遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第23話 先生

 

 デュエルアカデミアは、いわゆるデュエルモンスターズを指導する学校である。

 しかし決して専門学校というわけではなく、あくまで“デュエルモンスターズという科目がある学校”だということを忘れてはならない。

 つまり何が言いたいかというと、当然普通の高校と同じように五教科に始まる通常の授業も存在しているということなのだ。

 普段は錬金術など奇天烈な授業も取り扱っているが、それはあくまで選択授業なのである。五教科のように国から教育課程として指定されているものは、当たり前の話だが強制参加の必修科目となっている。

 というわけで、俺は今レッド・イエロー・ブルーの一年生全員と一緒に授業を受けている。

 今の科目は大徳寺先生の教える化学である。錬金術の講師だけあって、化学も担当しているんだとか。本人は冗談交じりに「本業は錬金術だけどにゃー」と言っていたが……さすがに担当科目がそっちで採用されてはいないだろうから、冗談だろう。……冗談だよね?

 まぁ、いいや。ともかく、そういうわけで俺たちは今化学の授業を受けている。普通は理科の中で生物とかと選択になると思うんだが、この学校、化学は必修である。なんでも、錬金術に通じるからとか。おいおい。

 そんなに錬金術大事か、現代で。大徳寺先生いわく「デュエルモンスターズでも重要な要素だにゃ」だそうだが。

 そんなよくわからない理屈で受けている授業だが、必修である以上手を抜くことはできない。

 せっせとノートを取り、内容の理解に努めていく。そうしているうちに、教室の中に響くチャイムの音。

 化学の授業の終わりを告げる音だ。同時に、今日の授業の終わりでもある。

 教科書とノートを片付けながら、俺は思考に耽る。さて、今日も十代たちのところに行くか。それともカイザーとデュエルでもするかな。この前カタストルで完全封殺してやった時以来、カタストルを目の敵にしているカイザーに付き合うのもいいかもしれない。

 

「――あと、皆本くん」

「……はい?」

 

 と、そんなことを考えていたところ、不意に大徳寺先生に名前を呼ばれる。

 何かと思って視線を動かすと、十代、三沢、明日香、万丈目の四人も呼ばれたのか立っているのが見えた。話が見えないが、とりあえず俺も立つ。

 そして五人が立ち上がったのを見て、大徳寺先生が再び口を開いた。

 

「それじゃあ、このあと五人は先生と一緒に校長室まで行くのだにゃー」

 

 ……え、俺なんかしたんだろうか。

 そこはかとなく不安をあおる校長室にお呼ばれという事態に、俺は内心で動揺する。心当たりはなくもないが、やはり校長に名指しで呼ばれるのはちょっと怖い。

 とりあえず、心の中で鮫島校長に謝る。「校長の頭が地毛ナチュラルか剃髪コーディネーターなのかで、十代たちと冗談半分で語り合ってました、ごめんなさい」と。

 本当にこの話題だったらどうしよう。そんな不安を抱きつつ、俺は大徳寺先生率いる四人と一緒に教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 結論から言えば、俺の心配は杞憂だった。

 というかむしろ、そんなアホなこと考えていてごめんなさい、と謝ったほうがいいレベルの重たい話が校長室では待ち受けていたのだ。

 

「三幻魔……このデュエルアカデミアの地下に古より封印されし魔のカードです。このカードの封印が解かれると、天は荒れ、地は乱れ、世界を闇に包みこみ破滅に導くと云われています……」

 

 これが鮫島校長が話した言葉である。

 “三幻魔”――《神炎皇ウリア》《降雷皇ハモン》《幻魔皇ラビエル》の三体からなるレベル10モンスターカードのことだ。

 しかし、それは俺の世界での……OCGでの話だ。この世界では、三幻魔とは遊戯さんが持つ三幻神と対を成す存在として語られ、真実世界を歪める力を持った凶悪なカードなのである。

 そして、鮫島校長からその話が出たことで、俺もようやく思い出した。

 これはGXで一年生の最後に起こった事件の話だ。三幻魔の復活を阻止するため、学園から選ばれたデュエリストたちが、復活の鍵を賭けたデュエルに挑んでいくという……リアルに世界の命運がかかった出来事である。

 

(そうか……やっぱり、この世界でも起きるんだな)

 

 いくらここがアニメの通りの世界ではないとはいえ、共通点が多いのも事実。

 やはりその大事件もまた、こうして起こってしまうようだ。何もないなら、それが一番よかったんだけどな。

 GXの記憶が薄い俺でも、さすがにこれほどの大事件は忘れていない。正確な時期や内容までは、ちょっと怪しいけど……。

 けど、そんな場に俺が呼ばれているということはひょっとして……。

 俺がそんなことを考えている間に、鮫島校長の説明は既に佳境を迎えていた。

 

「セブンスターズ……そう呼ばれる者たちが、三幻魔復活を目論み、その鍵を奪わんと向かってきています」

 

 そう言うと、校長は机から小ぶりの木箱を取り出し、「これがその鍵です」と告げた。

 それほどまでに絶大な力を持った存在を解き放つ鍵が、目の前の箱の中にある。そう知らされ、誰もが息を呑んだ。

 この場にいるのは、俺、十代、万丈目、三沢、明日香、カイザー、クロノス先生、大徳寺先生の八人。……あれ、一人多くね?

 と思ったら、校長いわくこの中には保険もいるのだとか。ああ、だから一人多いのか。

 

「あなたたちは、この学園でも屈指の実力を持つデュエリストです。その力を見込んで、この鍵を託したい。そして、セブンスターズからこの鍵を守ってもらいたいのです」

 

 鮫島校長が真剣な表情で言うが、ひとまず俺は手を挙げる。

 

「質問いいですか?」

「もちろん。何でも聞いてください」

「では遠慮なく。そんな危険なものなら、さっさと処分した方が早いと思うんですが、何故そうしないんですか?」

 

 俺の当たり前と言えば当たり前の言葉に、周囲の面々はうんうんと頷き、鮫島校長も深く頷いた。

 

「皆本くんの言うとおりです。出来るならば、そうするのが一番良いのでしょう」

「……つまり、出来ない理由があると」

 

 その確認に、校長ははいと答えた。

 

「この鍵は三幻魔の封印を解き放つためのもの、と言いましたね。言い換えれば、三幻魔の力がこの鍵によって抑制されているということなのです。つまり、破壊してしまうと抑える力が弱まり、三幻魔は復活します。また、この地から遠く離れた場所に移動させた場合も同様です。三幻魔から離れるほど鍵の効力はここまで届かなくなり、復活してしまいます」

「なるほど」

 

 確かに、それじゃあ処分は無理か。

 要するに三幻魔を復活させるには、その二通りの手段と、正規の手段――鍵を揃えて三幻魔を復活させるための手順を踏む、という方法以外にないわけだ。

 しかし……。

 

「でも、なんで守る方法がデュエルなんです? 相手が力尽くで来たらどうしようもない気がするんですが。それに、それなら厳重に金庫にでも入れておけば……」

「お答えしましょう。前者の場合ですが、そちらは問題ありません。古代エジプトでは精霊を石板に宿し、必要な時に呼び出して今でいうデュエルをし、事の取り決めを行ったと云います。三幻魔はその精霊の化身ともいわれ、その身はカードという石板に閉じ込められている状態です。ゆえに、復活のためには古代と同じデュエルという方式を踏まねば、彼らは現世に召喚されないのだとか」

「……なるほど。相手は三幻魔を復活させるという目的上、デュエル以外の手を使うことはないということですか」

「ええ。それに、デュエルを通じての復活が、三幻魔の力を最も引き出す手段だと聞いています」

 

 つまり鍵を持った者がデュエルをしなきゃいけない、あるいは鍵がデュエルの場に無いといけないということらしい。なんだろうその超理論。ゆで理論といい勝負だぞ。

 だがしかし、ここはカードが全ての根幹をなす世界なのだ。まぁ、そういうこともあるのだろうと納得しておく他ない。

 とはいえ、一度デュエルという過程を経験した鍵なら、盗むだけで事足りそうな気がするけど。まぁ、これは予想でしかないし、現時点ではどうでもいいことか。

 俺が言葉の後にそんなことを考えていると、校長は頷き、更に続ける。

 

「そして後者ですが、その……理事長が倹約家なためかこの学園の金庫は新型ではあっても最新ではなく、更にセキュリティも島全体をカバーできるほどではなく、防犯が完璧とは言えません。そのうえ情報では、盗み出すことに関してのエキスパートが仲間にいるとも聞いています。なので、目を離すよりは信頼できる方に持っていてもらうほうが良いと判断しました」

 

 つまり、理事長がケチなうえに、セキュリティは不完全。かつ向こうには盗みのプロがいるので、いまいち安心できないと。っていうか、セキュリティは理事長の意図的なものだろ、間違いなく。

 理事長にとっても大切なもののはずだが、デュエルを通じての復活が一番。となると、ただ大事にしまっておくだけというわけにもいかない。なら、誰かの手に渡らせるためにセキュリティを緩めたとも考えられる。

 そもそもアカデミアは孤島なのだ。盗んですぐさま逃げられるというわけでもない。

 警備員もデュエルをふっかけるこの世界。鍵を盗んだ不埒者がついでにデュエルしてくれれば儲けもの。その後に鍵を取り戻せばいいという考えなのかもしれない。

 というか、侵入は出来ても逃がさないためのセキュリティは万全とかありえそうだ。なんか明日香が侵入してきた記者の人がいたとか言ってたし。ちなみにその人は普通に定期便で帰ったらしいが、無理矢理出ようとしたらどうなっていたことか。

 そう考えると、きたないな、さすが理事長きたない。……ただの推論だけど。

 それはともかく、校長としては目を離してその隙に盗まれるリスクを負うより、デュエルで勝てばいいという単純かつ明快な対策を以って目の届く範囲に置かれた鍵を守ろうというわけね。

 まぁ、それが出来れば確かにそれが一番なんだろう。理事長の思惑とかは別にして。

 そんなわけで、俺はひとまず納得したと校長に告げ、それを受けた校長が再び口を開く。

 

「話は以上です。無理強いはしませんが、もしその覚悟を持っていただけるなら、この七星門の鍵を受け取っていただきたい」

 

 そう言って、校長は箱を開けて中にある鍵を露出させた。

 パズルのピースのように、様々な形で分かれながらも一枚の四角い板を形作っている独特の鍵。

 その一つを、まず十代が手に取った。

 

「面白いじゃん! デュエルときたら、俺がやらないわけにはいかないぜ!」

 

 そして鍵につけられた革紐を首に回して首から下げる。ペンダント状になっているらしく、なるほどこれなら肌身離さず持っていられるというわけだ。

 そして十代が鍵を受け取ったのを見て、万丈目、三沢、カイザー、明日香、クロノス先生と続々鍵をそれぞれ箱から取り出していく。

 これで、箱の中に残る鍵は一つ。俺はちらりと大徳寺先生を見た。

 

「あ、私は遠慮するのにゃ。実力がはっきりしている皆本君のほうが確実ですし、先生は保険のほうがいいんだにゃー」

 

 顔に面倒事はごめんです、と書いてある気がするが……まぁそれなら俺が受け取るとしよう。

 っていうか、大徳寺先生ってこの件の関係者じゃなかったっけ? 敵側だったような記憶があるんだけど。

 まぁでも、その後も十代と一緒にいた気がするし……悪い人じゃないのは確かだろう。そう判断したから、俺も大徳寺先生に対して普通に接してきたわけだし。

 なら、そう深く考えることもないだろうさ。そう心の中で呟きつつ、俺は最後の鍵を手に取って首から下げた。これで、七人全員に鍵が行き渡ったわけだ。

 そして、七つの鍵を持った俺たち七人を前に、校長が一度深く頷く。

 

「生徒諸君まで巻き込んでしまい申し訳ないが、無理を承知で頼みます。御武運を祈っておりますぞ、皆さん」

 

 その鮫島校長の言葉に、俺たちは揃って「はい」と答える。

 この瞬間、俺たちはこの学園……いや、この世界の命運を担う立場に立ったのだった。

 

 

 

 

 その後自室に戻った俺は、ごろりとベッドの上に寝転ぶ。

 そして、首から下がっている七星門の鍵を掴んで目の前に持ってきた。

 

「セブンスターズか……」

 

 白い天井を背景に、鍵をじっと見ながら、考える。

 朧気なこの世界に関する記憶をたどっても、もはやほとんど答えは出てこない。さすがに細かな内容までは覚えていないからだ。

 せいぜい覚えているのは、相手はその名の通り七人で、仲間と共に十代が活躍していき、最後は三幻魔を操る理事長に勝った……という内容だったはず、という程度の情報である。

 これぐらい、最後の黒幕の正体以外はこちらの勢力の勝利を信じていればおのずと導き出される答えでしかない。

 だとすれば、やはりそんな知識に頼るべきではないだろう。いつも通り、今できることをやっていくしかない。

 俺も今では当事者なのだ。油断なく、今回の事件に臨む。この間、十代とのデュエルでプレイミスをしたが、そんなことは今回に限っては許されない。近々にそうしたことがあったからこそ、一層気を引き締めようと思う。

 なにせ、ことは俺だけに留まらず、世界にすら波及するのだから。

 そう決心し、俺は今回の事態に備えて、デッキをしっかり見ておこうと机に向かう。

 しかし、その途中。首から下げていた鍵が、風も吹いていないのに微かな振動を放ち始めた。

 

『遠也!』

 

 その不可思議な現象に驚いていると、離れていたマナが俺の傍に寄ってくる。

 かなり焦燥を覚えているのか、その表情には余裕がない。そして、その口から出てきた言葉に、俺の表情もまた余裕をなくすことになる。

 

『誰かが、闇のデュエルをしてる!』

「なに!?」

 

 その言葉に、俺は瞬時にそれが示す危うさを悟る。

 三幻魔、セブンスターズが襲ってくるかもしれない状況、それらを考えれば、闇のデュエルをしているのが何者かなど簡単に想像がつく。

 間違いなく、セブンスターズの人間と俺たちの中の誰かが戦っているのだろう。

 俺はそう確信を深めると、すぐさま部屋を飛び出した。マナもそれに続いて精霊状態のままついてくる。

 すると、ちょうどこちらに来ようとしていたのか、道中でカイザーと鉢合わせた。

 

「遠也!」

「カイザー、お前もか!」

 

 俺が簡潔に問えば、カイザーは無言で頷いて鍵を見せてきた。カイザーの鍵も同じく振動しており、カイザーもまた俺たちの中の誰かに異状があったことを察したのだろう。

 ならば、これ以上言葉を交わす余裕などない。誰が戦っているのかは知らないが、まずはその場に駆けつけなくては。

 

「行こう、カイザー!」

「ああ!」

 

 互いに最低限の言葉だけで済ませ、俺たちは一心に走る。どこに行くかなど、考える必要はない。

 まるで鍵が行き先を指し示してくれているかのように、どこに行けばいいかは何故か理解している。

 向かうはアカデミア校舎の裏側――そこにそびえる火山である。

 そこで最初に戦っているのは誰なのか、想像はついている。恐らくは、間違いないだろう。

 あいつが負けるなんて思っていない。絶対勝つとは言い切れないが、それでもあいつが持ついっそ理不尽なほどの強運と土壇場の強さは並ではない。だからこそ、勝つと信じている。

 だが……。

 それでも、胸騒ぎがするのだ。嫌な予感が拭えない。

 それを振り切るように、俺はひたすら走る。今は一秒でも早く、その場にたどり着くことが先決だと心底から理解しているから。

 

 ――無事でいてくれよ、十代……みんな!

 

 ただそれだけを願いながら、俺は火山のふもとへと近づいていくのだった。

 

 

 

 

 そうしてたどり着いた先。途中で三沢や万丈目とも合流して行き着いたその目的地では、ジャージ姿の翔と隼人と、二人に抱えられている火傷と裂傷が目立ち意識のない十代の姿があった。

 

「十代!」

 

 俺は思わず駆け寄り、他の面々も同じく駆け寄る。

 近づいて覗き込めば、その顔に細かな傷が多くつけられており、服も汚れだけではない明らかな損傷が見られる。

 なにより、ぴくりともしない姿は、どれだけ体力と気力を消耗したのかを如実に語っている。間違いなく、十代が闇のデュエルを行ったのだろう。

 

「い、生きてるのか?」

 

 その普段の十代からはとても想像できない物言わぬ姿に不安を駆られたのだろう、万丈目が恐る恐る口にする。

 それに対して、翔は声を荒げた。

 

「当たり前だよ! 兄貴が死ぬはずないじゃん!」

 

 そして隼人が言うには、脈拍も正常で命に別状はないということらしい。それを聞き、思わず俺たちの間から安堵の息が漏れる。

 

「やはり、闇のデュエルか」

「そうなんだな。けど、十代は勝ったんだな!」

 

 続けて万丈目が口にしたそれに、隼人が頷いてその結果を俺たちに伝える。

 十代が勝ち、鍵も無事。結果だけ見れば俺たちの勝ちだが、十代のこの姿を見ればとても喜ぶ気にはなれなかった。

 そして、離れたところにいる明日香にカイザーが気付く。

 明日香は一人の人物を抱きしめて、泣いていた。

 ……そうだ。十代の心配ばかりで思い出せなかったが、この時の十代の相手が操られていた天上院吹雪――行方不明になっていた明日香のお兄さんだったはずだ。

 あてもなく探し続け、恐らくは心のどこかで諦めも混ざっていただろう明日香にとって、この再会は心から望んでいた喜ばしいことのはずだ。

 明日香が兄を探していたことは、俺たちにとってよく知ることだ。ゆえに、俺を含む全員が念願かなった明日香を見て、思わず涙腺を緩ませる。

 吹雪さんのことは、本当に良かったと思う。それに、吹雪さんは操られていただけだ。責めるつもりは全くない。

 しかし、その一方で。俺はこの三幻魔事件の黒幕に対して、怒りを感じていた。

 俺の友を、こうまで痛めつけてくれたこと。それは、やはり許しがたい。

 ――必ず、叩き潰す。

 俺は崖の向こうから上ってくる朝日の光を浴びながら、改めてこの世界に生きる当事者として今回の件に立ち向かうことを誓うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――と、勢い込んだはいいのだが。

 

「相手が出てこない以上、どうしようもないよなぁ」

 

 アカデミア内の保健室。そこで十代が体を横たえているベッドの脇に座りながら、俺はぼやくように口にする。

 そう、セブンスターズの人間が誰で何処にいるのかわからない以上、俺たちに出来ることは出てきてから対処する、という後手にならざるを得ないのだ。

 そのため、俺は決意したもののその決意を示す機会なく、こうしてお見舞いに来ているというわけだ。

 さっきまでは翔もいたんだが、現在保健室にいるのは俺と十代、明日香と吹雪さん、そして鮎川先生だけである。

 

「仕方ないって。俺としては、俺が治るまで待ってほしいけどな、ははっ! っいつつ!」

「急に笑うからだ。やっぱり大人しく寝てたらどうだ?」

 

 何もせず寝ているほうが身体に悪いと言い張るから話に付き合っているが、これぐらいで痛みが走るとはな。やっぱり無理はさせない方がよさそうだ。

 そう思う俺とは裏腹に、十代は心配ないとばかりに笑顔を見せる。

 

「大丈夫だって。鮎川先生も、話したりする分には何も問題ないってよ。数日で普通の生活に戻れるみたいだし」

「そうか。でもまぁ、無理はするなよ。お前が倒れてるのを見たときは、心臓止まるかと思ったんだぞ」

「いやー、悪かったな遠也。でも、こうして話に付き合ってくれるのは助かるぜ」

「ま、それぐらいはな」

 

 互いに何でもない会話をしながら、時間を過ごす。

 ちなみに現在は平日の午後になったばかりの時間であり、本来なら授業中である。

 しかし校長がそこらへんは気を利かせてくれたのか、鍵を持つ俺たちは授業に出ていない時は公欠扱いになっているらしい。まぁ、そうでもないとデュエルに渾身で向かっていけるはずもなし、妥当と言えばそうなんだろう。

 そういうことになっているため、保健室にはよく人が訪れる。十代と吹雪さんの様子を見るためだ。特に明日香はこれ幸いとばかりに吹雪さんにつきっきりである。ずっと探していたお兄さんが戻ってきたのだから、その気持ちを察して明日香が入り浸っていてもみんな何も言わないでいる。

 そうして訪れる中には、クロノス先生の姿もあった。そして寝ている十代を一瞥し、「闇のデュエルなんてあるわけないノーネ!」と吐き捨てて帰っていった。相変わらずである。

 とはいえ、実際そのデュエルによって十代が傷つき、ましてそれが自分が人質に取られたせいだと気にしている翔と隼人はその態度に憤慨していた。

 あれでクロノス先生も今回の件で気が立っているのだからと二人を宥めすかしたのは、つい昨日のことである。

 

「しかし、寝てるだけだと暇だぜ。……そういや、セブンスターズの二人目はまだ来てないんだろ? 他になんか変わったことはないのか?」

 

 欠伸をかみ殺しつつ言う十代。まぁ、風邪の時とか、恐ろしいほどに暇を持て余した記憶があるからわからなくもないが……。

 しかし、変わったことねぇ。あるっちゃあるか。隣で明日香もなんか聞き耳立ててるし、保健室の住人は話題に飢えていると見える。

 なら、話すか。ひょっとしたら、俺たちにも関係がある話かもしれないしな。

 

「変わったことと言えば、今アカデミアの中は吸血鬼の話題で持ちきりだな」

「吸血鬼ぃ? このご時世にか?」

 

 いきなりファンタジーな単語が出てきて、さすがに十代も訝しむ。

 まぁ、吸血鬼なんて物語の中だけの存在。それよりも現実に危機に直面している俺たちにしてみれば、そんな娯楽に気を向けている余裕はない。

 だが、学園中に広まっているこの噂。俺たちは今回の件に無関係ではないと思っている。

 

「確かに眉唾な話だよ。けど、それは闇のデュエルも一緒だろ。実際に体験するまでは、お前もあるとは思ってなかっただろ?」

「それはまぁ……」

 

 あの廃寮探検の時。あの時まで、十代は闇のデュエルなんて存在しないと思っていたはずだ。それを引き合いに出され、十代は確かにと頷く。

 

「つまり、あなたは……いえ、みんなはその吸血鬼がセブンスターズの可能性があると考えているのね」

「そういうこと。それもあって、みんな一応警戒している」

 

 本当に吸血鬼かどうかなんて、実際のところ誰も気にしていない。

 だが、この時期にそんな噂が流れ始めるということ自体が怪しすぎる。そのため、全員がすぐに対応できるよう気を付けているのだ。

 十代と明日香は知らなかったようだが、保健室にこもっていては噂など知りようがない。十代の怪我、明日香の兄との再会という状況を考えて、俺たちも気を利かせていたところがあるからな。

 とはいえ、知らないというのも問題だろうから俺が今こうして話したわけだ。これで、何かあっても件の吸血鬼が怪しいと思えるだろう。

 そして、こうして話したのがフラグだったのかと後になって思わないでもない。直後、保健室の扉を勢いよく開けて隼人が入ってきたからだ。

 

「た、大変なんだな! クロノス先生がセブンスターズの一人と戦うことになったんだな!」

「クロノス先生が!?」

「そんな……闇のデュエルは本当に存在するのに、危険だわ!」

 

 闇のデュエルなんて存在しないと、この保健室でも言っていたクロノス先生だ。明日香がそんな先生を心配するのも分かる。

 有るものを無いと決めつけて誤認しているのは、勝負の場においては致命的な隙でしかないからだ。

 

「クロノス先生……。隼人……案内してくれ!」

「十代!? お前は寝てた方がいいんだな!」

「先生が戦うっていうのに、呑気に寝てられるか! 俺は這ってでも行くぜ!」

 

 言うが早いかベッドから降り、やはり力が入らないのか体勢を崩した十代を、近くにいた俺が慌てて支える。

 その姿に、十代が本当に這ってでも行くと悟ったのだろう。隼人と明日香は諦めの溜め息をついた。そして、せめて負担が最小限になるよう、隼人が十代を背負って現場に向かうことになった。

 闇のデュエルでの敗北は、死あるいは罰が科せられる。クロノス先生がそんな目に遭っていないよう、俺たちは先生の勝利を願いながら走っていく。

 隼人が示した湖。最短の距離をひたすらに駆け抜けた俺たちの目に飛び込んできたのは、緑色の長髪と赤いドレスに身を包んだ女性。そして、それと相対しているクロノス先生の姿だった。

 だが、そのクロノス先生は相手の攻撃によってダメージを受けたのか、地面に倒れている。それを、大徳寺先生を含むカイザーと三沢、万丈目に翔といった面々が心配そうに見ていた。

 

「ふん、このような弱小デュエリストが、この私、吸血鬼カミューラに挑もうとするからこうなるのよ」

 

 そして、カミューラと名乗った女が倒れ伏したクロノス先生を嘲る。

 それに怒りを覚えたのは俺だけではないだろう。事実、背負われてきた十代は、痛む体を押して大声でそれを否定した。

 

「それは違うぜ! 戦った俺だからわかる。クロノス先生は、強いんだ!」

 

 その声に、全員の視線が俺たちに集まる。

 

「見せてくれよ、クロノス先生! 先生のターンを!」

 

 十代が叫ぶ。

 普段あまりいい印象を持っていないはずのクロノス先生に対して、しかし十代はカミューラの嘲りを良しとはできなかった。

 十代にとって、デュエルとは楽しいものであり、そしてデュエルを通じて沢山の人と繋がっていけるものである。

 そして、クロノス先生はそんなデュエルを通じて知り合った一人だ。加えて、今はこうして一つの目的に向かって共に戦う仲間である。十代にとって、クロノス先生を応援する理由はそれだけで十分だったのだろう。

 そして、その声を受けたクロノス先生は、その声に応えるかのように立ち上がる。

 若干よろめきながらもカミューラを見据え、そして決意を込めた表情と声で力強く宣言した。

 

「このクロノス・デ・メディチ、断じて闇のデュエルなど認めるわけにはいかないノーネ! 何故なら、デュエルとは本来、青少年に希望と光を与えるもの! 恐怖と闇をもたらすものではないノーネ!」

 

 それは、デュエルアカデミアに勤める教師としてクロノス先生が持っている信念なのだろう。それを聞いたカミューラは鼻を鳴らして小馬鹿にするが、俺たちは違う。

 クロノス先生のその言葉に感じ入るものがあったのは、その場にいる全員だった。

 

「それで、闇のデュエルは存在しない、してはいけないと教諭は言い続けていたのか」

「ああ。その通りだって思うぜ、先生!」

「そうだ。先生の言う通りデュエルは光だ。だからこそ、俺たちはこうして友達になってるんだからな」

 

 三沢の得心がいったとばかりの言葉に、十代と俺が同意して声を上げる。それに続き、隼人、翔、カイザー、万丈目、明日香、大徳寺先生も、次々にクロノス先生の言葉を支持し始める。

 

「ちっ、争いとは本来闇のもの! そんなこともわからないとは、群れるしか能がない人間はこれだから!」

 

 その流れを不快に感じたのか、カミューラが吐き捨てるように言い放つ。

 何とでも言え。だが、俺たちはクロノス先生の言葉が間違っているとは思えない。たとえ本来が闇だとしても、だからといっていつまでもそうである必要はどこにもないのだから。

 そして、それらの言葉にクロノス先生が僅かにこちらを見る。そして、俺たちに対して小さく笑みを見せたのだ。オシリスレッドの人間も含まれているというのに、だ。これまでの先生の態度からは考えられないことである。

 しかし、それも一瞬のこと。クロノス先生は再びデュエルに戻っていた。

 

クロノス LP:1700

カミューラ LP:3200

 

「私のターン、ドロー! 私は《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》を召喚するノーネ!」

 

 クロノス先生の場にある永続魔法《古代の機械城(アンティーク・ギアキャッスル)》を生贄の代わりにし、呼び出されるクロノス先生のエースモンスター。

 

 《古代の機械城》は発動してから通常召喚されたモンスターの数まで「アンティーク・ギア」と名のつくモンスターの生贄の代わりに出来る効果を持つカード。これまでのターンで、2体以上のモンスターが通常召喚されていたということだろう。

 

古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》 ATK/3000 DEF/3000

 

 そして相手となるカミューラの場には《ヴァンパイア・バッツ》と伏せカードが1枚。それにフィールド魔法《不死の王国-ヘルヴァニア-》か。

 ヴァンパイア・バッツは場のアンデッド族を強化する効果と、自己蘇生の効果を持ったカード。

 そしてヘルヴァニアは通常召喚権を放棄する代わりに、手札のアンデッド族モンスターを捨てることで、場のモンスターを一掃する効果がある。なかなか厄介なカードたちだ。

 

《ヴァンパイア・バッツ》 ATK/800→1000 DEF/600

 

 だが、攻撃力で圧倒的にクロノス先生が有利。そのため、クロノス先生も迷わず攻撃に移った。

 

「古代の機械巨人! ヴァンパイア・バッツに攻撃するノーネ! 《アルティメット・パウンド》!」

 

 無論その攻撃にヴァンパイア・バッツが敵うわけもなく、そのまま破壊されてカミューラのライフが削られた。

 

カミューラ LP:3200→1200

 

「くっ……! ヴァンパイア・バッツの効果で、デッキから同名カードを墓地に送りこの破壊を無効にする! そして、ヘルヴァニアとのコンボで、あなたの場のモンスターは破壊されるわ!」

「甘いノーネ! 手札より《大嵐》を発動! 場の魔法・罠カード全てを破壊しまスーノ! その伏せカードとヘルヴァニアは破壊なノーネ!」

 

 先生が発動した大嵐によって、フィールドに強風が吹き荒れる。

 そしてその風は伏せられていたカードとフィールド魔法を破壊し、カミューラの場を蝙蝠1体だけにした。だが、その状況においても、カミューラの不敵な笑みは消えない。

 

「ふふ、やはりあなたは弱いわ、クロノス先生! 破壊された《不死族の棺ヴァンパイア・ベッド》の効果発動! 墓地のアンデッド族モンスター1体を特殊召喚する! 私は《不死のワーウルフ》を特殊召喚!」

 

 フィールドに石造りの古めかしい棺が現れ、その中からカミューラが指定してモンスターが眠りから覚めるかのようにゆっくりと姿を現す。

 

《不死のワーウルフ》 ATK/1200→1400 DEF/600

 

 破壊された時に効果が発動する罠……俺の持つ《リミッター・ブレイク》と同じような効果だ。確かにそれだと、大嵐はただ相手を助けるだけのカードでしかない。

 

「ぐぬっ……! カードを1枚伏せて、ターンエンドなノーネ!」

「私のターン、ドロー! 私は《生者の書-禁断の呪術-》を発動! 墓地の《ヴァンパイア・ロード》を復活させ、あなたの墓地の《古代の機械獣(アンティーク・ギアビースト)》をゲームから除外!」

 

《ヴァンパイア・ロード》 ATK/2000→2200 DEF/1500

 

 これで相手の場には3体のモンスター。攻撃力だけならいまだクロノス先生の古代の機械巨人が上回っているが、流れが向こうにいっているような気がしてならない。

 

「更に私はヴァンパイア・ロードを除外し、《ヴァンパイアジェネシス》を召喚する!」

 

 ヴァンパイア・ロードが姿を消し、代わりにフィールドに降り立つ巨躯の魔人。紫に染まった身体と、青黒く染まった背中の蝙蝠と似た作りの翼が非常に禍々しい。

 

《ヴァンパイアジェネシス》 ATK/3000→3200 DEF/2100

 

 まずい、ジェネシスの攻撃力は古代の機械巨人より上だ。もし倒されてしまった場合、総攻撃を受けてクロノス先生は負ける!

 それがわかっているのだろう、カミューラは浮かべていた笑みを一層深くして意地悪く笑う。

 

「ふふ、これでおしまいよ、クロノス先生! ヴァンパイアジェネシスで古代の機械巨人に攻撃! 《ヘルビシャス・ブラッド》!」

 

 その身を血のような赤き旋風に変え、クロノス先生の古代の機械巨人に攻撃を仕掛けるヴァンパイアジェネシス。

 それを見て俺たちの口から、あっ、と思わず声が漏れる。しかし、クロノス先生の表情に焦りはなく、ただ笑みだけがそこにあった。

 

「この瞬間を待っていたノーネ! リバースカードオープン! 《次元幽閉》! これは攻撃してきたモンスターをゲームから除外する罠カード! ヴァンパイアジェネシスには退場してもらいまスーノ!」

「なっ!?」

 

 クロノス先生が発動した罠カードによって、古代の機械巨人の前に次元の裂け目が現れる。血の風となったジェネシスは、目標にたどり着く前にその裂け目から次元の彼方へと消えていき、クロノス先生の場には何も被害がないままフィールドは静寂を取り戻す。

 カミューラは最高攻撃力のモンスターが場からいなくなったことに唇を噛み、対照的にクロノス先生は得意げな笑みを浮かべていた。

 

「ふふん、普段はあまり投入しないカードでスーガ、生徒でもないシニョーラに遠慮は無用なノーネ。尤も、さっき入れたカードが、まさかこの場で役に立つとは思いませんでしターノ」

 

 なるほど、確かに次元幽閉はその強力な効果ゆえ投入すれば強いが、強いからこそ生徒相手の指導には向かない。元の世界でもガチカードとして有名だったうちの1枚でもあるし。

 だが、十代が怪我を負うような事態、更に自身が戦うこととなったクロノス先生は、万全を期してこの場で投入したのだろう。

 それをこの状況で引くあたり、さすがは実技指導最高責任者である。

 

「さすがです、クロノス教諭!」

「やるじゃないか、クロノス!」

「素晴らしい戦術です、教諭!」

 

 決着に希望が見えてきたこともあって、俺たちは一斉にクロノス先生に声援を送る。

 

「ほっほ、当然でスーノカプチーノ。やはり闇のデュエルなどで、このワタクシ、クロノス・デ・メディチに挑もうということが、所詮間違いだったノーネー!」

 

 そして、背をそらし、自信満々に高笑いし始めるクロノス先生。

 さっきの姿に触れてクロノス先生を見直した俺たちだったが、そのお調子者っぷりと今の姿には苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「……調子にぃ、乗るんじゃないわよッ! この人間どもがァアア!」

 

 しかし、そんな和やかな空気がカミューラの叫びによって一変する。

 口を大きく開き、もはや口の端が切れるほどに開かれたそこからは人間にはあり得ない鋭く尖った牙が並ぶ。そして異様に長い舌を外気に触れさせながら、見開いた目でクロノス先生を睨みつけている。

 その美女然としたさっきまでの姿から大きく変わった異形の姿に、俺たちは言葉を失った。

 

「手加減してあげていればつけ上がって……! 気が変わったわ! あなたには必要ないと思っていたカードだけど、特別にこのカードで闇に葬ってくれる!」

 

 そう言って、カミューラは手札のカード1枚を手に取る。

 そして、すぐさまそれを発動させた。

 

「私は魔法カード《幻魔の扉》を発動ッ!」

 

 カードがディスクにセットされた、その瞬間。

 カミューラの背後に現れる石造りの門。そこに備え付けられた扉は固く閉ざされているが、そこから漂う雰囲気が得も言われぬ恐怖感を俺たち全員に感じさせる。

 思わず後ずさる俺たちに気を良くしたのか、カミューラの笑い声が響く。

 

「ほほほ……、それでは幻魔の扉の効果処理に移りましょうか。幻魔の扉、このカードはまず相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「なんでスト!? それでは禁止カードの《サンダー・ボルト》と同じ効果になってしまうノーネ!?」

 

 クロノス先生の驚きも尤もだ。サンダー・ボルトは、ノーコストで相手の場のみをがら空きにするという凶悪性から禁止カードとなり、今後二度と使用許可は下りないだろうといわれるほどの強力カード。

 十代が持つアブソルートZeroも同じ効果を内蔵するが、あちらは融合召喚した後に自身をフィールドから離すという必要があるため、そこまでではない。それでも強力な効果であることに変わりはないが。

 だというのに、魔法カードでその効果は最早反則だ。先生の言う通り、サンダー・ボルトそのままじゃないか。

 俺たちの驚愕をよそに、発動した幻魔の扉はその冷たく閉ざされた扉をゆっくりと開いていく。

 扉の向こう側は、黄ばんだ歯と赤く充血した肉によって囲まれ、まるで人間の口であるかのようだ。そしてそこから溢れた光に晒された古代の機械巨人は為す術なく破壊され、クロノス先生の場ががら空きになる。

 これで次のターン、クロノス先生がモンスターを場に出さなければ、そのまま負けになる。確かに厳しいが、無理というわけでもない。まだ希望は残っているといえるだろう。

 そう思っていると、カミューラが再び小さく笑った。

 

「幻魔の扉の効果は、これだけではなくってよ。更に幻魔の扉の効果、このデュエル中に使用したモンスター1体を、あらゆる条件を無視して私の場に特殊召喚する!」

 

 幻魔の扉。言うなれば、サンダー・ボルトと死者蘇生を一纏めにしたような効果を内蔵した魔法カード。ともに禁止カード級の性能を持つ2枚の効果を併せ持つなんて、もはや強いというレベルの話じゃない。

 俺たちは、その出鱈目な効果に愕然とした。

 

「……な、なんなノーネその効果は! インチキ効果も甚だしいノーネ!」

 

 クロノス先生が憤りを露わにして食って掛かる。

 当然だ。デュエルモンスターズは明確なルールの下に行われるものである。だというのに、こんなゲームバランスを一枚で崩壊させてしまうようなカード、存在してはいけない。

 そんなデュエルに悪影響しか出さないカードが禁止カードにならないはずはないのに、こうしてデュエルで使用されている事実。デュエルを愛する人間にとって、一気にそれを壊すカードの存在を、認めるわけにはいかなかったのだ。

 しかし、カミューラはそんな怒声も涼しい顔で受け流す。そして「当然代償はあるわ」と言葉を発した。

 それは当たり前だろう。あの効果で何もないとか、目も当てられない。

 

「このカードは私自身の魂を生贄にすることで発動する。このデュエルに負けたら、私の魂は幻魔に捧げる供物となってしまうのよ」

「おい、それじゃ実質ノーコストじゃないか!」

 

 予想の斜め上をぶっ飛んでいったカミューラの示す代償に、俺は思わずそう叫んだ。

 このライフポイント4000の世界において、このカードを使う状況で勝ちに持っていくことは簡単なことだ。つまり、負ける可能性の方が低いのである。なら、負けた時に魂を奪われるというコストは、ないに等しい。

 

「ふふ、威勢のいい坊や。……そうね、せっかくの闇のカードなのだから、闇のデュエルらしく使うとしましょう」

 

 そう言うと、突然カミューラの身体が分裂してもう一人のカミューラが現れる。それに驚く間もなく、そのもう一人の姿が掻き消えた。

 何をしようとしているのか。そう考えた、その時。

 

『逃げて、遠也!』

「っ!?」

「きゃ!?」

 

 マナの忠告に従い、俺はすぐさま身をよじる。しかし、隣に明日香がいたため身体がぶつかり、その行動は明日香を弾き飛ばす結果となっただけで、俺の身体はその場から動けなかった。

 その結果、俺の身体はもう一人のカミューラに拘束されて引きずられていくことになった。

 

『遠也! このぉ!』

 

 マナが戒めを解こうと分身体に魔力をぶつけているが、しかしあまり効果がない。マナの攻撃はかなりの威力があるというのに、それは何故か。その理由はすぐに分かった。

 幻魔の扉だ。その開かれた扉から溢れているエネルギーがカミューラ本体と俺を捕えている分身体を覆っているのが見える。いくらマナが上級魔術師であっても、さすがに神に匹敵する力を持つ存在には敵わない。本体ではない欠片とはいえ、同じことだ。

 マハードでも、この拘束を解くことは恐らくできないだろう。それでもあきらめずに攻撃を続けてくれているマナに何か言ってやりたいが、首をうまく絞められて話すことができない。

 今の俺は、このまま黙っていることしかできなかった。

 

「遠也!」

「遠也くん!」

「おのれ……! シニョール皆本をどうするつもりなノーネ!」

 

 俺が囚われたのを見て、全員が思わずと言ったように俺の名前を呼ぶ。そしてクロノス先生はその表情を怒りに歪ませてカミューラに怒鳴った。

 それに対して、カミューラは余裕をもって微笑むだけである。

 

「ふふ……このカードのコストは私の魂。でも、せっかくですもの。私の身代わりをこの子にお願いしようと思ってね。それにしてもこの坊や、変わった存在を連れてるわね……」

「な、なんでスト!? それでは……!」

「ええ、そういうことよ。私に勝つということはこの坊やを殺すということになるわ、クロノス先生! 私はこの子の魂を生贄に、《古代の機械巨人》を召喚!」

「ぐぅっ……!」

『遠也!』

 

 全身から徐々に力が抜かれていくような感覚。思わず膝をつきたくなるが、信じられない力で首を抑えられているため、強制的に立たされたままだ。

 人間じゃないってのは、どうやら本当らしい。そんなどうでもいい感想がなぜか脳裏によぎった。

 

《古代の機械巨人》 ATK/3000 DEF/3000

 

 そして、カミューラの場に現れるクロノス先生のエースモンスター。つい先ほどまでクロノス先生を守る力だったそいつが、今度は牙を剥いてクロノス先生に向き合っている。

 

「私はこれで、ターンエンド! さぁ、どうするのクロノス先生! 大事な生徒を助けたくないの!?」

「ぐぅう……私のターン、ドロー! ……ターンエンド、なノーネ!」

 

 引いたカードを確認することすらせず、すぐさまエンド宣言するクロノス先生。

 明らかに勝つつもりがないその姿に、俺は目を見開いてクロノス先生を見る。すると、目があったクロノス先生が、ふっと笑みを見せた。

 

「私は教師でスーノ。断じて生徒を犠牲にすることなど、出来ませンーノ! 諸君、たとえ私が負けたとしても、闇に屈することだけはしてはいけないノーネ! 闇は光を凌駕できない。そう信じて、決して心を折らぬこと! それを忘れてはいけませン!」

 

 胸を張り、そう言い切るクロノス先生の姿に、俺たちは何も言えず頷くことしかできない。

 先生はすでに覚悟を決めている。俺のために、自分が犠牲になるという覚悟を。

 

「先生……!」

「クロノス教諭……!」

 

 十代、カイザー、この場にいる他の面々からの声を受けながら、クロノス先生はカミューラの前に立つ。その姿に、何も言えない、ただの足枷である自分が情けない。俺はただその姿を見ていることしかできなかった。

 そんなクロノス先生を、嘲笑を浮かべて見るカミューラ。まるでそんな決意など取るに足らないとばかりにデュエルを再開する。

 

「私のターン、ドロー! ふふ、最後の授業も終えて、思い残すことはないでしょう。《古代の機械巨人》でクロノスに直接攻撃! 《アルティメット・パウンド》!」

 

 クロノス先生にとって頼れる味方だったカード。その繰り出される攻撃が、主人であるクロノス先生を襲い、その残りライフポイントを根こそぎ奪い取っていった。

 

「ぐぬぅぅうッ!」

 

クロノス LP:1700→0

 

 闇のデュエルのダメージは現実のものとなる。

 ライフポイントを0にされたクロノス先生は、力なくその場に倒れこむ。まるで糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちたその姿に、不安を抱かずにはいられない。

 幻魔の扉が消えていき、それと同時に俺を拘束していた分身体も消えていく。支えがなくなり膝をついた俺に、精霊状態のマナがすぐさま寄ってきて、魔法による回復をしようとしてくれている。

 そしてそんな俺たちをよそに、カミューラはクロノス先生のところに歩み寄ると、その首から下げられていた七星門の鍵を奪っていく。

 そして次に、布で作られたシンプルな人形を取り出した。

 

「それでは約束通り、負けた者の魂をもらっていくわ」

 

 そう言うや否や、人形とクロノス先生の身体が紫色の不気味なオーラに包まれていく。そしてクロノス先生の身体が消えていき、代わりに人形の方にクロノス先生の特徴が装飾のように浮き出始めていた。

 

「く、クロノス先生が人形に……!」

 

 翔が恐れを抱いた目でカミューラを見る。

 その視線を受けながら、カミューラは完成したクロノス先生の人形を一瞥する。そして「やっぱり不細工、いらないわ」と呟いてその人形をその場に捨てた。

 それを見て、瞬時に頭に血が上る。

 

「お前ッ……!」

 

 しかし、怒りとは裏腹に身体が動かない。力を吸い取られたうえ、首を絞められて酸素が足りなくなっているのだ。思い通りにならない身体に、思わずイラつく。

 

「ふふ、怖い怖い。それでは、今宵はこのあたりで。いずれ、素敵な招待状を出させていただきますわ。ふふ、ふふふ……!」

 

 その言葉と同時に背後の湖の上に現れる巨大な西洋の城。

 そこに身体を霧のようにして飛び去っていったカミューラ。

 俺たちはそれをただ黙って見送ることしかできなかった。

 ようやく少しは動くようになった身体で歩く。そして捨てられていったクロノス先生の人形を拾い上げて、人形についた土汚れをきれいに払いのけた。

 俺のために、犠牲になったクロノス先生。大きな感謝と、深い申し訳なさが同時に俺の心を締め上げる。

 

「くっ……!」

 

 人形を持っていない方の手を、力いっぱい握りこむ。

 そして、城の方を睨みつけるようにして見据えた。そこにいるであろうカミューラを貫くほどに、真っ直ぐ視線を投げつける。

 自然みんなに背を向けて立っていた俺は、そのままで後ろのみんなに声をかけた。

 

「……みんな。次は、俺が奴と戦う」

 

 短く告げたその言葉に、反論を唱える者は誰もいなかった。そのことに、少しだけ感謝を心の中で述べる。

 俺のせいで、クロノス先生はこうなってしまったんだ。なら、その尻拭いは自分でしてみせる。そして、クロノス先生を必ず元に戻してみせる。

 隣にマナが寄り添ってくる気配を感じながら、俺はそう決意するのだった。

 

 

 

 

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