アカデミア校舎へと続く正門。その間を埋める滑らかに舗装された道の上を、一人の男が歩いてくる。
だが、アカデミアに向かうためではない。むしろその逆、そいつはアカデミアから去るためにこの道を歩いていた。
その歩みの先は、正門の先。肩に担いだ荷物がその変わらない事実を物語る。
そして、そいつは自身が出てきたアカデミアの校舎を振り返る。見おさめ、ということなのかもしれなかった。
「さらば、デュエルアカデミア……」
「……そいつは、ちょっとカッコつけすぎじゃないか、万丈目」
突然かけられた声に、男――万丈目が振り返る。
その視線の先には当然、声をかけた俺がいる。そして、それを認めた万丈目の顔が、怒りに歪む。
「貴様……! 俺を笑いに来たのか、遠也!」
その視線を受け、俺は少々離れていた位置から万丈目の傍へと歩み寄った。
その間も、万丈目は俺に怒りの目を向けることをやめなかった。
「そうじゃない。ただ、誰の見送りもないっていうのも寂しいだろ?」
俺が言うと、万丈目はしかしその顔を嘲笑に変えた。
「ふんっ、お前たちのような群れるしか能のない奴らと一緒にするな。俺は、一人でもやっていける。……そうだ、そんなものは弱者の考えだったのだ。俺は、強者にならなければならない。誰よりも、だ!」
叫ぶようにして、吐き捨てる。
ならなければならない、ね。こいつは、何か事情がありそうだな。
とはいえ、それが俺にどうこうできるわけでもない。万丈目の問題である以上、コイツ自身のことだし、今の万丈目が俺の話を聞くとも到底思えなかった。
だから、俺はその言葉に肩を竦めてみせるだけだった。
「そうか。今度はお前と楽しいデュエルをするって約束、守れなくなっちまうな」
万丈目は、その言葉を聞いて再び表情を歪めた。
「その上から目線も今のうちだけだ! 俺は、強くなる! そして貴様たちに雪辱を果たしてみせる。この俺が、このままただで終わると思うなよ……!」
言って強く睨んでくる万丈目に、俺も正面から視線をぶつけて頷いた。
「ああ。その時は、俺も全力で迎え討つ」
「ふん……」
それが最後であった。
万丈目は再び踵を返し、アカデミアの正門を抜けて港のほうへと歩いて行く。いずれ帰って来るだろうことは覚えているが、その間、どうしていたのかを俺はよく覚えていない。
それに、俺の記憶通りに戻って来るのかも定かではない。
俺はそんな心配を抱いていたのだが、どうやらそんな心配はなさそうだ。
プライドの高い万丈目のことだ。自分でああ言った以上、あいつは帰って来るだろう。俺と十代に雪辱を果たすために。
――三沢との退学を賭けたデュエル。
その時に三沢のカードを海に捨てるという、デュエリストとして許しがたい行為を行った万丈目だったが、その根っこのほうはきっと変わっていない。
あいつは力をつけて、強さを求めている。汚い手を使うのではなく、デュエリストとして俺たちに勝とうとしているのだ。
三沢に負け、この学園を去ることになってしまったのは、ひょっとしたら万丈目にとっていいことなのかもしれない。
慣れ親しんだ場所ではないほうが、きっと得られるものはあるだろうからだ。
そして、俺に出来ることは、そんな万丈目が帰って来たときに全力で勝負をすることだけなんだろう。
俺は遠ざかっていく万丈目の背中に、そんなことを思うのだった。
万丈目の見送りは早朝のことだったので、俺はその後再び自分の寮に戻った。
今回は俺の我儘であるので、マナには起こしてもらっていない。そのため、部屋に戻ればマナがまだ寝ていた。しかし……。
「なんで実体化してるんだ……」
いつもは精霊の状態のまま寝ているマナ。そりゃたまには実体化して寝ることもあるが、場所をとる心配がないため精霊化していることが多い。昨日もそうだったし、今日部屋を出ていく時もそうだった。
だというのに、戻ってみれば何故か実体化して俺が寝ていたベッドで寝ている始末。
なんでこうなったのか、と疑問に思う。そして、俺はじーっとマナの寝顔を見つめてみる。
うーむ、気持ちよさそうに寝おってからに。典型的な寝言を口にしたりしないんだろうか。もしそんなことがあれば、起きた時にからかってやれるのだが。
俺がそんなことを考えながらマナの顔を見ていると、突然部屋のドアがノックされる。
いきなりのことに、俺は思わずその場を後ずさり、そしてガツンと身体をテーブルにぶつけた。
比較的大きな音だったためか、マナの顔が少々歪む。そして、その音は扉の向こうにも聞こえたようだった。
『起きているのか? 入るぞ、遠也』
「カイザー!? ちょ、ま……」
ガチャリ、とノブが回される。
その瞬間、俺はマナを隠そうと布団をひっつかんで頭からかぶせるようにしてマナを覆う。
そして、部屋に入って来るカイザー。なんとか誤魔化せたかと俺は胸を撫で下ろすが……それは一時の安堵でしかなかった。
布団の中から、俺の名前を呼び、何が起こったのかと騒ぐマナ。そりゃ、いきなりこんなことをされたら動揺するよな、普通は。
そして、扉を開けて、布団を押さえながら冷や汗を流す俺と不自然に盛り上がり動いているうえにしゃべる布団の塊を見つめるカイザー。
沈黙が流れ、カイザーはやがて何かを悟ったようにふっと微笑んだ。
「……邪魔をしたな」
「待て待て帰るなカイザーせめて言い訳ぐらいはさせろぉ!?」
足早に部屋を出ていくカイザーと、それに追いすがる俺。
上から押さえていた俺がいなくなったことで、被せられた布団から、ぷはぁ、とマナが顔を出す。そして、慌てた様子で出ていく俺を見て、マナはこんなことを呟いていた。
「……ありゃ? 私、なんかマズった?」
……その後、どうにかカイザーに口外しない約束を取り付けたことを記しておく。
俺が女を部屋に連れ込んだと思っているのはバレバレだったが、それはもうこの際仕方あるまい。
ああもう、朝からドッと疲れた……。
『ねー、遠也。授業はいいの?』
「んー……」
既に太陽がしっかり空に昇り、今頃教室では授業が行われているだろう時間。
俺はなんとなく授業に出る気になれなくて外をさまよっていた。
そんな俺にマナが本当にいいのかと聞いてくるが、俺の答えは茫洋としたままだ。
……まぁ、あえて理由を探すならば。朝から万丈目がこの学園を去るという事態に、少し思うところがあったともいえる。
ああして、慣れ親しんだ場所を離れていく気持ちは俺もわからなくはないから、そりゃ考えもする。ただ、万丈目は退学となって去るわけだが、そこにきちんと自分なりの目的を見つけている。
そこに含まれる感情がどうあれ、それ自体は立派だなと思ったりもするのだ。だからこそ、俺はああまで言われても万丈目のことを嫌いになれないわけだが。
そして、そんな中に朝のあの騒動である。
なんていうか、気疲れに近いものを感じて授業に出る気が起きなかったのだ。
幸い、一度くらい授業をさぼったところで困るような成績でもない。それに、生徒の自主性を重んじるためなのかはわからないが、授業をさぼったとしても、あまり強く言われないのがこの学園の特徴だ。
それを知っているため、なおさら教室に足が向かなかった俺は、こうして外に出ているのだった。
ぶらぶらと歩き、なかなか行く機会がない森のほうにも行ってみたり。もちろん、以前行った廃寮とは逆の方角だ。同じ失敗をして今度は俺が制裁デュエルとなったらたまらないからな。
無論、迷ったりしても洒落にならないので、あくまで入り口付近。森林浴をする程度の距離にとどめている。たまには自然に囲まれるのもいいもんだ。
「どうだ、マナ。たまにはこうやって羽をのばすことも必要だと思わないか?」
俺が両腕を広げてそう言うと、マナが小さく笑う。
『あは、そうだね。遠也がいいなら、たまにはこういうのもいいかもね』
マナの言葉に、俺は頷く。
「そうだろう。授業は明日も続くんだ。だからこそ、こうして静かな森の中で英気を養うことも――」
「万丈目君! デュエルに負けたぐらいで雲隠れなんて、情けないわよ――ッ!」
わよーっ! わよーっ、わよー……。
突如どこかから響きわたった大声がこだまする。驚いた鳥が一斉に木々の中から飛び立っていった。
『……静かな、森の中?』
「静かだった、森の中……かな」
っていうか、今の声って明日香じゃないか?
なんなんだいったい。明日香がいるってことは、十代もいるような気がするし。まーた、なんかに巻き込まれてんのか、あいつら。
マナもまた俺と同じことを考えたのだろう。何とも言えない顔で声がした方向を見ていた。
やれやれ。森林浴もここまでだな。
「じゃ、行くか」
『あはは。そう言うと思ったよ』
楽しげに笑うマナに、笑うなよと言いつつ声のしたほうに走り出す。
この時期って何があったかなぁ、と頼りにならない記憶を手繰り寄せながら。
空を飛べるマナに先行偵察をしてもらい、誘導に従って全力疾走することしばし。
森を抜けた崖にて、俺は十代たちに合流することに成功していた。
「遠也!? お前、なんでここ、に……大丈夫か?」
「ちょ、ま……っ! き、っつ……!」
元々森の入口に近いところにいた俺だ。マナのおかげで最短距離だったとはいえ、走り続ければ息も上がる。
十代が驚きの声を心配のそれに変えるほど、俺はちょっと限界だった。
しかし、いつまでもヘタれているわけにもいかない。どうにか強引に呼吸を整えると、俺は周囲の状況を見る。
十代、翔、明日香、ももえの四人と、黒服を着た男二人に目つきの悪い爺さんが一人。そして、崖を覗くように生えた一本の木の上に、やたらメカメカしい装いの猿と、ジュンコがいた。
状況的に見れば、十代たちがさらわれたジュンコを助けようとしているというところだろう。あの黒服たちは……動物園の人とか?
「で、どういう状況?」
「ああ、実は……」
十代の話を聞くと、行方不明になった万丈目を探して森の中に入ったところ、突然現れたあの猿にジュンコがさらわれ、それと同じくして現れたあの黒服たちがあの猿を追っていったとのこと。
十代たちも放っておくことは出来ず、後を追う。そして、今ここで追いついた、というところらしい。
どうやら闇のデュエルがどうこうとか、危険な話ではなさそうだ。しかし、どうにも要領を得ない状況になっているようだな。
「つまり、あの黒服が何者なのかも、あの猿がなんでデュエルディスクつけてるのかも、わからないわけか」
「あ、ホントだ!」
翔がはっとしたように猿の左腕を見る。いや、アカデミアの支給品だし、あんなに目立ってるだろ。
そして、話を聞いていた爺さんがあの猿の正体を話し始める。
なんでもあの猿はデュエルができるように彼らが調整した、被験体の猿なのだそうだ。ということは、あのおっさんたちは動物園の人じゃなくて研究者なのか。
そしてその猿の名前は、英語での名称の頭文字をとり、SAL。あまりにも直球すぎて、逆に何も言うことがないな、おい。
それはさておき、今のこの事態。ジュンコの怖がり具合が洒落になってないな。
あんなに頼りない足場で、下が崖なのだから、それも当然といえる。まして、自分の命を握っているのが言葉の通じない猿なのだ。それは恐怖を煽られもするだろう。
そして、説明を終えた爺さんと黒服たちが、手に持った銃を構えて猿に狙いをつける。恐らくは麻酔銃なのだろうが、さすがに銃で撃たれる場面など好んで見たくはない。
ゆえに、俺は自然と声を出していた。
「ちょっと待った」
「んん?」
振り返る黒服たちに、俺は自らを指さして言う。
「俺がデュエルであいつを倒す。それで、ジュンコを助ける。だから、そんな危ないもんはしまっておいてくれ」
「君がデュエルで、だと? ……ふむ、そういえば君は見たことがある。なるほど、良いデータがとれるかもしれん。いいだろう」
爺さんが顎の長い髭をさすりながら、黒服たちに待つように指示を出す。それを受けて、俺は持ってきていたデュエルディスクを腕に着け、スタンバイ状態にした。
「大丈夫なの? デュエルといっても、猿が相手なのよ」
明日香の言葉は、猿相手にデュエルが出来るのか。あるいは意思の疎通なんて出来るのか、ということだろう。
だが、問題ないだろう。十代曰く。
「デュエルをすれば、お互いの心がわかる。……だろ、十代」
「おう! 任せるぜ、遠也!」
「どうでもいいから、早く助けてよー!」
っと、いい加減ジュンコも限界が近そうだ。
俺は黒服たちの前に出て、猿に相対してディスクをつけた左腕を掲げた。
「聞いてたろ? デュエルしようぜ。俺が勝ったら、ジュンコを離すんだ」
「あ、アンタが負けたら?」
あ、ジュンコ。わざわざ喋るなよ。猿が気付かず受けてくれれば儲けものだったのに。
「その時は……お、お前の望みを一つだけ叶えてやろう」
「遠也くん、ドラゴンボールじゃないんすから……」
う、うっさいな、考えてなかったんだから仕方ないだろ。
しかし、猿はその約束に了承を返すようにジュンコの傍を離れて前に出てくる。そして、同じようにディスクを構えた。
ありがたい。なら、あとは俺が勝つだけだ。
「いくぞ、デュエル!」
『デュエル!』
遠也 LP:4000
SAL LP:4000
うお、喋った。バウリンガルも目じゃないな。デュエルよりこの技術を研究すればいいのに。
が、後ろの話を聞くとこのシステムはデュエルの言葉しか喋れないらしい。残念だが……それだけでも十分凄い気がする。
先攻は、向こうか。
『私のターン、ドロー』
カードを引き、猿は手札から一枚を選んでディスクに置く。
『私は《怒れる類人猿バーサークゴリラ》を召喚! カードを1枚伏せて、ターンエンド!』
《怒れる類人猿》 ATK/2000 DEF/1000
怒れる類人猿だと……。ジェネティック・ワーウルフにすっかり存在感を持って行かれた昔のアタッカーじゃないか。
いや、それ以前になんてお似合いのカードを使いやがる。研究者連中は、わざわざこいつのために獣族のデッキを作ったのだろうか。
「俺のターン、ドロー!」
さて、手札もそんなに悪いわけじゃない。
早速いくぜ。
「俺は手札から《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナーを手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送る。俺は《クイック・シンクロン》を手札に加える!」
そして落ちたのは《カードガンナー》。墓地肥やし要員なのに、お前が落ちるんかい。
「そして手札から《グローアップ・バルブ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《レベル・スティーラー》を召喚!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0
「レベル1のレベル・スティーラーにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし力が、大地を貫く槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」
そして現れる、赤を基調とした身体に右手の大きなドリルが目立つ戦士。首に巻かれた黄色いスカーフがイカす、ドリル・ウォリアーである。
《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000
シンクロンのデッキにとって、最初のターンで高レベルモンスターが出ることなどよくあること。っていうか、出てこないほうが珍しいぐらいだ。
上手く揃っている時はワンキルも出来るぐらいだからな。
「それがシンクロ召喚……実に興味深い」
後ろで爺さんがなんか言っているが、何度も聞いた言葉なので無視する。
「バトルだ! ドリル・ウォリアーで怒れる類人猿に攻撃! 《ドリル・ランサー》!」
ドリル・ウォリアーの右手のドリルがぎゅんぎゅん回転し、それを振りかぶって怒れる類人猿へと突き進んでいく。
しかし、怒れる類人猿に直撃する前に、猿の伏せカードが起き上がる。
『速攻魔法《突進》! 怒れる類人猿の攻撃力をエンドフェイズまで700アップする!』
《怒れる類人猿》 ATK/2000→2700
怒れる類人猿の攻撃力がドリル・ウォリアーを上回り、迎撃に回る。
そして、ドリル・ウォリアーのドリルを両手でひっつかんで強引に止めると、そのままドリル・ウォリアーを持ちあげて地面に叩きつけた。
耐えきれず破壊され、攻撃力の差分300ポイントが俺のライフから引かれる。
遠也 LP:4000→3700
あの伏せカード、突進だったのか。確かにイラスト的にも獣族にはぴったりだ。
「ふっ、やるな」
「やるな、じゃないわよー! こ、怖いんだから早く助けてよー!」
ジュンコが猿の後ろで木にしがみついたまま叫ぶ。
本気で怖がっているようで、もう涙声だ。こりゃ、急がないとまずいな。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
『私のターン、ドロー!』
手札を見た猿は、更にモンスターゾーンにカードを置いた。
『私は《アクロバット・モンキー》を召喚! そしてバトル! 怒れる類人猿でプレイヤーに直接攻撃!』
怒れる類人猿が拳で胸を叩きながら、こちらに走って来る。
突進の効果は既に切れているので、攻撃力は2000に戻っているが、これを食らうとライフが半分になってしまう。
ここは防がせてもらうぜ。
「罠カード発動、《ガード・ブロック》! 俺への戦闘ダメージは0となり、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」
怒れる類人猿の攻撃は見えない障壁に阻まれ、逆に猿のフィールドまで押し戻す。そして、俺はデッキから1枚引いて手札に加えた。
『ならば、アクロバット・モンキーで攻撃! 《アクロバット・ウッキー》!』
《アクロバット・モンキー》 ATK/1000 DEF/1800
機械で身体を覆われた猿が、その名の通り身軽な動きで迫り、その拳で俺を殴りつける。
「くっ……」
遠也 LP:3700→2700
『私はターンエンド!』
うーん、意外とやられてしまった。
ちょっと、突進が効いたかな。
「遠也くん、大丈夫なんすか!?」
「遠也、本気で早くして~!」
翔の心配も当然だが、ジュンコからの声はかなり切迫していた。
俺は大声で二人に聞こえるように「大丈夫だ、任せろ!」と叫んで、再び猿と向き合った。
確かにいきなりライフを削られているが、負けるつもりは毛頭ない。ジュンコもかなり限界なようだし、どうにか一気に行くしかないだろう。
「俺のターン、ドロー!」
……よし、来てくれたか。
これならこのターンで決められる。
「俺は手札から《シンクロン・エクスプローラー》を召喚し、効果発動! 墓地の「シンクロン」と名のつくチューナーを特殊召喚する。クイック・シンクロンを蘇生! レベル2のシンクロン・エクスプローラーにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」
クイック・シンクロンが、ニトロ・シンクロンの絵柄をピストルで撃ち抜いた。
「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800
緑色の身体に厳つい顔。戦闘面において遊星を強く支えるエースの1体が、咆哮を上げながらフィールドに現れた。
そして、俺は更に言葉を続けていく。
「更に墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デュエル中1度だけ、デッキトップのカードを墓地に送ることで墓地から特殊召喚できる! そして《死者蘇生》を発動! 墓地のカードガンナーを蘇生する!」
一つ目が球根の中から覗く不気味な植物族のモンスターと、次いで墓地から子供が好みそうなデザインのデフォルメされた戦車のような機械が蘇った。
《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100
《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400
これで手札はゼロだが、準備は整った。
猿には悪いが、ジュンコをあんなところに放置ってのは、こっちの心臓にも悪いからな。
「レベル3のカードガンナーにレベル1のグローアップ・バルブをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」
金属的な光沢を放つ、鋭い爪を持った腕。赤い爪が鈍く光を放ちながら、ニトロ・ウォリアーに並ぶ。
《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200
「アームズ・エイドの効果発動! 1ターンに1度、このカードを装備カードとしてモンスターに装備できる! 俺はニトロ・ウォリアーを選択! 更にこの効果で装備されたモンスターの攻撃力は1000ポイントアップする!」
アームズ・エイドがニトロ・ウォリアーの右腕に装着され、ニトロ・ウォリアーの姿が更に凶悪なものとなった。
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800
『うき!?』
さすがにこれだけの高攻撃力には驚くみたいだな。
さぁ、このデュエルはここまでだ!
「ニトロ・ウォリアーで怒れる類人猿に攻撃! 更にニトロ・ウォリアーの効果により、魔法カードを使ったターンのダメージ計算時に1度だけ、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする!」
よって、更に攻撃力が1000加わる。
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/3800→4800
「いけ、ニトロ・ウォリアー! 《ダイナマイト・ナックル》!」
アームズ・エイドの鋼鉄の装甲に、ニトロ・ウォリアーの炎が宿る。
燃え盛る拳を振りかぶり、ニトロ・ウォリアーの攻撃は怒れる類人猿を一撃のもとに破壊した。
『うきぃっ!』
SAL LP:4000→1200
「更に、アームズ・エイドの効果発動!」
『うきっ!?』
まだあるの!? とでも言いたそうに驚きの声を上げる猿。
あるんだな、これが。
「アームズ・エイドを装備したモンスターが戦闘によってモンスターを破壊した時、その破壊されたモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える! つまり、怒れる類人猿の攻撃力2000ポイントのダメージをお前に与える! これで終わりだ!」
ニトロ・ウォリアーが右手から炎の塊を作りだし、それが猿に向けて放たれる。
それは狙い違わず直撃し、猿のライフポイントを容赦なく削り取った。
『うっきぃー!?』
SAL LP:1200→0
デュエルの勝敗が決したことでソリッドビジョンも切れ、フィールドに出ていたモンスターが全て消えていく。
そして、後には項垂れる猿とその前に立つ俺だけが残される形となった。
「やった! 遠也くんが勝った!」
「これでジュンコも助かりますわ!」
後ろのはしゃぐ声に押されるように、俺は一歩足を進める。
そして、負けたショックを受けているだろう猿に向き合う。こういう時に声をかけることはあまりしたくないが、こっちもジュンコの身の安全がある以上、ここは許してもらおう。
「約束だ。ジュンコを返してもらおうか」
その言葉に、猿は顔を上げて俺を見る。
そして、ゆっくりと立ち上がるとジュンコのほうへと走り寄り、ジュンコを抱きかかえて戻って来た。
『うきぃ』
そして、そのままそっと地面に下ろす。意外と紳士的な猿だ。
肝心のジュンコはというと、崖の上で放置されるという恐怖から脱したせいなのか、その場にへたり込んでいた。
まぁ、無理もない。もしジュンコが高所恐怖症だとすれば、それこそ想像も出来ない恐ろしさを味わったに違いないだろうからだ。
そして、ジュンコのもとに明日香や十代たちが駆け寄って来る。
どうにも自力で動けそうにないジュンコを気遣ってのことだろう。ジュンコはみんなが傍まで来ると、慰めるために肩に手を置いた明日香にそのまま抱きついた。
よほど怖かったのだろう。ももえもそんなジュンコを慰めるように、声をかけている。
「あの、助けてくれてありがとう」
「いいって、友達だろ」
ジュンコにそう言って返し、俺は再び猿のほうに視線を向ける。
これで、ジュンコのほうは解決した。
あとは……。
「猿。聞きたいんだが、俺が負けた時。お前は何を望むつもりだったんだ?」
この賢い猿が望むこととは何なのか。
それが疑問だった俺が問いかけると、猿がすっと森のほうを指さす。その指の先を、俺たちは一斉に見た。
森の終わり、その草むらにそいつらはいた。野生の猿なのだろう、少々身体が小さいが、恐らくはこの猿と同種と思われる集団が、隠れるようにしてこちらの様子をうかがっていた。
なるほど、脱走したという話だったが、こういうことか。
「お前、仲間のところに帰りたかったのか」
『うき……』
こくり、と首肯で答える猿。
そのために、猿は必死の思いで脱走したのだろう。そのあまりといえばあまりな境遇に、俺たちはジュンコをさらったということを抜きにして、同情してしまう。
実際に被害に遭ったジュンコですら、猿の境遇には思うところがあるようで、猿のことを悲しげに見ていた。
しかし、あの爺さんたちにとってそんなことは関係ないらしい。
こちらに歩を進め、にやりとした笑顔で口を開く。
「よくやってくれた。さぁ、あとは我々に任せろ」
そうするのが当然、という顔で言う爺さん。
さっきまでなら、俺も渡していいかと思っていた。が、コイツの事情を知った今では話は別だ。
そうなると当然、俺の答えなんて決まりきっている。
「断る」
「なに?」
「この俺が最も好きなことの一つは、YESと言うと思っている相手にNOと言って断ってやることだ、ってな」
俺がそう言って猿と彼らの間に立ち塞がると、それに続いて十代と翔も声を上げる。
「そうだ! 遠也は猿と約束はしたが、それはアンタ達に返すって約束じゃあなかったはずだぜ!」
「そうっす! このままじゃ、この猿が可哀想だよ!」
女子はジュンコのことがあるのでその場から動かないが、それでもその視線は彼らに批判的だ。
俺たちも猿を背にして三人で守るように彼らに相対する。
しかし、そんな俺たちを爺さんたちは嘲笑うだけだった。
「子供が何を……構わん、捕まえろ。ついでに、あの仲間の猿どももだ。実験動物は、多いに越したことはない」
「お前!」
そのあまりの言葉に、十代が怒りをあらわにする。
しかし、その隙に彼らが放った捕獲用のネットが俺たちの横をすり抜けて猿の上へと広げられてしまう。
しまった、と思う俺たちだったが、ネットは空中で突然大きく横にずれ、猿の上にかかることはなかった。
その明らかに重力を無視した動きに、爺さんたちも「何が起こった!?」と慌てている。
だが、俺と十代にはそうなった原因が見えていた。
「ナイス、マナ!」
「助かったぜ!」
『私も、このお猿ちゃんの力になりたかっただけだよ』
杖を回しつつ、マナが微笑む。
さっきはマナが杖の先から魔法を飛ばし、ネットにぶつけて軌道を変えてくれていたのだ。それのおかげで、猿は捕まることがなかった。
その間に、俺はマナに指示を出す。
「閃光、頼む!」
『うんっ』
俺の言葉に応え、すぐさま杖の先から光を放つ。
それは的確に彼らの視力を奪い、その行動を大きく阻害する。
突然襲い掛かって来る不可思議な事態の連続に、彼らは混乱しきりである。そしてもちろん、その機会を逃すはずもない。
「十代、翔、みんな!」
「おう!」
「うん!」
「ええ!」
ジュンコを明日香とももえが担ぐように支えている。その姿を確認して、俺は頷く。
俺たちの思いは今まさに一つだ!
「全力で逃げるぞ! 猿も来ぉい!」
『うき!?』
言うが早いか、既に駆け出している俺たち。
出遅れた猿は、どうにか翔が腕をひっつかんで連れて来ていた。
仲間の猿たちも俺たちの後を追うように森の中へとついてくる。後ろから聞こえてくる「このクソガキどもがー!」なんて怒声は知ったことではない。
ははは、あばよ、とっつぁーん! 武装した大人に挑むほど俺たちは強くないんだよ、満足同盟じゃあるまいし! さようならだ!
そうして、俺たちは一目散に森の中へと消えていくのだった。
途中、明日香の体力の関係からジュンコを十代が背負うことになり、森の中を行くことしばし。
追ってこないことを確認したうえで、俺たちは腰を下ろして一息つくこととなった。
その間に俺と十代はどうにかこうにか猿につけられた機械類を外している。幸い上から装着するタイプのものだったようで、比較的簡単に取り外すことが出来た。
デュエルディスクは猿自身が気に入っているらしく、外していない。
それが終わったところで、ようやく人心地を吐くことが出来た。周りを大量の猿に囲まれながら、俺たちはふぅと息を吐く。
「あいつら、また懲りずにやって来るかなぁ」
翔がふとそんな疑問をこぼす。
確かに、あの執着心だと探し回りそうだ。
「さあな。けど、こいつも仲間のところにいたほうがいいに決まってるぜ。その時は、また助けてやるさ、な!」
そう十代が猿に向かって言えば、猿は嬉しそうに手を叩いた。
「その必要はないんだにゃー」
いきなり飛び込んできた人の声に、俺たちは一瞬腰を浮かすが、その声が慣れ親しんだ人の者だとわかると、再び座りなおした。
「お、おどかさないでくれよ、大徳寺先生~」
「にゃはは、すまないにゃ十代くん。けど、君たちの心配は杞憂だから安心するといいにゃ」
「大徳寺先生? どういうことですか? それに、どうしてさっきのことを……」
その大徳寺先生の言葉に疑問を抱いた明日香が先生に尋ねる。
大徳寺先生は胸に抱えたファラオを撫でながら、その質問に落ち着いて答えていった。
どうも、大徳寺先生は十代たちが万丈目を探して出かけていったことを知っていたらしく、その居所を知っている先生は十代たちを探していたらしい。
そして森の中に入っていったという話を聞き、なんとファラオの案内で森の中を進んだところ、こうして合流できたのだそうだ。
「そうしたら途中で怪しい三人を見かけたんですにゃ。アカデミアの教員として事情を聞き、彼らにはアカデミアとしてきっちり処分が下されることになりましたにゃ。だから、安心するといいんだにゃ」
「そういうことだったんですか……」
「さっすが大徳寺先生だぜ! ありがとうございます、大徳寺先生!」
「ありがとうございます!」
大徳寺先生がこの猿たちのためにしてくれたことを聞き、俺たちは次々に先生に対して感謝を述べていく。
それに、大徳寺先生は照れたように頭をかき、「気にしないでほしいのにゃー」と笑っていた。
そして、俺たちは憂いが無くなったところで猿たちと別れることにした。
既に機械を外してあるため、デュエルディスクでしか他の猿と区別が出来ない。群れに戻った猿に、俺たちは手を振って最後の別れを惜しんだ。
「じゃあなー! 今度は俺とデュエルしようぜ!」
十代のその言葉に、猿はデュエルディスクを掲げることで応え、仲間たちと共に森の中へと帰っていく。
それを姿が見えなくなるまで見送り、俺たちは森から出るためにアカデミアに向かって歩き始めた。
その途中、大徳寺先生が当初の目的だった万丈目の行方について口を開いた。
「そうそう、万丈目君なんですが……彼はもうこの島にはいないのにゃ」
「え!?」
大徳寺先生の突然の告白に、十代たちは声を失って驚いていた。
そして、俺は先生の言葉に続けて話し始める。
「万丈目が言ってたぞ。俺と十代に雪辱を果たすために、強くなって帰って来るってな」
「遠也! お前、万丈目のこと知ってたのか?」
十代の質問に、俺はもちろんと答える。
「あいつを見送ったのは俺だからな」
「マジかよ! じゃあ、遠也に電話しておけばよかったのかぁ」
森の中にまで探しに来る必要はなかったと知り、十代は溜め息を吐く。
まぁ、森に来たおかげであの猿たちを助けられたと思えばいいじゃないか。
「それより、あなたって万丈目君と親しかったの?」
「いや、全然。一度デュエルしてコテンパンにしたぐらいかな」
ああ、だからあなたにも雪辱を果たすって言ってるのね……。
質問してきた明日香は、そんなことを呟いて得心がいった顔をしている。
いや、あれは上手く手札が揃ったのもあったけど。初手で増殖Gがきて、万丈目の戦略が異次元格納庫だったからな。特殊召喚だらけだったから、こっちは取れる戦術が増えたんだ。
まぁ、運も実力のうちと言えばそれまでだけど。
「けど、どうしてそれなのにお見送りに行かれたんですの?」
ももえが不思議そうに聞いてくるが、俺としては気になっていたからとしか言えない。
気になるにも色々とあるが、まぁ俺にも十代にも共通して言えることと言ったら、一つだろうな。
「あいつはライバルみたいなもんだからな、俺にも十代にも」
「ライバル?」
あの万丈目君が? と疑わしげな明日香。
おいおい、1ターンでVWXYZを出したのは正直凄かったぞ。万丈目は絶対に強くなる。今でさえあれだけやれるポテンシャルがあるんだから、あいつが抱える何らかの問題を乗り越えた後なら、たぶん化けるぞ。
「それに、アイツとは楽しいデュエルをするって約束があるからな。それもあって、行っただけだよ」
「へぇ、そいつはいいな! 俺も万丈目が帰ってきたら、またデュエルがしたいぜ!」
俺がそう答えると、十代がおおいに賛同して笑う。
万丈目も、次に会う時には強くなっているだろう。俺と十代は期待と根拠のない自信を下地に、そう告げる。
その言葉に少々疑わしい顔になっている皆だが、積極的に否定する気もないようで、そうかもしれない、と曖昧に納得していた。
万丈目がどうなり、どれほど強くなるのか。俺たちはそんなことを話しながら、アカデミア校舎へと戻っていくのだった。