──噴上裕也は逃がさない── 作:よくメガネを無くす海月のーれん
「─へぇ、此処が…アンタの家か。随分と小奇麗な家じゃあねぇか」
「えェ、新築なンです。嬉しいことに芸人として稼がせてもらっているので」
案内されたのは、よく言えば懐古的、悪く言えば古臭い杜王町の歴史ある家屋が並ぶ閑静な住宅街、そこに不釣り合いなほどの新築の家だ。
平屋、長屋が多く、住んでる者も高齢者が多い。コンビニやスーパーといったものは少し歩かなくてはいけない立地。裏に森もある。そこまで良い土地とは言えなかった。
「なんでこんな場所に建てたんだ? 土地が安かったのか?」
「えェ。それもあるンですが、この近くに美味しいイタリアン料理屋があるンです。そこの味に惚れ込んで近くに住みたいと…」
恥ずかしそうに言う池崎を見て思い出した。確かにここはトニオ・トラサルディーが経営する料理店に近い立地だ。あそこもそこそこ不便な立地にあって行くのに少し手間がかかる。が、それでも味は絶品で、トニオのスタンド能力も相まって立地程度で行かない理由にはならなかった。
噴上自身、美しさを磨くために料理もこだわる。トニオの料理は定期的に食しに行っている為、池崎の話も頷けた。
「あそこにはおれもよく行くよ。美しさに磨きがかかる味だった」
「そうですか…! …実は風雷ちゃんが原因不明の体調不良で悩んでいた時、あのお店に行ったら治ったンです。半信半疑だったンですけど…。それから、動物病院とイタリア料理店の間にあった此処に家を建てたンです。いつでも行けるようにと」
なるほど、池崎の飼い猫への愛情深さは本物だった。それだけにとても大きなダメージを受けたのだろう。少し哀れに思いながら、鍵を開けた池崎に招かれて、家へと入った。
「此処が、うちの子がいつも遊んでいた場所です」
部屋の中、リビングにはキャットタワーに餌入れと給水器が寂しく鎮座している。鳥の羽が先についたおもちゃや鳥を模したおもちゃがいくつかあった。カラフルな羽が釣り竿の先に付いたようなおもちゃ、余程使われたのだろう羽先が縮れていた。
「…ヤンチャな猫なのか? おもちゃもそうだが、ソファも…ひっかき傷だらけだ」
「えェ。好奇心旺盛なのもそうなんですが、鳥が…好きなンです」
「鳥が?」
「えェ、外の鳥を目で追ったり、窓を引っ掻いたりして追いかける癖があって…おもちゃを使って気を引こうとしてもそっちに目が行っちゃうンです」
「ふぅン…なるほどな。だとすると、脱走したのも窓の外の鳥に気を取られた可能性が高いな。…『ハイウェイ・スター』」
小声でぼそり、つぶやくと噴上の背後に青い男が浮かび上がる。顎についたチャック状のアクセと網目の身体、手首には金の腕輪が並んでいた。
噴上裕也の半身であり相棒。彼のスタンドだ。
スタンド名『ハイウェイ・スター』
【破壊力ーC/スピードーB/射程距離ーA/持続力ーA/精密動作性ーE/成長性ーC】
嗅覚に優れ、対象を時速60kmで追跡し、相手が生物であれば養分を吸い取る事が出来る。養分は本体である噴上の回復に使用される。スタンド自体が自我を持つ遠隔自動操縦型、ダメージのフィードバックがほとんどない群体型、自らの意思でも操作し状況を把握できる遠隔操作型の三つの特性を併せ持つ非常に特異なスタンドだ。
生物には滅法強いものの、スタンド自体のパワーが弱いことが欠点である。がしかし、噴上裕也にとってさしたる問題ではなかった。
鋭敏な嗅覚と追跡能力、この二つが探偵業を営む上でどれだけの強みか。それを理解できない噴上裕也ではない。低いパワーも自分の頭脳でもって解決すればいい。半身が出来ないことは自分がする。自分が出来ないことを半身がする。自分達は無敵なのだと、確固たる自信を持っていた。
目配せをして、ある程度事情を把握している自らの半身に問いかける。
「『ハイウェイ・スター』…猫だぜ。猫の匂いだ。三毛猫の風雷…二階の窓から出たかもしれない。匂いを覚えて追跡する。いけるな?」
音もなく頷くハイウェイ・スターが足跡状に分解し、部屋を探索し始める。それを見届けると同時に、不安そうな声が上がった。池崎だった。
「あのォ~…」
「ン? なにか?」
「いえ、その~…探偵さんならこう─探したりしないんですかねェ─?」
「あァ。いや、おれは鼻が利くんだ。今、風雷ちゃんの匂いを覚えている」
「はァ…」
不思議そうな声を上げる池崎。無理もないことだった。スタンドはスタンド使いにしか見えない。それゆえに、スタンドによる超常現象は須らくオルターガイスト、あるいは心霊現象として扱われる。それに普通の人間には見えないということは、大きな利点でもある。薄暗いことを行う者にとっては特に。
髪を整え、スタンドの調査結果を待ちながら噴上は自身に出来ることを考えていた。
(まず、この依頼そう難しいものでもねぇ。匂いの元がこんだけあるんだ。『ハイウェイ・スター』が追跡出来ないってことはねぇだろう。問題は風雷…猫が死んでた場合だ。愛情深く育ててンならその分ショックも大きいハズ…)
「風雷ちゃんは室内飼いだったのか?」
「え、えェ。そうです。外に出す時は病院とかだけで…」
「そうか…」
室内飼いの猫が外でどれだけ生きてられるか。生き物にそう詳しくない噴上だが高くないと当たりを付けていた。野良猫と飼い猫、ましてや好奇心旺盛だというのだから車道に飛び出す可能性だってある。それにいなくなってから今日で三日も経っていた。こうした行方不明の調査というのは、日数が経つほど生存確率が下がるというもの。
噴上自身、十中八九亡くなっていると予想をつけていた。
そんな折に…
「───ッ、『ハイウェイ・スター』どうした? …匂いを覚えたが、匂いの元が動いている? 生きているのか…?」
『ハイウェイ・スター』は匂いを覚えて追跡する。その匂いの元が知覚できるほど近場に、それも動いているというのはとても疑わしいことだった。だがしかし、己の半身『ハイウェイ・スター』を信じ切れない噴上裕也ではない。
方向は北、裏手の森がある方面だった。踵を返し、部屋を出る。後ろを付いて来る池崎に声をかけた。
「手がかりを見つけた…森の方面、もしかしたら生きているかもしれない」
「ほ、ホントですか!? なら今すぐ行きましょう!」
「お、オイ!」
池崎は噴上の手を掴んですぐに玄関に出ようとする。とっさの出来事に振り払おうとするも思いのほか強い力でグイグイと引っ張られていき、噴上達は外に出ることになった。
***
「どっちの方向ですか!?」
「チッ、おれの手は男の手を握る為にあるワケじゃあないってのに…。森の奥の方だ」
「わかりました! 待ってて風雷ちゃん!」
「あ、オイ! 方向だけでソッチに居るとは…! 行っちまった…」
手を拭いながら答えていたのが悪手だった。わき目も振らずに走っていった池崎の後ろ姿はとうに見えなくなっており、匂いで追跡出来るだろうが、暴走気味の池崎を追う気にはなれなかった。男を追う趣味はないとも言う。
やれやれと『ハイウェイ・スター』揃って首を振ると、目的である風雷ちゃんの創作に入る。地面へと顔を近づけ、匂いの元をたどる。
「アッチか…。『ハイウェイ・スター』、視界の悪い森の中じゃお前が頼りだ」
頷く半身にそっと森の中に足を踏み込んだ。昼だというのにどこか暗い、ヒヤッとした雰囲気が漂う異様な森に、ぐっとこぶしを握りながら カサリ 落ち葉を踏みしめた。
近くには小さな鳥の羽が落ちていたのだった。