の兵器ではないかと疑っておりますが、確証がないため手を出せないのでしょう」
デミウルゴスの声には、わずかな皮肉が混じっていた。
アルベドが、アインズに視線を向ける。
「アインズ様。王国は、この非常事態に対応できません。このままでは、王都は蹂躙され、王国は崩壊することでしょう。いえ、正確にはすでに崩壊がはじまっています」
アインズは静かに腕を組んだ。
(……このまま放置すれば、王国は自壊する。
そして、世界は“魔導国が何もしなかった”と解釈するだろう。無限の労働力を持つ魔導国であれば、統治だけ考えればいっそ更地のほうが簡単という考えさえある。
逆に今、魔導国が動けば──
“救ってくれた”とも、“介入してきた”とも受け取られる。しかしデストロイヤーが魔導国の兵器という噂がある以上、安易に手を出せない)
そして、もう一つ。
(……もし、あの学園の面々が、あるいはギルメンが、この世界に来たとしたら)
──人間をこんな扱いするのはちょっと……
──いや~さすがにアインズ様ですね。さすがに引くわ。
──支配者どもみたいに、人間を養分のような扱いをしているか
アインズは友に、特にギルメンに失望され、嫌われ、ついには敵と見なされることを、この世の何よりも恐れていた。その恐れはやがて、吐き気を催すほどの自己嫌悪となって、胸の内側を絶えずかきむしり続けていた。
そんな思いを心の底に沈め、ゆっくりと息を吐きだす。
「……穏当なる統治、か」
小さく呟かれた声は、小さくそして確実に反響した。
かつての彼ならば、ナザリックがすべてであり、ナザリックを守るためならどうなろうとかまわないと考えていた。異世界ということで鈴木悟という社会的制限といった枷がなくなり、アンデッドとなり人間性からくる倫理観が薄れたことで、その思想はより顕著となっていた。それこそ理由さえあれば王都を瓦礫に変え、王族を打ち取り強引に支配下に置くことさえ気にしなかっただろう。
今も、根本的な優先順位は変わっていない。
ナザリックが第一。
ナザリックおよび魔導国に従うものが第二。
その他大勢は、その以下。
だが、学生として過ごした三年間は、その順番の間に、わずかな余白を作ってしまっていた。
同じ教室で机を並べた相手を、簡単には殺せない。
一緒に馬鹿をやった相手に失望されたくない。
そして──ギルドメンバーと再会した時に、胸を張って「ちゃんとやっている」と言いたい。
そんな、どこか人間くさい願望が、今のアインズを突き動かしていた。
「……アルベド、デミウルゴス」
「はい。アインズ様」
「方針を伝える。今回の件、我らは救援の名目で介入し、統治権を手に入れる。滅ぼすのではない。助けた結果、統合された──そういう形だ」
「なんと尊く、深遠なお考え」
「周辺国も含めた安定と支配を、一度に成し遂げられるおつもりなのですね」
アルベドの目が、うっとりと潤ませ、デミウルゴスは感極まったように眼鏡を押し上げる。
「(違う‼ “あいつらやギルメンにドン引きされたくない”が八割なの)」
だがそれを言えるはずもなく、アインズは威厳ある声で続けた。
「──今回のことで異世界の者たちが現れる可能性が高まった。ならばギルドメンバーが現れる可能性も、我々は想定しておかねばならない。その時、無駄な軋轢を生むような統治は避けるべきだ」
守護者たちは一斉に頭を垂れた。
「「「アインズ様の御心のままに!!」」」
こうして、穏当なる統治方針はナザリックの正式方針として決定された。
「アルベド」
「はい、アインズ様」
「王国へ救援使節を送る。名目はあくまで王都近郊の異変の対処協力だ」
アルベドは深く一礼する。
「統治権の譲渡条件については──」
「現象の中心地である王都近郊において、安全確保のための王都における警備権限の一部。さらに現地行政の執行権を、一時的に魔導国に委ねる。そう伝えろ。もっとも王国はそこまで分権されていないだろうがな」
一時的にという言葉に、デミウルゴスがわずかに肩を震わせた。
「異変が収束した後に返還する可能性もある、ということですね」
昔のアインズであれば、デミウルゴスの言葉をそのまま受け取っただろう。しかし、そのようなことがほとんどないことはアインズにも予想できる。このまま事態が進めば王国が自力で国体を立て直せる可能性なんて、アクアに断酒させるくらい低いのだ。
「その通りだ。加えてデミウルゴス。あれを魔導国の兵器という噂を対処せよ。大義名分は重要だからな」
アルベドは、恍惚とした表情を浮かべた。
「アインズ様……。世界を救いながら支配なさるそのお姿は、まさに神の如し」
「(ハードルを上げるな! そこまで高尚な動機はないぞ)」
だが、アインズの思いは届かず、守護者たちの誤解はもはや修正不可能だった。