リ・エスティーゼ王国王城。
厚い石壁に囲まれた会議室の中は、普段以上に重苦しい空気に満ちていた。
机の上には、次々と届く被害報告書が山と積まれている。
「地方都市カルトナ、壊滅……だと」
王の声は、震えていた。
「は、はい。陛下。城壁は踏み砕かれ、街路は焼け、生存者は、今のところ数百名のみ」
「軍は何をしていた!」
「迎撃に向かった騎士団と傭兵は、半壊とのことです」
重臣たちは顔を見合わせながら、口々に好き勝手を言う。
「もはや、王国単独では止められませぬ……」
「で、ですが、魔導国や帝国に助けを求めるなど」
会議は踊る。されど進まず。
結局は責任の押し付け合いに終始するだけの状況に王は達観した視線を向けるだけ。何より何日も続くこの会議に参加する貴族が、回を重ねるごとに減っているのだ。それが何を意味しているのか分からぬ者はおらず、なお会議を袋小路に押し込んでいる者もいた。
その時、会議室の扉が勢いよく開いた。
「陛下‼」
顔面蒼白の兵士が飛び込んでくる。
「魔導国より使者が到着しました」
その一言に、室内が一斉に凍りついた。
「ま、魔導国の……使者?」
「なぜ今なのだ」
この一言こそ、この場にいる者たち共通の疑問であった。
***
王城。玉座の間の大扉が、重々しい音を立てて開かれた。
ゆっくりと歩みを進めるのは、漆黒のドレスに身を包み、背に黒い翼をたたえた美女──アルベド。磨かれた床の上に敷かれた絨毯を進む姿は、まるでここが自分の城であったかのような足取りだった。
本来立場が上であるはずの王も、迎える側である貴族らも思わず息を呑む。
王は合図をすると、控えた執政官の一人が王の言葉を代理で伝える。
「本日は、どのようなご趣旨にてお越しくださったのか、まずはお聞かせ願えますでしょうか」
執政官の声は極度の緊張から、かすれていた。
「リ・エスティーゼ王国の王よ。我が主、魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下の御言葉を伝えに参りました」
アルベドは優雅に一礼し、その金の瞳を王へと向け、白い手で一枚の書状を広げる。
「王都近郊にて発生している原因不明の異変──。その対処について、魔導国は協力的立場を取る用意がございます」
玉座の間に、ざわめきが走る。
「対処……?」
「魔導国が、助けに……?」
アルベドは続ける。有象無象の反応など聞くに値しないという雰囲気で続ける。
「勘違いなされませんよう。この異変は、我が魔導国の関与によるものではございません」
「それは真か?」
「はい。少なくとも、“こちら側”から生じた現象ではありません。しかし、世界の安定を重んじるアインズ様は、無関係でありながらも救援を決断なさいました。何より皆様もご存知ではございませんか? 三年前の王都での出来事」
──三年前の王都
突如として襲来した悪魔の軍勢。多くの死傷者、行方不明者をだし、王都の一画を廃墟と化した事件。
「ヤルダバオト。あの大悪魔の仕業だというのか」
「近年、ヤルダバオトは亜人をけしかけて、聖王国を攻めているのではなかったのか」
そんなざわめきが広がる中、アルベドは誇らしそうに答える。
「少なくとも英雄モモンの言葉を借りるなら」
英雄モモン。元は王国の冒険者ギルドに所属していたアダマンタイト級冒険者。王都を襲うヤルダバオトの撃退を成し遂げた英雄。今でこそ魔導国に所属しているが、かの英雄の言葉はいまでも王国では重く受け止められている。そんな彼の情報というのだから、無碍にできるものはこの場にいなかった。
「……魔導王は、本当に、アレを止められるのか?」
アルベドの笑みが、ほんのわずかに濃くなる。
「はい。アインズ様は、“あちら側の事象”について、この世界でもっとも深い理解をお持ちです」
そして、いよいよ本題が突きつけられた。
「ただし、対処のためには条件がございます」
「条件?」
「アレの対処のため。被害が予想される王都一部およびその近郊区域のあらゆる権限を、一時的に魔導国に委ねていただきたく存じます」
玉座の空気が、一瞬で変わった。好意的にとるならば、アレの侵攻および戦闘に備えて準備を円滑に行うために必要な権限を渡せといっているのだ。なによりアレが王都に到達するまで時間がない。本当に対処するのであればそのぐらい必要だと理解はできる。
しかし。
「それは、占領行為ではないのか!!」
「王都の喉元を握られることになるぞ!!」
アルベドは微笑みを崩さない。
「救援のための暫定措置にすぎません。アレを討伐し、異変が完全に収束した暁には──返還も不可能ではないでしょう」
王は、頭を抱えた。
だが、選択肢は残されていなかった。
デストロイヤーは、既に王都に到達しつつある。迎撃した軍は壊滅し、民衆はパニック。すでに貴族の一部は王都を離れる。魔導国がなぜこのタイミングに救援などと言い出したか、説明されなくてもわかる。この事態を予想していたからだ。
王だけではない。この場にいるものは誰もが同じ考えに至るほど簡単なのだ。もしアレに対処できる力があるなら、一番利用価値が高いタイミングで討伐するということを。王国であればできるだけ早く。貴族であれば敵対勢力が最大限弱ったタイミング。
そして魔導国であれば、今か最悪王都が壊滅した後。むしろアレが王都に到達するという数日前の提案は、王国にとってはまだましな提案ということを。
「魔導国に、この異変を止める手立てがあると?」
「はい」
アルベドは、一歩進み出て、静かに言い切った。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のお力があれば不可能はございません」
耳が痛くなる長い沈黙の末、王は深く息を吐いた。
「……わかった。リ・エスティーゼ王国は、魔導国の救援を受け入れよう」